第六話 村の朝は早い
【土曜日 05:12/村・広場】
眠った気がしなかった。
ミナの家で少し横になったはずなのに、気づけば外が明るくなり始めていた。
木の窓から朝日が差し込む。
鳥の声。
焚き火の匂い。
そして。
「うわっ……」
体が重い。
疲労が一気に戻ってきた。
川。
避難。
ゴブリン。
北側柵。
数時間で色々ありすぎた。
相沢は顔を覆った。
「……休みの日なんだけどな」
本来なら今頃、自宅で寝ているはずだった。
昼まで寝る予定だった。
コンビニでカップ麺買って、動画でも見ながらダラダラする予定だった。
それが何故か、異世界で寝不足になっている。
意味が分からない。
外から声が聞こえた。
「アイザワー!」
ミナだった。
元気すぎる。
相沢は重い体を起こし、外へ出た。
◇
朝の村は、夜とは別の意味で騒がしかった。
井戸には人が集まり。
鍋の匂いが漂い。
荷車が動き。
子供が走り回る。
生活の音だ。
だが相沢は、広場へ出た瞬間に顔をしかめた。
(……詰まってる)
井戸前。
人が集中している。
水汲み。
会話。
荷物。
全部が交差していた。
さらに、家畜まで混ざっている。
朝のラッシュアワーだった。
視界の端に、薄く線が浮かぶ。
【導線干渉率:高】
【転倒リスク:中】
もう慣れ始めてる自分が嫌だった。
「どうしたの?」
ミナが隣に来る。
「井戸」
「井戸?」
「人集まりすぎ」
「朝だからね」
「時間ずらした方がいい」
「時間?」
「水汲みと荷運びがぶつかってる」
ミナが井戸を見る。
ちょうどその時。
「わっ!」
子供が転び、水桶が倒れた。
水が地面に広がる。
「あー……またか」
ミナが呟いた。
「よくあるのか」
「朝はいつもこんな感じ」
相沢は頭を押さえた。
問題が多い。
多すぎる。
しかも一つ一つは、小さい。
だが小さい問題が積み重なって、村全体の疲弊になっている。
食品営業時代によく見た。
倉庫。
店舗。
物流センター。
大事故は、だいたい“小さい非効率の放置”から始まる。
「アイザワ殿」
村長が歩いてきた。
朝なのに、もう働いている。
いや、この村ではそれが普通なのだろう。
「昨夜は助かりました」
「いえ」
「ガンツから聞きました。北側の件も」
村長の顔が少し曇る。
「……あそこは、昔から手薄でしてな」
「何か理由が?」
「森が深い。大型の獣も少ない。だから、人手を割かなかった」
「そこを突かれたんですね」
「ええ」
村長は頷いた。
ガンツもやってくる。
朝から肉を食っていた。
胃が強い。
「で、どうするんだ」
「何が」
「北側だよ」
相沢は少し考えた。
考える前に、もう視界には色々見えている。
柵。
動線。
見張り。
配置。
改善案。
「まず、北側に見張りを増やす」
「人が足りねえ」
「交代制にする」
「交代?」
「疲れた状態で見張っても意味がない」
ガンツが腕を組む。
「……確かに、夜明け前は集中切れてる奴多いな」
「あと、鐘」
「鐘?」
「どこからでも聞こえる位置にあるか?」
村長とガンツが顔を見合わせた。
「……広場だけですな」
「なら北側で何かあった時、遅れる」
ミナが驚いた顔をする。
「そんなこと考えたことなかった」
「考えるのが仕事だったから」
「営業って怖い」
「何で?」
「そんな細かいことばっか見てるの?」
見ている。
というより、見ないと数字が落ちる。
誰かが困る。
怒鳴られる。
だから嫌でも見る癖がつく。
その時。
ぐうううう。
腹が鳴った。
全員が黙る。
相沢は顔を逸らした。
「……昨日からまともに食ってない」
ミナが吹き出す。
「緊張感台無し!」
ガンツは大笑いした。
「ハハハ! お前、本当に変な奴だな!」
村長まで笑っている。
なんだこれ。
相沢は少しだけ居心地悪そうに頭を掻いた。
だが。
悪くない空気だった。
その時だった。
広場の端で、怒鳴り声が上がる。
「ふざけんな! 腐ってんじゃねえか!」
空気が変わる。
相沢たちはそちらを向いた。
荷車。
木箱。
そして。
腐った野菜。
嫌な予感がした。
視界の端に、赤い文字が浮かぶ。
【食料損失発生】
【倉庫環境悪化を確認】
【推定継続損失率:増加中】




