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第六十六話 増えた現場

【土曜日 13:49/西柵前】


 止めないようにする。


 言うのは簡単だった。


 だが。


 目の前には十二人。


 煤けた顔。


 焦げた服。


 泣かない子供。


 泣けない大人。


 足を引きずる若者。


 咳き込む老人。


 そして。


 それを見る村人たち。


 助けたい顔。


 困った顔。


 怖い顔。


 見ないふりをしたい顔。


 全部があった。


 相沢は息を吸う。


 まず。


 流れを作る。


「リリアさん」


「はい」


「重い人から見てください。

 歩ける人は座らせるだけでいいです」


「分かりました」


「ミナ」


「何」


「子供二人。

 水を飲ませる。

 でも一気に飲ませるな」


「分かった」


「村長」


「はい」


「広場の西側を空けてください。

 寝かせる場所と、待つ場所を分けます」


「承知しました」


「ガンツ」


「柵だろ」


「西は見る。

 この人たちの後ろに何かいるかもしれない」


「分かってる」


 ガンツの顔が険しくなる。


 肩を押さえたまま、それでも柵の外を見る。


 動きたい男が、動かずに見る。


 それだけで、今の村には意味があった。


     ◇


【土曜日 13:52/広場西側】


 生き残りたちは、広場の西側へ移された。


 移された。


 と言っても、綺麗なものではない。


 座り込む。


 崩れる。


 膝をつく。


 誰かの肩から手が離れる。


 子供が布袋を握ったまま動かない。


 村人たちは手を出そうとして、迷う。


「抱える人と見る人、混ざらない!」


 ミナが叫んだ。


「歩ける人は自分で歩いて!

 支える人は一人でいい!」


 声が少しかすれている。


 でも通る。


 相沢はそれを聞きながら、地面に棒で線を引いた。


 広場の西側。


 治療所。


 井戸。


 倉庫。


 柵。


 そして、新しく来た十二人。


「また描いてる」


 ミナが横から言う。


「描かないと忘れる」


「忘れる?」


「誰がどこにいるか」


「見れば分かるじゃん」


「今はな」


 相沢は線を引く。


「人が増えると、

 見えてるのに見落とす」


 ミナは黙った。


 それから、少しだけ頷いた。


「……それ、さっき分かった」


「何が」


「全部見ようとしたら、

 何も見えなくなる」


「いい理解だ」


「偉そう」


「係長だからな」


「また分かんないこと言う」


 ミナは言いながら、子供の方へ戻った。


     ◇


【土曜日 13:55/簡易治療所前】


 リリアは一人目を見た。


 男。


 三十代くらい。


 腕に深い切り傷。


 焼けた布が張りついている。


 顔色が悪い。


「水を」


 リリアが言う。


 村人が水桶を持って近づく。


「桶ごと持ってくるな」


 相沢が止めた。


 村人がびくりとする。


「少しでいい。

 布を濡らす分と、飲む分を分ける」


「分ける?」


「傷を洗う水と、飲む水を混ぜない」


 村人は戸惑った顔をする。


 リリアがすぐに頷いた。


「その通りです。

 飲む水は別にしてください」


 リリアが言うと、村人は動いた。


 相沢は少しだけ口を閉じた。


 リリアの言葉の方が通る。


 当然だ。


 ここは治療所だ。


 自分の現場ではない。


「アイザワ殿」


 リリアが静かに言う。


「はい」


「布を、清潔なものと汚れたもので分けたいです」


 相沢は少し驚いた。


「理解が早いですね」


「さっきの火で分かりました」


 リリアは怪我人の腕を見る。


「混ざると、悪くなります」


「……はい」


 相沢は頷いた。


 火も。


 水も。


 人も。


 布も。


 混ざると悪くなるものがある。


     ◇


【土曜日 13:58/倉庫前】


 マルタは焦げた袋を分けていた。


 無事な袋。


 湿った袋。


 焦げた袋。


 食べられるかもしれないもの。


 駄目なもの。


 後で見るもの。


 その分け方は雑に見えて、意外と迷いがなかった。


「マルタさん」


「あんたにさん付けされると気味が悪いね」


「じゃあマルタ」


「急に馴れ馴れしいね」


「どう呼べばいいんですか」


「用があるなら早く言いな」


 相沢は諦めた。


「治療所に布を回したいです」


「ないよ」


 早い。


 まだ量も言っていない。


「傷に当てる布です」


「布は布だよ」


「違います」


 マルタの目が細くなる。


「何が違う」


「鍋を拭く布と、

 傷に当てる布は分けた方がいい」


「そんな贅沢できる村に見えるかい」


「だから分けます」


「逆だろ」


「同じ布を全部に使うと、

 余計に駄目になります」


 マルタは黙った。


 相沢は続ける。


「全部を綺麗にするのは無理です。

 でも、傷に当てる分だけでも分ける」


「……面倒だね」


「はい」


「嫌な返事だね」


「よく言われます」


 マルタは鼻を鳴らした。


「リリアは何て言ってる」


「分けたいと」


「なら、少し出す」


 早かった。


 相沢は少しだけ目を開く。


「いいんですか」


「リリアが言うならね」


「俺じゃ駄目ですか」


「あんたは変な男だ」


「否定しづらい」


「でも、言ってることはたまに合ってる」


「たまに」


「たまにで十分だよ」


 マルタは奥から布の束を出した。


「これは治療所用。

 鍋拭きに使った奴は殴る」


「殴るの好きな人多いですね、この村」


「言うだけなら安いからね」


     ◇


【土曜日 14:03/広場西側】


 子供は二人いた。


 一人は男の子。


 八歳くらい。


 焦げた布袋を抱えている。


 もう一人は女の子。


 少し年上。


 十二、三歳くらい。


 煤だらけの顔で、男の子のそばを離れない。


「水、飲める?」


 ミナが聞く。


 男の子は反応しない。


 女の子が代わりに答える。


「飲ませました」


 声が小さい。


 でも、はっきりしていた。


「いつ?」


「さっき」


「どれくらい?」


 女の子は黙った。


 分からない顔だった。


 ミナが相沢を見る。


 相沢はしゃがむ。


「名前は?」


 女の子は少し警戒した。


「……エル」


「エル」


 相沢は繰り返す。


「その子は?」


「弟」


「怪我は?」


「足。

 あと、熱いって」


 熱い。


 発熱か。


 火傷か。


 煙か。


 全部かもしれない。


 相沢はリリアを見る。


 リリアは別の怪我人を処置している。


 手が足りない。


 明らかに。


「エル」


 相沢は言った。


「ここにいたいか」


 エルは頷いた。


「じゃあ、手伝えるか」


 エルの目が少し動いた。


「……何を」


「まず、水を運ぶ。

 でも、勝手に飲ませない。

 リリアさんに聞いてから」


「それだけ?」


「それだけじゃない」


 相沢は地面を指す。


「座ってる人。

 寝てる人。

 咳をしてる人。

 血が出てる人。

 誰がどうなってるか、見る」


「見るだけ?」


「見るだけじゃない。

 伝える」


 エルは弟を見る。


 そして、小さく頷いた。


「やります」


 その声を、リリアが聞いていた。


 リリアは処置の手を止めずに言う。


「エル」


「はい」


「手を洗ってください」


「手?」


「手です」


 エルは自分の手を見る。


 煤。


 泥。


 血。


 全部がついていた。


「それが最初です」


 リリアの声は静かだった。


 だが、強かった。


 エルは唇を噛む。


 そして、井戸の方へ走った。


「走らない!」


 ミナが叫ぶ。


 エルが止まり、早歩きになる。


 相沢はそれを見て、少しだけ息を吐いた。


 また一人。


 役が増えた。


     ◇


【土曜日 14:09/簡易治療所】


 治療所は狭かった。


 元々、何人も寝かせる場所ではない。


 そこへ怪我人が増えた。


 動ける者。


 動けない者。


 付き添い。


 水を持ってくる者。


 布を探す者。


 声。


 咳。


 泣き声。


 全部が混ざる。


 相沢は入口で止まった。


 中には入らない。


 入ると邪魔になる。


 それでも、見る。


「リリアさん」


「はい」


「中に入る人を減らします」


「お願いします」


 リリアは即答した。


「付き添いは一人まで。

 歩ける人は外。

 咳がひどい人は右側」


「右?」


「入口から見て右です」


 村人が混乱する。


 相沢は地面に線を引いた。


「ここから内側は治療。

 ここから外は待つ」


「線?」


「線です」


「踏んだら?」


「怒られます」


「誰に」


 リリアが顔を上げた。


「私に」


 村人たちは少しだけ静かになった。


 相沢は思った。


 リリアは静かだ。


 だが、こういう時の方が怖い。


     ◇


【土曜日 14:14/治療所前】


 マルタが布を持ってきた。


 どさり。


 地面に置こうとした瞬間、リリアが言う。


「そこは汚れています」


 マルタの手が止まった。


「じゃあ、どこだい」


 相沢が板を一枚持ってくる。


「ここに」


「また板かい」


「地面に直置きしない方がいいです」


「面倒だね」


「はい」


「返事が腹立つね」


 マルタは板の上に布を置いた。


 リリアは布の束を見て、少しだけ表情を緩める。


「助かります」


「足りないよ」


「それでも助かります」


「……そういう言い方するんじゃないよ」


 マルタはそっぽを向いた。


 その横で、エルが手を濡らして戻ってきた。


 手はまだ黒い。


 洗い方が足りない。


 リリアが見る。


「もう一度」


「え」


「爪の間も」


 エルは少しだけ顔を歪めた。


 それでも戻る。


 相沢はその背中を見る。


 泣いているだけより、ずっといい。


 だが、まだ子供だ。


 その子供に役を渡している。


 正しいのか。


 分からない。


 でも。


 何もしないまま座らせておくより、たぶんいい。


     ◇


【土曜日 14:20/広場中央】


 村長が人数を確認していた。


 元の村人。


 避難してきた者。


 怪我人。


 動ける者。


 動けない者。


 相沢は地面に丸を描いた。


 元の村人。


 四十三。


 避難民。


 十二。


 合わせて、五十五。


 数字にすると、急に重くなった。


「五十五人ですな」


 村長が低く言った。


「はい」


 相沢は頷く。


「まだ、受け入れたわけじゃありません」


 村長が相沢を見る。


 ミナも見る。


 少し離れたところで、リリアも手を止めずに耳だけを向けている。


「今日は保護です」


「保護」


「はい。

 寝かせる。

 水を飲ませる。

 重い怪我を見る。

 でも、正式にこの村で暮らすかどうかは、明日の朝にもう一度決める」


 ミナが眉を寄せた。


「追い出すってこと?」


「違う」


 相沢は即答した。


「決めないまま抱えると、

 全員が危ない」


 ミナは黙る。


 怒りかけた顔が、少しだけ止まる。


「助けるなら、

 何人を、何日、何で支えるか決める」


 村長はゆっくり頷いた。


「……その通りです」


 そこへ、マルタが来た。


 腕に布を抱えたまま、顔は厳しい。


「食い物は足りないよ」


「どれくらいですか」


 相沢が聞く。


「元の人数なら十日は持った」


 マルタは即答した。


「でも、五十五人なら七日。

 怪我人に粥を増やせば、もっと短い」


 村人たちの顔が変わった。


 七日。


 それは短かった。


 短いが。


 数字が出たことで、初めて全員が同じものを見た。


「水は」


 相沢が聞く。


 村長が答える。


「井戸はあります。

 ただし、桶と運ぶ手が足りません」


「寝床は」


「広場横の空き家が一つ。

 あとは納屋ですな」


「怪我人は」


 リリアが顔を上げた。


「重い方が三人。

 熱が出そうな方が数人。

 咳が強い方は分けたいです」


「分ける場所が必要ですね」


「はい」


 相沢は地面の丸を見た。


 五十五。


 ただの数字ではない。


 五十五の腹。


 五十五の喉。


 五十五の不安。


 五十五の寝る場所。


 村は少し大きくなった。


 そして。


 確実に、難しくなった。


 その時。



【避難民受入:

 非推奨】


【理由】

【食糧消費量:急増】

【治療負荷:過大】

【防衛負荷:上昇】

【内部不和リスク:上昇】


【集落維持優先の場合:

 受入拒否を推奨】



 相沢は黙った。


 表示は正しい。


 嫌になるほど、正しい。


 食料は減る。


 水運びは詰まる。


 治療所は限界に近い。


 ガンツ一人に防衛を寄せるのも危ない。


 避難民を受け入れれば、不満も出る。


 誰が多く食べた。


 誰が働かない。


 誰が先に治療された。


 そういうものが、村を割る。


「……要するに、切れってことか」


 相沢は小さく呟いた。


 ミナが反応する。


「何て?」


「オカンが、受け入れるなって」


 広場の空気が止まった。


「村を保たせるだけなら、

 その方がいいらしい」


 ミナの顔が強張る。


 村長は目を伏せた。


 マルタは何も言わない。


 リリアは、怪我人の腕に布を当てたまま静かに見ている。


 相沢は表示を見る。


 それから、地面の丸を見る。


 五十五。


 その中の十二。


 その十二の中に、弟のそばを離れないエルがいる。


 熱にうなされる男がいる。


 最初に膝をついた男もいる。


 その男はまだ熱がある。


 だが、森を見る目だけは死んでいなかった。


「正しいんだろうな」


 相沢は言った。


「村を数字だけで見るなら」


 誰も口を挟まなかった。


「でも、ここで切ったら」


 相沢は息を吐く。


「この村は残っても、

 何かを失う」


 ミナが少しだけ顔を上げる。


 相沢は続けた。


「受け入れる」


 広場が揺れた。


「ただし、

 何も決めずには受け入れない」


 マルタが腕を組む。


「決めるって何をさ」


「今日の方針です」


 相沢は地面に線を引いた。


「一つ。

 避難民は今日一晩、広場西側で保護」


 村長が頷く。


「二つ。

 食料は今日から人数で見る。

 ただし、怪我人と子供は削らない」


 マルタが鼻を鳴らした。


「削ったら殴るよ」


「助かります」


「変な返事だね」


「三つ。

 動ける人は、明日から役を持つ。

 ただし今日は休ませる」


 ミナが小さく頷いた。


「四つ。

 明日の朝、もう一度決める」


「何を?」


 ミナが聞く。


「この村として、

 この十二人をどう受け入れるか」


 広場が静かになった。


 冷たい言い方だったかもしれない。


 だが、必要だった。


 言葉にしない優しさは、後で揉める。


 誰が食べた。


 誰が寝た。


 誰が働かない。


 誰が助けられた。


 そういうものが、村を割る。


「助けるって言葉だけで、

 人は助からない」


 相沢は言った。


「だから、決めます」


     ◇


【土曜日 14:31/治療所前】


 リリアは、怪我人を見終えていなかった。


 終わるはずがない。


 だが、最初よりは流れができていた。


 重い怪我人。


 軽い怪我人。


 咳がひどい者。


 水を飲ませる者。


 待つ者。


 布。


 水。


 薬草。


 それぞれが、少しずつ分かれている。


 エルが戻ってきた。


 今度は手が少し綺麗になっている。


 完全ではない。


 でも、さっきよりいい。


 リリアが頷く。


「その手で、清潔な布には触らないでください」


「え」


「水を運んでください。

 清潔な布は私が取ります」


「はい」


 エルは頷いた。


 相沢はリリアを見る。


「厳しいですね」


「必要です」


「はい」


「優しくして、傷が悪くなるなら、

 それは優しさではありません」


 相沢は少し黙った。


 リリアの声は、いつも通り静かだった。


 だが、その下には疲れがあった。


 迷いも。


 たぶん、痛みも。


「……リリアさん」


「はい」


「少し休んだ方がいいです」


「今は無理です」


「ですよね」


「アイザワ殿もです」


「俺は立ってるだけです」


「嘘ですね」


 即答だった。


 相沢は言葉を失う。


 リリアは怪我人の布を替えながら言った。


「手が震えています」


「寒いだけです」


「さっきから、同じ言い訳です」


「便利なんです」


「便利な言葉は危ないです」


 相沢は黙った。


 それは。


 自分がよく言うことに似ていた。


 リリアは顔を上げる。


「人を見る役を増やすなら」


 静かな声。


 だが、逃げられない声。


「あなたを見る役も必要です」


 相沢は困った。


 本当に困った。


 リリアの声は柔らかい。


 だからこそ。


 そこへ寄りかかるのは、危ないと思った。


「……考えておきます」


「それは、考えない時の返事です」


「厳しい」


「必要です」


 リリアは少しだけ笑った。


 疲れた笑顔だった。


 それでも。


 相沢は、その笑顔で少しだけ呼吸が楽になった。


     ◇


【土曜日 14:38/広場西側】


 生き残りの男が、ようやく少し話せるようになった。


 水を飲み、咳をして、それでも口を開く。


「村は……」


 誰も続きを聞きたくなかった。


 だが、聞かないわけにはいかなかった。


「燃えた」


 男は言った。


「最初に、荷置き場が燃えた」


 相沢は目を細める。


 やはり。


「みんな、そっちを見に行った」


 男の声が震える。


「その間に、柵が薄くなった」


 ガンツの顔が険しくなる。


「火が来た。

 石が来た。

 それから、下から……」


 男は言葉を詰まらせる。


 エルが弟のそばで目を伏せる。


「赤いのが、声を出した」


 男は言った。


「あの声で、ゴブリンが動いた」


 村人たちは黙った。


 相沢は男を見る。


 熱で目は揺れている。


 だが、森の話になると少しだけ焦点が戻る。


「あんた名前は」


 相沢が聞いた。


 男は数秒遅れて答えた。


「……ダリオ」


「ダリオ」


「あいつらは」


 ダリオは息を詰まらせる。


「火を見せる。

 でも、火だけじゃない」


「分かる」


「火を見た後の、

 薄くなった場所に来る」


 ガンツが近づいた。


「前の村では見張りだったのか」


 ダリオはガンツを見る。


「……村の柵を見てた。

 森も」


 ガンツの目が少し変わる。


 相沢はそれを見た。


 ガンツとは違う。


 ガンツは正面で止める。


 ダリオは森を見る。


 まだ動けない。


 だが、目は使えるかもしれない。


「今は休め」


 ガンツが言った。


「動けるようになったら、

 森の話を聞く」


 ダリオは小さく頷いた。


 相沢は森の方を見る。


 赤ゴブリンは退いた。


 だが、終わっていない。


 やり方は分かった。


 向こうのやり方も。


 こちらの弱さも。


 少しだけ。


「同じだな」


 相沢が呟く。


「何がだ」


 ガンツが聞く。


「向こうの村も、

 火で動かされた」


 相沢は地面の線を見る。


 広場。


 治療所。


 倉庫。


 井戸。


 柵。


 そして、新しく増えた人の丸。


「なら、同じやられ方はしない」


     ◇


【土曜日 14:45/広場中央】



【避難民保護:

 暫定運用開始】


【治療負荷:高】


【食糧負荷:高】


【心理不安:高】


【役割再編成を推奨】



「推奨されなくてもやるよ」


 相沢は呟いた。


 ミナが隣に来る。


「またオカン?」


「ああ」


「何て?」


「仕事が増えたって」


「最悪」


「まったくだ」


 ミナは広場を見る。


 座り込む生き残り。


 動く村人。


 怒鳴るマルタ。


 治療するリリア。


 水を運ぶエル。


 柵を見るガンツ。


 熱に揺れながら森の方を見るダリオ。


 全部がばらばらで。


 でも、少しだけ繋がっている。


「大きくなったね」


 ミナが言う。


「村が?」


「うん」


「良いことだけじゃない」


「分かってる」


 ミナは珍しく、すぐにそう言った。


「人が増えたら、

 見るところも増えるもんね」


「その通り」


「でも」


 ミナは少しだけ息を吸う。


「誰かが来られる村になったってことでしょ」


 相沢は黙った。


 その言い方は、少し眩しかった。


 眩しすぎて、すぐには受け取れなかった。


「……そうかもな」


「曖昧」


「疲れてるでしょ、回し屋」


「まあな」


「倒れたら蹴るから」


「優しさの形が荒い」


「回し屋向け」


 ミナは少しだけ笑った。


 その距離が、少し近い。


 相沢はそれに気づく。


 気づいたが。


 名前は付けない。


 今は、そういう時ではない。


 広場の向こうで、エルが水桶を持ち上げようとしてふらついた。


「エル、半分でいい!」


 ミナが叫ぶ。


 エルが水を半分捨てる。


 相沢はそれを見て、頷いた。


 全部運ぼうとしない。


 半分でも届けばいい。


 今の村も、たぶん同じだった。


 全部は救えない。


 だが。


 届く場所を増やすことはできる。


 相沢は焦げた柵と、増えた人の丸を見た。


「止めないようにするぞ」


 今度は、少しだけはっきり言った。

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