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第六十五話 赤い声

【土曜日 12:53/東柵】


 五分。


 そう言われて、相沢は座った。


 座った瞬間。


 体の重さが分かった。


 足。


 腰。


 肩。


 喉。


 全部が重い。


 冷え。


 疲れ。


 煙。


 寝不足。


 それらが、まとめて体の中に残っている。


「五分って短いな」


 相沢が呟く。


「立ってるより長い」


 ミナが言った。


 その言い方が、少し相沢に似ていた。


 嫌だった。


 少しだけ、頼もしくもあった。


 相沢は柵の隙間から森を見る。


 赤い影は、まだいる。


 近づかない。


 逃げもしない。


 見ている。


 こちらが、どこまで持つか。


 どこから崩れるか。


 どこに負荷をかければ動くか。


 その目で見ている。


「嫌な店長だな」


「何?」


「何でもない」


 相沢は息を吐く。


 店長。


 違う。


 あれは客ではない。


 上司でもない。


 人でもない。


 だが。


 やっていることは、人を動かす側のそれだった。


     ◇


【土曜日 12:56/東柵】


 森の奥で、片目ゴブリンが動いた。


 一歩。


 前へ。


 それだけで、柵の前の空気が固くなる。


「来るぞ」


 ガンツが言った。


 槍を構える。


 村人たちも構える。


 だが、前ほど足はばらつかない。


 火を見る者。


 水を運ぶ者。


 柵を見る者。


 怪我人を見る者。


 それぞれが自分の場所にいた。


 完璧ではない。


 だが、場所がある。


 それだけで、人は迷う時間が減る。


 森の奥から、低い声が響いた。


 赤い声。


 咆哮。


 短く。


 太く。


 腹の底を押されるような音。


 その瞬間。


 ゴブリンたちの動きが変わった。


 火を持つ個体が下がる。


 石を持つ個体が横へ散る。


 丸太を持つ個体が、見えない位置へ消える。


 片目ゴブリンだけが残った。


 こちらを見ている。


 相沢は立ち上がった。


 五分は経っていない。


「座ってて」


 ミナが言う。


「無理だ」


「言うと思った」


「なら言うな」


「言わないと腹立つから」


「そういう理由か」


 相沢は森を見る。


 火。


 石。


 丸太。


 それらが消えた。


 消えた時が一番怖い。


 見えない負荷は、見える負荷より遅れて刺さる。


     ◇


【土曜日 12:58/東柵】



【敵性群体:

 再配置を確認】


【攻撃予測:

 複合】


【警戒推奨】



「知ってる」


 相沢は呟いた。


 ガンツが横目で見る。


「またオカンか」


「ああ」


「何て?」


「嫌なことするぞって」


「それは見りゃ分かる」


「そうなんだよな」


 分かる。


 分かるから嫌だった。


 何が来るかは分からない。


 でも、何かを組んでいるのは分かる。


 相沢は村の内側を見た。


 井戸。


 火台。


 倉庫。


 治療所。


 西柵。


 人の配置。


 水桶の数。


 濡れ布。


 土。


 空いている場所。


 詰まりそうな場所。


 全部を見る。


 全部は見られない。


 だから、見る順番を決める。


「ミナ」


「何」


「西、薄い」


「二人残してるわよ」


「足りない」


「分かった」


 ミナが振り向く。


「西に一人戻って!

 走らない!

 戻って見るだけ!」


 若い村人が一人、頷いて西へ向かう。


「村長!」


 ミナが続ける。


「井戸前、空けて!」


「承知!」


 村長が杖を上げる。


 井戸前の人の固まりが少しほどける。


 相沢は頷いた。


 まだ間に合う。


 たぶん。


     ◇


【土曜日 13:01/東柵】


 火が来た。


 ただし、東ではなかった。


 高く上がった黒い布が、風に乗る。


 東柵を越えない。


 手前にも落ちない。


 少し横。


 倉庫の方。


「倉庫!」


 誰かが叫ぶ。


 村人の目がそちらへ向く。


 足も動きかける。


「見るだけ!」


 ミナが叫ぶ。


「倉庫は二人!」


 火を見る役の二人が走る。


 その時。


 倉庫の前から、年配の女が怒鳴った。


「こっち来すぎるんじゃないよ!」


 太い声だった。


 太い腕。


 腰に布を巻き、手には濡れた麻袋。


 誰かの母親というより、倉庫そのものが人間になったような圧だった。


「マルタ婆さん!」


 村人が叫ぶ。


 マルタ。


 村の倉庫番のような立場の年配の女だった。


「婆さんじゃない!」


 マルタは、濡れた麻袋を火の横へ叩きつけた。


「土! 端からだよ!

 真ん中踏むんじゃない!」


 相沢は思わず止まる。


 教えていない。


 だが、見ていたのだ。


 さっきから。


 火の消し方。


 人の寄り方。


 水の使い方。


 マルタはそれを見て、自分の場所で使っている。


「……いるじゃないか」


「何がだ?」


 ガンツが聞く。


「倉庫の人」


「マルタか。口うるせぇぞ」


「今は助かる」


「いつもは?」


「たぶん怖い」


「合ってるぜ」


     ◇


【土曜日 13:04/東柵】


 倉庫側に火が落ちた直後。


 東柵に石が来た。


 予想通り。


 いや。


 予想通りでも痛いものは痛い。


 石が柵に当たる。


 見張りの一人が額を切った。


「下がるな!」


 ガンツが叫ぶ。


「血を拭くのは後だ!

 見えるか!」


「見えます!」


「なら前見ろ!」


 若い見張りが歯を食いしばる。


 額から血が流れる。


 でも、槍は下がらない。


 相沢は一歩動きかけた。


 止まる。


 自分が行く場所ではない。


 怪我を見る役がいる。


 治療所がある。


 リリアがいる。


「リリアさん!」


 相沢が叫ぶ。


 簡易治療所の前で、リリアが顔を上げる。


「額の切り傷一人!

 動ける!

 後で!」


「分かりました!」


 短いやり取り。


 それでいい。


 全部を運ばない。


 今見るもの。


 後で見るもの。


 分ける。


 それができるだけで、前線は止まらない。


     ◇


【土曜日 13:07/東柵】


 次は丸太だった。


 ただし、正面ではない。


 東柵の斜め。


 倉庫側へ人が寄った直後の、少し薄い場所。


「右!」


 相沢が叫ぶより先に、ガンツが怒鳴った。


「右、支えろ!」


 見張り二人が動く。


 だが、動きすぎない。


 自分の範囲だけ。


 丸太が当たる。


 柵が軋む。


 縄が一つ切れた。


「縄が!」


 若い見張りが叫ぶ。


「後!」


 相沢が返す。


「今は押さえろ!」


 ガンツが槍を柵の隙間に差し込む。


 丸太を持つゴブリンの腕を弾く。


 ゴブリンが叫ぶ。


 下がる。


 片目ゴブリンが鳴いた。


 短く。


 鋭く。


 丸太の個体が横へ散る。


 統制がある。


 嫌になるほどある。


「片目、よく見てるな」


 相沢が言う。


「褒めるな」


「褒めてない」


「聞こえたら調子に乗る」


「ゴブリンが?」


「知らんが腹立つ」


 ガンツは前を見たまま答えた。


     ◇


【土曜日 13:11/広場中央】


 ミナは走っていなかった。


 走りたい。


 でも、走らない。


 走ると見えなくなる。


 それを、さっきアイザワが言った。


 いや。


 言われたわけではない。


 アイザワを見ていて、分かった。


 全部に行く人は。


 全部を見失う。


「西、どう!」


 ミナが叫ぶ。


「まだ何も!」


 西側の見張りが返す。


「何も、じゃなくて!

 影は! 音は!」


「影なし!

 音もなし!」


「よし!」


 言葉を直す。


 聞き方を直す。


 そうしないと、返ってくる言葉も粗くなる。


 ミナは息を吸った。


「井戸!」


「詰まっておりません!」


 村長が返す。


「倉庫!」


「火は消したよ!」


 マルタの声。


「余計な手は寄越すんじゃない!」


「分かった!」


 ミナは少しだけ笑いそうになった。


 怖い人だ。


 でも、頼れる。


 そういう人が増えると、村は少し変わる。


     ◇


【土曜日 13:14/東柵】


 赤い咆哮がまた響いた。


 今度は長い。


 森の奥の空気が震える。


 ゴブリンたちが一斉に動いた。


 火。


 石。


 丸太。


 そして、右ではなく。


 左。


 西ではない。


 東でもない。


 柵の外側、低い茂み。


 小さい影が這うように動く。


「下だ!」


 若い見張りが叫んだ。


 細いゴブリンが一匹、柵の根元へ近づいていた。


 手には火ではない。


 刃物でもない。


 縄。


 いや。


 引っかけるための鉤のようなもの。


「柵を倒す気か」


 相沢が低く言う。


「させるか!」


 ガンツが槍を突き出す。


 だが、そこへ石が飛ぶ。


 ガンツの肩に当たった。


「ぐっ」


「ガンツ!」


「見るな!」


 ガンツが叫ぶ。


「俺を見るな!

 下を見ろ!」


 村人たちの目が戻る。


 下。


 柵の根元。


 細いゴブリン。


 槍が二本、突き出される。


 ゴブリンが逃げる。


 鉤が地面に落ちた。


 だが、その瞬間。


 倉庫側でまた火が上がった。


 マルタの怒鳴り声。


「またかい!」


 村が揺れる。


 相沢は歯を食いしばった。


 同時。


 重ねてきた。


 こちらが慣れたところへ、別の薄い場所を突く。


 赤は見ている。


 学んでいる。


 こちらと同じように。


     ◇


【土曜日 13:18/東柵】



【敵性個体:赤】


【指揮影響:高】


【火災誘発能力を確認】


【運用破壊行動を確認】



「運用破壊って言うな」


 相沢は呟いた。


 言葉が、嫌に正確だった。


 赤ゴブリンは、村を壊そうとしている。


 人を殺すだけではない。


 火で動かし。


 石で削り。


 丸太で負荷をかけ。


 下から柵を抜こうとする。


 そして、動いたところを見る。


 こちらの対応を学ぶ。


「強いんじゃない」


 相沢は言った。


 ガンツが肩を押さえながら聞く。


「何だ」


「あいつ、嫌な場所を知ってる」


「それは強いって言うんじゃねぇのか」


「そうとも言う」


「言えよ」


 ガンツが笑う。


 痛そうだった。


 でも笑った。


 それだけで、周りの見張りの顔が少し戻る。


「ガンツ、下がるか」


「下がらん」


「肩は」


「動く」


「動くと使えるは違う」


「うるせぇ」


 リリアなら、もっと静かに刺すだろう。


 相沢はそう思った。


     ◇


【土曜日 13:22/倉庫前】


 倉庫側の火は消えた。


 ただし、袋が二つ焦げた。


 マルタは焦げた袋を見て、顔をしかめる。


「これは駄目だね」


「中身は?」


 ミナが聞く。


「外だけなら使える。

 でも湿った」


「乾かせる?」


「急げばね」


 マルタは相沢を見た。


「そこの変な男!」


「俺ですか」


「あんた以外にいるかい」


「何です」


「袋を動かすなら、どっちからだ」


 相沢は一瞬考える。


 焦げた袋。


 湿った袋。


 まだ無事な袋。


 火元。


 倉庫の入口。


 人の流れ。


「無事な袋を奥へ。

 湿った袋は外。

 焦げた袋は分ける」


「理由は」


「混ぜると全部悪くなる」


 マルタは鼻を鳴らした。


「分かってるじゃないか」


「どうも」


「手は貸さないよ。こっちでやる」


「助かります」


「助かる?」


「俺が行かなくて済む」


 マルタは一瞬だけ黙った。


 そして、少しだけ口の端を上げた。


「変な褒め方するね」


「よく言われます」


「誰に」


「最近、村の人に」


     ◇


【土曜日 13:26/東柵】


 攻撃が止まった。


 急に。


 火も。


 石も。


 丸太も。


 下からの動きも。


 森が静かになる。


 静かすぎる。


 村人たちは息を止めた。


 相沢も森を見る。


 片目ゴブリンが、こちらを見ている。


 その奥。


 赤い影。


 赤ゴブリンが、一歩だけ前に出た。


 初めて。


 はっきり見えた。


 普通のゴブリンより大きい。


 体が赤黒い。


 肩が広い。


 片腕に焦げた布の束を持っている。


 目は黄色く、濁っている。


 だが。


 獣の目ではない。


 相沢はそう思った。


 人間ではない。


 言葉も通じない。


 それでも。


 考えている。


 相沢と同じように。


 村の流れを見ている。


 どこで止まるか。


 どこで崩れるか。


 どこに火を落とせば、人が動くか。


 それを見ている。


「敵側の回し屋かよ」


 相沢が小さく言った。


「何だそれ」


 ガンツが聞く。


「一番嫌なやつ」


「なら倒す」


「今は無理」


「いつならいいんだよ」


「崩してから」


 ガンツは黙った。


 それから、短く頷いた。


「分かった」


     ◇


【土曜日 13:30/東柵】


 赤ゴブリンが吠えた。


 今度は短い。


 命令。


 そう感じる声。


 ゴブリンたちが下がり始める。


 村人たちはざわついた。


「引くのか?」


「追うな!」


 相沢とガンツの声が重なった。


 村人たちが止まる。


 ガンツが相沢を見る。


「今のは合ったな」


「珍しく」


「珍しくは余計だ」


 森の奥で、片目ゴブリンが最後まで残る。


 こちらを見たまま。


 ゆっくりと下がる。


 赤い影も、木々の奥へ消えていく。


 完全には去っていない。


 距離を取っただけ。


 そう感じた。


 村は、しばらく動けなかった。


 勝った。


 とは言えない。


 赤ゴブリンは死んでいない。


 片目も逃げた。


 ゴブリンの群れも残っている。


 柵は軋み、倉庫は焦げ、怪我人はいる。


 水も減った。


 土も荒れた。


 煙の匂いも残っている。


 だが。


 村は残っていた。


     ◇


【土曜日 13:34/東柵内側】


 ミナが膝に手をついた。


 村長が井戸前で腰を押さえている。


 リリアは怪我人の数を確認している。


 マルタは倉庫前で袋を怒鳴りながら動かしている。


 ガンツは肩を押さえながら、まだ森を見ている。


 相沢は焦げた柵を見た。


 燃えた。


 壊れた。


 怪我もした。


 でも。


 止まっていない。


 その時。



【防衛クエスト達成】


【赤色指揮個体の一時撤退を確認】


【集落崩壊を回避】



 表示が浮かぶ。


 相沢は、ただそれを見た。


「……達成、か」


 便利な言葉だった。


 だが、その下には焦げた匂いが残っている。


 血のついた布も。


 肩を押さえるガンツも。


 声を枯らしたミナも。


 薬草を数えるリリアも。


 焦げた袋を分けるマルタも。


 全部、残っていた。


 ゲームなら。


 勝ったら終わる。


 経験値が入って。


 画面が明るくなって。


 次の町へ行く。


 でも。


 焦げた柵は残っていた。


 泣いている子供も。


 水を運んで座り込んだ村人も。


 全部、残っていた。


 勝利画面なんてなかった。


     ◇


【土曜日 13:36/東柵内側】



【共同体運用評価】


【火災対応:有効】

【防衛維持:継続】

【水資源管理:要改善】

【負傷者搬送:実行】

【伝達線維持:形成】


【集落機能:

 一部維持】



「……」


 相沢は黙って見た。


 さらに表示が続く。



【集落機能更新】


【防衛役:定着】

【火を見る役:定着】

【水運び役:定着】

【治療役:定着】

【伝達線:形成】



【依存率:低下】


【共同体持続性:上昇】



 相沢は、少しだけ息を吐いた。


「……俺じゃなくて」


 焦げた柵を見る。


 水桶を戻す村人を見る。


 ミナを見る。


 リリアを見る。


 ガンツを見る。


 マルタを見る。


「村が上がったのか」


 その言葉は、小さかった。


 誰にも聞こえないくらい。


 だが。


 ミナだけが、少しこちらを見た。


「何?」


「何でもない」


「嘘」


「今は勘弁してくれ」


 ミナは何か言いかけて、やめた。


「……五分、延長」


「ありがたい」


「倒れたら蹴るから」


「優しさの形が荒い」


「回し屋向け」


「嫌な納得がある」


     ◇


【土曜日 13:42/西柵】


 それは、誰かの叫びから始まった。


「西!」


 見張りの声。


 全員が振り向きそうになる。


 ミナがすぐ叫んだ。


「東、見る人はそのまま!」


 止まる。


 人が止まる。


 さっきまでなら、全員が西を見ていた。


 だが今は違う。


 役がある。


 見る場所がある。


 相沢は立ち上がる。


「何だ」


 ガンツが肩を押さえながら言う。


「分からない」


 西柵へ向かう。


 ミナも来る。


 リリアも簡易治療所から顔を出す。


 村長が後ろから歩いてくる。


 西柵の見張りは、森ではなく道を指していた。


「人です!」


 相沢は目を細める。


 道の向こう。


 よろよろと歩く影。


 一人ではない。


 二人。


 三人。


 もっと。


 焦げた服。


 煤けた顔。


 抱えられた子供。


 杖をつく老人。


 肩を貸す若者。


 十人前後。


 その先頭にいた男が、こちらを見て膝をついた。


「助け……」


 声は、ほとんど出ていなかった。


 リリアが息を呑む。


 ミナの顔が強張る。


 ガンツが低く言った。


「別の村か」


 相沢は、煙の方角を思い出す。


 荷を置く場所。


 燃やされた道。


 外から来た男。


 赤ゴブリン。


 繋がった。


 嫌な形で。


     ◇


【土曜日 13:46/西柵前】


 生き残りは、十二人いた。


 歩ける者が七人。


 抱えられている者が二人。


 子供が二人。


 老人が一人。


 怪我人は多い。


 火傷。


 切り傷。


 煙を吸った咳。


 足を引きずる者。


 目だけが動かない子供。


 村人たちは黙った。


 助けたい。


 だが。


 さっきまで自分たちも燃えかけていた。


 水は減っている。


 薬草も減っている。


 食料も無限ではない。


 寝床も足りない。


 相沢は、その沈黙の意味を理解した。


 優しさだけでは、人は助からない。


 受け入れるなら、場所がいる。


 水がいる。


 食べ物がいる。


 治療がいる。


 見る人がいる。


 そして、それを誰がやるか決めないと、村が止まる。


 村長が相沢を見る。


 リリアも。


 ミナも。


 ガンツも。


 相沢は、少しだけ目を閉じた。


 休みの日くらい。


 休ませてほしい。


 そう思った。


 本当に思った。


 でも。


 目の前に、座り込む子供がいた。


 煤けた手で、小さな布袋を握っている。


 相沢は目を開けた。


「まず、分けます」


 静かな声で言った。


「怪我が重い人。

 歩ける人。

 子供。

 老人」


 村人たちが息を呑む。


「助けるかどうかの前に、

 見る順番を決めます」


 リリアがすぐに頷いた。


「治療所を空けます」


 マルタが倉庫前から怒鳴った。


「食わせるなら、数を出しな!」


「出します」


 相沢は答える。


「ただし、今すぐ全部は無理です」


 ミナが前に出る。


「私、子供見る」


「頼む」


 ガンツが肩を押さえながら言う。


「俺は柵だな」


「動くなよ」


「分かってる」


 村長が息を吸う。


「受け入れるなら、広場の西側を空けましょう」


「お願いします」


 相沢は頷く。


 その時。



【集落人口:増加】


【食糧消費量:上昇】


【治療負荷:上昇】


【労働力:微増】


【運用複雑度:上昇】



「最後が一番嫌だな」


 相沢は呟いた。


 だが。


 たぶん、それが一番正しい。


 人が増える。


 助ける人も増える。


 でも。


 口も増える。


 怪我も増える。


 迷いも増える。


 村は少し大きくなる。


 そして。


 少しだけ、難しくなる。


 相沢は煤けた生き残りたちを見た。


「止めないようにするぞ」


 誰に言ったのか、自分でも分からなかった。


 村にか。


 自分にか。


 それとも。


 この、増えてしまった現場にか。

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