かえりましょう
【豆知識】ゴブリンキング
進化の果てに変異を起こしたゴブリンの一種。ゴブリンロードとも呼ばれる。
たかが子鬼の親玉と侮ると皆殺しにされかねないおそろしい存在で、そこいらの兵士や初級の冒険者などでは相手にならない。たかがゴブリンと侮った若者が多く命を落とすので、若手殺しとも呼ばれる。また高い統率力ももち、ゴブリンキングのある群れと戦うという事は最悪、同数の軍隊と戦うだけの覚悟が必要になる。
ただし、別の情報もある。
そちらによれば、ゴブリンキングとはゴブリンたちを束ねる強さだけでなく、若手を導き、子供たちを可愛がるやさしさも持つ良き『指導者』であるという。
北の森の朝。
まだ空も薄暗いが、東の空は青く明るくなってきている。気の早い獣たちもそろそろ目をさまし、獲物を求めて動きはじめる時間だった。
そんな中、サユリはスースーと静かに眠っていた。
「……」
サユリのまわりにはゴブリンたちが寝ている。
樹精の森にいる時ならシーツの一枚もなく寝ているサユリだが、ここではゴブリン製らしいシーツをかけられていた。おそらくゴブリンたちがかけてくれたのだろう。
「……」
それを見つめるのはエンゾ。彼らゴブリンの老いたる指導者である。
エンゾはゴブリンたちと仲よく雑魚寝状態で眠っているサユリをほほえましげに眺めると、音もなく部屋を出た。
「オヤカタ、娘、オコス?」
「もう少し寝かしてあげなさい。
あの部屋の子たちも相手になっていたようだからね、一緒でよかろう。ここのところ実りは豊かだしね」
「リョウカイ」
エンゾはウムウムと満足そうに笑うと、のんびりと去って行った。
「そんなわけで、温泉を、いえ、ダメならお風呂の作り方を知りたいんですが!」
「いきなり何言ってるのと言いたいのだけど、まぁ昨日の続きなのはよくわかったわ。その上で教えてあげる」
ウム、コホンと、もったいぶってルサールカが微笑む。
ちなみに、サユリの隣にはレクターがいて、ルサールカを冷めた目で見つめている。どうやら基本、真面目くんのレクターにはルサールカのそういう、妙にお茶目なところが気に入らないようだ。
まぁ、カタチある精霊だって心ある者である以上、相性も当然あるのだろう。
「要するにサユリさんは樹精の森にお風呂を作りたいんでしょう?」
「はい!」
「即答ね……まぁでも教えるべき事は多くないわね。既に必要なものはサユリさんに教えてあるもの」
「え?」
ルサールカの言葉の意味がわからず、サユリは首をかしげた。
「既に水の力は使えるでしょう?
あとは、樹精の森までの帰り道に、少しずつ練習しながら帰るといいわ。古きセルトゥの河だけでなく、そのあたりには地底を流れる川が数本、あとそれから大深度地下には火山脈も走っているの」
「え」
サユリは、ルサールカの言葉に目を丸くした。
「火山脈があるんですか!?」
「地表付近にて出てきていませんけどね。でも、森の中の湧水の出どころ次第では、あまり手間をかけずに温泉を探り当てられるかもしれないわ」
「なるほど……かりにダメだったとしても、冷泉でもあれば使えるかもですね」
「冷泉?」
「温泉成分は入ってるけど、冷えちゃってるところの事です。温泉よりは不便だけど、それでも温めれば使えると思うんです」
「なるほど」
ふむふむとルサールカは納得げに微笑んだ。
「それじゃあ、今回の記念にサユリさんにはこれをプレゼントするわ。温泉をみつけたら植えるといいわ」
「え、なにですかこれ?」
植物の小枝のようだった。
「それはスライムの木というの」
「スライム、ですか?」
「ええ。スライム種が好んで近寄るからこの名があるんだけど、温泉成分をとりこみ、できた分泌物でスライムに進化を起こさせるの。特に普通のスライムをグミスライムに変える事ができるのよ」
「それって……!」
グミスライムというのは、一風変わった特殊なスライムである。
トロッとした粘液のような姿がスライムの基本なのだが、たまに変わり種が出現する。それがメタルスライムとグミスライムだ。不定形のままに流体金属になったメタルスライムもいろんな意味で変わり種だが、ぷるるんと揺れて可愛くはねまわるグミスライムも十分に変わりものである。
ちなみに、グミ状になるのは木の実への擬態。実際に食べると甘くておいしいので動物によく食べられる。そして宿主の胃腸を激しくお掃除したうえで自分たちもちゃっかりと栄養分をもらい、そして出ていくのである。
普通のスライムも上位種になると大型動物の内臓に住み着き掃除をするものがいるが、
「ありがとうございます。無事に温泉が出たら植えてみます」
ありがたく受け取り、そしてお礼をいった。
「それじゃあ、また来ます。本当にありがとうございました」
「ええ待ってるわ、是非ともまたいらっしゃいね」
「はい、喜んで。いこうレクター」
「ああ」
ルサールカに別れを告げ、ふたりは歩き出した。
「マタナー」
「またねー!」
すっかり仲よくなった北のゴブリンたちに手をふり、そして遠くからこっちを見ているエンゾらしき姿に頭をさげると、ふたりは進んでいく。
やがて森の出口にくると、先日と同じくオークがたたずんでいた。武装の感じから、おそらく同じ個体だろうとサユリは判断した。
「こんにちはー」
「無事に用はすんだか?」
「うん、おかげさまでバッチリだったよ。ありがとう」
「礼はいらない。それより人間が多く外をうろついているので、なるべく警戒して進んだ方がいい」
「あ、はい、ありがとうございます!」
そういうと、ふたりはオークに見送られつつも森の外に出た。
「レクター」
「ああ、気配をずっと消していくぞ。できるな?」
「もちろん」
ここに来る時には一度見破られたが、それはあのペンダントを持っていたから。
今度は、簡単にはみつからない。
「……」
「……」
遠くに兵士らしき姿をみつけて。
でも、その兵士がこちらに全く気付かない事を確認して。
ふたりは顔を見合わせると、さっさと帰路についた。
◆ ◆ ◆ ◆
「ああ見てみて、あの子たち帰るみたいに」
「あら、いいタイミング。でも声はかけられそうにないわね」
「気配殺してるしね。たぶんアレを避けてるんでしょうね」
「たぶんね」
先日のエルフ姉妹が、去っていくサユリたちを少し遠くから見ていた。
「とりあえず無事は確認できたと。そんじゃ戻りますか!」
「でもさぁ、本当にそうなのかな?さすがの長老も何か間違えてるんじゃないかなぁ」
「まぁねえ。でも、本人じゃないにしても何かに関わる存在なのかもしれないわ」
「それもそっか……ま、とりあえず報告報告」
「そうね」
苦笑いをはりつけている姉妹。
実は彼女たち、先日逃げてから安全地帯よりエルフの里に魔道具で緊急報告をしたのである。
その内容は「新精霊を発見」で、もちろん内容はサユリについての事だった。
しかし、その返答がなんと長老じきじきのもので、しかも
『無事に帰路についたところまでは確認せよ。問題があれば手伝え』
という驚くべきもので。
しかも、そのためなら外で精霊魔法の使用も含め、あらゆる禁忌も許すというとんでもないものだった。
「でもねえ、さすがに長老の考えすぎじゃないのかしら?」
「まぁ、わかるけど。でも、わたしたちだけじゃ判断できないでしょ、どのみち」
「まぁねえ」
そういうと、姉の方がためいきをついた。
「あの子が、いずれ世界中の大精霊と交流をもつ身になるとか……」
「確かに珍しいけど、そんな凄い子って感じでもないわよねえ」
「そうねえ」




