第二十四話 帰る場所
【日曜日 23:48/村・広場】
火が小さくなっていた。
夜の騒ぎも落ち着き。
見張り以外は、少しずつ眠り始めている。
ガンツは酒瓶を抱えたまま座っていた。
「……寝るなよ」
相沢が言う。
「寝てねぇ」
「半分寝てる」
「気のせいだ」
完全に酔っていた。
だが。
槍だけは離していない。
その辺りが、この男らしい。
少し離れた場所では、ミナが子供たちと一緒に寝落ちしていた。
壁にもたれて座ったまま。
かなり疲れていたのだろう。
今日一日、走り回っていた。
それでも最後まで止まらなかった。
リリアは、毛布をそっとミナへ掛けている。
静かな動作だった。
相沢はその光景をぼんやり見ていた。
不思議だった。
まだ二日目。
異世界に来て、たったそれだけ。
なのに。
もう、この光景を失いたくないと思っている。
「……危ないな」
小さく呟く。
感情移入し過ぎるのは危険だ。
帰る世界がある。
ここは自分の場所じゃない。
そう思っていたはずなのに。
最近、少し揺らいでいる。
◇
【日曜日 23:57/村・広場】
村長が近づいてきた。
「アイザワ殿」
「まだ起きてたんですか」
「今日は、なかなか眠れません」
村長は焚き火の前へ座る。
火を見る目が、少し柔らかかった。
「静かな夜です」
「……そうですね」
「久しぶりです」
その一言が重い。
相沢は何も言えなかった。
静かな夜。
それが、どれだけ難しいことなのか。
この村では、多分ずっと。
怖かったのだ。
「皆、安心して眠っています」
村長は続ける。
「それは、簡単なようで難しい」
相沢は火を見る。
確かに。
誰も怯えていない。
不安はある。
問題も山積みだ。
でも今夜は、
「明日が来る」
と思えている。
その差は大きい。
「……アイザワ殿」
「何です」
「ありがとうございます」
相沢は少し困った顔をした。
「俺一人じゃないです」
「ええ」
村長は頷く。
「ですが、“回り始める切っ掛け”は必要なのです」
火が揺れる。
相沢は少しだけ目を伏せた。
現代では。
自分はただの営業だった。
代わりはいくらでもいる。
数字に追われて。
頭を下げて。
休日を削って。
それだけだった。
でも今は違う。
ここでは。
自分のやったことが。
ちゃんと誰かの生活へ繋がっている。
それが。
少しだけ怖くて。
少しだけ嬉しかった。
◇
【月曜日 00:00:00】
その時。
視界の端に文字。
⸻
【帰還まで:00:00:03】
⸻
「……っ」
急すぎた。
相沢は立ち上がる。
村長が不思議そうに見る。
「アイザワ殿?」
答えようとして。
また文字。
⸻
【00:00:02】
⸻
(待て)
(マジで今なのか?)
視界が少し揺れる。
嫌な感覚。
足元が不安定になる。
相沢は反射的に周囲を見る。
ガンツ。
寝落ちしたミナ。
リリア。
焚き火。
村。
全部、そこにある。
なのに。
⸻
【00:00:01】
⸻
リリアが気づいた。
「アイザワ殿?」
その声。
相沢はとっさに言う。
「……また来る」
自分でも。
なぜそんな言葉が出たのか分からなかった。
でも。
言わないといけない気がした。
次の瞬間。
視界が白く染まる。
◇
【月曜日 00:01/大阪・ワンルームマンション】
「っ!?」
相沢は飛び起きた。
ベッド。
白い天井。
エアコンの音。
スマホの振動。
見慣れた部屋。
「……は?」
息が荒い。
心臓が速い。
夢。
そう思いかけて。
手を見る。
土が付いていた。
「……マジかよ」
スマホが震える。
画面。
⸻
【月曜朝会議 8:30〜】
⸻
現実だった。
胃が重くなる。
だが。
その瞬間。
頭へ浮かぶ。
焚き火。
村。
ミナの笑い声。
ガンツ。
リリア。
静かな夜。
相沢は顔を覆った。
「休んだ気しねぇ……」
本当に。
全然休んだ気がしなかった。




