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第七話 腐る場所

【土曜日 05:47/村・倉庫前】


「だから昨日のうちに出せって言ったんだ!」


「俺だけじゃ無理だろうが!」


 倉庫前で男たちが怒鳴り合っていた。


 木箱の中には、腐り始めた野菜。


 白いカビ。


 潰れた葉。


 酸っぱい臭い。


 朝の空気に混ざって、嫌な匂いが漂っている。


 相沢は近づきながら、眉をしかめた。


(……湿気か)


 匂いで分かる。


 空気が淀んでいる。


 箱の積み方も悪い。


 下段に湿気が溜まり、通気が死んでいた。


 食品倉庫で何度も見た失敗だ。


「何があった」


 ガンツが聞く。


 男の一人が振り向いた。


「保存してた野菜が傷んでやがる!」


「全部か?」


「全部じゃねえ! でも三箱は駄目だ!」


 相沢は木箱を覗き込んだ。


 積み方。


 床。


 壁。


 湿気。


 そして。


 直射日光。


(……終わってる)


 いや、終わってはいない。


 だが、かなり悪い。


 視界の端に線が浮かぶ。


【通気効率:低】


【在庫回転率:低】


【損耗率:上昇】


 もう完全に倉庫診断だった。


「アイザワ?」


 ミナが不思議そうに覗く。


 相沢は木箱を一つ持ち上げた。


「これ、床に直置きしてるの誰だ」


「は?」


「湿気吸う」


 男たちが顔を見合わせる。


「湿気?」


「地面の水分が箱に移る。下から腐る」


「……そんなことあるのか?」


「ある」


 即答だった。


 食品会社時代、散々見た。


 段ボール直置き。


 湿気。


 結露。


 腐敗。


 クレーム。


 始末書。


 思い出したくもない。


 相沢は周囲を見る。


「窓も少ないな」


「冬は寒いから閉じてるんだよ」


「空気が動いてない」


「……空気?」


「腐りやすくなる」


 村人たちは半信半疑だった。


 当然だ。


 急に川から流れてきた男が、野菜の腐り方を語っている。


 意味が分からない。


 だが。


 相沢には分かる。


 問題が。


 壊れる流れが。


「積み方変えろ」


「どうやって」


「壁から離せ」


「は?」


「風通せ」


 相沢は木箱を引っ張った。


 壁際から少し空ける。


「あと、古いの前」


「前?」


「古いのから先に使う」


 男の一人が眉をひそめる。


「いや、普通は新しい方を――」


「逆」


 相沢は即答した。


「古いの残すと全部腐る」


 沈黙。


 そして。


「……あー」


 村長が小さく声を漏らした。


「確かに、奥の方は忘れがちですな」


「回してない」


「回す?」


「古いの先、新しいの後」


 相沢は木箱を並べ替えていく。


 気づけば、周囲の男たちも動き始めていた。


「これ、こっちか?」


「その箱傷んでる、開けろ」


「窓も開けるぞ!」


 少しずつ空気が変わる。


 倉庫の中に風が通り始めた。


 ミナが目を丸くする。


「……何で分かるのよ」


「仕事で毎日見てた」


「営業ってこんなことするの?」


「売れない原因、大体こういうところだから」


「地味……」


「地味だぞ」


 かなり。


 だが、その“地味”で売上が変わる。


 生活が変わる。


 だから現場は重要なのだ。


 その時。


 ガンツが腐った野菜を見ながら言った。


「でもよ、三箱駄目になっただけだろ」


 相沢は首を横に振った。


「違う」


「ァ?」


「これは始まりだ」


 視界の端。


 赤い線が倉庫全体へ広がっている。


【保存能力不足】


【収穫増加に対し管理能力不足】


【将来的食料損失率:上昇予測】


 つまり。


 今後、収穫が増えるほど腐る。


 良いことのはずなのに。


 成功が、次の問題になる。


「……この村」


 相沢は倉庫を見る。


「多分、今のままだと豊かになれない」


 静まり返る。


 村人たちが相沢を見る。


「作れても、残せないからだ」


 村長がゆっくり息を吐いた。


「……アイザワ殿」


「何です」


「あなた、本当に商人なのですか?」


 相沢は少し考えた。


 食品メーカー営業。


 係長。


 売場改善。


 在庫管理。


 物流調整。


 そして今。


 異世界で倉庫改善をしている男。


「……俺も最近、自信なくなってきた」

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