第9話 全身MRIの結果
この物語が、降り止まない雨の中にいるあなたの一本の傘になれますように
全身MRIの結果が出る日が来た。
千葉北西病院の待合室で、ハユンと亜希子は言葉も交わさず順番が来るのを待っていた。
ハユンは受付番号を確認する。543番。
亜希子は、ハユンの手をそっと握った。
「大丈夫よ、大丈夫」
自分に言い聞かせているようでもあった。
ハユンも強く亜希子の手を握り返した。ハユンと亜希子は目を合わせると、微笑み合った。
モニターに543番が表示されると、ハユンは亜希子の車椅子を押して診察室へ入っていく。
「おはようございます」
亜希子は挨拶した。
モニターを見ている石川医師の顔が険しい。
「おはようございます。全身MRIの結果が出ました」
「はい」
亜希子は心して返事した。不安でたまらないハユン。
「腰椎、頚椎、骨盤、肋骨に転移が認められました。亜希子さんは、下半身が不随のため痛みを感じなくて、今まで分からなかったのだと思います。転移が認められると……乳がんはステージ4ということになります」
呆気に取られた亜希子は、気を確かに持って聞く。
「そんなにたくさんのがんが?」
「はい、この黒くなっているところががんです。今、上半身で痛みを感じる箇所はありますか?特にこの肋骨あたり」
石川医師は、自分の体を触って見せた。
「たまに、ズキズキします」
「肋骨のがんからでしょう。鎮痛剤をお出しします」
ショックを受けていたハユンがやっと口を開く。
「治る見込みはあるんですか」
石川医師は、少し考えて言う。
「……ここまで来ると……治すのは難しいです。なるべく苦しまないように……ターミナルケア、終末期ケアとも言うのですが、そちらをおすすめします」
「待ってください。治療はしないんですか?」
ハユンは少し混乱して聞いた。
石川医師は穏やかにしかし諭すように言う。
「最後までもがいて、治療する方法がないわけではありません。でも、決して楽な道ではありません。抗がん剤にも副作用があります。それに、治療をしたところで寛解する見込みは薄いです。残された人生をより良いものにするように考える方がいいと思います」
「残された人生って……私はもうすぐ死ぬということですか?」
「……言葉を飾らないで言うとそうです。下半身の不随によって、今のところ下半身に痛みを感じなくて良いのは、酷な言い方かもしれませんが、不幸中の幸いだと思ってください」
ハユンと亜希子は顔を見合わせた。
ハユンは恐る恐る聞く。
「……下半身不随じゃなかったら、痛みによって早くがんが分かったかも知れませんよね?」
石川医師はうつむいて言う。
「確かにそうですが……」
ハユンは悔しかった。石川医師は毅然として言う。
「死の準備が出来るというのも、色々な人生がある中で、こう言うのもなんですが……ある意味では幸運かもしれません。残りの人生を有意義に過ごせるようご家族で話し合ってみてください」
ハユンと亜希子は、ただただ石川医師の顔を見つめた。
帰りの車の中、ハユンと亜希子は沈黙するしかなかった。亜希子は心の中で、私はもうすぐ死ぬの?私はもうすぐ死ぬの?と繰り返していた。一人では抱えられなくなって、口に出してみた。
「私はもうすぐ死ぬの?」
「死なないよ」
ハユンは確信を持って力強く言った。
「どうして断言出来るの?」
「永遠に死なない」
「それは無理よ」
「無理じゃない!」
ハユンは語気を強めて言った。誰よりも石川医師の言うことを受け入れられなかったのはハユンだった。
「あの医者は嘘をついてる」
「お医者さんは嘘つかないでしょう?」
ハユンは、ハンドルを強く叩いた。亜希子がこの世から、自分の世界から居なくなるなんて想像もしたくなかった。
「本当にこれは現実なのか?」
ハユンは呟いた。亜希子はバッグからチョコレートを一粒取り出す。
「ハユンさん」
そう言うとハユンの口へ入れた。
ハユンはチョコレートを食べながら、甘みを実感するにつれて、これは現実なんだ……と受け入れるしかなかった。
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