第二十二話 小さな異変
【日曜日 21:06/村・見張り台】
夜風が冷たかった。
見張り台の上。
ガンツが腕を組みながら村の外を見ている。
「……静かだな」
相沢が言う。
「ああ」
ガンツは短く返した。
夜の森は暗い。
焚き火の光が届く範囲なんて、ほんの少しだ。
その外は、全部闇。
相沢は改めて思う。
現代って、明るかったんだな。
コンビニ。
街灯。
車。
人。
音。
ここは違う。
闇が、本当に闇だった。
「夜ってこんな怖かったのか……」
「慣れてねぇとそうなる」
ガンツは槍を肩へ乗せる。
「だから見張りがいるんだよ」
相沢は周囲を見る。
見張り台は昨日より安定していた。
補強した木材。
固定した縄。
足場も広い。
小さい改善。
でも確実に変わっている。
「……守る側って大変だな」
「今さらかよ」
「倉庫と違って失敗できない」
「倉庫も失敗すんな」
「それはそう」
ガンツが少し笑う。
それから真面目な顔へ戻った。
「でもな」
「何だ」
「村守るのって、結局同じだぞ」
「同じ?」
「止めるんだよ」
ガンツは外を見る。
「崩れるのを」
相沢は少し黙った。
その感覚。
少し分かる。
倉庫もそうだった。
売場も。
現場も。
壊れる時は、一気に壊れる。
だから。
止め続ける必要がある。
◇
【日曜日 21:28/見張り台】
その時だった。
ガンツの顔が変わる。
「……待て」
「どうした」
「音」
相沢も耳を澄ます。
風。
草。
遠くの虫。
そして。
ガサ。
小さい音。
森の奥。
ガンツが低く言う。
「動くな」
空気が変わった。
さっきまでの会話が消える。
完全に“現場”の顔だった。
ガンツは目を細める。
「……二」
「いや、三か」
相沢には見えない。
暗すぎる。
だが。
ガンツには分かるらしい。
その時。
視界の端に文字。
⸻
【索敵補助:起動】
【敵性反応を検出】
【小型個体:3】
⸻
「っ……」
相沢は思わず顔をしかめた。
また勝手に出た。
しかも。
今度は完全に戦闘補助だ。
「ガンツ」
「分かってる」
ガンツはすでに槍を構えている。
「ゴブリンだ」
森の奥。
小さい影が動く。
昨日より遠い。
だが。
確かにいる。
「……見に来てる」
ガンツが低く言った。
「見に?」
「ああ」
「昨日の連中と違う」
「様子見だ」
相沢は少し嫌な感覚を覚える。
昨日は。
ただ襲われた。
でも今は違う。
見られている。
観察されている。
その感じが、妙に不気味だった。
◇
【日曜日 21:36/村・外周】
鐘は鳴らさなかった。
ガンツが止めた。
「まだ近くねぇ」
「でも」
「今騒ぐ方が危ねぇ」
相沢は頷く。
確かにそうだ。
今の村は、希望が戻り始めたばかり。
そこで夜中に大騒ぎすると。
空気が壊れる。
ガンツは村の外周を確認しながら歩く。
「見張り増やす」
「火も追加」
「子供は外出すな」
「……慣れてるな」
「何回もあったからな」
その言葉は重かった。
つまり。
この村はずっと、
「壊れそうな状態」
で生きてきた。
その時。
後ろから声。
「アイザワ殿?」
リリアだった。
羽織を着ている。
薄い服が目のやり場に困る。
「どうしました?」
「……ゴブリンです」
リリアの顔が少し強張る。
だが。
悲鳴は上げなかった。
「近いのですか」
「まだ遠い」
ガンツが答える。
「でも増えてる」
空気が静かに張る。
その時。
ミナが走ってきた。
「何かあった!?」
「静かに」
相沢が言う。
ミナは息を止める。
ガンツが短く説明した。
「ゴブリン三」
「様子見だ」
ミナの顔色が変わる。
「……また来るの?」
「多分な」
沈黙。
昼間までの明るさが、少し冷える。
その空気を見ながら。
相沢は思う。
これが現実だ。
倉庫を片付けても。
棚を増やしても。
危険は消えない。
共同体って、多分。
「安心を作り続ける作業」
なんだ。
止めた瞬間。
すぐ崩れる。
その時。
視界の端に文字。
⸻
【防衛クエスト更新】
【夜間警戒体制を維持せよ】
【推奨:役割分散】
⸻
相沢は小さく息を吐いた。
まただ。
最近、このシステムは。
人を、
「配置」
として見始めている。
それが。
かなり嫌だった。




