第二十一話 守る力
【日曜日 18:42/村・広場】
夕食の準備が始まっていた。
鍋の匂い。
焼いたパン。
焚き火の煙。
昨日と同じはずなのに、空気はかなり違う。
人の声が増えている。
それも、
「足りない」
じゃなく。
「こうした方がいい」
の会話だ。
相沢は広場の端で、それをぼんやり見ていた。
「回し屋ー!」
子供が駆けてくる。
「見張り台直してる!」
「……見張り台?」
「ガンツたち!」
嫌な予感がした。
◇
【日曜日 18:51/村外周】
村の外周では、ガンツたちが木材を運んでいた。
「なあ」
相沢が近づく。
「何してるんだ」
ガンツが振り向く。
「見りゃ分かるだろ」
「分からん」
「見張り台補強だ」
見る。
確かに。
昨日ゴブリンを見つけた見張り台。
かなり古い。
足場も不安定だ。
「昨日ので皆ちょっと焦ってな」
ガンツは木材を担ぎながら言う。
「見張り増やすことになった」
「……自分たちで決めたのか」
「ああ」
相沢は少し黙る。
昨日までは。
多分、この村は、
「来たら対応する」
しか無かった。
でも今は違う。
「先に備える」
へ変わり始めている。
かなり大きい変化だった。
「悪くない」
「だろ?」
ガンツは少し嬉しそうに笑った。
「まあ、回し屋のせいでもある」
「俺は倉庫しか触ってない」
「嘘つけ」
ガンツは笑う。
「空気も回ってるぜ」
相沢は少しだけ言葉に詰まった。
そういう言い方は、少し苦手だった。
◇
【日曜日 19:13/見張り台】
見張り台へ登る。
村が見えた。
小さい。
本当に小さい村だ。
畑。
倉庫。
井戸。
火。
人。
たったそれだけ。
でも。
昨日より、ちゃんと“回ってる”。
「……守るには狭いな」
相沢が呟く。
ガンツが隣で頷いた。
「だから怖ぇんだよ」
「ゴブリンか?」
「全部だ」
珍しく真面目な声だった。
ガンツは村を見る。
「ゴブリン」
「冬」
「病気」
「税」
「盗賊」
「一個間違うと終わる」
相沢は黙る。
それは。
小さい共同体の現実だ。
余裕が無い。
だから事故に弱い。
「……なのに」
ガンツが続ける。
「最近、皆ちょっと浮かれてる」
「希望が出たからな」
「ああ」
ガンツは苦笑した。
「だから怖ぇ」
相沢は少しだけ目を細める。
村長も同じことを言っていた。
希望は、人を急がせる。
多分。
今、一番危険なのは。
「急に全部変えようとすること」
だ。
その時。
視界の端に文字。
⸻
【警告】
【住民士気上昇中】
【過信による統制崩壊リスク:微増】
⸻
「……」
相沢の顔が止まる。
まただ。
しかも今回は。
かなり嫌な表示だった。
統制崩壊。
その言葉。
妙に冷たい。
「どうした?」
ガンツが聞く。
「……いや」
言えない。
最近。
このシステムの言葉が、
“人”
じゃなく、
“集団”
を見始めている。
その感じが。
かなり不気味だった。
◇
【日曜日 19:48/広場】
夜。
広場では食事が始まっていた。
子供たちが笑っている。
村人たちも、昨日より表情が明るい。
ミナが鍋を運びながら叫ぶ。
「そっち熱いから気をつけて!」
「子供押すなー!」
本当にずっと動いている。
リリアは怪我した子供の手を見ていた。
村長は帳簿を片手に何か確認している。
ガンツは酒を飲みながら見張り順を決めていた。
皆、役割を持って動いている。
その光景を見て。
相沢は少し思う。
多分。
共同体って。
こういう小さい役割の積み重ねなんだ。
誰か一人じゃ回らない。
でも。
誰かが欠けると止まる。
その時。
「アイザワ殿」
リリアが近づいてくる。
「どうした」
「今日は、少し顔色が悪いです」
「そうですか?」
「ええ」
リリアは静かに言った。
「考え込み過ぎています」
相沢は少し苦笑する。
「最近、考えることが増えましたから」
「村のことを?」
「……それもあります」
本当は違う。
気になっているのは。
このシステムだ。
適性。
統率。
士気。
まるで。
“人を管理するための機能”
みたいだった。
便利だ。
だが。
便利過ぎる。
「アイザワ殿」
リリアが小さく言う。
「無理に全部背負わないでください」
「背負ってない」
「嘘です」
即答だった。
相沢は少し笑ってしまう。
「最近、容赦ないですね」
「少し慣れてきました」
リリアも小さく笑った。
その時。
広場の向こうで。
ミナが子供たちに囲まれて笑っていた。
大声で。
楽しそうに。
その光景を見ながら。
相沢は少しだけ思う。
この村は。
まだ弱い。
問題だらけだ。
でも。
守りたいと思い始めている自分がいた。
それが。
一番危ない気もした。
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