第六十九話 夜番
【土曜日 18:04/広場中央】
夜が来た。
完全な夜ではない。
まだ空の端に、薄い青が残っている。
だが、村の中はもう暗かった。
柵の影。
家の影。
人の影。
それらが混ざって、どこからが物で、どこからが人か分かりにくくなる。
火が三つ。
広場中央。
治療所前。
北柵寄り。
揺れる。
火が揺れるたびに、人の顔も揺れた。
安心する顔。
不安になる顔。
眠そうな顔。
怒っている顔。
泣き疲れた顔。
相沢は、それらを見ながら思った。
夜は、人の中身を濃くする。
昼なら誤魔化せたものが、暗くなると前に出る。
「回し屋」
ミナが横に来た。
「何だ」
「寝る場所、だいたい決まった」
「だいたい」
「だいたい」
「嫌な言葉だな」
「完璧じゃないって意味」
「知ってる」
相沢は広場を見る。
空き家に重い怪我人。
納屋に避難民のうち動ける者。
広場の端に村の若い者。
咳の強い者は治療所から見える風下。
子供は中央に近い場所。
火から近すぎず、遠すぎず。
線で引いた通りには、ならなかった。
当然だった。
地面の線は動かない。
人は動く。
痛がる。
怖がる。
子供は泣く。
老人は寒がる。
そのたびに、線は少しずつ曲がる。
「まあ、止まってない」
相沢は言った。
「それ、最近の口癖?」
「嫌な口癖だな」
「でも、合ってる」
ミナは火を見る。
「止まってはない」
◇
【土曜日 18:10/治療所前】
リリアは座っていた。
座っている。
それだけで、相沢は少し安心した。
ただし、手は止まっていない。
布を畳む。
薬草を分ける。
水の器を見る。
横になっている怪我人の顔色を見る。
座っているだけで、仕事は続いている。
「リリアさん」
「はい」
「休んでますか」
「座っています」
「それは休んでるとは違います」
「アイザワ殿も、よく似たことをしています」
「痛いところを」
リリアは少しだけ笑った。
疲れた笑みだった。
治療所のそばでは、エルが眠っていた。
弟の隣。
体を丸めている。
薄い布をかけられている。
弟は熱がある。
息は荒いが、さっきよりは落ち着いている。
「弟さんは」
「今は大きく悪くなってはいません」
「今は」
「はい」
リリアは短く答える。
良くなった、とは言わない。
大丈夫、とも言わない。
相沢はその正確さがありがたく、同時に重かった。
「交代、できますか」
「治療そのものは無理です」
「ですよね」
「ですが、見て知らせる役なら増やせます」
「エルみたいに」
「はい。
ただ、子供だけには任せません」
「分かりました」
相沢は頷いた。
その時、治療所の奥で男がうめいた。
ダリオだった。
リリアがすぐ顔を向ける。
相沢も見る。
ダリオは目を開けていた。
熱で少し濁っている。
だが、焦点はあった。
「水か」
相沢が聞く。
ダリオは小さく首を振る。
「北は」
「見てる」
「火は」
「置いた」
「近すぎるな」
相沢は少し黙った。
「見てたのか」
「光が……揺れる」
ダリオは息を吐く。
「柵に近いと、目が慣れない」
リリアが静かに言う。
「もう話さないでください」
ダリオは黙る。
だが、相沢は北の火を思い浮かべた。
柵から離した。
でも、光が強すぎるのか。
火を見ると、その外が見えにくくなる。
夜のことを分かっていない。
相沢は歯を噛んだ。
「ガンツに伝える」
ダリオは小さく頷いた。
◇
【土曜日 18:17/北柵】
北柵の火は、確かに明るかった。
明るい。
だから安心する。
だが、その外が黒くなる。
火の向こうの森が、ただの黒い壁になる。
相沢は立ち止まった。
「なるほど」
ガンツが横を見る。
「何だ」
「火が強い」
「明るい方がいいだろ」
「近くはな。
遠くが見えない」
ガンツは火と森を見比べた。
少し黙る。
「……ああ」
「ダリオが言ってた」
「あいつ、寝てねぇのか」
「寝かされてる」
「それでも見てるのか」
「目だけな」
ガンツは鼻を鳴らした。
「嫌な奴だな」
「褒めてるか?」
「少し」
相沢は火の位置を見る。
「火を少し下げる。
それと、森を見る人は火を直視しない」
「そんな器用なことできるか」
「火を見る人と、森を見る人を分ける」
「また分ける」
「それしかない」
ガンツは火のそばにいた若い見張りを呼んだ。
「お前、火を見る。
消えそうなら言え。
燃えすぎても言え」
「はい!」
「お前は森を見る。
火を見るな。
目が潰れる」
「目が?」
「暗いところが見えなくなるってことだ」
相沢が補足する。
若い見張りは頷いた。
「分かりました」
ガンツが相沢を見る。
「これでいいか」
「たぶん」
「たぶんか」
「夜は分からないことが多い」
「昼もだろ」
「そうだな」
二人は森を見た。
黒い。
ただ、火を少し下げると、森の端に濃淡が戻った。
木の幹。
低い草。
柵の影。
少しだけ見える。
「ダリオ、使えるな」
ガンツが言った。
「ああ」
「でも、今は寝ろ」
「それも伝える」
「伝えたら起きるぞ」
「確かに」
◇
【土曜日 18:26/広場中央】
粥の器が集められていた。
マルタが数えている。
一つ。
二つ。
三つ。
欠けた器。
ひびの入った器。
返ってこない器。
「一つ足りないね」
マルタが言った。
空気が少し固まる。
「誰だい」
その声は低かった。
怒鳴っていない。
だから、余計に怖い。
避難民の子供がびくりとする。
村の若い男が目を逸らす。
相沢はすぐに言った。
「探しましょう」
「盗った奴がいるかもしれないよ」
「かもしれません」
「甘いね」
「今、盗ったと決めると割れます」
マルタは相沢を見る。
「割れてからじゃ遅いよ」
「だから、探します」
マルタは黙った。
相沢は広場を見る。
「器が一つ足りません。
誰かの近くに残っていないか確認してください。
責める話じゃありません。
明日の朝、食べる器が足りなくなる話です」
村人たちが動き出す。
避難民も周囲を見る。
しばらくして、エルの弟のそばから器が見つかった。
布の陰に倒れていた。
中に少し粥が残っている。
エルが寝る前に置いたものだったらしい。
マルタはそれを見て、鼻を鳴らした。
「ほらね」
「盗みじゃなかった」
「今回はね」
「はい」
「でも、明日からは返す場所も決める」
「そうしましょう」
相沢は地面に新しい印をつけた。
器を返す場所。
また一つ、役が増えた。
増やしたくない。
でも、増やさないと崩れる。
◇
【土曜日 18:35/広場西側】
避難民の中年男は、器を集める側にいた。
さっき文句を言った男だ。
名前はまだ聞いていない。
男は無言で器を重ねていた。
乱暴ではある。
だが、割ってはいない。
「助かります」
相沢が言った。
男は睨む。
「礼を言われる筋合いはない」
「仕事をしてるので」
「仕事じゃない」
「なら、役です」
「同じだろ」
「似てます」
男は舌打ちした。
「俺たちは、ここにいていいのか」
急に声が小さくなった。
相沢は男を見る。
怒っている顔の下に、別のものがあった。
不安。
追い出されるかもしれない。
食べたら責められるかもしれない。
寝たら奪ったことになるかもしれない。
そういう顔だった。
「今夜は」
相沢は言った。
「ここにいてください」
「明日は」
「明日の朝、話します」
「追い出すのか」
「まだ決めていません」
男の顔が歪む。
「それが一番怖いんだよ」
「分かります」
「分かるわけないだろ」
相沢は黙った。
分かる。
とは言えない。
自分は村を焼かれていない。
家族を失っていない。
歩いて助けを求めてきたわけではない。
「全部は分かりません」
相沢は言った。
「でも、決めないままにすると、
あなたたちも村の人も危なくなる」
「だから待てって?」
「はい」
「冷たいな」
「そうかもしれません」
男は相沢を睨んだ。
それから、器を一つ持ち上げた。
「これはどこだ」
「返す場所は、あそこです」
「分かった」
男は器を運んだ。
納得はしていない。
だが、動いた。
今はそれでいい。
◇
【土曜日 18:44/治療所前】
リリアの横に、村の女が一人座った。
年は三十代くらい。
子供を寝かせてから来たらしい。
「見て知らせるだけでいいんですね」
女が聞く。
リリアが頷く。
「はい。
苦しそうなら呼んでください。
布が外れたら呼んでください。
水を欲しがっても、勝手に飲ませず呼んでください」
「私でできますか」
「できます」
リリアは即答した。
女の顔が少し変わる。
不安が少し減った顔だった。
相沢はそのやり取りを見ていた。
できる。
その一言は、役を渡す時に必要なのかもしれない。
自分はよく、やってくださいと言う。
リリアは、できますと言う。
そこが違う。
「アイザワ殿」
リリアがこちらを見る。
「はい」
「何か?」
「いや」
「嘘ですね」
「今日は本当に厳しいですね」
「必要です」
相沢は苦笑した。
その時。
⸻
【治療補助:
形成】
【治療担当負荷:
微減】
⸻
「微減」
相沢は呟いた。
少しだけ。
本当に少しだけ。
でも、減った。
リリアが首を傾げる。
「オカンですか」
「はい」
「何と?」
「少しだけ楽になったそうです」
リリアは一瞬だけ目を伏せた。
「少しでも、助かります」
「はい」
相沢は頷いた。
少しでも。
今日の村は、そればかりだった。
◇
【土曜日 18:52/北柵】
板が一度鳴った。
一回だけ。
相沢は立ち上がりかける。
だが、二回目はない。
決めていた。
一回は確認。
二回は注意。
三回は全員へ警戒。
老人がこちらを見て、片手を上げる。
大丈夫。
そういう合図だった。
ガンツも東から目だけ向ける。
動かない。
ミナも広場で止まる。
走らない。
村が、少しだけ約束を覚え始めている。
相沢は息を吐いた。
「今のは?」
村長が聞く。
「確認です」
「確認で済む音は、ありがたいですな」
「はい」
だが、ありがたい音でも心臓には悪い。
相沢は北を見る。
火は低くなっている。
森は少し見える。
老人は板を膝に置いている。
その横に若い見張りがいる。
戦うためではない。
見るために。
夜の形が、少しずつ動き始めていた。
◇
【土曜日 19:03/広場中央】
空は完全に暗くなった。
火の外は黒い。
その黒の中に、村が浮かんでいる。
相沢は広場の中央に座った。
立ち続けると、リリアとミナに見つかる。
座っていても、見つかる。
だが、座っている分だけましだった。
地面の線はもう見えにくい。
代わりに、人の位置を覚える。
北。
東。
西。
治療所。
倉庫。
井戸。
空き家。
納屋。
火。
水。
人。
頭の中で線を引く。
その線も、少しずつ薄くなる。
眠い。
とても眠い。
その時。
ミナが隣に座った。
「寝たら?」
「無理だ」
「言うと思った」
「なら言うな」
「言わないと腹立つから」
「最近それ多いな」
「回し屋向け」
相沢は小さく息を吐く。
少し笑ったのかもしれない。
「ミナは」
「何」
「寝られる時に寝ろ」
「それ、そっちが言う?」
「俺が言うから意味がある」
「ない」
「即答」
ミナは膝を抱えた。
火を見る。
「さっきの人」
「器を配ってた人か」
「うん」
「不安なんだろうな」
「怒ってた」
「怒ってる人は、不安なことも多い」
「そうなの?」
「たぶん」
「またたぶん」
「人のことは、だいたいたぶんだ」
ミナは少し黙った。
「回し屋って、変なこと言うね」
「よく言われる」
「でも、たまに分かる」
「たまにで十分だ」
「マルタみたい」
「それは嫌だ」
ミナは少し笑った。
火が揺れる。
その横顔が赤く見えた。
相沢は気づく。
気づいたが、名前は付けない。
今は、夜番の途中だ。
◇
【土曜日 19:16/広場中央】
⸻
【夜間運用:
第一段階安定】
【警戒継続】
【休息不足者:
多数】
【中核運用者:
疲労蓄積】
⸻
「誰のことだ」
相沢は呟いた。
⸻
【該当者:
複数】
⸻
「逃げたな」
ミナが横から見る。
「またオカン?」
「ああ」
「何て?」
「疲れてる奴が多いって」
「回し屋も?」
「複数って言われた」
「逃げたね」
「だろ」
ミナは立ち上がった。
「じゃあ、私も少し見る」
「何を」
「広場。
寝てる子供と、火」
「無理するな」
「それ、そっちが言う?」
「さっき聞いた」
「何回でも言う」
ミナは少し離れた。
相沢はその背中を見る。
ミナも疲れている。
だが、動く。
リリアも。
ガンツも。
マルタも。
村長も。
みんな、疲れながら動いている。
それは美談ではない。
危険だった。
疲れた人間は間違える。
火を消し忘れる。
水を間違える。
見張りで眠る。
言葉が荒くなる。
少ない粥で怒鳴る。
だから、夜は怖い。
◇
【土曜日 19:28/北柵】
三回。
板が鳴った。
乾いた音が、夜に走る。
一回。
二回。
三回。
広場が起きた。
「北!」
ミナの声。
ガンツが走る。
相沢も立ち上がる。
今度は足がもつれた。
転びかける。
誰かが腕を掴んだ。
村長だった。
「急がず」
「すみません」
「急ぐ時ほど、です」
相沢は頷き、北へ向かった。
火が揺れている。
老人が板を握っている。
若い見張りが森を指す。
「二つ!」
声が震えていた。
「影が二つ!」
ガンツが槍を構える。
森の端。
低い影。
確かにいる。
ゴブリン。
普通のゴブリンか。
それとも。
赤ではない。
赤い影は見えない。
だが、赤がいないとは限らない。
相沢は森の奥を見る。
見えない。
見えないことが怖い。
「来るか」
ガンツが低く言う。
「まだ」
「何で分かる」
「分からない」
「なら言うな」
「来るなら、もっと音を出す気がする」
「気がする?」
「偵察かもしれない」
その時。
北柵の外で、ゴブリンの一匹が何かを置いた。
小さいもの。
黒い塊。
火ではない。
石でもない。
「何だ」
ガンツが目を細める。
相沢はすぐ言った。
「近づくな」
「分かってる」
黒い塊から、細い煙が上がった。
火種。
遅れて燃えるもの。
「水!」
相沢が叫ぶ。
北に置いていた火用の水。
若い見張りが動く。
だが、手が震えて桶を倒しかける。
「半分でいい!」
ミナの声が飛ぶ。
若い見張りは桶を持ち直し、柵の隙間から水をかけた。
じゅ、と音がした。
煙が消える。
ゴブリンが森の奥へ下がった。
ガンツが槍を構えたまま唸る。
「置き火か」
「たぶん」
「ダリオの言った通りか」
「ああ」
相沢は息を吐く。
火を投げるのではない。
置く。
北の低い柵。
木が近い場所。
そこに火種を置いて、遅れて燃やす。
見つけるのが遅れたら、柵の根元が燃えた。
夜で。
人が寝ていて。
気づいた時には、火が上がる。
赤ゴブリンのやり方だった。
◇
【土曜日 19:35/北柵】
ゴブリンは引いた。
だが、誰も安心しなかった。
火種の焦げた跡が残っている。
水で濡れた土。
焦げた匂い。
それだけで、村人の顔が変わる。
夜に火を置かれる。
昼より怖い。
ガンツは森を睨んでいた。
「追うなよ」
相沢が言う。
「分かってる」
「二回言いたくなる」
「腹立つ」
「行きそうな顔してる」
「行きてぇよ」
ガンツは吐き捨てる。
「でも行かねぇ」
相沢は頷いた。
「助かる」
「礼を言うな。腹立つ」
「難しいな」
「お前がな」
ミナが北柵に来る。
「火は?」
「消した」
「水、置いててよかったね」
「ああ」
相沢は短く答えた。
よかった。
だが、よかったで済ませると危ない。
置き火。
夜。
北。
火の水。
見る人。
板。
全てが繋がって、初めて消せた。
一つ欠ければ燃えた。
相沢は焦げ跡を見る。
「北は、このまま厚くする」
ガンツが頷く。
「東西は空けねぇ」
「分かってる」
「分かってるなら言うな」
「言いたくなる」
「腹立つ」
◇
【土曜日 19:42/治療所前】
ダリオは目を開けていた。
リリアが苦い顔をしている。
「起きていたんですね」
「すまない」
ダリオの声はかすれている。
相沢は近づく。
「北に来た」
ダリオは目を細める。
「火か」
「置き火」
ダリオは小さく息を吐いた。
「やっぱり」
「見えてたのか」
「前の村も……夜に燃えた」
リリアが言う。
「もう話さないでください」
「これだけ」
ダリオは相沢を見る。
「赤いのは、すぐには来ない」
「なぜ」
「見てる」
「こちらを?」
「火が消されるか。
人が寄るか。
東西が薄くなるか」
相沢の背中が冷えた。
赤ゴブリンは、今も見ている。
攻撃ではない。
確認。
こちらが夜にどう動くかを見ている。
「分かった」
相沢は言った。
「もう寝ろ」
「森を」
「見るな」
ダリオは少しだけ目を開いた。
相沢は続ける。
「今見ると、明日見られなくなる」
ダリオは黙った。
リリアが少しだけ相沢を見る。
「そういうことです」
リリアが言う。
ダリオはようやく目を閉じた。
◇
【土曜日 19:50/広場中央】
⸻
【夜間襲撃予備行動:
確認】
【火災誘発:
未遂】
【北柵監視:
有効】
【外部人員:ダリオ】
【防衛貢献度:
上昇】
⸻
相沢は表示を見た。
言いたいことはあった。
かなりあった。
受け入れるなと言ったのは誰だ。
と。
だが、今は黙った。
表示は続く。
⸻
【受入判断による
集落生存率上昇を確認】
⸻
「後出しで手のひら返すな」
相沢は呟いた。
⸻
【状況更新に基づく再評価】
⸻
「言い方」
ミナが近くで聞いていた。
「何?」
「オカンが、ダリオを受け入れてよかったって」
「さっきは?」
「受け入れるなって」
「何それ」
「俺もそう思う」
ミナは少しだけ黙った。
それから、北柵の方を見る。
「でも、助かった」
「ああ」
「じゃあ、よかった」
「単純だな」
「単純じゃないと、夜に持たない」
相沢は言葉に詰まった。
ミナは時々、雑に正しいことを言う。
相沢は広場を見る。
火。
寝ている子供。
うずくまる避難民。
治療所。
北柵。
ガンツ。
リリア。
マルタ。
ダリオ。
エル。
村長。
五十五人。
正しいかどうかは、まだ分からない。
明日の朝も、分からないかもしれない。
だが。
少なくとも今夜。
切っていたら、この火は消せなかった。
◇
【土曜日 20:03/広場中央】
夜はまだ始まったばかりだった。
それでも、村は一度、火を防いだ。
勝利ではない。
赤ゴブリンは倒れていない。
ゴブリンも逃げた。
北柵は濡れ、火の水は減った。
見張りはさらに眠れなくなった。
不安も増えた。
だが、燃えなかった。
それは事実だった。
相沢は地面に、また線を引いた。
北柵。
置き火。
火の水。
板。
見る人。
ダリオ。
線は増える。
増えすぎる。
それでも、今は必要だった。
「回し屋」
ミナが言う。
「何だ」
「次は?」
相沢は森を見る。
黒い。
完全に黒い。
その奥に、赤い影がいるかもしれない。
見ているかもしれない。
学んでいるかもしれない。
「次は」
相沢は言った。
「夜番を回す」
「夜番?」
「全員起きてたら、朝までに壊れる」
「寝る?」
「寝かせる」
「誰を?」
「全員を、少しずつ」
ミナは顔をしかめた。
「できる?」
「分からない」
「またそれ」
「でも、やる」
相沢は広場を見る。
夜は長い。
人は疲れている。
敵は見ている。
火は消えない。
水は減る。
傷は悪くなるかもしれない。
それでも。
朝まで、村を止めない。
相沢は棒を握った。
「夜番を組むぞ」
ミナは頷いた。
「分かった」
火が揺れた。
黒い森の奥で。
何かが、また一つ動いた気がした。




