みずもしたたる、いいy
「あ、あれ?」
サユリの意識は唐突に戻った。
「あら、おはよう」
「おはようございます……あ、あれ?」
どこか、まだ少し眠そうに、しかし困惑した顔をした。
目の前にルサールカの顔があった。しかしそれは上から覗きこまれている風景だったし、ついでに言うと頭の後ろが柔らかだった。
ひとことで言うとその状況は「ひざまくら」であった。
「わたし、なんで」
「ごめんなさいね」
「え?」
「いえね、サユリさんに祝福をかけてさしあげたのですけど、その際に少しだけ意識を失わせたの。術式の都合上、どうしてもそれが必要だったのですけれども」
そういうと、ルサールカは苦笑いを浮かべた。
「まさか、あそこまで催眠が効くなんて。しかもそのまま眠りに落ちるなんて。サユリさんは本当にいい子なのね」
「え、いい子って……え?」
わけがわからないサユリは、そのまんま質問した。
「私の催眠は、苛立ちや怒り、嘆きといった心のさざなみを一時的に平面化する事で鎮静化するものなの。普通はボーッとして立ち尽くす程度の効果なのだけど、それでいいの。そうやって抵抗をなくした心なら、傷みのない髪に櫛をさすようにスッと術も入っていくものだから。そしてそれが一番、相手の心に負担をかけないものなんだけど。
なのに、サユリさんはそのまま眠りに落ちるほど効いてしまった。
これはサユリさんが……そうね、心の底から穏やかでまっすぐな心の女の子って事かしら」
「ルサールカさん」
「なにかしら?」
「今、少し表現に迷いましたか?」
「うまい表現に困ったのよ」
「そうですか……ハァ」
「どうしたの?」
なぜか気落ちした風のサユリに、ルサールカは首をかしげて問いかけた。
「前にゴブリンさんたちに注意された事があるんです。わたしは魔法耐性が低いから、冒険者に近づいちゃいけないよって。きっと、ひどいめにあわされるからって」
「ゴブリンたちがねえ……あの子たちにも可愛がられているのね、あなた」
「え?」
「わからないの?つまり、私とそのゴブリンたちはほとんど同じ事を言っているって事。つまり」
「魔法に弱いから気をつけろ?」
「そういうこと。まぁ正しくは魔法耐性が低いのでなく、あなたの心がまっすぐすぎるのだけど」
「心がまっすぐすぎる?」
「ええ」
ルサールカはハッキリとうなずいた。
「たとえば同じ種族でも、生まれたばかりの子供と大人では魔法のかかりが全然違うの。子供の方が特に、害意からくる魔法の悪影響を受けやすいものなんだけどね。あなたもそれと同じなの。わかる?」
「言わんとする事は、まぁ。……あの、ひとついいですか?」
「何かしら?」
「魔法への耐性を高めるにはどうすればいいんですか?」
「ふむ」
ルサールカは少し考え、そして言った。
「とりあえず長生きすることね」
「え?」
「今のサユリさんがどうして魔法耐性が低いかというと、動物でいえば赤ちゃん、植物でいえば若芽のようなものだからなの。
季節が巡ると成長した若芽が堅い枝になるように、サユリさんの魔法耐性も上がっていくはずよ。精霊として生きた時間だけね。
だから、とにかく生き伸びなさい。耐性なんて自然とつくから」
「あ、はい。ありがとうございます。
でも、もう少しというか……積極的な訓練とかでアップする方法はありますか?」
「魔法をたくさん使うことね」
「魔法を使う?」
「ええ」
ルサールカはまじめな顔でうなずいた。
「サユリさん、あなた普段森で何をしているの?たぶん平和に暮らしているだけだと思うけど。いつも使ってる魔法はある?」
「食べ物とか、行き倒れさんの浄化、かな。あれも魔法になりますか?」
「浄化?……ああそうか、樹精の森ならゴブリンの集落も多いし行き倒れも多いか。なるほどね」
うんうんとルサールカは納得したようにうなずいた。
「その路線でかまわないから、とにかく毎日使い続けなさい。
それから、移動用の魔法も使ってみるといいわ。たとえば今回私が与えた水の力もね。
そういえば本題だけど、サユリさん、自分の中に水の力を感じられる?」
「えっと……」
サユリは少し悩み、そしてキョロキョロと見回して「あっ」と小さく叫んだ。
「えっと、よくわからないけど、自分の中に水気があるのを感じます」
「それだけ?」
「いいえ、あと……ルサールカさんのまわりに小さい、水でできた生き物がみえます。いっぱい」
「それはカタチもたぬ精霊たちね。私の影響を受けているから水に見えるけど、サユリさんのまわりを漂ってる光と本質は同じものよ。わかる?」
「はい、わかります」
「よしよし、うまく備わったみたいね」
よろしい、とルサールカと微笑んだ。
「本来、精霊の力に属性はないの。
でも私はその成り立ちに水精霊を信仰する人々の心が絡んでいるから、こういう属性をもってしまっている。それはある意味呪縛だけど、無属性ではできない力の使い方ができるという事なの。わかるわね?」
「はい、わかります」
「いいわ。じゃあ、まずはここのお湯に浸かって、一体になってごらんなさい」
「あ、はい、わかりました」
返事をして起き上がり、さぁ服を脱ごうとしたサユリなのだけど、
「脱ぐ必要はないわ」
「え、でも」
「その服、技術は稚拙だけどちゃんとした精霊織りだわ。ゴブリンが作ったの?」
「はい、たぶん。ゴブリンさんたちからもらいましたし」
「精霊織りというのは精霊の一部と同じだから、あなたが水に、空に溶けるなら同じように溶けてついてきてくれる。だから問題ないの」
「そうなんですか?」
「ええ」
ビックリしたように自分の服を見るサユリにも、ルサールカは楽しそうにクスクスと笑った。
「まぁ、温泉に浸かるのだから脱ぎたいって気持ちもわかりますけどね。それはお仕事を果たして戻ってからのお楽しみにすべきだわ。そう思わない?」
「そうですね……はい、じゃあ楽しみにしてますっ!」
うんうんとルサールカは微笑んだ。
言われるまま、サユリは改めてお湯に入った。
お湯の熱さがほとんど感じられないのに、湯船に浸かる感覚だけは少し感じる事ができた。
その原因が衣服にあるのだと漠然と気づき、サユリはこの素朴な衣服のもつ特殊能力に、改めて気づかされることになった。
「これって……」
「精霊織りの衣服は、着込んだ者を熱さや冷たさから守るの。その恰好で氷原にだっていく事ができるのよ。まぁ、息をとめていればですけどね」
つまり、体内に取り込んでしまったものまでは防いでくれないという事。
でも、サユリには充分だった。
「サユリさん」
「はい」
「お湯を感じてごらんなさい。そして、自分の中にある水とそれをあわせてみるの。できる?」
「やってみます!」
そういうと、サユリは静かに深呼吸をし、目を閉じた。
そして。
「……!」
さきほどから何も語らず、サユリを観察していたレクターの目が「まさか」という感じに開かれた。
サユリの身体にお湯が、正しくは水がまとわりついていく。
やがてサユリの全身は、すっぽりと水の中に沈んでしまった。
事態はそれだけでは終わらない。
「!?」
レクターの目が「ばかな!」と言わんばかりに開かれ、そしてルサールカが嬉しそうに微笑んだ瞬間。
サユリの姿が水柱の中から唐突に消えた。
次の瞬間。
中身を失った水柱が、ジャブンと湯船の中に戻って大きな波紋を広げた。
「な、なんだこれ!?」
「そんなに驚く事かしら?水気と同化して水となったんだから当然でしょう?」
「なんだって!?」
レクターの驚愕は無理もなかった。
通常、水の精霊の加護で水と同化というと、水中でも呼吸の必要がないとか、冷たい水でも平気といった類のものだ。そして、それだけでも実際、物凄い恩恵である。
なのに、水と同化して姿を消すなんて。
「サユリをどこへやった!?」
「もう移動をはじめたわよ。お湯のラインから源泉をたどって、そこから神殿への道をみつけて。
……それにしても、はじめて使ったとは思えない順応ぶりねえ。こんなの久しぶりに見たかも」
「無責任じゃないか!サユリに何かあったらどうする気だよ!」
「何もないわよ、少なくとも今はね」
「……」
「人間部分の影響が少ないって、こんな凄い事なのね。まさか一発でここまで順応しきるなんて。……ふふ、楽しみだわ」
「おい、水の」
「わかってるわよ」
目を細めたレクターに、ルサールカは微笑んだ。
「あの子がどんな精霊になるのか、それとも今のまま時が尽きるのを待つか。それはあの子が決める事だわ」
「わかってるならいい」
「ええ。お互いにね」
「……」
「でも、いいわねえやっぱり」
「おい」




