第五話 北側の穴
【土曜日 02:07/村・北側柵前】
夜の森は、不気味なくらい静かだった。
焚き火の明かりも届かない。
月明かりだけが、湿った地面をぼんやり照らしている。
相沢はガンツとミナの後ろを歩きながら、周囲を見ていた。
木。
草。
柵。
土。
その全部に、妙な“違和感”が浮いている。
《構造最適化》
あの表示が出てから、視界がおかしかった。
崩れやすい場所。
弱い場所。
人が詰まる場所。
そこだけ、妙に目につく。
「ここだ」
ガンツが足を止める。
北側の柵。
高さは二メートルほど。
木を縄で組んだ簡素な防壁だった。
一見、問題はない。
だが。
「……これ」
相沢は近づいた。
柵の根元。
土が柔らかい。
いや。
掘り返された跡がある。
「おい」
ガンツの声が低くなる。
「気づいたか」
「ここ、下が空いてる」
ミナが目を見開いた。
「えっ?」
ガンツがしゃがみ込み、土を払う。
隙間。
小さい。
だが、ゴブリンなら通れる。
「クソ……」
ガンツが舌打ちした。
「昨日の雨で崩れたのか」
「違う」
相沢は即答した。
二人が見る。
「崩れ方が変だ」
「分かるの?」
「ここだけ掘ってる」
自然崩落ではない。
意図的。
外側から削られている。
その時。
森の奥で、枝が鳴った。
ガサッ。
三人の空気が止まる。
ガンツが即座に斧を構えた。
ミナも短剣を抜く。
相沢は反射的に周囲を見た。
柵。
地形。
逃げ道。
視界の端に赤い線が走る。
【侵入予測ルート表示】
「っ……!」
森側。
左。
二本の木の間。
「ガンツ、左!」
「ァ!?」
「来る!」
次の瞬間。
影が飛び出した。
ゴブリン。
二匹。
いや、三匹。
低い姿勢で一直線に突っ込んでくる。
「ギャッ!!」
ガンツの斧が振られる。
一匹目が吹き飛ぶ。
だが二匹目が低く潜った。
柵の下へ向かう。
「マズい――」
相沢は近くの木杭を掴んだ。
考えるより先に動く。
隙間。
通路。
流れ。
なら、塞ぐ。
木杭を隙間へ叩き込む。
ゴブリンの腕が挟まった。
「ギィッ!?」
「今だ!」
ガンツの斧が落ちる。
鈍い音。
緑の体が崩れる。
三匹目は止まった。
一瞬だけ。
相沢と目が合う。
黄色い目。
獣みたいな殺気。
だが。
逃げた。
森の奥へ。
静寂が戻る。
ガンツがゆっくり息を吐いた。
「……お前、本当に何なんだ」
相沢も聞きたい。
だが、今は別の問題がある。
「これ、偶然じゃない」
相沢は隙間を見る。
「村の弱い場所、分かって来てる」
ミナの顔色が変わった。
「じゃ、じゃあ……」
「ああ」
ガンツが低く言う。
「誰かが見てる可能性があるな」
夜風が吹く。
森がざわつく。
相沢は視界の端を見る。
【防衛改善提案】
【北側柵補強を推奨】
【見張り導線再設計を推奨】
【推定被害軽減率:42%】
頭痛がする。
だが同時に、理解してしまう。
この力。
便利とか、ゲームとか、そういう感じじゃない。
もっと生々しい。
“壊れる未来”を見せてくる力だ。
「……アイザワ」
ミナが小さく言う。
「まだ、危ないの?」
相沢は森を見る。
暗闇。
その奥。
何かがいる気がした。
「多分、始まったばかりだ」




