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花束の傘  作者: 祥野雅子
24/27

第24話 ロザリオと産声

この物語が、降り止まない雨の中にいるあなたの一本の傘になれますように

「帰化?」

 亜希子は驚いて声を上げた。

「日本国籍になるっていうこと?」

「うん。日本には五年以上住んでいるし、この先も住む。言葉も問題ないし申請してみようと思う」

「……」

 亜希子にはそれが良いことなのか判断がつかなかった。

「日本国籍を取得したら、公務員を目指す」

 ハユンはきっぱり言った。

「ハユンさん、韓国人じゃなくなるのよ?」

「分かってるよ」

 ハユンは希望に燃えて張り切っていた。

「お義母さんがどう言うか……」

「もう伝えてあるよ」

「えっ?」

「亜希子さんが帰って来る前に連絡したんだ」

「お義母さんなんだって?」

「『ハユンの人生だから、好きにしたらいい』って。あと、こうも言ってた。『どうせ反対しても無駄でしょ』って」

「そう……」

 亜希子は、生まれた土地を離れて結婚し、その土地の人間になると決意したハユンの人生を想った。


 ……私は、必ずハユンさんを幸せにする……


 亜希子はそう心に誓った。


 妊娠四ヶ月を迎える頃、亜希子とハユンは産婦人科へ検診に来ていた。

 

 待合室は妊婦でひしめいていた。ハユンは唯一の男性だった。

「ハユンさん、ここ空いてるから座ったら」

「いいです。いいです。ここは女性の為の場所だから、立ってます」

 ハユンは頑なに立ち続けた。


 エコー検査を受ける亜希子。

 胎児が動いている。ハユンも画面にかじりついている。

 技師が二人に問いかける。

「性別わかりましたか?」

「わからないです」

 亜希子が素直に答えた。ハユンが続けて聞く。

「もう性別わかるんですか?」

「わかりますよ。知りたいですか?」

 技師の言葉に、亜希子とハユンは声を揃えて言う。

「知りたいです」

「男の子ですね。ほら、これが外性器」

「男の子……」

 ハユンと亜希子は手を握り合った。


 ハユンが漢字辞典の漢字をずっと見ていく。


 ある文字に手が止まる。

 

 「博」という字だった。

 

「よく見るとこの漢字には十字架があるんだな……」

 ハユンが呟くと、妊娠六ヶ月のお腹も膨らんで来た亜希子が言う。

「どの漢字?」

「これ」

「博愛の博ね」

 ハユンは国語辞典を本棚から取り出し、「博愛」を調べた。そこには、


はく‐あい【博愛】

すべての人を平等に愛すること。


 とあった。ハユンは声に出して読む。

「すべての人を平等に愛すること……これにしよう。赤ちゃんの名前にこの漢字を使おう」

「うん」

 亜希子は微笑む。

「亜希子さんは子供にどんな人間になって欲しい?」

「うーん、男の子だから、仲間とか友達に恵まれてほしいかな」

「僕もそう思う」

「……じゃあ、ともひろはどう?」

「ともはどんな漢字?」

「まだわからない」

 亜希子は首を振る。

「ゆっくり考えよう」

 ハユンは亜希子のお腹に手を当てて、

「ともひろ~」

 と呼びかける。

「動いたっ」

 亜希子がびっくりする。

「ほんと?」

 ハユンはそう言うと、耳をお腹に当てた。


 十一月二十二日の、夜に踏み込んだばかりの頃、亜希子は病院で陣痛に苦しんでいた。

 ハユンは亜希子の苦しむ姿を見ていられず、赤川良一医師へ頼み込む。

「痛くないようにしてください」

「出産ですから、それは無理ですよ」

「お願いします。痛くないように」

「無理だって言ってんでしょ!」

「何だと」

 ハユンは赤川医師の胸ぐらを掴む。

 亜希子は苦しみながら言う。

「ハユンさんやめて。私は大丈夫だから。うっ」

「ほら、大丈夫じゃないでしょう」

 ハユンは赤川医師に再度頼む。

「痛くないように。お願いだから痛くないように」

「この人何言ってもダメだ」

 赤川医師は呆れて言った。

 ハユンは抗議する。

「妻が痛い思いをして平気な夫なんていないでしょう」

 赤川医師も反論する。

「たいていの夫は平気ですよ。あんただって出産が痛いこと知った上で、子供の出来るようなことしたんでしょう」

 

 ……智博の一人っ子が決定した瞬間だった……


 呆然と立ち尽くすハユン。

「ハユンさん、大丈夫だから。ね、外で待ってて」

 亜希子は苦しみながら言った。それを聞いた平田夏子助産師が、ハユンを分娩室から出す。

「こちらでお待ちください。奥様大丈夫ですからね」

 そう言うと分娩室へ帰っていく。

 

 ハユンは待合室で一人になった。

 ハユンは、ポケットからロザリオを出すと祈りはじめた。


 ……どうか亜希子とともひろをお守りください……


 その一心で祈った。


「オギャー」

 

 廊下に赤ちゃんの泣き声が響く。

 ハユンは心からホッとした顔をした。ハユンは腕時計を見る。

 

 智博が誕生したのは、二十時十八分だった。

お読みいただきありがとうございます*͈ᴗ͈ˬᴗ͈ෆ

お気軽にご感想等くださると嬉しいです♡♡

今後ともよろしくお願いいたします( ơ ᴗ ơ )

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