第二十五話 月曜日
【月曜日 08:21/大阪・営業車】
雨だった。
フロントガラスへ細かい雨粒が当たり続けている。
ワイパー。
信号。
渋滞。
灰色の空。
相沢はハンドルを握りながら、ぼんやり前を見ていた。
「……しんど」
スマホが震える。
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【得意先A】
『先週の件、どうなってます?』
【上司】
『朝会で話した件、今日中』
【社内チャット】
『資料更新お願いします』
⸻
現実だった。
本当に。
容赦なく現実。
昨日まで。
焚き火を見ていた。
ゴブリン警戒していた。
村の倉庫を整理していた。
なのに今は。
コンビニ駐車場で缶コーヒーを飲みながら、資料修正の催促を受けている。
「落差どうなってんだよ……」
頭が追いつかない。
その時。
コンビニ搬入口の前で、台車が詰まっていた。
納品箱。
飲料ケース。
通路塞ぎ。
店員が困っている。
相沢は反射的に見る。
瞬間。
視界の端に文字。
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【導線閉塞率:高】
【推奨:陳列台一時移動】
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「……は?」
思わず声が出た。
店員がこちらを見る。
「え?」
「……いや、何でもないです」
相沢は顔を押さえた。
出た。
現代でも。
「マジかよ……」
嫌な汗が出る。
つまり。
異世界だけじゃない。
このシステム。
こっちにも付いてきている。
◇
【月曜日 10:48/食品スーパー・バックヤード】
「相沢くん」
得意先の店長が疲れた顔で言う。
「今週、飲料の動き悪いんだよね」
「気温ですね」
「先週暑かったからなぁ……」
バックヤード。
段ボール。
在庫。
台車。
狭い通路。
相沢は無意識に全体を見る。
すると。
また文字。
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【在庫滞留リスク:中】
【冷ケース前導線:低効率】
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(やめろって……)
頭痛がする。
今まで見えていなかったものが見える。
いや。
多分、前から見ていた。
でも今は、
“表示される”
ようになっている。
「相沢くん?」
店長が不思議そうに見る。
「大丈夫?」
「……あ、はい」
「疲れてる?」
「まあ」
かなり。
精神的に。
店長が苦笑する。
「うちも人足りなくてさぁ」
「最近どこもそうですね」
「結局、回せる人間に負荷寄るんだよ」
その言葉。
妙に刺さった。
回せる人間。
異世界でも。
現代でも。
結局そこへ負荷が集まる。
相沢は少しだけ嫌な気分になる。
◇
【月曜日 12:37/営業車】
昼。
コンビニで買ったパンをかじる。
味がしない。
頭の中が、まだ村だった。
ミナ。
ガンツ。
リリア。
村長。
今、何してる。
ちゃんと回ってるか。
ゴブリンは。
火は。
見張りは。
考えてしまう。
「……駄目だろこれ」
たった二日。
なのに。
気になり過ぎている。
その時。
視界の端。
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【帰還可能まで:5日 11:22:14】
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「は?」
相沢は固まる。
また新しい表示。
「……カウントダウン?」
五日。
つまり。
次は土曜日。
戻れる。
その瞬間。
相沢は気づく。
安心している。
戻れることに。
その事実が。
かなり危なかった。
◇
【月曜日 19:16/大阪・ワンルームマンション】
帰宅。
狭い部屋。
暗い照明。
コンビニ弁当。
疲労。
静かだった。
昨日の村とは違う静けさ。
誰の声も無い。
火も無い。
笑い声も無い。
相沢はソファへ座る。
無意識にスマホを見る。
意味は無い。
異世界と連絡なんて取れない。
「……何やってんだ俺」
自分で少し笑う。
でも。
本当に気になる。
その時。
ふと。
昨夜の言葉を思い出す。
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「……また来る」
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リリアの顔。
村長。
火。
あの空気。
相沢は静かに息を吐く。
帰る場所なんて。
ずっとこの部屋だけだった。
でも今は。
もう一つ増えてしまった気がした。




