第二十三話 夜を回す
【日曜日 22:04/村・広場】
夜の村は静かだった。
だが。
完全な静寂ではない。
緊張がある。
焚き火の数は、昨日より増えていた。
見張りも立っている。
倉庫の扉は閉じられ。
子供たちは家へ戻されていた。
皆、声を抑えて動いている。
その空気を見ながら。
相沢は思う。
昨日なら。
多分、もっと混乱していた。
でも今は違う。
怖がっている。
それでも。
止まってはいない。
「回し屋!」
ミナが走ってくる。
息が少し上がっていた。
「西側、火の追加終わった!」
「見張りは?」
「二人配置した!」
「子供は?」
「家!」
「泣いてる子いるけど、リリアがいる!」
相沢は頷く。
「よし」
ミナはすぐまた走ろうとする。
「待て」
「何!?」
「水飲め」
「……あ」
ミナが止まる。
相沢は水袋を投げた。
「倒れるなよ」
「そんな簡単に倒れないし!」
「走りっぱなしだろ」
「う……」
図星らしい。
ミナは少し悔しそうに水を飲んだ。
その時。
視界の端に文字。
⸻
【対象:ミナ】
【継続稼働率:高】
【疲労蓄積:中】
⸻
(だから人を機械みたいに表示するなって……)
相沢は内心で顔をしかめる。
便利だ。
だが。
本当に嫌な感覚だった。
「……何その顔」
ミナが覗き込む。
「いや」
「また変なの出た?」
「まあな」
「最近そればっかだね」
「最近そればっかなんだよ」
ミナは少し笑った。
でも。
その笑顔の裏に、疲れがある。
相沢は気づいていた。
多分。
本人より先に。
◇
【日曜日 22:18/村外周】
外周では、ガンツたちが火を増やしていた。
「どうだ」
相沢が聞く。
「まだ近づいてこねぇ」
ガンツは森を睨んだまま答える。
「でもいる」
「分かるのか」
「ああ」
夜の森。
何も見えない。
でも。
時々、気配が動く。
葉が揺れる。
小石が鳴る。
見ている。
その感覚だけは分かった。
「……嫌だな」
「だろ?」
ガンツが低く笑う。
「だから皆、夜は嫌いなんだよ」
その時。
後ろから村長が来た。
「東側も配置完了しました」
「早いですね」
「皆、自分から動いてくれています」
村長の顔には疲れがあった。
だが。
どこか昨日より強い。
相沢は少しだけ思う。
この人。
多分ずっと。
一人で抱えていた。
減っていく村を。
終わらない不安を。
でも今は違う。
村が動いている。
皆で。
「……回ってるな」
相沢が小さく呟く。
「え?」
村長が聞き返す。
「いや」
相沢は村を見る。
火。
見張り。
巡回。
伝達。
避難。
全部。
ちゃんと繋がっている。
その時。
視界の端に文字。
⸻
【夜間防衛体制:安定】
【共同体連携率:上昇】
⸻
相沢は静かに息を吐いた。
数字は嫌いだ。
でも。
今だけは。
少しだけ納得してしまった。
これは。
誰か一人の力じゃない。
皆が動いた結果だ。
◇
【日曜日 22:41/リリアの家】
リリアの家では、子供たちが集められていた。
小さい火。
薬草の匂い。
そして。
安心させるような静かな声。
「大丈夫ですよ」
「火がありますからね」
泣いていた子供が少し落ち着いていく。
リリアは、その一人一人へ目を向けていた。
相沢は入口からその様子を見る。
戦っているわけじゃない。
でも。
これも防衛なんだと思った。
不安を広げない。
安心を維持する。
共同体って、多分。
そういう細かい積み重ねだ。
「アイザワ殿」
リリアがこちらへ来る。
「外はどうですか」
「まだ来てないです」
「そうですか……」
少しだけ安堵した顔。
相沢は聞く。
「そっちは大丈夫ですか」
「ええ」
リリアは子供たちを見る。
「皆、不安です」
「……ええ」
「でも、一人じゃないと分かるだけで、人は少し耐えられます」
その言葉。
かなり深かった。
現代でも同じだ。
一人で抱えると、人は壊れる。
でも。
誰かいるだけで、少し違う。
「……リリアさん」
「はい?」
「向いてる」
「何がです?」
「安心させるの」
リリアは少し驚いて。
それから、柔らかく笑った。
「それは、少し嬉しいです」
◇
【日曜日 23:26/村外周】
結局。
ゴブリンは来なかった。
森の奥で気配はしていた。
だが。
火。
見張り。
巡回。
それを見て、近づかなかった。
撤退。
あるいは様子見。
どちらにせよ。
村は守れた。
「……ふぅ」
ミナがその場へ座り込む。
「疲れた……」
「お疲れさん」
相沢が言う。
ガンツも槍を肩へ乗せた。
「まあ、今日は勝ちでいいだろ」
「戦ってないけどな」
「戦わず済んだなら上等だ」
その言葉。
かなり本質だった。
その時。
村の火を見る。
まだ燃えている。
誰も泣いていない。
誰も死んでいない。
それだけで。
十分価値がある気がした。
相沢は静かに思う。
共同体って。
多分。
「壊れない夜」
を積み重ねることで出来ていく。




