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第二十七話 止まる前

【火曜日 15:34/営業車】


 午後の雨は少し強くなっていた。


 フロントガラスへ雨粒が流れ続ける。


 ワイパー。


 赤信号。


 配送トラック。


 いつもの大阪。


 相沢は営業車のハンドルを握りながら、小さく息を吐いた。


 疲れていた。


 体じゃない。


 頭が。


 異世界。


 現代。


 倉庫。


 売場。


 ゴブリン。


 納品。


 全部が少しずつ混ざり始めている。


 その時。


 スマホが震えた。



【坂口】

『相沢さん今どこです!?』



 嫌な予感しかしない。


『南エリア。どうした』


 すぐ返信。


 数秒後、電話が鳴る。


「相沢さん!」


 かなり焦った声だった。


「何だ」


「C店ヤバいです!」


「何が」


「催事平台で客詰まってクレーム入りました!」


 相沢は少し目を閉じた。


 容易に想像できる。


 雨。


 特売。


 平台乱立。


 傘。


 レジ混雑。


 動線崩壊。


「写真送れ」


『はい!』


 数秒後。


 スマホへ画像が届く。


 平台。


 ワゴン。


 傘を持った客。


 完全に流れが死んでいた。


 その瞬間。


 視界の端。



【導線圧迫率:高】



(……もう出るの早すぎるだろ)


 最近、本当に速度が上がっている。


 相沢は画像を拡大した。


「坂口」


『はい!』


「入口右の平台、一回下げろ」


『え』


「あと冷食ワゴン壁寄せ」


『はい』


「レジ前の山積み減らせ」


『でも特売です!』


「止まってる方が売れない」


『……あ』


「客流せ」


『分かりました!』


 電話が切れる。


 数分後。



『通れました!』


『客流れ戻った!』


『店長キレるの止まりました!』



 相沢はスマホを見ながら黙る。


 少し前まで。


 ここまで瞬時には見えていなかった。


 いや。


 見えていたのかもしれない。


 ただ今は、


“整理されて見える”


感覚がある。


 それが少し怖かった。


     ◇


【火曜日 17:02/食品メーカー大阪支店】


 支店へ戻る。


 蛍光灯。


 コピー機。


 営業資料。


 いつもの空気。


「相沢さん!」


 後輩の坂口が走ってきた。


 二十代前半。


 素直だが、少し慌てやすい。


「助かりました!」


「現場どうなった」


「めっちゃ流れ良くなりました!」


「ならいい」


「でもマジで何で写真だけで分かるんですか?」


 相沢は営業バッグを机へ置く。


「大体詰まる場所同じだから」


「いや、それでも普通あんなすぐ分かんないですよ」


 近くの営業社員が笑った。


「相沢さん現場長いからなー」


「経験値が違うんだろ」


 別の社員も頷く。


「何か最近ちょっと冴えてません?」


「前からじゃね?」


「まあ元々変に現場強いよな」


 軽い雑談。


 その程度。


 だが。


 相沢は少しだけ安心した。


 まだ。


 “おかしい”までは行っていない。


     ◇


【火曜日 17:24/会議室】


「相沢」


 奥から声。


 課長だった。


 四十代後半。


 疲れた顔。


 だが現場経験が長い人間特有の鋭さがある。


「ちょっと来い」


 会議室へ入る。


 課長は資料を机へ置いた。


「C店、クレーム止めたらしいな」


「坂口が動きました」


「指示はお前だろ」


 相沢は黙る。


 課長は椅子へ座った。


「最近どうだ」


「何がです」


「疲れてるか」


 少し意外だった。


 もっと売上の話かと思った。


「……まあ普通です」


「普通って顔じゃない」


 課長は相沢を見る。


「お前、昔から現場処理は上手い」


「でも最近、少し張り過ぎてる」


 相沢は少し目を細めた。


 課長は続ける。


「止まる前に動こうとしてるだろ」


 その言葉。


 少しだけ胸へ刺さる。


 異世界でも同じだった。


 崩れる前。


 腐る前。


 遅れる前。


 止まる前。


 最近、自分はずっとそこを見ている。


「……仕事なんで」


 相沢が言う。


 課長は苦笑した。


「真面目か」


「普通です」


「普通の奴はそこまで見ねぇよ」


 課長は立ち上がる。


「まあいい」


「ただ」


「何です」


「便利な奴ほど潰れるからな」


 その言葉。


 妙に残った。


 相沢は会議室を出る。


 蛍光灯が少し眩しかった。


 その時。


 視界の端。



【精神負荷:微増】



「……本当にやめろって」


 思わず小さく呟いた。


 最近。


 システムが。


 自分自身まで分析し始めていた。

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