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都平阿坂4

「連理!!!!!」

僕は焦る気持ちのまま連理に近づいた。

途中スキーが脱げてしまったがどうでもよかった。

彼女に触れた。ずいぶんと軽い感触がしたような気がした。

がたがたと揺さぶっても反応は鈍いままだ。

ふと怖くなって彼女の帽子とゴーグルをはぎ取った。何か違うものになってしまったのかと疑った。

そこには僕とよく似た顔がぼんやりと虚空を見つめていた。

「連理!」

僕はもう一度彼女を呼んだ。

ようやく彼女がうっそりと僕を見た。

まだ彼女がクルミと自称していた時の彼女と同じ目をしていた。

ぼんやりとして焦点の合わないそんな目だ。

ぞわりと何かに足をつかまれるような感覚に陥った。ずぶずぶと沈んでいきそうな気がした。

焦る気持ちを抑えてがたがたと彼女を揺さぶる。

「きこえてる」

静かに彼女はそう返した。

僕を気にするそぶりは見せなかった。ぼんやりと僕を見つめている。

そのぼんやりとした瞳のままゆっくりと…ゆっくりと両手を持ち上げ、僕の帽子とゴーグルを外しゆっくりと後ろに落とした。


風がほほをなでる。

ここまで焦って滑ってきて、暑いはずなのになぜかひどく寒い。

そして、目の位置が合う。

僕たちは身長が変わらない。だから正面に立つと自然と視線があう。

まっすぐと僕は彼女を見つめた。それでも目が合ったという気はしなかった。

随分と長い間見つめあっていた気がする。もしくは一瞬だったかもしれない。


「ねぇ阿坂。これなんだと思う?」

彼女はそう言って視線を外し、顔だけで彼女の背後にある岩をさした。

大きな岩だ。

学校にある岩よりもずっと大きな岩だった。

そしてその周辺には何もなかった。

不自然に何もなかった。

であればここはもともとそういう場所だったのかもしれない。神に祈る場。祭壇。

だからこそ僕は正直に答えた。

「ごめん。わからない。

確かにもともとここに住んでいた人達にとってここは特別な場所だったのかもしれないけど……この山にそういう信仰があったとか知らないんだ。

本当に知らないんだ。」

連理は顔を岩に向けていて表情は見えない。

「知っていたなら近づけなかった。」

そうとも。

知っていたなら近づけなかった。

「そうよね…あなたはそういう人よね」

そういって連理は岩から視線を外した。独り言のようにも聞こえた。


「……呼ばれた気がしたの」

「でももうわからないの」

連理はこちらを見ないままぼそぼそとしゃべる。

風が僕と連理の間に吹いた。こんなにそばにいるのに、あまりにも離れてしまった気がする。

僕は何も言えなかった。


僕も何も感じられなかった。

あの日、オキクルミと仮称をつけられた彼女と対したとき。確かに僕は彼女の存在を人間ではないと感じていた。

彼女とともにあの学校にいた、何かを感じていた。何かがいた。それはわかっていた。

でもあの日。

彼女を妹としたあの日から。

僕には何も感じられなくなってしまった。

本当に何も感じなくなってしまったのだ。

それは僕がこの世界の筆者であったそのすべてを失って、この世界の一員になっってしまったことを示していると僕は解釈した。

だからこそ何も感じない。

連理もそうだったのだろう。

元は人間ではない存在から僕と同じ人間となり。

人間になったからこそもともとは同じような存在であった彼らの存在を感じられない。

世界が変わってしまった。

つまりは

そうつまりは

全部

僕のせいということだ。

心がざわざわと泡立った気がした。胃がきゅっと縮むような気がした。

何とかしないといけないと思った。


「……真白さんが心配している。帰ろう」

絞りだした声がひどい音をしていた。自分の声とは思えないほど低い。かすれた声だった。

「かえる?」

ゆっくりと連理がこちらを見つめる。

本当に思い出してしまう。あの日のことを。

何も映していない瞳。

「帰ろう。」

僕は重ねて告げる。

「楽しことをしよう。これまでも。これからも。たくさん楽しいことをしよう。

来年は修学旅行もある。真白さんと回るんだろ。君が知らない土地に行くんだ。飛行機に乗って。

楽しみにしていたじゃないか。きっと君の好奇心を満たしてくれる。世界を広げてくれるよ。」

ぼんやりと連理は僕の言葉を聞いていた。

だから僕はこれから起こりそうな楽しそうなことを言い連ねていった。

いくつも

いくつも

思いつくままにしゃべった。

そしてそれらがもうなくなりそうなとき。

彼女は目を伏せて軽くうなづくようなしぐさをした。

「そうね。私はそれのために自分で選んだんだった。」

「帰りましょう。」

そういって僕をにらむ彼女の瞳にはしっかりと僕が映っていた。


連理と一緒に元来た道を戻る。幸いにも雪が降ってはいたけれど帰る道は消えてなかった。

ちらちらと後ろを振り返る。きちんと連理がついてきている。

それを確認出来てほっとする。

前に進む。

確認する。

ずっとこれを繰り返している。

そしてどのくらいの時間がたったのだろうか。元の、林に入る前、あの子供にあったコースまでたどり着くことができた。

あの子供を探したがもう姿は見えないようだった。

スマホを見ると最後に時間を確認してから1時間が立っていた。

連理がいなくなってから3時間ほど。19時を過ぎていた。

真白さんから100件を超える連絡が来ている。

大変申し訳ないが忘れていた。

慌てて電話をかけると1コールもしないうちに電話はつながった。

「阿坂君!」

完璧に泣き晴らしたガラガラとした声だった。申し訳ない気持ちがあふれてくる。がこっちも必死だったのだ。

「いたよ。ちょっと道を外れてたみたい今代わるね。だから落ち着いて」

要件を先に伝える。

真白さんは何か言っていたが聞き取れるものではなかった。

そしてこんななってしまったならもう本人に代わるのが一番だろう。電話を替わろうと連理を見ると疲れ果てたのか座り込んでいる。

でも漏れ聞こえる泣きじゃく真白さんの声に負い目を感じているのか素直に電話を替わり謝り倒している。


空を見上げる月が出ていた。

ほっとした。

とてもほっとした。

一息ついた。

ふと誰かに見られている気がしてあたりを見渡した。

ゲレンデには見当たらない。

しかし、森の中、木の上にきらりと光るものが2つある。いやいる。鳥か?

しかしこの距離だと何かまではわからなかった。デジャヴを感じる。

ずっとこちらを見ている2対の瞳。

2度も連れていかれるわけにはいかない。

「連理」

連理は疲れ果てた目でこちらを見上げている。電話口では真白さんが何かを伝えてきている。

「すぐに山を降りたほうがいい。降りよう」

ぼくがそう告げると、連理は今来た道を一瞥した後。

静かに小さくうなずいた。

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