第三十三話 残された側
【木曜日 23:18/大阪・ワンルームマンション】
部屋へ戻ると、静かだった。
コンビニ袋を机へ置く。
ネクタイを緩める。
そのまま椅子へ座り込み、相沢は深く息を吐いた。
「……疲れた」
本音だった。
D店。
人不足。
レジ。
雨。
七瀬の言葉。
全部、頭へ残っている。
⸻
『ちゃんと、自分の分まで残してくださいね』
⸻
あの言葉。
妙に残っていた。
その時。
視界の端。
⸻
【精神負荷:高】
【休息推奨】
⸻
「……はいはい」
投げやりに返す。
最近。
システムが本当に生活指導みたいになっていた。
しかも腹立つことに。
間違ったことを言わない。
相沢はベッドへ倒れ込む。
目を閉じる。
だが。
頭が止まらない。
D店。
異世界。
ゴブリン。
倉庫。
デルグ。
全部回り続けていた。
◇
【金曜日 06:31/異世界・村】
朝。
村は既に動いていた。
「古い箱前!」
「そっち濡れてるぞ!」
「火もう少し右!」
声が飛ぶ。
人が動く。
倉庫前では、村人たちが荷を整理していた。
前とは違う。
止まっていない。
ちゃんと動いている。
その様子を見ながら、村長が静かに言った。
「……変わりましたな」
隣で、リリアが小さく頷く。
「ええ」
回し屋が消えてから、村は落ち着かなかった。
最初の二日は特に酷かった。
誰もが混乱していた。
火の位置。
見張り。
倉庫。
何を優先するか。
全部、回し屋が決めていたのだと初めて分かった。
だが。
今は違う。
皆、
“考える”
ようになっていた。
◇
【金曜日 06:48/広場】
ガンツが見張り位置を確認していた。
長槍を持ったまま、広場を見る。
「火、そこだと影できるぞ」
「え?」
「倉庫裏見えなくなるだろ」
若い見張りが慌てて火台を動かす。
ガンツは少し眉をしかめた。
「……俺まで回し屋みてぇになってきたな」
ミナが吹き出す。
「ちょっと分かる」
「笑うな」
だが。
ミナも理解していた。
最近。
皆、
“見方”
が変わっている。
その時。
村外れ側から声。
「ガンツ!」
見張りだった。
「森でまた動きが!」
空気が変わる。
◇
【金曜日 07:02/見張り台】
森は静かだった。
静か過ぎる。
ガンツは嫌そうに森を見る。
「……いるな」
「見えるんですか?」
若い見張りが聞く。
「見えねぇ」
「じゃあ何で」
「気配だ」
その時。
木陰。
一瞬だけ。
黄色い目が見えた。
すぐ消える。
だが。
逃げない。
「……また見てやがる」
ガンツが低く言う。
普通のゴブリンなら違う。
もっと雑だ。
もっと近い。
でも今の連中は。
距離を取る。
様子を見る。
考えている。
◇
【金曜日 07:19/倉庫】
ミナが木箱を運んでいた。
「そっち先!」
「え、でも薬草が」
「傷みやすい方から!」
村人たちが動く。
ぎこちない。
でも。
前より確実に良い。
リリアはその様子を見る。
静かに。
だが。
少しだけ不安もあった。
皆、動けるようになっている。
でも。
それは逆に、
“考えることが増えた”
ということでもある。
その時。
外から駆け込んでくる村人。
「森側!」
「またゴブリンだ!」
倉庫の空気が変わる。
ミナが即座に立ち上がる。
「数は!?」
「まだ遠い!」
「ガンツは!?」
「見張り台!」
皆、動く。
ちゃんと。
でも。
誰の顔にも少しずつ焦りが混ざり始めていた。
◇
【金曜日 07:33/見張り台】
「……増えてるな」
ガンツが低く言う。
森。
複数の気配。
しかも。
動きが嫌だった。
散っている。
回り込むように。
「普通じゃねぇな……」
若い見張りが不安そうに言う。
「どうするんです」
ガンツは少し黙る。
防衛。
見張り。
倉庫。
避難。
考えることが増えていた。
回し屋なら。
多分。
一瞬で決める。
でも今は。
いない。
ガンツは小さく舌打ちした。
「……まず火増やすぞ」
「はい!」
「あと子供は広場寄せろ」
「分かりました!」
皆、動き出す。
ちゃんと動ける。
だが。
ガンツはまだ気づいていなかった。
これが、
“まだ序盤”
だということに。




