61話 神の鏡像
「これは信託である、預言者よ」
信仰とは、己と向き合うことである。
信徒は、神を疑ってはならない。信徒が疑う時、疑わしいのは己の信仰そのものである。
「あなたは……」
神は人に、姿を見せないものである。
見えずとも、祈り仰ぐとき、人は己の中に神の光をみる。
「私はお前の信じる神だ」
姿を顕し、己を神と宣うのなら、
「信仰は、聖女のものか」
それは悪魔の類だろう。
「これは信託である、預言者よ」
神ではない。
聖書に記された姿かたちでも、聖堂の壁画に描かれた容貌でもない。
その姿は神ではない。
だが神を名乗るならなぜ、その姿を似せもしないのか。
「アガヴェ……」
なぜ目が離せないのか。
私は今、夢を見ている。
未来を視るときと同じように、それは私の目の前にいる。
眼球を固定されたように、それ以外の一切を見ることを禁じられている。
それは近づく。
「あ、あなたがアガヴェーだと……」
「神を疑うのか予言者よ。お前は敬虔な信徒ではなかった」
「だ、だからこそお答えください」
ばくばくと心臓が音を立てる。論理的であろうとするのに、今この瞬間も頭蓋に手を突っ込まれ、かき回されているような気すらする。
アガヴェーに対して不敬である。しかし真にアガヴェーなら許さないはずがない。
「なぜ、姿が異なるのですか……」
それは少しだけ虚を突かれたような顔をして、それから愛し気に微笑んだ。
「女は弱いものだ。救ってやらねばならぬものだ」
言葉を失う。
「ゆえにその姿をとる。神に似た姿のものを、人は害為そうとはしないだろう」
なんと大らかで、思慮の浅いことか。
「問いには答えた、預言者よ。ゆえにお前は信仰を示せ」
「信仰を、それは、どのように」
「示すことは簡単なことではない。ただ祈るものでもなければひれ伏すことでもない」
「では、」
「その信仰を行動に移すことだ」
アガヴェーはわらった。強い酒精が鼻をかすめる。
「憐れなるは愚かしき者。愚かしき者は悪しき者。悪しき者は誤った者。誤りは正さねばならん。違えた信仰は、正さねばならん」
違えた信仰。
「恐れるな預言者よ。お前は憐れなる者を救うことが信仰のあり方。憐れなる者は幸いである」
「憐れなる者は幸いである」
「累なる葉々は天上に至らん」
「累なる葉々は天上に至らん」




