59話 聖女と信仰
「……何より、聖女様なら可能でしょう。あの方に、不可能はない。聖地を新しく作るなど、きっと造作もない。実際、フレッサ家に伝わる伝承自体、神話の一部として語るに相応しいいとも思います。龍の伝説はアガヴェー教とも関係が良い。それに王家の権威も肯定していることから、都合も良いでしょう。ただ、私は怖いのです」
「怖い?」
「聖女様が、力を持ちすぎることが。神の代行者から神に成り代わろうとしているようで」
まるで懺悔するかのようにプロフェタは項垂れた。いつだってライラを肯定し、心酔していた彼からは想像もつかない姿だった。
神に成り代わろうとしている。それはまったくの事実であった。
『私は彼から信者を引っぺがして“聖女の信者”に作り替える。』
初めてライラに会った日、彼女は聖女らしからぬ笑みでそう言い捨てた。
私たちをループさせる神を許さない。神を蹴落としてみせると。
ライラは敢えてそれを私たちに顕示することはなかった。けれど彼女の野望は着々と進んでいるようだった。
プロフェタ・バロはアガヴェー教の信徒だ。信徒として、未来を視て、予言をする。聖女に救いあげられた存在だとしても、彼の信仰は神たるアガヴェーにある。
聖女の手足として働き続けてきた。それこそあちこちに潜り込み、厄災を齎しかねない私のもとまで駆けつけた。だが彼の信仰心は偽物ではなかった。信仰心を持つからこそ、彼女を盲目的に信じることができなかった。
「周囲の方の反応はいかがですか?」
「まだそもそもフレッサ領の聖地化についても知っている者は限られるため何とも。……ただ、想像ですが、誰も何も言わないと思います。それほどまでに、聖女様、ライラ様の力は絶対的です。それこそ、歴代と比べても彼女は自分自身の力の様に、奇跡を行使されます。その様子からも、周囲の多くも神と言うより、彼女自身に心酔しているように見える」
彼女の奇跡は私自身目の当たりにした。死の淵に立たされた人間を、ほんの数分で現世へと戻し、傷を塞いでみせる。おそらく、普段から彼女に付き従っている者であれば常日頃からその神々しい姿を見ていることだろう。
私は元々、神への信仰が薄い。だからこそ感じるのだ。あの奇跡を起こしたのは神の慈悲ではなく、彼女の力そのものであるかのように。周囲にいる信徒たちはそうでなかったはずだ。それでも日常的にあれを見ていれば、彼女が神の力を借りているのではなく、まるで彼女の力であるかのように感じてしまうだろう。
「……それは、いけないのですか?」
「は、」
「プロフェタさん、あなたもご存じの通り、わたくしたちフレッサ領は正直アガヴェー教への信仰心が薄い領地です。それでも、こうして領地を聖地化したり、教会へ協力するようになったのはまぎれもなくライラ様のお力故です」
「それは、それはわかっています。すべてはあの方が尽力されるが故。けれど今回のこともそうですが、その教えを広める方法が、」
「俗すぎますか? あまりに現世利益的だと」
プロフェタはハッとするように顔をあげた。
「そ、そんなことは、」
「でもそういうことでしょう。ライラ様の行動はとても合理的です。広い視座を持ち、王家とのかかわり方を考え、わたくしたちを含めた貴族たちや政治的側面も鑑みていらっしゃいます。貴族たちを利用するなら、現世利益を一定齎すのは効果的でしょう」
私は知っている。ライラは神の存在を肯定すれど、その存在を崇めたり仰いだりしていないことを。そんな彼女がなぜ聖女として力を借り続けられているのか、それはわからない。だが彼女は結果的に教えを広め、多くの人を救っているのは確固たる事実なのだ。
「女神アガヴェーは創生の神であり、死者を天上へと導く。でも女神アガヴェーは、死に瀕する人を生き返らせてくれますか。傷病に苦しむ兵士たちを救うことができますか」
「……それを代行されるのが、聖女様です」
「ただの信仰で、流行り病を収めることができますか。ただの信仰で、貧する人々にパンを与えることができますか。そのために必要な物資や薬を用意できるのは今を生きる人だけです。教会がパンや薬を用意すること。聖女が王家や貴族たちに根回しすること。そこにどんな違いがありますか」
明らかにプロフェタは狼狽えていた。けれどそれを申しわけなく思う。私の話し方は彼を丸め込むことだけを目的としていたのだから。
彼は聖女が神に成り代わろうとしていることの理由を、目的のためなら教義や神話に影響を与えようとする傲慢さや、貴族や王家とバランスを取ろうとする現実主義的なところだった。確かにそこに、神々しさはない。けれどそれは、人を救うにおいて必要なことであるはずだ。
「た、確かにそういう意味ではパンを与えることも現世利益と言えますが、」
「パンを配るための許可や教会を建てるための交渉。どれも神ではなく、人が行うべきことであり、人でなければ行うことはできません。神の力を行使するための舞台は人が整えざるを得ないのですから」
淡々ととりなしながら、心の中で感嘆する。
純然たる神の信徒の姿を、私は初めて見たかもしれない。それまで見てきた信者は、基本的に聖女の側にいる信徒たちだった。私から見ると、彼らは神、というよりも奇跡を行使する聖女に心酔しているように見えた。実際、プロフェタも同様だと私は思っていた。聖女であるライラが自由に動かすことのできる部下。だからこそ、プロフェタもまた今回のフレッサ領の聖地化には諸手を上げて賛成すると思ったのだ。
だがプロフェタは隠しきれない不信感と動揺を見せた。
内容をよく考えれば当然のことだ。だが聖女を心酔しているなら認めると思った。
通常と信徒とプロフェタの異なる点。
それはプロフェタ自身が、予言という奇跡を神から直接賜る立場だからだろう。
プロフェタは聖女の奇跡に心酔しているわけではない。熱心な信徒に見えていたこと、神の代行者として滅私奉公しているように見えたこと、埋もれていた自分を予言者として引っ張り上げてくれたことで、ライラのことを信頼し尊敬していたのだ。
プロフェタは、聖女ライラが神でないことをよく理解していた。
「プロフェタさん、あなたはライラ様のしていることが出過ぎたことだと思っていますか?」
「っまさか! そんなことは……! あの方はご自分にできること最善を尽くされているだけで、」
「でもあなたはライラ様の最善に疑念を抱いているのでは?」




