表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
69/110

第六十九話 夜番

【土曜日 18:04/広場中央】


 夜が来た。


 完全な夜ではない。


 まだ空の端に、薄い青が残っている。


 だが、村の中はもう暗かった。


 柵の影。


 家の影。


 人の影。


 それらが混ざって、どこからが物で、どこからが人か分かりにくくなる。


 火が三つ。


 広場中央。


 治療所前。


 北柵寄り。


 揺れる。


 火が揺れるたびに、人の顔も揺れた。


 安心する顔。


 不安になる顔。


 眠そうな顔。


 怒っている顔。


 泣き疲れた顔。


 相沢は、それらを見ながら思った。


 夜は、人の中身を濃くする。


 昼なら誤魔化せたものが、暗くなると前に出る。


「回し屋」


 ミナが横に来た。


「何だ」


「寝る場所、だいたい決まった」


「だいたい」


「だいたい」


「嫌な言葉だな」


「完璧じゃないって意味」


「知ってる」


 相沢は広場を見る。


 空き家に重い怪我人。


 納屋に避難民のうち動ける者。


 広場の端に村の若い者。


 咳の強い者は治療所から見える風下。


 子供は中央に近い場所。


 火から近すぎず、遠すぎず。


 線で引いた通りには、ならなかった。


 当然だった。


 地面の線は動かない。


 人は動く。


 痛がる。


 怖がる。


 子供は泣く。


 老人は寒がる。


 そのたびに、線は少しずつ曲がる。


「まあ、止まってない」


 相沢は言った。


「それ、最近の口癖?」


「嫌な口癖だな」


「でも、合ってる」


 ミナは火を見る。


「止まってはない」


     ◇


【土曜日 18:10/治療所前】


 リリアは座っていた。


 座っている。


 それだけで、相沢は少し安心した。


 ただし、手は止まっていない。


 布を畳む。


 薬草を分ける。


 水の器を見る。


 横になっている怪我人の顔色を見る。


 座っているだけで、仕事は続いている。


「リリアさん」


「はい」


「休んでますか」


「座っています」


「それは休んでるとは違います」


「アイザワ殿も、よく似たことをしています」


「痛いところを」


 リリアは少しだけ笑った。


 疲れた笑みだった。


 治療所のそばでは、エルが眠っていた。


 弟の隣。


 体を丸めている。


 薄い布をかけられている。


 弟は熱がある。


 息は荒いが、さっきよりは落ち着いている。


「弟さんは」


「今は大きく悪くなってはいません」


「今は」


「はい」


 リリアは短く答える。


 良くなった、とは言わない。


 大丈夫、とも言わない。


 相沢はその正確さがありがたく、同時に重かった。


「交代、できますか」


「治療そのものは無理です」


「ですよね」


「ですが、見て知らせる役なら増やせます」


「エルみたいに」


「はい。

 ただ、子供だけには任せません」


「分かりました」


 相沢は頷いた。


 その時、治療所の奥で男がうめいた。


 ダリオだった。


 リリアがすぐ顔を向ける。


 相沢も見る。


 ダリオは目を開けていた。


 熱で少し濁っている。


 だが、焦点はあった。


「水か」


 相沢が聞く。


 ダリオは小さく首を振る。


「北は」


「見てる」


「火は」


「置いた」


「近すぎるな」


 相沢は少し黙った。


「見てたのか」


「光が……揺れる」


 ダリオは息を吐く。


「柵に近いと、目が慣れない」


 リリアが静かに言う。


「もう話さないでください」


 ダリオは黙る。


 だが、相沢は北の火を思い浮かべた。


 柵から離した。


 でも、光が強すぎるのか。


 火を見ると、その外が見えにくくなる。


 夜のことを分かっていない。


 相沢は歯を噛んだ。


「ガンツに伝える」


 ダリオは小さく頷いた。


     ◇


【土曜日 18:17/北柵】


 北柵の火は、確かに明るかった。


 明るい。


 だから安心する。


 だが、その外が黒くなる。


 火の向こうの森が、ただの黒い壁になる。


 相沢は立ち止まった。


「なるほど」


 ガンツが横を見る。


「何だ」


「火が強い」


「明るい方がいいだろ」


「近くはな。

 遠くが見えない」


 ガンツは火と森を見比べた。


 少し黙る。


「……ああ」


「ダリオが言ってた」


「あいつ、寝てねぇのか」


「寝かされてる」


「それでも見てるのか」


「目だけな」


 ガンツは鼻を鳴らした。


「嫌な奴だな」


「褒めてるか?」


「少し」


 相沢は火の位置を見る。


「火を少し下げる。

 それと、森を見る人は火を直視しない」


「そんな器用なことできるか」


「火を見る人と、森を見る人を分ける」


「また分ける」


「それしかない」


 ガンツは火のそばにいた若い見張りを呼んだ。


「お前、火を見る。

 消えそうなら言え。

 燃えすぎても言え」


「はい!」


「お前は森を見る。

 火を見るな。

 目が潰れる」


「目が?」


「暗いところが見えなくなるってことだ」


 相沢が補足する。


 若い見張りは頷いた。


「分かりました」


 ガンツが相沢を見る。


「これでいいか」


「たぶん」


「たぶんか」


「夜は分からないことが多い」


「昼もだろ」


「そうだな」


 二人は森を見た。


 黒い。


 ただ、火を少し下げると、森の端に濃淡が戻った。


 木の幹。


 低い草。


 柵の影。


 少しだけ見える。


「ダリオ、使えるな」


 ガンツが言った。


「ああ」


「でも、今は寝ろ」


「それも伝える」


「伝えたら起きるぞ」


「確かに」


     ◇


【土曜日 18:26/広場中央】


 粥の器が集められていた。


 マルタが数えている。


 一つ。


 二つ。


 三つ。


 欠けた器。


 ひびの入った器。


 返ってこない器。


「一つ足りないね」


 マルタが言った。


 空気が少し固まる。


「誰だい」


 その声は低かった。


 怒鳴っていない。


 だから、余計に怖い。


 避難民の子供がびくりとする。


 村の若い男が目を逸らす。


 相沢はすぐに言った。


「探しましょう」


「盗った奴がいるかもしれないよ」


「かもしれません」


「甘いね」


「今、盗ったと決めると割れます」


 マルタは相沢を見る。


「割れてからじゃ遅いよ」


「だから、探します」


 マルタは黙った。


 相沢は広場を見る。


「器が一つ足りません。

 誰かの近くに残っていないか確認してください。

 責める話じゃありません。

 明日の朝、食べる器が足りなくなる話です」


 村人たちが動き出す。


 避難民も周囲を見る。


 しばらくして、エルの弟のそばから器が見つかった。


 布の陰に倒れていた。


 中に少し粥が残っている。


 エルが寝る前に置いたものだったらしい。


 マルタはそれを見て、鼻を鳴らした。


「ほらね」


「盗みじゃなかった」


「今回はね」


「はい」


「でも、明日からは返す場所も決める」


「そうしましょう」


 相沢は地面に新しい印をつけた。


 器を返す場所。


 また一つ、役が増えた。


 増やしたくない。


 でも、増やさないと崩れる。


     ◇


【土曜日 18:35/広場西側】


 避難民の中年男は、器を集める側にいた。


 さっき文句を言った男だ。


 名前はまだ聞いていない。


 男は無言で器を重ねていた。


 乱暴ではある。


 だが、割ってはいない。


「助かります」


 相沢が言った。


 男は睨む。


「礼を言われる筋合いはない」


「仕事をしてるので」


「仕事じゃない」


「なら、役です」


「同じだろ」


「似てます」


 男は舌打ちした。


「俺たちは、ここにいていいのか」


 急に声が小さくなった。


 相沢は男を見る。


 怒っている顔の下に、別のものがあった。


 不安。


 追い出されるかもしれない。


 食べたら責められるかもしれない。


 寝たら奪ったことになるかもしれない。


 そういう顔だった。


「今夜は」


 相沢は言った。


「ここにいてください」


「明日は」


「明日の朝、話します」


「追い出すのか」


「まだ決めていません」


 男の顔が歪む。


「それが一番怖いんだよ」


「分かります」


「分かるわけないだろ」


 相沢は黙った。


 分かる。


 とは言えない。


 自分は村を焼かれていない。


 家族を失っていない。


 歩いて助けを求めてきたわけではない。


「全部は分かりません」


 相沢は言った。


「でも、決めないままにすると、

 あなたたちも村の人も危なくなる」


「だから待てって?」


「はい」


「冷たいな」


「そうかもしれません」


 男は相沢を睨んだ。


 それから、器を一つ持ち上げた。


「これはどこだ」


「返す場所は、あそこです」


「分かった」


 男は器を運んだ。


 納得はしていない。


 だが、動いた。


 今はそれでいい。


     ◇


【土曜日 18:44/治療所前】


 リリアの横に、村の女が一人座った。


 年は三十代くらい。


 子供を寝かせてから来たらしい。


「見て知らせるだけでいいんですね」


 女が聞く。


 リリアが頷く。


「はい。

 苦しそうなら呼んでください。

 布が外れたら呼んでください。

 水を欲しがっても、勝手に飲ませず呼んでください」


「私でできますか」


「できます」


 リリアは即答した。


 女の顔が少し変わる。


 不安が少し減った顔だった。


 相沢はそのやり取りを見ていた。


 できる。


 その一言は、役を渡す時に必要なのかもしれない。


 自分はよく、やってくださいと言う。


 リリアは、できますと言う。


 そこが違う。


「アイザワ殿」


 リリアがこちらを見る。


「はい」


「何か?」


「いや」


「嘘ですね」


「今日は本当に厳しいですね」


「必要です」


 相沢は苦笑した。


 その時。



【治療補助:

 形成】


【治療担当負荷:

 微減】



「微減」


 相沢は呟いた。


 少しだけ。


 本当に少しだけ。


 でも、減った。


 リリアが首を傾げる。


「オカンですか」


「はい」


「何と?」


「少しだけ楽になったそうです」


 リリアは一瞬だけ目を伏せた。


「少しでも、助かります」


「はい」


 相沢は頷いた。


 少しでも。


 今日の村は、そればかりだった。


     ◇


【土曜日 18:52/北柵】


 板が一度鳴った。


 一回だけ。


 相沢は立ち上がりかける。


 だが、二回目はない。


 決めていた。


 一回は確認。


 二回は注意。


 三回は全員へ警戒。


 老人がこちらを見て、片手を上げる。


 大丈夫。


 そういう合図だった。


 ガンツも東から目だけ向ける。


 動かない。


 ミナも広場で止まる。


 走らない。


 村が、少しだけ約束を覚え始めている。


 相沢は息を吐いた。


「今のは?」


 村長が聞く。


「確認です」


「確認で済む音は、ありがたいですな」


「はい」


 だが、ありがたい音でも心臓には悪い。


 相沢は北を見る。


 火は低くなっている。


 森は少し見える。


 老人は板を膝に置いている。


 その横に若い見張りがいる。


 戦うためではない。


 見るために。


 夜の形が、少しずつ動き始めていた。


     ◇


【土曜日 19:03/広場中央】


 空は完全に暗くなった。


 火の外は黒い。


 その黒の中に、村が浮かんでいる。


 相沢は広場の中央に座った。


 立ち続けると、リリアとミナに見つかる。


 座っていても、見つかる。


 だが、座っている分だけましだった。


 地面の線はもう見えにくい。


 代わりに、人の位置を覚える。


 北。


 東。


 西。


 治療所。


 倉庫。


 井戸。


 空き家。


 納屋。


 火。


 水。


 人。


 頭の中で線を引く。


 その線も、少しずつ薄くなる。


 眠い。


 とても眠い。


 その時。


 ミナが隣に座った。


「寝たら?」


「無理だ」


「言うと思った」


「なら言うな」


「言わないと腹立つから」


「最近それ多いな」


「回し屋向け」


 相沢は小さく息を吐く。


 少し笑ったのかもしれない。


「ミナは」


「何」


「寝られる時に寝ろ」


「それ、そっちが言う?」


「俺が言うから意味がある」


「ない」


「即答」


 ミナは膝を抱えた。


 火を見る。


「さっきの人」


「器を配ってた人か」


「うん」


「不安なんだろうな」


「怒ってた」


「怒ってる人は、不安なことも多い」


「そうなの?」


「たぶん」


「またたぶん」


「人のことは、だいたいたぶんだ」


 ミナは少し黙った。


「回し屋って、変なこと言うね」


「よく言われる」


「でも、たまに分かる」


「たまにで十分だ」


「マルタみたい」


「それは嫌だ」


 ミナは少し笑った。


 火が揺れる。


 その横顔が赤く見えた。


 相沢は気づく。


 気づいたが、名前は付けない。


 今は、夜番の途中だ。


     ◇


【土曜日 19:16/広場中央】



【夜間運用:

 第一段階安定】


【警戒継続】


【休息不足者:

 多数】


【中核運用者:

 疲労蓄積】



「誰のことだ」


 相沢は呟いた。



【該当者:

 複数】



「逃げたな」


 ミナが横から見る。


「またオカン?」


「ああ」


「何て?」


「疲れてる奴が多いって」


「回し屋も?」


「複数って言われた」


「逃げたね」


「だろ」


 ミナは立ち上がった。


「じゃあ、私も少し見る」


「何を」


「広場。

 寝てる子供と、火」


「無理するな」


「それ、そっちが言う?」


「さっき聞いた」


「何回でも言う」


 ミナは少し離れた。


 相沢はその背中を見る。


 ミナも疲れている。


 だが、動く。


 リリアも。


 ガンツも。


 マルタも。


 村長も。


 みんな、疲れながら動いている。


 それは美談ではない。


 危険だった。


 疲れた人間は間違える。


 火を消し忘れる。


 水を間違える。


 見張りで眠る。


 言葉が荒くなる。


 少ない粥で怒鳴る。


 だから、夜は怖い。


     ◇


【土曜日 19:28/北柵】


 三回。


 板が鳴った。


 乾いた音が、夜に走る。


 一回。


 二回。


 三回。


 広場が起きた。


「北!」


 ミナの声。


 ガンツが走る。


 相沢も立ち上がる。


 今度は足がもつれた。


 転びかける。


 誰かが腕を掴んだ。


 村長だった。


「急がず」


「すみません」


「急ぐ時ほど、です」


 相沢は頷き、北へ向かった。


 火が揺れている。


 老人が板を握っている。


 若い見張りが森を指す。


「二つ!」


 声が震えていた。


「影が二つ!」


 ガンツが槍を構える。


 森の端。


 低い影。


 確かにいる。


 ゴブリン。


 普通のゴブリンか。


 それとも。


 赤ではない。


 赤い影は見えない。


 だが、赤がいないとは限らない。


 相沢は森の奥を見る。


 見えない。


 見えないことが怖い。


「来るか」


 ガンツが低く言う。


「まだ」


「何で分かる」


「分からない」


「なら言うな」


「来るなら、もっと音を出す気がする」


「気がする?」


「偵察かもしれない」


 その時。


 北柵の外で、ゴブリンの一匹が何かを置いた。


 小さいもの。


 黒い塊。


 火ではない。


 石でもない。


「何だ」


 ガンツが目を細める。


 相沢はすぐ言った。


「近づくな」


「分かってる」


 黒い塊から、細い煙が上がった。


 火種。


 遅れて燃えるもの。


「水!」


 相沢が叫ぶ。


 北に置いていた火用の水。


 若い見張りが動く。


 だが、手が震えて桶を倒しかける。


「半分でいい!」


 ミナの声が飛ぶ。


 若い見張りは桶を持ち直し、柵の隙間から水をかけた。


 じゅ、と音がした。


 煙が消える。


 ゴブリンが森の奥へ下がった。


 ガンツが槍を構えたまま唸る。


「置き火か」


「たぶん」


「ダリオの言った通りか」


「ああ」


 相沢は息を吐く。


 火を投げるのではない。


 置く。


 北の低い柵。


 木が近い場所。


 そこに火種を置いて、遅れて燃やす。


 見つけるのが遅れたら、柵の根元が燃えた。


 夜で。


 人が寝ていて。


 気づいた時には、火が上がる。


 赤ゴブリンのやり方だった。


     ◇


【土曜日 19:35/北柵】


 ゴブリンは引いた。


 だが、誰も安心しなかった。


 火種の焦げた跡が残っている。


 水で濡れた土。


 焦げた匂い。


 それだけで、村人の顔が変わる。


 夜に火を置かれる。


 昼より怖い。


 ガンツは森を睨んでいた。


「追うなよ」


 相沢が言う。


「分かってる」


「二回言いたくなる」


「腹立つ」


「行きそうな顔してる」


「行きてぇよ」


 ガンツは吐き捨てる。


「でも行かねぇ」


 相沢は頷いた。


「助かる」


「礼を言うな。腹立つ」


「難しいな」


「お前がな」


 ミナが北柵に来る。


「火は?」


「消した」


「水、置いててよかったね」


「ああ」


 相沢は短く答えた。


 よかった。


 だが、よかったで済ませると危ない。


 置き火。


 夜。


 北。


 火の水。


 見る人。


 板。


 全てが繋がって、初めて消せた。


 一つ欠ければ燃えた。


 相沢は焦げ跡を見る。


「北は、このまま厚くする」


 ガンツが頷く。


「東西は空けねぇ」


「分かってる」


「分かってるなら言うな」


「言いたくなる」


「腹立つ」


     ◇


【土曜日 19:42/治療所前】


 ダリオは目を開けていた。


 リリアが苦い顔をしている。


「起きていたんですね」


「すまない」


 ダリオの声はかすれている。


 相沢は近づく。


「北に来た」


 ダリオは目を細める。


「火か」


「置き火」


 ダリオは小さく息を吐いた。


「やっぱり」


「見えてたのか」


「前の村も……夜に燃えた」


 リリアが言う。


「もう話さないでください」


「これだけ」


 ダリオは相沢を見る。


「赤いのは、すぐには来ない」


「なぜ」


「見てる」


「こちらを?」


「火が消されるか。

 人が寄るか。

 東西が薄くなるか」


 相沢の背中が冷えた。


 赤ゴブリンは、今も見ている。


 攻撃ではない。


 確認。


 こちらが夜にどう動くかを見ている。


「分かった」


 相沢は言った。


「もう寝ろ」


「森を」


「見るな」


 ダリオは少しだけ目を開いた。


 相沢は続ける。


「今見ると、明日見られなくなる」


 ダリオは黙った。


 リリアが少しだけ相沢を見る。


「そういうことです」


 リリアが言う。


 ダリオはようやく目を閉じた。


     ◇


【土曜日 19:50/広場中央】



【夜間襲撃予備行動:

 確認】


【火災誘発:

 未遂】


【北柵監視:

 有効】


【外部人員:ダリオ】

【防衛貢献度:

 上昇】



 相沢は表示を見た。


 言いたいことはあった。


 かなりあった。


 受け入れるなと言ったのは誰だ。


 と。


 だが、今は黙った。


 表示は続く。



【受入判断による

 集落生存率上昇を確認】



「後出しで手のひら返すな」


 相沢は呟いた。



【状況更新に基づく再評価】



「言い方」


 ミナが近くで聞いていた。


「何?」


「オカンが、ダリオを受け入れてよかったって」


「さっきは?」


「受け入れるなって」


「何それ」


「俺もそう思う」


 ミナは少しだけ黙った。


 それから、北柵の方を見る。


「でも、助かった」


「ああ」


「じゃあ、よかった」


「単純だな」


「単純じゃないと、夜に持たない」


 相沢は言葉に詰まった。


 ミナは時々、雑に正しいことを言う。


 相沢は広場を見る。


 火。


 寝ている子供。


 うずくまる避難民。


 治療所。


 北柵。


 ガンツ。


 リリア。


 マルタ。


 ダリオ。


 エル。


 村長。


 五十五人。


 正しいかどうかは、まだ分からない。


 明日の朝も、分からないかもしれない。


 だが。


 少なくとも今夜。


 切っていたら、この火は消せなかった。


     ◇


【土曜日 20:03/広場中央】


 夜はまだ始まったばかりだった。


 それでも、村は一度、火を防いだ。


 勝利ではない。


 赤ゴブリンは倒れていない。


 ゴブリンも逃げた。


 北柵は濡れ、火の水は減った。


 見張りはさらに眠れなくなった。


 不安も増えた。


 だが、燃えなかった。


 それは事実だった。


 相沢は地面に、また線を引いた。


 北柵。


 置き火。


 火の水。


 板。


 見る人。


 ダリオ。


 線は増える。


 増えすぎる。


 それでも、今は必要だった。


「回し屋」


 ミナが言う。


「何だ」


「次は?」


 相沢は森を見る。


 黒い。


 完全に黒い。


 その奥に、赤い影がいるかもしれない。


 見ているかもしれない。


 学んでいるかもしれない。


「次は」


 相沢は言った。


「夜番を回す」


「夜番?」


「全員起きてたら、朝までに壊れる」


「寝る?」


「寝かせる」


「誰を?」


「全員を、少しずつ」


 ミナは顔をしかめた。


「できる?」


「分からない」


「またそれ」


「でも、やる」


 相沢は広場を見る。


 夜は長い。


 人は疲れている。


 敵は見ている。


 火は消えない。


 水は減る。


 傷は悪くなるかもしれない。


 それでも。


 朝まで、村を止めない。


 相沢は棒を握った。


「夜番を組むぞ」


 ミナは頷いた。


「分かった」


 火が揺れた。


 黒い森の奥で。


 何かが、また一つ動いた気がした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ここまで読んでくださり、ありがとうございます。 続きが気になりましたら、ブックマークや評価で応援していただけると励みになります。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ