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精霊の森の迷い子  作者: hachikun
16/28

しんでん

 北部神殿。

 王国の中でも北部特別地域に位置するこの神殿は、訪れる人も少なく、最果ての神殿と呼ばれている。

 だが、その場末じみた呼び方に反して建物や設備はおそろしく豪華でもある。

 実はこの神殿、かつては現在の教会でなく精霊信仰の総本山であった。

 各地からやってきた参拝者を泊めるための設備が存在した。隣接する北の森にいる水の大精霊の加護もあって、寒い土地の設備とは思えないくらいに年間通して暖かく、そして快適だった。

 教会の設備となった今、もちろん水の大精霊の恩恵は絶えて久しい。精霊信仰者以外には非常に不便な土地という事もあり、訪れる人も少ない。

 ただ歴史ある古い建物である事、異教から奪いとったという事で教会の権勢の象徴という意味もあり、わざわざ手間をかけて維持されているという経緯があった。

 そんな神殿だが、実は教会関係者的にはメリットもあった。

 当時まだ若い宗教だった聖堂教会は、格付けや歴史を欲していた。そして精霊信仰の総本山だったこの神殿には、はるか古代から伝わる膨大な図書館(ライブラリ)が存在し、精霊信仰関係に限らず、世界のさまざまな出来事や神話伝承などが、広い意味でいう人族共通の叡智(えいち)として収められていた。

 彼らはこれを調べ……誰にも邪魔されない静かなこの地で、自分たちの歴史に書き換えていった。

 過去の英雄を彼らの神に選ばれた勇者とし、その栄光をすべて奪いとった。英雄の仲間もすべて人間族とし、どうしても外せない存在……たとえばドワーフの鍛冶師などは、勇者に助けられて忠誠を誓う事で、いわば『名誉人族』として特別に地位を許された存在であるとした。

 おびただしい歴史が、記録が、彼らの身勝手な思惑のために書き換えられ歪められ、二度と戻らないように焼き捨てられた。

 地球の歴史をいえば、いわゆる焚書(ふんしょ)を行うような野蛮な国や種族が長く栄えた歴史はあまりないのだが、彼ら聖堂教会も例外ではなかった。彼らはやがて新興国家たちに倒され解体され、ほとんどの力は奪われてしまった。

 そしてただ、人々の心のよりどころとしての、つまり宗教としての本来の仕事だけを果たせと求められてきた……それが今の聖堂教会の姿だった。

 

 そんな北部神殿だが、かつての栄光がそのまま残っている設備もまだあった。それはお風呂である。

 森の中にある源泉から直接お湯を引いているので湯量もたっぷりで、しかも浸かるとお肌がつるんつるんになる。娯楽の少ないこの神殿に回されてきた若い巫女たちは美しくも癖のある変わり者が多かったが、この素晴らしいお風呂はそんな彼女たちの公然の秘密ともなっていた。

 王都では湯浴みなど王侯貴族の特権といっても良かったが、国王でもこんな素晴らしい温泉風呂など使っているわけではない。そして、神殿に入れる王族は王家の証を持つ者だけなので、王権でここの湯を独占するような事もない。

 彼女たちはそれを知っており、自分たちの幸運の価値を誰よりも理解していた。

「あはは」

「そうねえ」

 楽しげな娘たちの会話が、湯気の向こうから聞こえていた。

 彼女らは少し前までここの掃除をしていた。

 さほどの手入れはいらないとはいえ狭い風呂ではないから、それはそれなりに重労働だったのだが、掃除をした係はその後、休憩と称して仕事中に入浴する事が許されていたから、むしろ人気の掃除当番だった。彼女らは手分けしていつものように仕事を終わらせ、そして楽しんでいた。

 そんな会話の最中に、それは起きた。

「え?」

 唐突に、湯船の一部で湯が噴水のように上がった。

 何事かと娘たちの一部が近寄ろうとしたが、湯気が大量に吹き出して何が何だかわからない。

「な、何これ!?」

「ぷはっ!、な、何も見えな……!」

 湯気の向こうで何か、強烈な魔力の塊が「うぞり」と動いた。

 娘たちは全員が巫女であり、魔力の扱いにある程度長けていた。ゆえにこの大きな魔力の動きに全員が気づけたし、そして、その強烈さと異様さに、一瞬フリーズした。

 そして次の瞬間、いちはやく我に帰った娘のひとりが動き出した。

「誰!?」

 しかしその異様な気配は次の瞬間、空気に溶けるように消えた。

「……大変、誰か通報を!」

「え?」

「ここのお湯、隣の魔の森から引いてるのよ!」

「え……」

「え、えええ、そうなの!?」

「早く!まさかと思うけど魔物かも!」

「え」

「じゃ、じゃあ今のが!?」

「急いで!!」

「は、はぃぃぃぃぃっ!」

「あなたたちも早く上がって!ただちに非常態勢へ!」

「りょ、了解ですっ!」

 

 

 レティシア・フォン・アルベストはその時、神殿の祈りの間にいた。

 彼女は王族の末席であったが、それよりも神事に精力的だった。聖堂教会の歴史を悪い意味でもある程度知っていたが、それでも宗教がひとの心のよりどころである事を知っていて、自分は王権をめぐっての争いよりも人々のために尽くしたい。そんな事を彼女は考えていた。

 ただし、彼女の周囲の人々は、彼女をそれだけの人物とは見ていなかった。

 優秀な人物であったレティシアが神殿にやられたのも、元はといえば優秀な王族を減らしたい者の思惑と、レティシアを守りたい彼女の味方の思惑が合致した結果だった。そして、そのままいけばレティシアは神殿の神職として、彼女の思い描く人生を送れるはずだった。

 神殿の周囲に不穏な兵士たちが現れるまでは。

(あれは、王家の証を探しているのね)

 王家の証はただのシンボルではない。あれには特別な術式が秘められていて、あれを扱う者が安定した王権を駆使できるように工夫されている。

 そう。

 ずっとむかしに、終わりのない足の引きずりあいを止めようと、当時の王と神官たちが作り上げたもの。

「……」

 ふう、と、ためいきをついた。

 人形のように美しいブロンドがゆれて、青い瞳が悲しげであった。

(こんなところに兵がくるという事は……他の王族はたぶん)

 レティシアよりも小さな子どもたちしか残ってないに違いない。

 そしてそれは、彼女が先日得た最新情報とも合致していた。

 

 王族として政治をせよというのなら、否はない。彼女は王族なのだから。

 

 しかし、王の証がないままに王権を継ぐのは、絶対にありえない。

 それをやってしまうと、この国の混乱の火に油を注ぐだけなのだから。

 

 さて、どうしたものか。

 悩みにくれていたレティシアに、その声はかけられた。

 

 

「あのー、すみません」

「……はい?」

 レティシア・フォン・アルベストはその瞬間、あっけにとられてその女の子を見た。

 見慣れない人種の、しかし可愛い女の子だった。ツインテールの髪がよく似合っていて、ダークブラウンの瞳が、古い記録にある伝説の異世界人のようだった。

 いや。

 容姿も見慣れないが、服装もおかしかった。

 簡素な衣服は村娘のものに似ているが、どこか根本的に違っている気がした。むしろそれは古代衣装などにありそうなデザインで、パッと見えるところに縫い目というものがほとんど存在しなかった。

 思わずレティシアは、彼女の背中に回って後ろを確認してみたくなった。

(まさかこれ……かぶるタイプの服なんて言いませんわよね?)

 このあたりの界隈で、貫頭衣(かんとうい)タイプの服が使われていたのはずいぶんと昔の事。精霊信仰時代にまで遡る事になる。あるいは一部の神事のための服装などにわずかに存在するか。

 だけど、レティシアはその可能性を頭から振り払った。

 ここは教会の施設なのだ。精霊信仰時代の姿なんかでうろうろしたら、何が起きるかわからない。

 いくらなんでも、そんな無謀な者はいないだろう。

「あの、すみません」

「あ、はい、ごめんなさい何かしら?」

 とりあえず、謎の女の子は何かを尋ねたいようだ。

「えっとですね、届け物があるんです。こちらでお仕事をなさっている、レティシアさんって方にお荷物が……って、あら?」

 そういうと、女の子はまじまじとレティシアを見た。

「もしかして、レティシアさんですか?見て……もとい、うかがっているレティシアさんのイメージによく似ていらっしゃいますが」

「……あなた、だれ?」

「あ、すみません」

 自分が失礼な物言いをしていると気づいたらしい。女の子は苦笑した。

「失礼しました。まず自己紹介しますね。

 わたしの名はサユリといいます。

 3日ほど前なんですが、南にある樹精の森のところで騎士の姿で白ひげのおじいさまに出会いました。で、そのおじいさまが、いまわの際におっしゃるのに、北の神殿にいらっしゃるレティシアさんという方にペンダントを届けてほしいと、そうおっしゃったんです」

「はぁ、ペンダント……ペンダントですって!?」

 その言葉の意味するものに気づき、レティシアは思わず声を荒げた。

(王家の証?じゃあ白ひげ騎士というのはセバス?で、でも)

 困惑しているレティシアに、サユリと称した女の子はさらに言葉を続ける。

「あの、わたし、よくわからないけど大切な届け物みたいなんです。だからレティシアさんご本人に確かにお届けしたいと思うんです。

 それで、すみませんけどレティシアさんご本人ですか?

 もし違うのでしたら、レティシアさんご本人にあわせていただけないでしょうか?白ひげの騎士様からあずかったお届け物があるって」

「その必要はないわ、レティシア……いえ、レティシア・フォン・アルベストは私よ」

「あ、そうでしたか。それは良かったです」

 にっこりと笑うと、サユリは言葉を続けた。

「ではレティシアさん、これを」

 ごそごそと首に手をやり、服の下に隠してあったペンダントを外すサユリ。

 しかし。

(……え?)

 レティシアはサユリの行動を見て驚いた。

(身につけてる?王家の証を?どういうこと?)

 思わず、レティシアは唖然としてしまった。


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