第八話 数字の向こう側
【土曜日 07:03/村・倉庫】
朝日が昇るにつれて、倉庫の空気は少しずつ変わっていった。
窓が開き。
木箱が並び替えられ。
湿った空気が流れ出ていく。
村人たちは最初こそ半信半疑だったが、作業を始めると変化はすぐに見えた。
「おい、こっちの箱まだ使えるぞ!」
「下だけ傷んでた!」
「こっち先に出せば今日の飯にはなる!」
声が明るくなる。
相沢は壁際に積まれていた箱を動かしながら、小さく息を吐いた。
(……助かったな)
あと一日放置されていたら、もっと駄目になっていた。
腐敗は広がる。
一箱が二箱になり、二箱が全部になる。
食品業界では当たり前の話だ。
だが、ここでは違う。
この村にとって食料は、
売上
じゃない。
生存
だ。
「アイザワ殿」
村長が隣へ来る。
「先ほど、“豊かになれない”と言いましたな」
「ええ」
「収穫が増えても、ですか」
「増えるほど危ないです」
村長が眉を寄せる。
相沢は木箱を見る。
「保存できないなら、余った分から腐る」
「……」
「腐る量が増えると、人は“作っても無駄”って考え始める」
ガンツが腕を組んだ。
「でも作らなきゃ腹減るだろ」
「だから最低限しか作らなくなる」
「……あ」
ミナが小さく声を漏らす。
気づいたらしい。
「頑張っても腐るなら、頑張らなくなる……?」
「そう」
相沢は頷いた。
これは異世界だけの話じゃない。
会社でも同じだ。
改善しても評価されない。
頑張っても意味がない。
そう思った瞬間、人は止まる。
構造が、人を諦めさせる。
その時。
視界の端に文字。
【集落課題を発見】
【保存・物流構造に問題あり】
【改善推定効果:高】
最近、もう驚かなくなってきた。
慣れたくないのに。
「物流に問題がある」
「物流って何?」
ミナが聞く。
「物の流れ」
「流れ」
「どこで止まるか、どこで腐るか、どこで足りなくなるか」
相沢は倉庫の入口を見る。
「この村、物を作るのはそんな悪くない」
「そうなのか?」
ガンツが聞く。
「ああ。でも――」
相沢は木箱を軽く叩いた。
「残すのが下手だ」
静かになる。
その言葉は、村人たちにも刺さったらしい。
村長が苦く笑った。
「……確かに、冬前は毎年揉めますな」
「食料ですか」
「ええ。足りなくなる家と、余る家が出る」
相沢は少し考える。
個別管理。
属人化。
情報不足。
典型的だった。
その時。
腹が減った。
さっきスープを飲んだはずなのに、もう空腹だ。
疲労もある。
頭を使いすぎている。
ミナが呆れた顔をした。
「またお腹鳴ってる」
「燃費悪いんだよ」
「知らないわよ」
ガンツが笑う。
「ハッ、食うか?」
串焼きを投げてよこす。
肉だった。
多分、猪系。
香辛料は薄い。
だが炭火の匂いが強い。
「……うまい」
「だろ」
ガンツがニヤッと笑った。
その時、相沢は少しだけ思った。
昨日まで。
コンビニ飯だった。
車の中で冷えたおにぎりを食って。
缶コーヒーで流し込んで。
資料を作っていた。
でも今は。
知らない村で。
知らない連中と。
朝から倉庫整理をして、肉を食っている。
意味が分からない。
だが、不思議と嫌ではなかった。
その時。
倉庫の外から慌てた声が響く。
「村長! 大変だ!」
全員が振り向く。
若い男が走ってきた。
息を切らしている。
「街道の方に、人がいる!」
「商人か?」
「違う……!」
男の顔が青ざめていた。
「武装してる!」




