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第三十二話 見えてしまうもの

【木曜日 18:42/D店・売場】


 夕方。


 店内は混んでいた。


 仕事帰りの客。


 雨。


 値引き前。


 一番空気が荒れやすい時間帯だ。


「すみません!」


 レジ側から声。


 若い店員が慌てて走る。


 その瞬間。


 視界の端。



【レジ待機列:増加】


【応援推奨】



 相沢は思わず眉をしかめた。


 最近、本当に、


“問題になる前”


から見える。


 かなり嫌だった。


「相沢さん」


 D店店長が近づいてくる。


 疲れ切った顔。


「レジ一台落ちまして……」


「人は」


「足りません」


 即答だった。


 だろうなと思う。


 現場を見れば分かる。


 全員ギリギリだ。


 誰も余っていない。


 その時。


 レジ側で客の声が少し強くなる。


「まだですか?」


「列長いんだけど」


 店員が焦る。


 さらに空気が悪くなる。


 相沢は小さく息を吐いた。


「……俺入ります」


「え?」


「応援レジ」


「いや営業の人にそこまで……」


「止まる方がまずい」


 もう体が先に動いていた。


     ◇


【木曜日 18:57/レジ】


「ありがとうございましたー」


 レジを打ちながら、相沢は内心かなり疲れていた。


 営業なのに何やってるんだ。


 本当に。


 だが。


 列は減り始めていた。


 客の空気も少し戻る。


 隣の若い店員が小声で言う。


「……助かりました」


「気にしないでください」


「でも相沢さん、何でそんな落ち着いてるんですか」


 相沢は少し考える。


「慌てると余計詰まるから」


「いやでも普通焦りますって」


 その時。


 視界の端。



【対象:店員A】


【疲労:高】


【集中低下】



 相沢は一瞬止まりそうになる。


 最近。


 人を見るのが辛くなってきていた。


 疲れている人間が分かる。


 限界が近い人間も。


 見えてしまう。


 それがかなり重い。


     ◇


【木曜日 20:14/D店・バックヤード】


 閉店前。


 ようやく少し落ち着いた。


 店長が深く頭を下げる。


「本当にすみません」


「謝ることじゃないです」


「でも営業の人にレジまで……」


「現場回ればいいんで」


 店長は少し苦笑する。


「相沢さん、昔からそうですよね」


「何がです」


「店が止まりそうだと、放って帰れない」


 相沢は少し黙る。


 否定できなかった。


 その時。


「相沢さん」


 七瀬だった。


 ヘルプ作業を終えたらしい。


「帰ります?」


「はい」


「駅まで歩きます?」


「まあ」


「じゃあ一緒に行きましょう」


 自然だった。


 だが。


 少しだけ店員たちがニヤついている。


 相沢は気づかないフリをした。


     ◇


【木曜日 20:31/雨の歩道】


 雨は少し弱くなっていた。


 街灯。


 濡れたアスファルト。


 コンビニの灯り。


 二人で駅へ向かう。


 しばらく沈黙。


 だが気まずくはない。


 七瀬が先に口を開いた。


「今日、レジ入ってましたね」


「人足りませんでしたから」


「普通営業はそこまでしませんよ」


「そうですか?」


「少なくとも、毎回はしません」


 七瀬は即答する。


「現場止まりそうでも、“自分の仕事じゃない”で帰る人の方が多いです」


 相沢は少し苦笑した。


「別に大したことしてないですよ」


「そう思ってるから危ないんです」


 雨音。


 足音。


 少し間が空く。


 それから七瀬が静かに言った。


「相沢さんって」


「何です」


「人が限界来る前に気づきますよね」


 相沢は少し止まる。


 かなり鋭い。


「……現場長いですから」


「それだけじゃない気がします」


 七瀬は前を見たまま続ける。


「最近、“見え過ぎてる”感じします」


 相沢は答えられなかった。


 図星だったから。


 最近。


 本当に見え過ぎる。


 売場。


 導線。


 感情。


 疲労。


 崩壊。


 全部。


 そして。


 止められる気がしてしまう。


 だから動いてしまう。


 七瀬が小さく息を吐く。


「……相沢さん、自分を後回しにするの上手すぎます」


 その言葉。


 妙に胸へ残った。


     ◇


【木曜日 21:07/駅前】


「じゃあまた明日」


 七瀬が言う。


「はい、また明日」


 別れ際。


 七瀬は少し迷ってから言った。


「相沢さん」


「何です」


「ちゃんと、自分の分まで残してくださいね」


「……?」


「余裕です」


 七瀬は少し笑う。


「全部、人へ使っちゃうタイプなので」


 そう言って駅へ入っていく。


 相沢は少しその背中を見る。


 それから。


 小さく息を吐いた。


 その時。


 視界の端。



【対象:七瀬真琴】


【信頼度:上昇】



「……だから何なんだよ」


 相沢は本気で疲れた顔をした。


 最近のシステムは。


 本当に余計なお世話だった。

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