にがしたさかな
ありえない、そうレティシアは思った。
王家の証は資格なき者には装備できない。持ち歩くのがせいぜいだ。無理に人が首から下げようとすると、反発が出て大変な事になるはず。
では偽物か?
しかし。
「はい、これです」
「……」
目の前に差し出された王家の証は、まぎれもなく本物だった。
神職としての修行を積んだレティシアには、証に刻まれた魔法の状態がわかるのだから間違えようもなかった。
「ごめんなさい、大切なものなのに勝手に首からさげてて。でもこの服ポケットがないし、あと、肌身離さず身につけてないと危険だったから」
「え、ああ、それはいいの。無事に届けてくれたんですもの」
サユリの手から王家の証を受け取りつつも、思わずサユリに『目』を向けてしまった。
そして。
(そうか。この子、人間じゃないんだ)
見た目は人間だが、たぶん肉体がない。
レティシアの持つ神職としての『目』は、サユリの身体が本物の肉体ではなく、他の何かが肉体っぽく振舞っていると認識している。
たぶん……そう、それは、超のつく高純度のマナか何かの集合体。
(いえ、これは魔素とも少し違う、なんだろう……まさか?)
レティシアの記憶の中にある、古い風景が蘇った。
それは遠い昔。レティシアがまだ小さかった頃。
うっかり森に迷い込んで、辿り着いた不思議な泉での事。
『あら、いらっしゃい。小さなお客様?』
『……誰?』
お湯にゆったりと浸かっていた、不思議な女性。
そこが天然のお風呂だとの事だった。
不思議に思いながら浸かっていると、森の動物がやってきて彼らも一緒に浸かった。
しまいにはゴブリンまでやってきて驚かされた。
皆、気持ちよさそうに湯に浸かっていた……。
まぁ、あとで保護された時、保護者に話しても一笑に付された経験ではあるのだけど。
(あのひとは確か、自分をカタチもつ精霊だと言っていた)
レティシアは神職暮らしが好きだが、色んな意味で勉強熱心でもあった。
異教時代を知る事も神職としては重要だと考え、いろいろと学んでいた。そして『カタチもつ精霊』というのがどういう存在なのかも、今では知っていた。
(あ、そうか!)
その瞬間、レティシアの中で記憶とピースがピタリとはまった。
そして目の前のサユリに目をやった。
(この子……この子も『カタチもつ精霊』なんだわ)
この世界には神器と呼ばれる道具がある。
小さな指環程度のものが多いが、これらも目の前のサユリ同様、物質に見えて物質でないものでできている。
そしてそれらは、ひとたび振るうと途方も無い力を発揮するのだ。その小ささで。
ならば。
神器と同じ構成でできた、人間サイズのカタチもつ精霊を材料にするならば?
思わず、ゴクリと喉が動いた。
レティシアの背筋を、冷や汗が流れた気がした。
そして内心の揺らぎを王侯貴族の鉄仮面で見事に隠すと、微笑んで挨拶した。
「ありがとうサユリさん、王家の証、確かに受け取ったわ」
「大切なものだったんですよね。良かったです」
「ちなみに、セバス……これを持っていた老騎士はどうしたかご存知かしら?」
「亡くなりました。樹精の森で」
「そう……あなたが見送ってくれたの?」
「はい」
「埋葬はあなたが?それともお知り合いの誰かが?」
魔の森に放置すると、高確率でアンデッド化してしまう。見送った者がいるという事は、おそらく埋葬も行われたのだろう。
だけど、それに対する返答はレティシアの完全に想定外だった。
「埋葬とはちょっと違いますね。浄化させていただきましたから」
「浄化?」
「あ、そっか。えっと、森に還す事です」
「そう……」
浄化という言葉にはなじみがないレティシアだったが、すぐに思い出した事があった。
そう。
レティシアの推測が正しいなら、それは精霊教徒が精霊に教わったという死者の浄化法に違いない。
それに、気になる事はもうひとつあった。
「ありがとうサユリさん。ひとつだけ伺ってもいいかしら?」
「あ、はい。なんでしょう?」
「この神殿のまわりには今、兵士がたくさんいたと思うの。それに、誰にも会わずにここに来るのも無理だと思う。
さしつかえなければ教えてほしいのだけれども。
あなた、どうやってここに入っていらっしゃったの?」
「あー……それは」
サユリの目が露骨に泳ぎだした。
「ごめんなさい、別に責めているわけではないのよ。
ただ、ここは悪意ある者によく狙われるの。悲しい事だけどね。だから、神殿の許しがない者は簡単には入って来られないはずなのよ。
でもサユリさん、あなたはここまで入ってきた。
だから知りたいの。
もし、ここの警備に甘いところがあるのなら、それはちゃんとしておかないといけないから」
「……あー……そっか、そういう事ですか」
なるほど、と納得したようにポンと手をうつサユリ。
その微妙にピントのずれたような行動が、レティシアの目にはかわいらしく映った。
「それは無理ですね」
「というと?」
「わたしの力で入ってきたわけではないからです。とある大精霊様の祝福でここまで運んでいただいたんですよ」
「そう……わかったわ」
全て事実ではないだろうが、嘘ではないなとレティシアは判断した。
さて。
これが王城ならとっくにこの娘を確保できているのだけど、ここは神殿だ。異変に気付いた者は動いているだろうけど、ここに駆けつけるにはまだ少しかかりそうだ。
とにかく言葉巧みに引き留めようと思ったその瞬間だった。
「さて、お仕事は終わったので、わたしは帰りますね。どうも突然お邪魔してすみませんでした」
「え、いえいえ気にしないで結構よ。それよりもう少しお話をうかがいたいのだけど」
逃がしてなるものか。
人間大の精霊の塊で、しかもどこかの大精霊の祝福つき。手元で戦力にできれば比喩でも何でもなく万の軍勢にも匹敵するだろう。
この後に自分がやらされる王侯貴族としての大仕事に、これ以上なく使える駒ではないか?きっと、これは神様のおぼしめしに違いない。
レティシアは身体に神聖魔力をまとわせると、ごく自然に、さりげなくサユリの手をとろうとした。
だが。
「それでは失礼しますね。おじゃましました!」
にっこり笑ったサユリもまた、実に自然にさりげなく動いた。自分の手をとろうとするレティシアの手をタッチの差がきれいにすり抜けると、ぴょこんとツインテールの髪をゆらして可愛く挨拶した。
差し出した手が宙をつかみ、想定外の姿勢の乱れで一瞬バランスを崩した。
そしてレティシアが姿勢をたてなおしてサユリを再び見た時にはもう、たった今そこにいたはずのサユリの姿は消えていた。
(なにこれ!?)
「どうされたのですか?」
軽装の派遣神官……神殿の空気を乱さないよう見習い神官になっているだけで、本来の役職はレティシアの護衛騎士である……が駆けつけてきた。
その者にレティシアは迷わず、王家の証をかざした。
「……それは!」
「たった今からわたしは王族に戻ります、そしてその上で命じます。
たった今、この神殿に魔族が侵入しました。ツインテールの髪をした女の子の姿で、本体は若いようですけどどこかの大悪魔の加護を持っているようです」
「なんですって!?」
「ただちに全館戦闘態勢へ!総員に魔封じと隷属の魔道具使用許可を出してください!
あの悪魔は使えます!秘めた能力は高そうですが今ならただの子供、絶好のチャンスです!できれば封じて捕える事、いいわね!」
「はっ!ただちに!」
「了解しました!」
後から駆け付けた別の神官もレティシアに敬礼し、そしてすぐに散って行った。
それを見送りつつもレティシアは、じっと考える。
(命令しては見たものの、完全に後手だもの……おそらく今日捕えるのは至難の業でしょうね。
だけど、きっと捕えてみせる。あれは私のものよ)
おそらくは見た目通りに幼い、しかし巨大な力を秘めた精霊体。
それほどの力をもちながら、とても素直でかわいらしいとわかる性格。
「サユリといってたわね。見た目もそうだけど、響きからしてこのあたりの名前ではなさそうね」
レティシアは少し考え、そして何を思ったのか自分の手を見る。
「さわりそこねちゃった……んん、捕まえたら絶対抱きしめるんだから!」
隷属させて道具にするような物騒な発言をしていたわりには、かわいいぬいぐるみか親戚の幼女のような事を言う。
どうやらレティシア自身、道具としてほしいのが、可愛いからゲットしたいのか切り分けがついていないらしい。
「欲しい……ぜったい欲しいわあの子!……見てなさい!」
謎の活力に満ち溢れ、レティシアは楽しげにオホホと笑うのだった。




