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第七十話 交代

【土曜日 20:11/広場中央】


 夜番を組む。


 言うのは簡単だった。


 だが。


 夜番とは、誰かを起こすことではない。


 誰かを寝かせることだった。


 それが難しい。


 みんな、起きていたがる。


 怖いから。


 心配だから。


 自分が寝た間に何か起きるのが嫌だから。


 そして。


 自分だけ寝るのが悪い気がするから。


 相沢は地面に線を引いた。


 火の明かりが揺れて、線も揺れる。


 昼より見にくい。


 だが、描かないと頭が止まる。


「まず、分けます」


 相沢は言った。


 村長が横に立つ。


 ミナは少し後ろ。


 マルタは鍋を片づけながら聞いている。


 リリアは治療所前。


 ガンツは北柵の方を見ている。


「寝る人。

 見る人。

 動く人」


 ミナが眉を寄せる。


「見る人と動く人、違うの?」


「違う」


 相沢は頷く。


「見る人は、異変を見つける。

 動く人は、異変が起きたら動く」


「見つけた人が動けばいいじゃん」


「それをやると、見てる場所が空く」


 ミナは少し黙った。


「……さっきの北か」


「そう」


 北で全員が動けば、東西が薄くなる。


 東西を厚くすれば、北が薄くなる。


 全部に人は置けない。


 だから、役を分ける。


「戦う人は少ない」


 相沢は言った。


「でも、見る人は増やせる」


 村長が頷いた。


「足の悪い者でも、座って見ることはできますな」


「はい」


「子供は?」


 ミナが聞く。


「夜番には入れない」


「エルは?」


「入れない」


 相沢は即答した。


「エルは弟を見る。

 でも、夜番ではない」


 ミナは少しだけ安心した顔をした。


     ◇


【土曜日 20:18/広場中央】


 相沢は三つの線を引いた。


 前半。


 中。


 後半。


 時計はない。


 時間も正確には分からない。


 だから、火と眠気で見るしかない。


「火が一度小さくなったら交代。

 二度目に小さくなったら、もう一度交代」


「雑だね」


 ミナが言う。


「時計がない」


「トケイ?」


「時間を見る道具」


「また変なもの」


「こっちにないものが多すぎる」


「持ってくれば?」


 相沢は少し止まった。


 持ち込み。


 まだ試していないことが多い。


 持ち込めるもの。


 持ち込めないもの。


 必要なもの。


 危ないもの。


 だが、今ではない。


「今度な」


「今度って、考えない時の返事?」


「リリアさんみたいなこと言うな」


「言われてたから覚えた」


「嫌な学習だな」


「回し屋向け」


 相沢は地面に戻る。


「正確じゃなくていい。

 大事なのは、同じ人が朝まで起きないこと」


 マルタが鼻を鳴らした。


「起きるよ」


「起きますね」


「怖いからね」


「だから、寝る役も決めます」


 マルタが眉を上げる。


「寝る役?」


「はい」


「寝るのも役かい」


「今夜は」


 相沢は広場を見る。


「寝ない人は、明日の朝に使えません」


 その言い方は冷たい。


 自分でもそう思った。


 だが、必要だった。


「明日の朝、受け入れを決める。

 食料を数える。

 怪我人を見る。

 柵を見る。

 その時に全員が潰れていたら、何も決められない」


 村長は深く頷いた。


「寝るのも、村を保つ役ですな」


「はい」


     ◇


【土曜日 20:26/東柵】


 ガンツは東柵にいた。


 北を厚くすると言いながら、東も見に来ている。


 結局、全部見ようとしている。


 相沢はその背中に言った。


「ガンツ」


「ああ」


「お前は前半、北」


「東は」


「別に置く」


「弱い」


「見るだけならできる」


「来たら?」


「叫ぶ」


「そればっかりだな」


「倒すな。

 呼べ」


 ガンツが振り向く。


「俺に言ってるのか」


「全員に言ってる」


「俺にもだろ」


「そうだ」


 ガンツは鼻を鳴らした。


「俺が寝たら誰が止める」


「今は寝ろとは言ってない」


「後で言う顔だ」


「後で言う」


「やっぱりな」


 相沢は東柵の外を見る。


 暗い。


 風が少しある。


 火の匂い。


 粥の匂い。


 焦げた柵の匂い。


 それに、森の湿った匂い。


「前半はガンツが北。

 東西は別の見張り。

 中でガンツを下げる」


「下げるな」


「下がれ」


「嫌だ」


「下がらないと、明け方に動けない」


 ガンツは黙った。


 明け方。


 そこを言うと、ガンツは黙る。


 戦う男だからだ。


 夜の前半より、明け方の危なさを分かっている。


「赤いのが来るなら」


 相沢は言った。


「こっちが一番眠い時かもしれない」


 ガンツの目が細くなる。


「……分かった」


「下がるか」


「一度だけだ」


「一度でいい」


「ただし、何かあったら起こせ」


「起こす」


「絶対だぞ」


「分かってる」


「嘘なら殴る」


「この村、そればっかりだな」


     ◇


【土曜日 20:34/治療所前】


 リリアはまだ座っていた。


 相沢は少しだけ安心する。


 少しだけだ。


 座っていても働いているからだ。


「リリアさん」


「はい」


「治療所も交代を」


「はい。

 見る役は二人にしました」


 早い。


 やはり早い。


 治療所前には、村の女と、避難民の年配の女が座っていた。


 どちらも緊張している。


 だが、逃げてはいない。


「避難民の方も?」


「はい」


「大丈夫ですか」


「怪我人の中に、あの方の身内がいます。

 見る理由があります」


 相沢は頷いた。


 理由。


 役を持つには、理由がいる。


 言われたからでは弱い。


 守りたいものがある方が強い。


「私は、後半に少し休みます」


 リリアが言った。


 相沢は少し驚いた。


「自分で言うの珍しいですね」


「アイザワ殿が言いそうなので」


「先に言われた」


「はい」


「助かります」


「ただし、完全には眠れません」


「それでもです」


「はい」


 リリアは少しだけ目を伏せる。


「エルは寝ています」


 相沢は弟のそばを見る。


 エルは丸くなって寝ていた。


 弟の手を握っている。


 眠っても離していない。


「起こさないでください」


 リリアが言う。


「起こしません」


「起きたら、役を欲しがります」


「分かります」


「でも、今は寝る役です」


 相沢は頷いた。


 寝る役。


 自分で言った言葉を、リリアに返された。


 逃げ道がなくなる。


     ◇


【土曜日 20:42/倉庫前】


 マルタは器を並べ終えていた。


 返す場所。


 洗う場所。


 割れたものを置く場所。


 石で分けてある。


 倉庫前も、少しずつ夜の形になっていた。


「マルタ」


「何だい」


「前半、寝てください」


「嫌だよ」


「そう言うと思いました」


「なら言うな」


「言います」


 マルタは腕を組む。


「倉庫は誰が見る」


「前半は村長が見ます」


「村長に倉庫が分かるかい」


「分かりません」


「じゃあ駄目だね」


「盗まれないように見るだけです」


「それが難しいんだよ」


 マルタの声が低くなる。


「食い物はね。

 あるだけで揉める。

 見てるだけじゃ駄目なんだ」


「分かります」


「分かってないね」


「全部は分かりません」


 相沢はそう言った。


 マルタが少しだけ黙る。


「でも、マルタが朝まで起きてたら、明日倉庫が止まります」


「止めないよ」


「止まります」


「勝手に決めるんじゃないよ」


「経験上、止まらないと言う人から止まります」


 マルタは相沢を見る。


 少しだけ険しい。


 だが、怒鳴らない。


「……嫌な経験してる顔だね」


「日本で少し」


「ニホン?」


「俺の元の場所です」


「変な場所だね」


「はい」


「そこで、あんたも止まったのかい」


 相沢は答えなかった。


 答えなかったことが、答えになった。


 マルタは鼻を鳴らした。


「前半だけだよ」


「ありがとうございます」


「礼を言うんじゃないよ。

 腹が立つ」


「難しい」


「変な男だね」


     ◇


【土曜日 20:51/広場中央】


 交代表は、文字ではなかった。


 石。


 棒。


 布。


 それで作った。


 東。


 西。


 北。


 火。


 水。


 治療。


 倉庫。


 それぞれに石を置く。


 起きている人の石。


 寝る人の石。


 次に起きる人の石。


「これ、覚えられる?」


 ミナが聞く。


「俺も怪しい」


「駄目じゃん」


「だから、みんなで見る」


 相沢は石を指す。


「自分の場所だけ覚えればいい。

 全部は覚えなくていい」


「回し屋は全部覚えるの?」


「覚えようとして倒れる」


「じゃあ覚えないで」


「そうしたい」


「しなよ」


「できたら苦労しない」


 ミナは相沢を見た。


 少し怒った顔。


 少し心配な顔。


 その混ざった顔だった。


「回し屋」


「何だ」


「寝る役、作ったよね」


「ああ」


「自分は?」


 来た。


 相沢は地面を見る。


「俺は」


「俺は?」


「後で」


「それ、考えない時の返事」


「みんな使うようになったな、それ」


「便利だからね」


「便利な言葉は危ないってリリアさんに言われた」


「じゃあ使うな」


 正論だった。


 相沢は黙る。


 ミナは石を一つ取った。


 何も書いていない石。


 それを相沢の前に置く。


「これ、回し屋」


「勝手に決めるな」


「前半は起きる。

 中で寝る。

 後半、起きる」


「無理がある」


「ずっと起きるよりまし」


「中で何かあったら」


「起こす」


「誰が判断する」


「私」


「不安だな」


「蹴るよ」


「それは安心材料じゃない」


「起きるでしょ」


「起きるな」


「じゃあ安心」


 相沢は言葉に詰まった。


 強引だ。


 だが、正しい。


 中で少しでも寝なければ、明け方に頭が使えない。


 分かっている。


 分かっているが、怖い。


 寝ている間に、線が切れる気がする。


「回し屋」


 ミナの声が少し低くなる。


「何だ」


「一人で回してると思うな」


 相沢は顔を上げた。


 ミナはまっすぐ見ていた。


「今は、みんなで回してる」


 相沢は黙った。


 言葉が出なかった。


「だから、寝ろ」


「命令か」


「命令」


「誰の」


「私の」


「権限は」


「蹴る権限」


「強いな」


「でしょ」


 相沢は小さく息を吐いた。


「分かった」


 ミナは少しだけ満足そうに頷いた。


     ◇


【土曜日 21:03/北柵】


 前半の夜番が始まった。


 北。


 ガンツ。


 若い見張り。


 板を持った老人。


 火を見る村人。


 森を見る村人。


 火の水。


 飲む水ではない水。


 それらが並ぶ。


 東と西にも人がいる。


 広場中央には火を見る人。


 治療所にはリリアと補助。


 倉庫には村長。


 マルタは渋々、倉庫の近くで横になった。


 横になっただけで、寝てはいない。


 相沢は見た。


 マルタの目が開いている。


「寝てない」


 ミナが言う。


「見ないふりをする」


「いいの?」


「横になってるだけ前進」


「甘い」


「マルタ相手には段階がいる」


「そういうもの?」


「たぶん」


「またたぶん」


 相沢は北を見た。


 黒い森。


 火の揺れ。


 板を握る老人。


 槍を持つガンツ。


 静かだった。


 静かすぎる。


 でも、さっきのような黒い塊はない。


 ゴブリンの影も見えない。


 ただの夜。


 その、ただの夜が怖い。


     ◇


【土曜日 21:17/広場中央】


 眠気は波で来た。


 一度来て。


 引いて。


 また来る。


 相沢は座ったまま、何度か意識が落ちかけた。


 そのたびに、火の音で戻る。


 ぱち。


 小さな音。


 それだけで心臓が跳ねる。


 寝られない。


 寝たいのに、寝られない。


 これでは休みにならない。


「回し屋」


 ミナが横に座る。


「何だ」


「目、開いてるけど寝てる?」


「それは怖いな」


「怖いよ」


「起きてる」


「嘘」


「厳しい」


「雑」


 ミナは小さな布を差し出した。


「何だ」


「目に乗せる」


「なぜ」


「火が見えると寝ないでしょ」


 相沢は少し驚いた。


「誰の案だ」


「私」


「やるな」


「偉そう」


「係長だから」


「寝る人が言うな」


 相沢は布を見る。


 目を塞ぐ。


 怖い。


 だが、火を見続けても休めない。


「何かあったら起こせ」


「起こす」


「本当に」


「蹴る」


「それは起きる」


「でしょ」


 相沢は布を受け取った。


 目に乗せる。


 暗くなる。


 火の明かりが消える。


 音だけになる。


 火の音。


 人の寝息。


 遠くの咳。


 木の軋み。


 板は鳴っていない。


 ガンツの低い声が、遠くで一度聞こえた。


 ミナが隣にいる気配。


 完全には安心できない。


 でも。


 一人ではない。


 相沢は、少しだけ息を吐いた。


     ◇


【土曜日 21:29/広場中央】



【中核運用者:

 休息移行】


【短時間休息を推奨】



 表示が見えた気がした。


 目を閉じているのに。


 いや。


 見えたのではない。


 頭の中に浮かんだ。


「うるさい」


 相沢は小さく呟いた。


 ミナが言う。


「何?」


「オカン」


「寝ろって?」


「たぶん」


「珍しく正しい」


「いつも正しいのが腹立つんだ」


「じゃあ従えば」


「腹立つ」


「子供か」


「最近、みんなそれ言うな」


「言われることしてるから」


 ミナの声が少し遠くなる。


 火の音も遠くなる。


 体が沈む。


 地面が硬い。


 寒い。


 でも、眠気の方が強い。


 相沢は最後に、北のことを考えた。


 火の水。


 板。


 ガンツ。


 森。


 ダリオ。


 置き火。


 赤ゴブリン。


 考えが混ざる。


 線がほどける。


 ほどける。


 ほどけて。


 少しだけ。


 眠った。


     ◇


【土曜日 21:46/治療所前】


 相沢が眠っている間。


 リリアは、エルの弟の熱を見ていた。


 息は荒い。


 だが、さっきより少し落ち着いている。


 エルは寝ている。


 手はまだ弟の布を握っている。


 リリアはその手をそっと外そうとして、やめた。


 起こさない程度に、布だけ整える。


 補助の女が小声で聞く。


「このまま朝まで?」


「分かりません」


 リリアは答える。


「悪くなれば、起こします」


「誰を?」


「必要な人を」


 女は頷いた。


 リリアは広場を見る。


 火のそばで、アイザワが横になっている。


 目に布を乗せている。


 ミナが隣で座っている。


 起きている。


 見ている。


 リリアは少しだけ表情を緩めた。


「寝ましたか」


 補助の女が聞く。


「少しだけ」


「よかったですね」


「はい」


 リリアは小さく頷く。


 本当に。


 少しだけでも。


     ◇


【土曜日 22:03/北柵】


 ガンツは森を見ていた。


 火は低い。


 若い見張りは火を見ている。


 老人は板に手を置いている。


 森を見る村人は、何度も瞬きをしている。


「眠いか」


 ガンツが聞く。


「いえ」


「嘘つくな」


「……眠いです」


「なら足を動かせ。

 立つな。

 座ったまま足を動かせ」


「はい」


「火を見るな」


「はい」


 ガンツは森を見る。


 赤い影は見えない。


 だが、見えないからいないとは言えない。


 ダリオの言葉が残っている。


 鳥が少ない。


 木が近い。


 置き火。


 前の村。


 ガンツは舌打ちした。


「嫌な奴だ」


 誰に言ったのか。


 赤ゴブリンか。


 ダリオか。


 アイザワか。


 自分でも分からなかった。


 その時、森の奥で何かが鳴った。


 小さい。


 枝が折れたような音。


 ガンツは手を上げる。


 全員が止まる。


 板は鳴らさない。


 まだだ。


 音は一度だけ。


 続かない。


 ガンツは息を殺す。


 森。


 黒。


 静か。


 何も出ない。


 若い見張りが震える。


「鳴らしますか」


 小声。


「まだ」


 ガンツも小声で返す。


 しばらく待つ。


 何もない。


 ガンツは手を下げた。


「一回は、森の音だ」


「二回は?」


「嫌な音」


「三回は?」


「叩け」


 若い見張りは頷いた。


 ガンツは森を見る。


 夜は長い。


 まだ半分も来ていない。


     ◇


【土曜日 22:18/広場中央】


 相沢は目を覚ました。


 自分で起きたのか。


 何かで起きたのか。


 分からない。


 目の上に布。


 地面の硬さ。


 体の冷え。


 火の音。


 ミナの気配。


「起きた?」


 ミナの声。


「ああ」


「まだ早い」


「どれくらい寝た」


「少し」


「曖昧」


「時計ないから」


「便利だな、時計ないの」


「不便だ」


 相沢は布を外した。


 火が目に刺さる。


 まぶしい。


 目が慣れるまで時間がかかる。


 火を見すぎると森が見えない。


 ダリオの言葉を思い出す。


 相沢は顔をしかめた。


「何かあったか」


「北で一回音。

 ガンツが止めた」


「板は?」


「鳴ってない」


「そうか」


 相沢は起き上がる。


 体が重い。


 だが、少しだけ頭が戻っていた。


 ほんの少し。


 それでも違う。


「寝たでしょ」


 ミナが言う。


「少しな」


「少しでも、ないよりいい」


「それ、俺が言ったやつか」


「便利だから使った」


「便利な言葉は危ない」


「でも便利」


 相沢は小さく笑った。


 それから、地面の石を見る。


 前半。


 中。


 後半。


 交代。


「そろそろ替える」


 ミナが言った。


「早くないか」


「ガンツを下げるんでしょ」


「下がるかな」


「下げる」


「誰が」


「回し屋」


「俺か」


「私は蹴る係」


「役割分担が雑だな」


 ミナは立ち上がった。


「行くよ」


 相沢も立ち上がる。


 足はまだ重い。


 だが、さっきよりは動いた。


     ◇


【土曜日 22:27/北柵】


 ガンツは下がらなかった。


 予想通りだった。


「交代だ」


 相沢が言う。


「まだ早い」


「早くない」


「来るかもしれねぇ」


「だから替える」


「意味が分からん」


「来た時に、ガンツが動けないと困る」


「今動ける」


「今じゃない」


 ガンツが睨む。


 相沢も見る。


 火が低く揺れる。


 森は黒い。


 若い見張りは眠気で目が赤い。


 老人も肩を丸めている。


 全員、疲れている。


「ガンツ」


 相沢は言った。


「明け方に使う」


 ガンツの顔が少し変わる。


「俺を物みたいに言うな」


「戦力だからな」


「人だ」


「だから寝ろ」


 ガンツは舌打ちした。


「腹立つ言い方しやがる」


「得意だ」


「自慢するな」


 ミナが横から言う。


「下がらないなら蹴るよ」


「お前に蹴られても痛くねぇ」


「痛い場所を蹴る」


「やめろ」


 ガンツは嫌そうな顔をした。


 だが、槍を少し下げた。


「少しだけだ」


「それでいい」


「何かあったら起こせ」


「起こす」


「本当だな」


「蹴ってでも」


「それはやめろ」


 ガンツは北柵から下がった。


 代わりに、別の村人が前に出る。


 強くはない。


 だが、見ることはできる。


 板を持つ老人も、交代した。


 次は別の老人。


 火を見る人も変わる。


 ぎこちない。


 時間がかかる。


 でも、交代した。


 それだけで、夜が少しだけ前に進んだ。


     ◇


【土曜日 22:39/広場中央】



【夜番交代:

 第一回完了】


【中核戦力:ガンツ】

【短時間休息へ移行】


【夜間持続性:

 微増】



「微増」


 相沢は呟いた。


 また少しだけ。


 だが、今夜はそれでいい。


 少しずつでなければ、夜は越えられない。


 ガンツは広場の端に座っていた。


 寝てはいない。


 槍を抱えたまま、目を閉じている。


 マルタはいつの間にか少し眠っていた。


 村長は倉庫前で座ったまま起きている。


 リリアは治療所前で、ようやく背中を壁に預けていた。


 エルはまだ寝ている。


 ダリオも目を閉じている。


 ミナは火のそばに立っている。


 相沢は地面に、交代済みの石を少しずらした。


 前半から中へ。


 夜は、まだ長い。


 だが。


 止まってはいない。


「回し屋」


 ミナが戻ってくる。


「何だ」


「次、何見る?」


 相沢は広場を見た。


 火。


 水。


 治療所。


 北柵。


 倉庫。


 寝ている人。


 起きている人。


 そして、黒い森。


「水」


「水?」


「火を消した。

 飲んだ。

 治療に使った。

 減ってる」


 ミナは少し嫌そうな顔をした。


「また仕事」


「未解消項目です」


「オカンみたいに言うな」


「俺も嫌だった」


 ミナは小さく笑った。


 相沢は井戸の方を見る。


 夜に水を汲む。


 それもまた、危ない作業だった。


 暗い。


 足元が見えない。


 桶は重い。


 井戸に落ちる可能性もある。


 でも、水がないと火も治療も止まる。


 相沢は棒を拾った。


「次は水番だ」


 ミナは頷いた。


「分かった」


 火が揺れる。


 夜の中で、また一つ。


 役が増えた。

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