第三十七話 回り切らない
【金曜日 10:12/東柵】
木が軋む。
槍がぶつかる。
怒鳴り声が飛ぶ。
「右だ!」
「押し返せ!」
ガンツが叫ぶ。
だが。
村人達の動きが少しずつ鈍っていた。
疲労だった。
走り回り続けている。
休めていない。
集中も削れている。
その時。
若い村人の槍が空を切る。
「しまっ――」
横から棍棒。
鈍い音。
男が倒れる。
「下がれ!」
ガンツが引きずるように後ろへ下げる。
血。
呻き声。
ゴブリン達はすぐ引いた。
深追いしない。
また距離を取る。
「……クソが」
嫌な敵だった。
削ってくる。
焦らせてくる。
まるで、崩れるのを待っているみたいに。
◇
【金曜日 10:19/広場】
「怪我人追加!」
「布がもう無いです!」
「水持ってきてください!」
リリアが手を止めずに叫ぶ。
既に薬草の量も減り始めていた。
止血。
痛み止め。
消毒。
全部使う。
しかも。
怪我人は増え続ける。
「リリア!」
ミナが走ってくる。
「倉庫南、床沈んでる!」
リリアの表情が変わる。
「どの辺ですか」
「入口近く!」
まずい。
あそこには保存袋が多い。
もし崩れれば。
かなり失う。
だが。
今、人を割けば。
広場側が回らない。
リリアは一瞬だけ目を閉じる。
考える。
でも。
全体が見切れない。
◇
【金曜日 10:27/倉庫】
湿った音が響く。
ミシ。
ミシ。
木材が限界へ近づいていた。
「上段だけ運べ!」
「急げ!」
ミナが叫ぶ。
だが。
人が集まらない。
皆、別場所でも必要だった。
その時。
若い女が震えた声で言う。
「全部は無理……」
誰も否定できない。
沈黙。
雨音だけが響く。
ミナは箱を掴んだまま止まる。
どれを持っていく。
何を残す。
頭が回らない。
その瞬間。
ミシッ!!
大きな音。
「下がって!」
リリアが叫ぶ。
次の瞬間。
倉庫南側の棚が崩れた。
木箱。
袋。
干し肉。
全部が落ちる。
悲鳴。
土埃。
そして。
静まり返る空気。
◇
【金曜日 10:34/広場】
村長は崩れた倉庫を見る。
顔色が悪かった。
「……どれくらいです」
「保存食かなりです!」
「薬草は!?」
「上段だけ無事!」
完全崩壊ではない。
だが。
痛い。
かなり痛い。
その時。
村長は理解する。
今まで。
回し屋がいた時。
こういう事態が、
“起きる前”
に止まっていた。
火。
水。
配置。
順番。
全部。
だから皆、
気づかなかった。
どれだけ危うい場所を歩いていたか。
◇
【金曜日 10:41/広場中央】
ミナは座り込んでいた。
泥だらけ。
呼吸も荒い。
倉庫崩落。
怪我人。
防衛。
全部頭へ残っている。
「……無理だよ」
小さく漏れる。
その横へ。
ガンツが来た。
槍にも血がついている。
「東は?」
「何とか押してる」
何とか。
本当にそれだけだった。
ガンツは広場を見る。
皆動いている。
でも。
空気が違う。
疲労。
焦り。
諦め。
少しずつ混ざり始めている。
ガンツが低く言う。
「……回し屋は」
そこで止まる。
続きが出ない。
ミナが俯いたまま言った。
「何」
「いや……」
ガンツは広場を見る。
火。
怪我人。
崩れた倉庫。
走る村人。
そして。
誰も全体を回し切れていない。
ガンツは奥歯を噛んだ。
「……あいつ、
いつ寝てたんだよ」




