第24話 ロザリオと産声
この物語が、降り止まない雨の中にいるあなたの一本の傘になれますように
「帰化?」
亜希子は驚いて声を上げた。
「日本国籍になるっていうこと?」
「うん。日本には五年以上住んでいるし、この先も住む。言葉も問題ないし申請してみようと思う」
「……」
亜希子にはそれが良いことなのか判断がつかなかった。
「日本国籍を取得したら、公務員を目指す」
ハユンはきっぱり言った。
「ハユンさん、韓国人じゃなくなるのよ?」
「分かってるよ」
ハユンは希望に燃えて張り切っていた。
「お義母さんがどう言うか……」
「もう伝えてあるよ」
「えっ?」
「亜希子さんが帰って来る前に連絡したんだ」
「お義母さんなんだって?」
「『ハユンの人生だから、好きにしたらいい』って。あと、こうも言ってた。『どうせ反対しても無駄でしょ』って」
「そう……」
亜希子は、生まれた土地を離れて結婚し、その土地の人間になると決意したハユンの人生を想った。
……私は、必ずハユンさんを幸せにする……
亜希子はそう心に誓った。
妊娠四ヶ月を迎える頃、亜希子とハユンは産婦人科へ検診に来ていた。
待合室は妊婦でひしめいていた。ハユンは唯一の男性だった。
「ハユンさん、ここ空いてるから座ったら」
「いいです。いいです。ここは女性の為の場所だから、立ってます」
ハユンは頑なに立ち続けた。
エコー検査を受ける亜希子。
胎児が動いている。ハユンも画面にかじりついている。
技師が二人に問いかける。
「性別わかりましたか?」
「わからないです」
亜希子が素直に答えた。ハユンが続けて聞く。
「もう性別わかるんですか?」
「わかりますよ。知りたいですか?」
技師の言葉に、亜希子とハユンは声を揃えて言う。
「知りたいです」
「男の子ですね。ほら、これが外性器」
「男の子……」
ハユンと亜希子は手を握り合った。
ハユンが漢字辞典の漢字をずっと見ていく。
ある文字に手が止まる。
「博」という字だった。
「よく見るとこの漢字には十字架があるんだな……」
ハユンが呟くと、妊娠六ヶ月のお腹も膨らんで来た亜希子が言う。
「どの漢字?」
「これ」
「博愛の博ね」
ハユンは国語辞典を本棚から取り出し、「博愛」を調べた。そこには、
はく‐あい【博愛】
すべての人を平等に愛すること。
とあった。ハユンは声に出して読む。
「すべての人を平等に愛すること……これにしよう。赤ちゃんの名前にこの漢字を使おう」
「うん」
亜希子は微笑む。
「亜希子さんは子供にどんな人間になって欲しい?」
「うーん、男の子だから、仲間とか友達に恵まれてほしいかな」
「僕もそう思う」
「……じゃあ、ともひろはどう?」
「ともはどんな漢字?」
「まだわからない」
亜希子は首を振る。
「ゆっくり考えよう」
ハユンは亜希子のお腹に手を当てて、
「ともひろ~」
と呼びかける。
「動いたっ」
亜希子がびっくりする。
「ほんと?」
ハユンはそう言うと、耳をお腹に当てた。
十一月二十二日の、夜に踏み込んだばかりの頃、亜希子は病院で陣痛に苦しんでいた。
ハユンは亜希子の苦しむ姿を見ていられず、赤川良一医師へ頼み込む。
「痛くないようにしてください」
「出産ですから、それは無理ですよ」
「お願いします。痛くないように」
「無理だって言ってんでしょ!」
「何だと」
ハユンは赤川医師の胸ぐらを掴む。
亜希子は苦しみながら言う。
「ハユンさんやめて。私は大丈夫だから。うっ」
「ほら、大丈夫じゃないでしょう」
ハユンは赤川医師に再度頼む。
「痛くないように。お願いだから痛くないように」
「この人何言ってもダメだ」
赤川医師は呆れて言った。
ハユンは抗議する。
「妻が痛い思いをして平気な夫なんていないでしょう」
赤川医師も反論する。
「たいていの夫は平気ですよ。あんただって出産が痛いこと知った上で、子供の出来るようなことしたんでしょう」
……智博の一人っ子が決定した瞬間だった……
呆然と立ち尽くすハユン。
「ハユンさん、大丈夫だから。ね、外で待ってて」
亜希子は苦しみながら言った。それを聞いた平田夏子助産師が、ハユンを分娩室から出す。
「こちらでお待ちください。奥様大丈夫ですからね」
そう言うと分娩室へ帰っていく。
ハユンは待合室で一人になった。
ハユンは、ポケットからロザリオを出すと祈りはじめた。
……どうか亜希子とともひろをお守りください……
その一心で祈った。
「オギャー」
廊下に赤ちゃんの泣き声が響く。
ハユンは心からホッとした顔をした。ハユンは腕時計を見る。
智博が誕生したのは、二十時十八分だった。
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