第8話 泳ぐ鯛焼き
この物語が、降り止まない雨の中にいるあなたの一本の傘になれますように
研究室から帰ろうとしたシウに、さらが声を掛ける。
「シウくん、サッカー、一緒に観ない?日本と韓国の試合やるからさー」
「今日ですか?」
「そう、今日だよ。サッカー興味ない?見よーよー」
「はい、良いですよ」
「バッチバチよ、バッチバチ。どこで見る?シウ君て一人暮らし?」
「兄の家です」
「じゃあ、うちで観る?」
「それはちょっと……兄の奥さんに聞いてみます」
シウは亜希子に電話を掛ける。
「お義姉さん、今日の夜、家で友達とサッカー観ても良いですか?はい、はい、ありがとうございます」
シウは電話しながら何度も頭を下げた。
「大丈夫です」
「やった」
さらはガッツポーズをした。
スーパーで買い物をするシウとさら。カートを巡らせて、食材をどんどん入れていく。
ポテトチップスやキムチやいなり寿司など様々入れていくさら。あまりの量にシウは戸惑った。
「ちょっと、多くないですか?」
「そう?今お腹空いてるから無限に食べられるよ?」
さらは平然と言った。
「それに私、これくらい食べないと今の体保てないもん」
さらはぽっちゃりした体をくねらせて見せた。
「はい、わかりました」
シウは思わず納得した。
スーパーから出て来たシウとさら。さらが聞く。
「ねえ」
「はい?」
両手いっぱいのビニール袋をシウが持っている。
「どっち応援する?日本と韓国」
さらは身軽である。
「んー」
悩むシウ。
「何悩んでるのよ。シウくんは韓国、私は日本よ!決まってるでしょ」
「はい」
さらがシウの肩を叩くと、シウは少しよろけた。
シウとさらが家に帰ると、本を読みながら眠ってしまったのであろう亜希子の姿があった。
それを見て起こさぬよう忍び足で二階へいくシウとさら。
シウの部屋で、サッカーの試合が始まる。
開始五分、韓国がゴールを入れると、さらがシウの口にキムチを詰め込んだ。
次は日本がゴールを入れる。すると、シウがさらにいなり寿司をあーんと食べさせる。そうこうしている間に試合は終了した。
リビングに降りてくるシウとさら。足音に亜希子が気づく。
「お義姉さん、友達が帰ります」
〝友達〟という言葉にうっすら傷つくさら。亜希子は驚く。
「友達って女の子だったの!?」
「そうです」
シウは堂々としている。
「はじめまして、香川さらです」
「はじめまして。義理の姉の亜希子です。シウ君をよろしくね」
「はい、こちらこそお願いいたします」
さらは珍しく大人しい。
「ただいまー」
ハユンが帰って来る。
「おかえりなさい」
亜希子が声を弾ませて言った。
「鯛焼き買って来たよ」
ハユンはそう言って袋を亜希子に渡す。
「ありがとう。ハユンさん、こちらね、シウ君のお友達のさらさん」
「おじゃましてます」
さらは頭を下げた。
「どうも」
ハユンは素っ気なく反応する。
亜希子は袋から鯛焼きを出して、泳がせて見せる。
ハユンは微笑む。
「シウ君、これ、はい」
亜希子は鯛焼きをシウへ渡し、思わせぶりに言う。
「鯛焼きは二人で食べるものよね。ね」
ハユンに同意を求める亜希子。
「そうだな」
ハユンは頷いた。亜希子がシウに指示を出す。
「シウくん、二つに割って」
シウは言われた通りに鯛焼きを二つに割る。
「そうしたら、頭の方を、好きな人にあげて」
亜希子がにっこりして言うと、シウは自然と鯛焼きの頭をさらに渡した。
「まあ、そうなの?!」
亜希子は無邪気に驚いた。
照れるシウとさら。
「さらさん、この頭は受け取る?」
亜希子は上目遣いで聞く。
「は、はい」
さらは照れながら鯛焼きの頭を受け取った。
「もしかして、カップル誕生?」
亜希子ははしゃいだ。シウとさらは照れている。
「やだ、私ったら。素敵な瞬間に立ち会っちゃった」
嬉しそうな亜希子を微笑んで眺めているハユン。
ハユンはシウとさらを、玄関先で見送る。
「おじゃましました」
さらはそう言って外に出た。
シウは韓国語でハユンに言う。
「駅まで送って来る」
「家まで送れ」
ハユンはきっぱりと言った。
「駅で大丈夫だって言ってたよ」
「『駅までで大丈夫?』と聞いたのか?」
「そうだけど……良くわかったね」
「それじゃダメだ。『大丈夫』と返してしまう」
「……」
シウは何がダメなのか分からなかった。
「人間は『大丈夫?』と聞かれれば、血を流していても『大丈夫』と答えてしまう生き物だ」
シウはなるほどと思った。
「こういう時は『送って行くよ』と言うんだ。それで離れたところから、ドアを閉めるのを見届けてから帰ってこい」
「うん、わかったよ、兄さん」
シウは素直に頷いた。
シウとさらが駅に向かって歩いている。さらがにやにやしながら話し出す。
「お兄さん、鯛焼き並んで買ってきたんだよね?なんかかわいいね」
「そうだね」
「あんまり男の人しないんじゃないかな」
「兄は奥さんの為ならなんでもやるんだ」
「良い夫婦だね」
さらは素直にそう思った。
ハユンの家では、亜希子がすこし虚ろな目をしている。
「私、余計なことしちゃったかしら。二人にはその気がなかったかも……」
「それなら、そうなるだろう」
「そうなるって?」
亜希子はハユンを覗き込んで聞いた。
「壊れる」
ハユンは素っ気なく言った。
「……」
亜希子は切ない気持ちになった。
「私ったら、ほんとおばちゃんになったわよね。二人には悪いことしたわ」
亜希子はそう言って、ため息をついた。
お読みいただきありがとうございます。
お気軽にご感想等くださると嬉しいです♡♡
今後ともよろしくお願いいたします( ơ ᴗ ơ )




