第三十話 観察する人
【水曜日 18:07/大阪・食品スーパー】
夕方の売場は、人が多かった。
仕事帰り。
雨。
値引き時間前。
客の流れが複雑になる時間帯だ。
相沢は飲料売場の前で足を止める。
平台。
冷ケース。
通路幅。
客の滞留。
自然に目へ入る。
その瞬間。
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【レジ前混雑予測:中】
⸻
(……もう無意識レベルだな)
最近、本当に表示が早い。
思考へ割り込んでくる。
相沢は小さく息を吐いた。
「相沢さん」
七瀬だった。
売場用タブレットを持っている。
「ちょっといいですか」
「何ですか」
「総菜側の平台、少し迷ってて」
「どれですか」
二人で総菜コーナーへ向かう。
歩きながら、七瀬が言った。
「今日、人の流れ変じゃないですか」
「雨ですから」
「ですよね」
七瀬は売場を見る。
「最近、客の動き読むの難しくて」
相沢は少し考える。
「今日は買い置き寄りだな」
「え?」
「雨強いから滞在時間が短い」
「……あ」
「だから入口側で完結させた方がいいです」
七瀬が少し感心した顔をする。
「そういう見方するんですね」
「現場長いですから」
総菜平台を見る。
唐揚げ。
弁当。
揚げ物。
少し詰まっていた。
「これ、角度逆です」
「逆?」
「客が冷ケース避けて詰まってる」
相沢は平台を少し押す。
ほんの数度。
それだけ。
だが。
流れが変わる。
「あ……」
七瀬が目を細めた。
「通る」
「人は狭いと避けます」
「……」
七瀬は少し黙る。
それから静かに言った。
「やっぱり最近、前より見えてません?」
相沢は苦笑した。
「またそれですか」
「だって本当に変です」
「変って言わないでくださいよ」
「褒めてます」
七瀬は少し笑う。
でも。
目は観察していた。
かなり細かく。
◇
【水曜日 18:26/バックヤード】
バックヤードでは、店員同士が揉めかけていた。
「だから先に出してって言ったじゃないですか!」
「いや、平台空いてなかったし!」
若い店員二人。
疲れている。
余裕が無い。
現場ではよくある空気だった。
相沢は少し止まる。
その瞬間。
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【感情負荷:上昇】
【原因】
・作業集中
・情報不足
・責任衝突
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(感情まで出すのかよ……)
本当に嫌なシステムだった。
相沢は二人へ近づく。
「どうした」
「あ、相沢さん」
「平台順でちょっと……」
話を聞く。
三十秒で分かった。
単純だった。
役割が曖昧だ。
「次から先に担当決めましょう」
「え?」
「飲料誰ですか」
「……自分です」
「総菜誰ですか」
「俺です」
「じゃあ互いに勝手に触らない」
二人が少し止まる。
「あと空き平台情報、口頭じゃなく書きましょう」
「……あ」
「伝言ゲームになりますから」
若い店員たちは顔を見合わせた。
それから。
「すみません」
「いや、こっちも……」
空気が少し落ち着く。
相沢はそのまま離れようとする。
その時。
「相沢さん」
七瀬だった。
少し不思議そうな顔。
「何ですか」
「人の揉める原因まで見るんですね」
「……現場長いと何となく分かるんですよ」
「何となくじゃない気がします」
かなり鋭い。
相沢は少し話を逸らす。
「七瀬さん」
「はい?」
「あなたも大概よく見てます」
七瀬が少し止まる。
「……仕事なんで」
「俺と同じこと言いましたね」
七瀬は小さく笑った。
◇
【水曜日 20:11/営業車】
帰り。
雨はまだ降っていた。
相沢はコンビニ駐車場で缶コーヒーを飲んでいる。
静かだった。
今日も一日、
•売場
•人
•流れ
•感情
を見続けていた。
異世界と変わらない。
その時。
視界の端。
⸻
【帰還可能まで:3日 15:48:03】
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あと三日。
長い。
でも。
少しだけ安心もする。
戻れる。
その感覚が。
もう普通になり始めていた。
「……危ねぇな」
小さく呟く。
異世界を、
“帰る場所”
と思い始めている。
それが。
かなり危険な気がした。




