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第二十六話 現場の人間

【火曜日 09:08/大阪・食品スーパー】


「うわ、また詰まってる……」


 バックヤードで若い店員が頭を抱えていた。


 飲料ケース。


 平台用段ボール。


 販促POP。


 全部が狭い通路へ集中している。


 朝の納品ラッシュ。


 完全に流れが止まっていた。


「すみません相沢さん!」


 店長が駆け寄ってくる。


「ちょっと見てもらっていい?」


 相沢は営業バッグを置きながら周囲を見る。


 その瞬間。


 視界の端。



【搬入導線:混雑】


【原因候補】

・平台位置

・仮置き集中



(……また出た)


 最近、本当に勝手に表示される。


 かなり嫌だ。


 だが。


 見えるものは見える。


「平台、一回入口から外してください」


「え?」


「あと飲料、常温先入れて」


「冷蔵後回し?」


「今そこ詰まってるんで」


「あ、はい!」


 店長が慌てて動く。


「おい! 平台ズラすぞ!」


 店員たちが動き始める。


 数分後。


「……あれ?」


「通れる」


「流れ戻ったな」


 止まっていた台車が動き出す。


 人がぶつからない。


 バックヤードの空気が一気に軽くなった。


 若い店員が少し感心したように言う。


「相沢さん、こういうの気づくの早いっすね」


「前から現場強いからなぁ」


 店長が苦笑する。


「助かったよ」


 相沢は軽く手を振った。


「止まると面倒なんで」


 それだけ言って売場へ向かう。


 だが内心は少し重かった。


 最近。


 “詰まり”が見え過ぎる。


 現代でも。


 異世界でも。


     ◇


【火曜日 10:42/売場】


「相沢さん」


 後ろから女性の声。


 振り向く。


 黒髪を後ろでまとめた女性が立っていた。


 細身。


 少し鋭い目。


 落ち着いた雰囲気。


 名札には、



『七瀬 真琴』



と書かれている。


 この店舗の食品チーフだった。


「飲料棚、ちょっと見てもらえます?」


「何かあったんですか」


「何か微妙なんですよね」


 “微妙”。


 現場で一番厄介な違和感だ。


 数字へ出る前の、小さい崩れ。


 相沢は売場を見る。


 冷ケース。


 平台。


 客導線。


 そして、少し止まる。


「……新商品の位置か」


 七瀬が目を細める。


「やっぱり?」


「入口から見えにくいです」


「ですよね」


「あと買い回りと流れが逆」


 七瀬が小さく笑う。


「話早いですね」


 相沢は平台へ近づく。


 商品を少しずらす。


 POP位置変更。


 平台角度変更。


 たったそれだけ。


 でも。


 客の視線が少し変わる。


「あ」


 七瀬が呟いた。


「見えるようになった」


「入口正面へ入りましたから」


 その時。


 視界の端。



【購買接触率:微増予測】



(……だから何なんだよ)


 最近、本当に鬱陶しい。


 七瀬が相沢を見る。


「相沢さん」


「何ですか」


「最近、何かありました?」


 少しドキッとした。


「何で」


「前より、“全体”見てる感じします」


 相沢は少し黙る。


 七瀬は続けた。


「前から現場見るの上手かったですけど」


「最近、“崩れる前”に動いてません?」


 かなり鋭かった。


 相沢は視線を売場へ戻す。


「……気のせいじゃないですか」


「そうですかね」


 七瀬はまだ少し不思議そうだった。


     ◇


【火曜日 12:11/店裏休憩スペース】


 昼。


 缶コーヒー。


 コンビニサンド。


 短い休憩。


 七瀬が隣へ座る。


「珍しいですね」


「何がですか」


「相沢さんがちゃんと休憩してるの」


「一応人間なんで」


 七瀬は少し笑った。


「現場の人、相沢さん頼りにしてますよ」


「便利屋扱いの間違いでしょ」


「否定はできません」


 即答だった。


 相沢は苦笑する。


「酷いですね」


「でも、本当に現場止まった時、皆まず相沢さん呼びますし」


 七瀬は缶コーヒーを開ける。


「前からそうでしたけど」


「最近ちょっと鋭すぎます」


 相沢は少し目を細めた。


「褒めてます?」


「半分くらい」


 七瀬は静かに続ける。


「でも」


「何ですか」


「少し危ない感じもします」


 その言葉。


 妙にリリアを思い出した。


 “顔に出ている”。


 最近、よく言われる。


「壊れる前に休んでください」


「そんな簡単に壊れないですよ」


「壊れる人って皆そう言うんですよ」


 相沢は少し黙る。


 缶コーヒーは少しぬるかった。


 でも。


 何故か少しだけ、気持ちは軽かった。

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