みずのせいれい
すみません、バカネタ注意。
それは不思議な光景だった。
深い森の一角が急に開けていて、そこだけまるで野趣あふれる露天風呂となっていた。大きな湯船のようなものが複数あったが、一番奥にある湯船は妙に美しく湯気も多く、またその周囲にはコケすらもほとんど生えていなかった。
おそらく、なんらかの成分が強すぎて有毒か、あるいは熱すぎるのだろう。
そして。
「……」
比較的ぬるいだろうと思われる湯船に、のんびりと美しい女が浸かっていた。
女は長い黒髪をまとめるでもなく、ただ湯に浸るにまかせていた。一糸もまとっていないうえに湯の透明度も高いので、お湯の中に豊満な女の肉体が存在しているのも、サユリの目にハッキリと見えていた。まぎれもない美女であり、サユリは思わず、自分の心に正直に反応してしまった。
(すっごい、おっぱい……)
豊満なおっぱいがそこにあった。
ある種の子供は女性のおっぱいに強い興味を抱き、初対面の他人のおっぱいでも普通に見たがり、さわりたがる。これは性的なものというより、むしろ母乳で育つ生物としての本能に近いものだと思われる。
実はサユリもそのタイプだった。
エルフ組の時は非常事態だった事、そしてエルフという特性なのか、とてもささやかだった。だからサユリも普通に応対していた。
だけど、目の前の女の豊満なおっぱいは別だった。
無駄に大きいのでなく、カタチも理想的な状態での立派なサイズ。
(あぁ……)
無意識にサユリは、心の中で両手をわきわきさせた。
「こ、こんにちは」
迷わず、おっぱいに向かって挨拶していた。
「……サユリ?」
サユリの残念すぎる異変に気づかないレクターは全力でおいてけぼりだったのだが、それに気づく余裕などサユリにあるわけがない。目は引き続きおっぱいに釘付けである。
そんなサユリの興味に気づいているのだろう、女はクスクスと楽しげに笑った。
「はい、こんにちはお嬢さん。そんなに私の胸が気になるのかしら?」
「は、はいっ!……っ!?い、いえっ!」
ズバリ指摘されて混乱するサユリを見て、女は楽しげにクスクスと笑った。
ちなみに二人ともまだ気づいていないのだが。
女は身体こそ普通に美女だが髪がおかしかった。
具体的には、彼女の長い髪は湯船に浸かってしまっているのだけど、途中からお湯に溶けて消えてしまっていた。ただ彼女の髪が黒いこと、そして湯船の底の色が暗色なのもあって、どこまでが彼女の髪で、そして末端がどうなっているのか、視覚的には非常にわかりにくくなっていた。
それはまるで……お湯が彼女の一部であるみたいにも見えた。
そんな彼女だが、サユリを見てやわらかく微笑んだ。
「お嬢さん、ここに入りにきたのね?」
「え?あの?」
「違うのかしら?神殿にいきたいのでしょう?」
「あ、はいっ!」
女の問いかけに、サユリはウンウンと答えた。
「私は水の精。精霊を祀り上げる人の子には、いろいろな名前で呼ばれる存在。お名前は好きに呼んでくださるといいわ」
「わたしはサユリです……お名前が決まってないんですか?じゃあえっと」
サユリが迷ったところで、隣にいたレクターが発言した。
「確か昔、このあたりの精霊信仰者からはルサールカって呼ばれてなかったか?」
「ええ、そうね猫さん。別にその名でもいいわよサユリさん?」
「はい。じゃあとりあえずルサールカさんで。もしおイヤでしたら後からでも訂正しますから」
「ええ、ありがとう」
にこにこサユリと精霊……ルサールカが笑いあった。
「カタチある精霊という事は、ルサールカさんも生前がおありなんですか?」
「そうともいえるし、違うともいえるわね」
「?」
謎めいた言葉にサユリは首をかしげた。
「サユリ、ルサールカは人々の精霊信仰から生まれた存在なんだ。だから僕やサユリとは根本的に違うぞ」
「あら、その言い方はちょっとどうかしら?」
レクターの説明をなぜかルサールカはさえぎると、少し眉をよせた。
「猫さん、あなたも知ってると思うけど、私の核になっているのは、はるかな昔に精霊信仰の巫女をしていた一人の女性の魂よ。その上に長年修行を積んだ歴代の巫女が力を少しずつ寄付してくれて、そしていつしか私という存在になったの。わかっているわよね?」
「……ああ。だから僕やサユリとは」
「あなたとはどうか知らないけど、サユリさんとは近いと思うけど?」
クスクスとルサールカは笑った。
「まぁいいわ猫さん、あなたとのお話はまた後でね。
サユリさん、あなたは神殿に向かうつもりでこの森に入ったのでしょう?でも入口のオークにいわれてここを目指した。違うかしら?」
「はい」
「なら、やっぱりここで正しいわ。
この泉、まぁ温泉になってしまっているのだけど……ここと神殿のお風呂がつながっているのよね。だから、私がいればここからあなたを送り届けられる。わかった?」
「なるほど、そういう事でしたか」
「ええ」
そういってルサールカは笑うと、右手をすっとさしだした。
そして、指先でサユリに向かって「おいでおいで」をした。
「あ……」
その瞬間、サユリの目がとろ~んと眠たげになった。
「おいで、かわいい迷い子さん」
「はい……」
言われるままにサユリはゆっくりと、湯船……ただし視覚的にはお湯のわく泉に足を踏み入れた。
「サユリ!?」
それをあわててレクターが止めようとしたが、
「猫さんはダメよ」
「!?」
その瞬間、レクターの全身が何かに拘束された。
「な……!?」
それは蔓草だった。
「森の草!?い、いつのまに!?」
あわてるレクターに、女が静かに告げた。
「猫さんはここにいないとダメ。ちょっと待ってなさい」
そういうと、近づいてくるサユリの腹……服の上から、おそらくはヘソのあたりに手をやった。
「はい、静かにね。今、祝福をあげるからね」
『……はい』
サユリの口は動いていない。でもなぜか声は響いていた。
「意識を停止。さて、祝福をどこにいれようかしら?」
楽しそうにサユリの身体をあれこれ調べていく。
「あら、猫さんの魔術がかかっているみたいね。ちょっと割り込ませてもらうわよ?」
「やめろ!それは防御結界を兼ねてるんだ!無理に外せば」
「え、外さないわよ?こんないい結界、もったいないじゃないの?」
そういうと、サユリの腹にやったままのルサールカの手から、水のようなものがあふれ出た。
それは重力も何も存在しないかのようにサユリを包み込んでいった。
「ここを通り抜けるには水化の祝福が必要なのよ。
せっかくの猫さんの愛情表現に水をさすつもりはないけど、必要なものだから。悪いわね?」
「言いがかりだよ。それは非常時に猫化して逃げ出すために刻んだんだ」
「それを否定するつもりはないわ。
だけど、ひとを強制的に動物化すると理性を失い、一時的に術者の言いなりになる事は説明してないでしょう?
しかもこれ、発動のキーは彼女の意志でなく、あなたが決めるようになってるわよね?」
「もちろん。魔法初心者のサユリに変身魔法の発動キーなんて危ないものを持たすわけにはいかないからね」
「ふうん。で、勝手に彼女を猫にして元に戻さず、混乱した彼女をどうするつもりだったの?」
「……水の精霊が曲解もお得意だとは知らなかったよ」
「水面のゆらぎは心のゆらぎ。水の精霊に嘘やごまかしが通用すると思ったら大間違いよ?」
「……」
「言っておくけど、あなたの愛情を否定するつもりはないのよ。
でも、サユリさんが欲しいと思うのなら、そういう愛情表現はやめておくことね。これは心からの忠告よ」
「……わかったよ」
ふうっとためいきをついたレクターに、ルサールカは静かに笑った。
「で、なんで僕は待機なわけ?」
「どういう結果になるかは別にして、サユリさんはコトがすんだら必ず王国関係者に目をつけられるわ。
そうなった時、あなたがついていると『魔力を秘めた猫をつれた少女』で指名手配されちゃうでしょう?」
「うん。だからこそ猫変化をしかけたんだけど?猫二匹なら人間の防衛ラインなんて楽勝でしょ?」
「彼らを侮りすぎだわ。間違いなく動物型精霊二匹として『捕獲者』がやってくるわよ」
「あんなものに僕らは捕まらないよ」
「初心者のサユリさんにそれが適合できるの?なんの知識もない彼女を守りながら自分も守り、逃げられるの?」
「……」
「猫さん、本当に彼女を守りたいなら可能な限り危険を避け、安全をとらなくてはならない。わかったかしら?」
「……ああ、よくわかった」
レクターはしばらく黙考した後、ようやくそれだけを答えた。
そしてルサールカはそんなレクターに、
「ん、よろしい。あなたの元にいつもよき流れと滋養がありますように」
そういって、やさしく微笑むのだった。
ルサールカについて:
人間の精霊信仰が生み出した存在で、確かにレクターの言うようにサユリたちとは別の存在といえる。
ただし自意識は本人がいうように大昔の精霊信仰な巫女たちが元になっていて、その意味ではサユリに近い。
レクターにも近いが、そもそも祝福によって生まれてきた経緯があるので、心残りをもって世界に溶けずにいるレクターとはどうしても異質な存在といえる。




