60話 魔女の夢
プロフェタの顔色はみるみる悪くなる。そんなつもりはなかったのだろう。だが言っていることはそういうことだ。
神の地上での代行者でしかない聖女が、自身の意見を神の意志かのように根回しするその姿に、疑念を抱いた。
「その気持ちは決して悪いことではありません。神を疑うことは悪しきことでしょうが、聖女を疑うこと自体は許されるでしょう。何よりあなたは予言者で、神から与えられた未来を見ることもできる。いわば女神アガヴェーに仕える同僚みたいなものでしょう」
「ど、同僚……それはいささか……」
「ライラ様とあなたの付き合いは決して短いものではありません。疑問があるなら、ちゃんと話をした方が良いですよ。少なくとも、そういった話をしたところで、ライラ様からの対応が変わることはないでしょう。」
ライラは、奇跡を行使し、祈りをささげたその口で、神を引きずり下ろしたいと宣う。だがプロフェタはそうではない。彼はあくまでも敬虔な信徒だ。神を信じ、神から未来の光景を授かる。
信仰の差は、この世界がループしていることを知っているか知っていないかの差だろうか。
「……私たち家族と一緒ですよ。話し合わなければ解決しません。気にかかることがあるなら早めに解決した方が良いです。放置しても、いい方には転がりませんよ」
解決したばかりの私が言うなら間違いないと、ダメ押しをすれば、プロフェタは少し逡巡するように目線を落とし、それから頷いた。
「ありがとうございます、お嬢様。聖女様ともお話してみようと思います」
「ええ。……ライラ様にはあなたが必要です。どうかよくお話して」
プロフェタは再び、窓の外へと姿を消した。少しばかり晴れやかな顔をした彼を見送り、窓を閉めた。
「……正直意外でした」
「どちらが。プロフェタさんがライラ様に疑念を抱いていたこと? それともライラ様とよく話し合うようにと伝えたこと?」
「両方です。プロフェタは、聖女様に心酔していると思っていたので。それに、心酔している方が聖女様としても使いやすいでしょう。それなのに黙っておくようにとか、聖女様を完全に庇うような話をお嬢様はされるかと」
ドロシーは、私と同じくらいプロフェタのことを見てきた。
自分を拾い上げてくれた聖女への恩。圧倒的な力を持つ彼女への尊敬と信頼。それらは傍から見ても明らかだった。
だからこそ、ここにきてライラの行動に疑念を抱くとは思っていなかった。
「確かに、お嬢様と聖女様の考えていることは本来なら許されないことでしょう。なかったはずの神話を追加するなど、さすがに出すぎていると。敬虔な信徒には許しがたい。それでも、どうなんでしょう」
「どうって?」
「本来であれば、それは私たちには知り得ないことです。他の国民からすれば、隠されてきた神話が明らかにされた、そう捉えざるを得ないのに、私たちはその舞台裏、裏事情を知ってしまいます。……それは、私たちがお嬢様たちに信頼されているから。その喜びを思えば、多少の不遜さなど、かわいいものだと思ってしまいます」
そう眉を下げて笑うドロシーの手を取った。
「お嬢様?」
「ドロシー、いつも信じてくれてありがとう」
「もう少し大人しくしていただきたいと心から思いますが、それでも今のお嬢様はとてもいきいきとしていらっしゃいます。お嬢様がたとえ色々と画策していたとしても、笑顔でいられるならそれが一番でしょう」
ドロシーはたぶん、誰よりも近くで私のことを見ていた。
傍若無人だった幼いころ、人が変わったように領地の外の世界を怖がり引きこもっていたころ、令嬢らしからぬ格好で森を駆けまわっていたころ、聖女と接触しようとして無茶をしたとき、怪鳥にさらわれたグラナダを助けに一人で森へ入ったとき。ドロシーはどんな時も苦言を呈しながらも私を見守ってくれた。
「ドロシー」
「なんです、お嬢様」
「私もあなたが笑顔でいてくれてうれしい。だからどうか、これからもずっと元気で生きていて」
ドロシーも歳を重ねている。まもなく、私が彼女を毒物で殺した歳になる。
伯父であるアルフレッドは救われた。
流行り病で命を落とすはずだった人々も救われた。
だからどうか、彼女も。
「なんですか急に。もちろんですよ。お嬢様がお転婆なうちは目を離せませんから」
「じゃあこれからもずっとお転婆でいるしかないみたい」
クスクスと笑い、ドロシーは私の頭を撫でた。薄い手だが、温かい。彼女は今、ここで生きている。
何もかもうまくいっている。
死ぬはずだった人たちが生きている。
解決するはずのなかった領地の問題に新しい対策が取られようとしている。
聖女とも、王太子とも、私を殺した騎士とも対立せず、仲良くやれている。
このままいけば、私が死ぬ未来はなくなって、このループからみんな揃って抜け出せるのではないだろうか。
まだ見ぬ未来を、今度こそ見られるのではないだろうか。
その夜私は夢を見た。
学校を卒業した私は、父の領地経営を手伝いながら、薬草の研究をしていた。
関係の深くなった教会の繋ぎ役としてライラに会いに行く。
ライラは卒業と同時にラウレルと結婚して、聖女の仕事と王太子妃の仕事で忙殺されている。
ラウレルも後継者争いが解決し、穏やかな、しかし忙しく暮らしている。グラナダはラウレルの側近として常に傍に控えていて、立派な騎士になっていたようだ。
ライラと立ち話をしていると、二人が歩いてくる。ラウレルは私たちに手を振り、グラナダは綺麗な青い目を眩しそうに細めた。
皆それぞれの未来を迎えつつ、この21周目で得た絆を大切にしていた。
皆、こんな未来を願ってくれているものだと、この時の私は思っていた。




