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第七十六話 置く場所

【日曜日 9:51/広場中央】


 受け入れると決めた。


 だから、次は置く場所だった。


 人の置き場所。


 役の置き場所。


 怒りの置き場所。


 水を求める声の置き場所。


 決めただけでは、村は回らない。


 相沢は、広場の土に残った線を見下ろしていた。


 足跡で半分消えている。


 丸も、枝も、石も、布も。


 少し踏まれただけで、意味が崩れる。


 土に描いた表は、その場しのぎにはなる。


 だが、残らない。


 相沢が日本に戻れば。


 雨が降れば。


 誰かが慌てて走れば。


 すぐに消える。


「板がいる」


 相沢が呟いた。


「板?」


 ミナが聞き返す。


「土じゃ駄目だ。

 残らない」


「でも、板って余ってる?」


「余ってない」


「じゃあ駄目じゃん」


「余ってないものを使うから、誰かに怒られる」


「最初から怒られる前提なんだ」


「だいたいそうなる」


 ミナは少しだけ笑った。


 疲れた顔だった。


 それでも、笑った。


     ◇


【日曜日 9:57/広場中央】


 板は、すぐには見つからなかった。


 いや、板そのものはあった。


 割れた戸板。


 古い荷台の底板。


 壊れた棚。


 焦げた柵の端材。


 使えそうなものは、どれも別の何かに使う予定があった。


「それは柵に使う」


「それは倉庫の戸だよ」


「それは鍋を置く台だ」


「それは燃やす」


 村人たちが口々に言う。


 相沢は板を見て、周囲を見る。


 足りない。


 何もかも足りない。


 人も。


 水も。


 食料も。


 木材も。


 時間も。


「じゃあ、小さくていい」


 相沢は言った。


「大きい板じゃなくていい。

 役の印が置ければいい」


「置くだけなら、箱の蓋でいいんじゃない?」


 ミナが言った。


 近くにあった古い木箱を指す。


 ふちが欠けている。


 蓋は反っている。


 綺麗ではない。


 でも、使える。


「それでいい」


 相沢が言う。


「いいのかい」


 マルタが眉を寄せた。


「それ、豆を入れてた箱だよ」


「中身は?」


「空だよ」


「なら使えます」


「空だからって何でも使うんじゃないよ」


「何に使う予定でした?」


「……決めてない」


「じゃあ、今決めます」


 マルタが嫌そうに鼻を鳴らす。


「そういうところが腹立つんだよ」


「よく言われます」


「言われて直らないのかい」


「直す優先順位が低いです」


「殴るよ」


「今は困ります」


「今じゃなきゃいいのかい」


「できればずっと困ります」


 ミナが小さく笑った。


 マルタは笑わなかった。


 ただ、箱の蓋を相沢の前へ放った。


「使いな。

 ただし、倉庫に戻す時は私に言いな」


「はい」


「礼は」


「言いません」


「よし」


     ◇


【日曜日 10:08/広場中央】


 箱の蓋は、地面に置かれた。


 相沢は土の表を、そのまま板の上へ移し始めた。


 丸。


 線。


 枝。


 石。


 布。


 木炭で簡単な印を描く。


 字ではない。


 絵でもない。


 ただ、意味が置かれている。


「丸は人」


 相沢が言う。


「枝は見張り。

 石は水。

 布は怪我人。

 三角は火。

 波線は井戸」


 ミナが横で繰り返す。


「丸は人。

 枝は見張り。

 石は水。

 布は怪我人。

 三角は火。

 波線は井戸」


 エルが少し離れて、それを見ていた。


 弟のそばを離れていない。


 でも、顔だけはこっちを向けている。


「エル」


 相沢が呼ぶ。


 エルはびくりとした。


「はい」


「これ、分かるか」


 相沢は板を指す。


 エルは少しだけ前に来た。


 歩き方はゆっくりだった。


 弟を見る。


 リリアを見る。


 それから、板を見る。


「丸は、人」


「うん」


「布は、怪我」


「うん」


「波は、水」


「井戸でもいい」


「井戸」


 エルは小さく頷いた。


「分かります」


「じゃあ、他の子にも分かるか」


 エルは少し考えた。


「たぶん」


「たぶんでいい」


「字じゃないから」


「そう。字じゃないから」


 相沢は頷いた。


「字が読めなくても、見れば分かる。

 忘れても、見れば思い出せる。

 俺がいなくても、残る」


 その言葉に、ミナが少しだけこちらを見た。


 相沢は気づかないふりをした。


 気づくと、言葉が止まりそうだった。


     ◇


【日曜日 10:21/広場西側】


 受け入れると決めた。


 だが、決めた途端に水は増えない。


 井戸は一つ。


 桶も限られている。


 喉は五十五。


 だから、揉める。


 避難民の方で、小さな声が上がった。


 大きな声ではなかった。


 だが、広場はもう、そういう声に敏感になっていた。


「そっちじゃないって言っただろ」


「でも、水が」


「勝手に行くな」


「子供が咳してるんだ」


「治療所へ言え」


「何回も呼べるかよ」


 相沢が振り向く。


 避難民の男が、木椀を持って立っていた。


 村の若い男が、その前に立っている。


 水場へ向かう道を塞ぐように。


 ミナが動こうとした。


 相沢は手で止める。


「走らない」


「分かってる」


「俺が行く」


「回し屋も走らない」


「分かってる」


「嘘」


「早歩きだ」


 ミナは一瞬だけ目を細めた。


「便利な言い方」


「便利だからな」


 相沢は広場西側へ向かった。


 ハルトが井戸のそばで顔を上げる。


 腕を押さえたまま、立とうとした。


「座ってろ」


 相沢が言う。


「見える」


「なら見てろ」


「分かってる」


 不満そうだが、ハルトは座ったままだった。


 少しは通じている。


 それだけで十分だった。


     ◇


【日曜日 10:24/広場西側】


「何があった」


 相沢が聞く。


 避難民の男が答える前に、村の若い男が言った。


「勝手に水を取りに行こうとした」


「子供が咳をしてるんだ!」


 避難民の男が木椀を握りしめる。


「水を一杯くれって言っただけだ。

 盗む気じゃない」


「勝手に行くなと言った」


「頼んだら、待てって言われた」


「順番がある」


「子供に順番を待てって言うのか」


 声が強くなる。


 周りの視線が集まる。


 これはよくない。


 水の話は、すぐに感情になる。


 食料と同じだ。


 相沢は木椀を見た。


 小さい。


 水一杯。


 ただそれだけ。


 でも、今はそれだけでは済まない。


「水は出す」


 相沢は言った。


 村の若い男が顔を上げる。


「でも――」


「出す。

 ただし、勝手に行かない形にする」


 避難民の男も黙った。


「子供が咳をしたら、エルか呼ぶ人に言う。

 呼ぶ人が治療所へ伝える。

 リリアさんが、水が必要か見る。

 水が必要なら、水役が持っていく」


「面倒だ」


 避難民の男が言った。


「面倒にする」


「子供が苦しんでるんだぞ」


「だから、間違えないようにする」


 相沢は静かに言った。


「勝手に水を取る人が増えたら、井戸前が詰まる。

 詰まったら、火の時に水が遅れる。

 水が遅れたら、もっと死ぬ」


 男は黙った。


 村の若い男も黙った。


 言葉は冷たかった。


 でも、冷たく言うしかなかった。


 優しさで井戸は増えない。


 相沢は木椀を指した。


「今の一杯は出す。

 でも、次からは呼ぶ」


 避難民の男が唇を噛む。


「俺たちは、水も勝手に飲めないのか」


「今は、村人も勝手には飲めない」


 相沢は井戸を見た。


 ハルトがこちらを見ている。


 村長も来ていた。


「五十五人分の水です。

 誰かの水じゃない」


 村長が静かに言った。


「村の水です」


 その言葉で、少しだけ空気が変わった。


 村人の水ではない。


 避難民の水でもない。


 村の水。


 まだ綺麗事に聞こえる。


 でも、言葉は必要だった。


「水役を決めます」


 村長が続けた。


「呼ぶ人も決めます。

 水を必要とする者は、勝手に井戸へ行かず、呼ぶ人へ伝えてください」


 避難民の男はうつむいた。


「……子供に水を」


「持っていく」


 相沢は言った。


 ハルトが井戸の方から声を出した。


「俺が見てる。

 椀を置け」


 避難民の男がハルトを見る。


「ハルト」


「勝手に行くな。

 俺に言え」


「お前、怪我」


「目は怪我してない」


 ハルトは不機嫌そうに言う。


「水場は俺が見る。

 村の奴でも、俺たちの奴でも、勝手には触らせない」


 それは乱暴な言い方だった。


 でも、避難民には届いた。


 村人にも届いた。


 昨日までなら、村人と避難民の間に線があった。


 今も線はある。


 ただ、その線の上に、井戸を見る役が置かれた。


 それだけで、ほんの少しだけ違った。


     ◇


【日曜日 10:41/井戸前】


 井戸前に、小さな印が追加された。


 波線。


 石。


 そして、木椀を描いた雑な丸。


「これ、椀か?」


 ハルトが言った。


「見えないか」


「潰れた虫かと思った」


「絵は苦手だ」


「だろうな」


 相沢は木炭を持ち直す。


「水が必要な人は、ここに木片を置く」


「木片?」


「一人一個」


「椀じゃ駄目なのか」


「椀を持って歩くと、また井戸へ行く人に見える」


「面倒だな」


「面倒にする」


「聞いた」


 ハルトは井戸の横に置いた小さな箱を見る。


 そこに、短く折った枝が入っている。


 水を求める印。


 水そのものではない。


 ただの枝。


 でも、枝が一つ置かれたら、水役が見る。


 見る人がいるなら、勝手に動く人は減る。


「こんなので揉め事が減るのか」


 ハルトが聞く。


「ゼロにはならない」


「なら」


「でも、怒鳴る前に置く場所ができる」


 ハルトは少し黙った。


「置く場所」


「ああ」


「怒りにも?」


 相沢はハルトを見る。


 ハルトは井戸を見ていた。


 腕の布が少し赤い。


「あるといいな」


 相沢は言った。


「ないと、全部人に向く」


 ハルトは低く笑った。


「嫌なこと言うな」


「よく言われる」


「俺も言う」


「増えたな」


     ◇


【日曜日 10:55/治療所前】


 エルは、木片を持ってきた。


 小さい手の中に、短い枝が一本。


 相沢とミナが見ている前で、エルは治療所の入口に立った。


「弟が、咳をしました」


 声は小さい。


 だが、はっきりしていた。


 リリアがすぐ顔を上げる。


「熱は?」


「額は、さっきと同じです」


「息は?」


「苦しそうです。

 でも、さっきよりは少しだけ」


 エルは言葉を探す。


「早いです」


 リリアは頷いた。


「分かりました。

 見ます」


 エルはその場で動かなかった。


 走らない。


 勝手に水を飲ませない。


 弟を動かさない。


 呼ぶ。


 それだけ。


 でも、それは役だった。


 リリアが弟のところへ向かう。


 相沢はエルを見る。


「できたな」


 エルは頷いた。


「早歩きでした」


「うん」


「水は」


「リリアさんが見てから」


「はい」


 エルはまた頷く。


 小さな成功だった。


 誰も大きく褒めない。


 褒めすぎると、背負わせることになる。


 だから、相沢は短く言った。


「助かった」


 エルは少しだけ目を伏せた。


 それから、弟のそばへ戻った。


 ミナが隣で言う。


「今の、いいね」


「ああ」


「子供でも役になる」


「背負わせすぎないようにしないとな」


「うん」


 ミナは治療所を見た。


「でも、エル、ちょっと顔が戻った」


「そうか」


「うん」


 相沢には分からなかった。


 でも、ミナがそう言うなら、そうなのだろう。


     ◇


【日曜日 11:12/倉庫前】


 マルタが怒鳴った。


「違う!」


 広場の全員が一瞬びくつく。


 相沢も振り向いた。


 倉庫前で、若い男が袋を持ち上げたまま固まっている。


「丸は今日だって言ったろ!

 線のやつを持つんじゃない!」


「す、すみません」


「謝る前に戻しな!

 奥だよ、奥!」


 男が慌てて戻す。


 マルタは腕を組んで仁王立ちしている。


 怖い。


 だが、間違いは止まった。


 相沢が近づく。


「混ざりそうですか」


「混ざりそうじゃない。

 混ぜる馬鹿がいる」


「印を大きくします」


「大きくしたら馬鹿が減るのかい」


「少しは」


「ならやりな」


 マルタは袋を足で寄せる。


「丸は、もっと大きく。

 線は二本。

 黒いのは石じゃなくて、黒い布にしな」


「黒い布、ありますか」


「焦げたやつならある」


「それで」


「怪しいやつに焦げ布。

 縁起が悪くていい」


「いいんですか、それ」


「触らないだろ」


「合理的ですね」


「変な褒め方するんじゃないよ」


 マルタは倉庫の中を見る。


 そして、少しだけ声を落とした。


「昔、湿った袋を奥に入れた馬鹿がいてね」


 相沢はマルタを見る。


「冬の終わりに、三軒分の飯が消えた」


 マルタの目は、倉庫の奥に向いていた。


 今の袋を見ていない。


 もっと昔の袋を見ているようだった。


「食い物はね。

 黙って腐るんだよ」


 相沢は黙った。


「腐ったあとで泣いても、腹は膨れない」


「……はい」


「だから、分ける。

 捨てる。

 怒鳴る。

 嫌われる。

 それでも、倉庫を見る」


 マルタは相沢を見た。


「分かった顔をするんじゃないよ。

 あんたは、まだ捨てる痛みを知らない」


「そうですね」


「素直だね」


「ここで嘘ついても、袋は戻りません」


 マルタは少しだけ鼻を鳴らした。


「嫌な男だよ」


「よく言われます」


「私も言う」


「増えましたね」


     ◇


【日曜日 11:37/広場中央】


 昼前。


 村は、ようやく少しだけ座った。


 眠ったわけではない。


 休んだわけでもない。


 ただ、全員が同時に走っていない時間ができた。


 それだけだった。


 相沢は板の前に座っている。


 丸。


 枝。


 石。


 布。


 三角。


 波線。


 黒い布。


 木片。


 記号は増えていた。


 増えすぎると、また分からなくなる。


 それも問題だった。


「増えたな」


 ミナが言う。


「増えた」


「便利?」


「危ない」


「何で」


「覚えることが増える」


「じゃあ減らす?」


「減らす」


 相沢は板を見る。


「今は、六つでいい」


「六つ?」


「見る。

 動く。

 呼ぶ。

 止める。

 数える。

 休む」


 ミナは指を折る。


「見る。

 動く。

 呼ぶ。

 止める。

 数える。

 休む」


「それだけ覚えればいい」


「倉庫は?」


「見る人と数える人」


「井戸は?」


「見る人と動く人」


「治療所は?」


「呼ぶ人と見る人」


「ガンツは?」


「前を見る人」


「回し屋は?」


 また来た。


 相沢は板を見る。


 自分の枝は、他の印と同じ列にある。


「全体を見る人」


「休む人は?」


「……入れる」


「本当に?」


「本当に」


「いつ?」


 相沢は答えに詰まった。


 ミナはじっと見ている。


 ごまかせない目だった。


「昼の後」


「昼っていつ?」


「今から」


「じゃあ、食べたら休む」


「十五分」


「短い」


「二十分」


「リリアさんなら三十分って言う」


「リリアさんを呼ぶな」


「呼ぶ?」


「二十分で」


 ミナは少しだけ笑った。


「じゃあ二十分。

 板に置くよ」


 ミナは、小さな布切れを相沢の枝の横に置いた。


「これ何だ」


「休む人」


「俺か」


「回し屋」


「雑だな」


「便利でしょ」


 相沢はその布切れを見た。


 薄い。


 小さい。


 でも、そこにある。


 休む人。


 自分のところに置かれた印。


 妙に落ち着かない。


 その時。


 視界の端に表示が浮かんだ。



【役割分類:

 暫定設定】


【見る人】

【動く人】

【呼ぶ人】

【止める人】

【数える人】

【休む人】


【記録媒体:

 簡易板】


【村人・避難民:

 役割表へ仮登録】



 相沢は表示を見る。


「採用されたぞ」


「オカン?」


「ああ」


「何て?」


「休む人も役だって」


「まとも」


「腹立つくらいな」


 表示は続く。



【個人依存:

 高】


【推奨:

 代替担当の設定】



「そこも知ってる」


 相沢は呟いた。


 ミナが板を見る。


「代わりってこと?」


「そうだな」


「回し屋の代わり?」


「全体を見る人の補助」


「私?」


「一人じゃ足りない」


 ミナは少しだけ真面目な顔になった。


「誰を増やす?」


 相沢は広場を見る。


 村長。


 リリア。


 マルタ。


 ハルト。


 ダリオ。


 エル。


 ガンツは北。


 それぞれに、もう役がある。


 全部を見る余裕がある者など、いない。


 だからこそ、分ける。


「全体の代わりはいらない」


 相沢は言った。


「え?」


「全体を見る人を増やすんじゃなくて、

 場所ごとに見る人を置く」


 ミナは板を見た。


「倉庫はマルタ」


「井戸はハルト」


「治療所はリリアさん」


「北はガンツ」


「森はダリオ」


「広場は」


「ミナ」


 ミナは黙った。


 それから、小さく頷いた。


「じゃあ、回し屋は?」


 相沢は少し考えた。


「間を見る」


「間?」


「倉庫と井戸。

 治療所と広場。

 北と西。

 人が動く間」


「また分かりにくいこと言う」


「そうだな」


「でも、ちょっと分かる」


 ミナは板の上で、指を動かした。


 倉庫から井戸。


 井戸から治療所。


 治療所から広場。


 線。


 人の動く線。


「流れを見る?」


 ミナが言った。


 相沢は頷いた。


「そう」


「やっぱり回し屋だね」


「嫌な名前だな」


「もう遅い」


     ◇


【日曜日 12:02/広場中央】


 薄い粥が配られた。


 全員ではない。


 順番に。


 役ごとに。


 治療所。


 見張り。


 水役。


 子供。


 老人。


 避難民。


 村人。


 きれいな順番ではない。


 公平でもない。


 だが、理由はあった。


 理由があれば、怒りは少し遅れる。


 少し遅れれば、言葉を置ける。


 相沢はそれを見ていた。


 マルタが配る。


 村長が説明する。


 ミナが子供を止める。


 エルが弟の椀を持つ。


 ハルトが井戸から水の順番を見ている。


 リリアが病人用の粥を分ける。


 ガンツは北柵で食べない。


 後で持っていく必要がある。


 相沢は立ち上がろうとした。


 ミナに腕を掴まれた。


「どこ」


「ガンツに」


「休む人」


「でも」


「休む人」


 ミナは板を指した。


 相沢の枝の横に、布切れが置いてある。


 逃げ場がなかった。


「……分かった」


「本当?」


「本当」


「嘘だったら?」


「蹴る?」


「粥を取り上げる」


「それはきつい」


「でしょ」


 相沢は座った。


 薄い粥を受け取る。


 昨日より、少しだけ味がある気がした。


 たぶん、気のせいではない。


 マルタが近くを通りながら言った。


「塩を少しだけ入れたよ」


「貴重では」


「だから少しだよ」


「うまいです」


「礼を」


「言いません」


「よし」


 マルタは去っていった。


 相沢は粥を食べた。


 薄い。


 少ない。


 でも、温かい。


 村は、まだ止まっていない。


 受け入れた問題も。


 増えた口も。


 足りない水も。


 焦げた倉庫も。


 全部、ここにある。


 それでも、置き場所ができ始めている。


 今はそれだけだった。


 それだけを、食べるしかなかった。

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