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第二十九話 崩れる前

【水曜日 08:36/大阪・食品メーカー大阪支店】


 朝から空気が悪かった。


 電話。


 コピー機。


 営業の声。


 だが。


 どこか全体が慌ただしい。


「マジかよ……」


「いや、今日それは無理だって」


「配送ズレてる?」


 相沢は支店へ入った瞬間、嫌な予感がした。


 止まりかけている。


 まだ崩壊じゃない。


 でも。


 “崩れる前の空気”だ。


 その時。


 視界の端。



【支店内負荷:上昇】


【要注意】



(もう職場まで分析するのかよ……)


 相沢は眉をしかめる。


 坂口が慌てて走ってきた。


「相沢さん!」


「何だ」


「北エリアの配送遅れてて、午前納品かなりズレてます!」


「原因は」


「センター側トラブルらしくて……」


 相沢は周囲を見る。


 電話対応。


 確認。


 怒声。


 情報が散っている。


 整理されていない。


 その時点で分かった。


「……情報止まってるな」


「え?」


「誰がどこ把握してる」


「多分バラバラです」


 だろうなと思った。


 現場が崩れる時は大体これだ。


 物じゃない。


 情報が止まる。


「坂口」


「はい!」


「まず納品遅延店舗一覧作れ」


「え」


「あと優先順位」


「優先?」


「クレーム強い店から先」


「は、はい!」


「情報一本化しろ」


 坂口が慌てて動く。


 相沢は支店奥を見る。


 課長が電話を抱えていた。


 かなり追われている。


 その顔を見た瞬間。


 少しだけ異世界を思い出した。


 村長と似ていた。


 全部抱え込む顔だ。


     ◇


【水曜日 09:02/支店内】


「相沢!」


 課長が手招きする。


「悪い、ちょっと手貸せ」


「はい。状況は?」


「配送センター遅延」


「午前便かなり崩れてる」


「今、各店から電話来まくってる」


 課長の机にはメモが散乱していた。


 情報が多すぎる。


 整理できていない。


 相沢は即座に紙を引き寄せる。


「店舗分けます」


「何?」


「致命度で分けます」


「……お前、すぐそれやるな」


「全部同時対応すると死ぬんで」


 課長が少し笑った。


「違いねぇ」


 相沢は書き始める。


•クレーム強

•特売影響

•冷蔵優先

•午後でも許容


 分ける。


 整理する。


 流れを作る。


 その時。


 視界の端。



【混乱率:低下】



(本当に何なんだこれ……)


 最近、表示が仕事へ馴染み過ぎている。


 相沢は少し怖かった。


     ◇


【水曜日 10:11/支店休憩スペース】


「……助かりました」


 坂口が缶コーヒーを渡してくる。


「まだ終わってないぞ」


「でもかなり落ち着きましたよ」


 確かに。


 さっきまでの混乱は減っていた。


 完全復旧じゃない。


 でも。


 “回り始めている”。


 坂口が少し不思議そうに言う。


「相沢さんって、何でそんな落ち着いてるんですか」


「慌てても増えないからな」


「いやでも普通焦りますって」


 相沢は缶コーヒーを開ける。


 少しぬるい。


「崩れる時って、大体一気だから」


「え?」


「だからその前に流れを戻す」


 坂口は少し考え込む。


「……何か、店長みたいっすね」


「嫌だな」


「何でです?」


「責任増える」


 坂口が笑った。


 その笑い方を見ながら。


 相沢は少しだけ思う。


 異世界でも現代でも。


 やってることが同じになってきている。


 止まりかけたものを回す。


 ただそれだけだ。


     ◇


【水曜日 12:42/店舗裏休憩室】


 昼。


 休憩室は混んでいた。


 相沢は端の席で弁当を食べている。


 その時。


「隣、いいですか」


 七瀬だった。


「どうぞ」


 七瀬は弁当を置いて座る。


 少し疲れた顔。


 でも目はちゃんとしている。


「朝、大変でしたね」


「そっちも巻き込まれたか」


「飲料棚ほぼ崩壊しかけました」


 七瀬は苦笑する。


「でも相沢さん来てから空気変わりました」


「大げさですよ」


「現場って、落ち着いてる人いるだけで変わりますよ」


 その言葉。


 少しだけリリアを思い出した。


 安心感。


 落ち着き。


 共同体。


 最近、本当に繋がる。


「……相沢さん」


「何ですか」


「最近、前より疲れてません?」


 またそれだ。


 相沢は苦笑する。


「顔に出てますか」


「少し」


 七瀬は味噌汁を飲みながら続ける。


「でも」


「何です」


「疲れてるのに、前より周り見えてる感じします」


 相沢は少し黙る。


 かなり鋭い。


「……気のせいですよ」


そうですかね」


 七瀬はまだ少し不思議そうだった。


 その時。


 視界の端。



【対象:七瀬真琴】


【観察傾向:高】



「……」


 相沢は無言で天井を見た。


 本当に。


 最近の表示は余計なお世話だった。

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