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第二十話 役割のない場所

【日曜日 17:11/村・広場】


 夕方の村は、少し騒がしかった。


 井戸では水を汲む音。


 倉庫では箱を動かす音。


 畑から戻る村人たちの声。


 昨日までなら、


「疲れた」


だけで終わっていた空気。


 でも今日は違う。


 疲れているのに。


 皆、少しだけ前を見ていた。


「回し屋ー!」


 子供が走ってくる。


「棚また増えた!」


「勝手に増やしてないだろうな」


「増やしてない!」


「ならいい」


 子供たちは笑いながら去っていく。


 相沢は少しため息を吐いた。


 完全に名前が定着している。


「諦めたら?」


 ミナが横から笑う。


「無理」


「似合ってるのに」


「嫌だ」


「頑固」


 ミナはケラケラ笑っていた。


 だが。


 今日は少し違った。


 昨日までより、距離が近い。


 どこか安心している感じがある。


 相沢は何となく気づいていた。


 昼間の言葉。


 あれが少し効いたのだろう。


     ◇


【日曜日 17:34/倉庫】


 倉庫では、村長が帳簿を見ていた。


 古い紙。


 煤けた数字。


 だが。


 昨日より記録が増えている。


「……本当に書き始めたんですか」


 相沢が言う。


 村長は顔を上げる。


「ええ」


 少し照れくさそうだった。


「どこに何を置いたか、残してみようかと」


「良いと思います」


「覚えるより早いですな」


「人は忘れるんで」


 村長が苦笑する。


「耳が痛い」


 相沢は帳簿を見る。


 たぶん、まだ雑だ。


 だが、昨日までより遥かにいい。


 そして何より。


 “残そうとしている”。


 そこが大きい。


「アイザワ殿」


 村長が静かに言う。


「少し、不思議なのです」


「何が」


「今まで、この村は“減る”話ばかりでした」


 相沢は黙る。


「食料が減る」


「人が減る」


「家畜が減る」


「税で減る」


 村長は帳簿を見た。


「ですが最近は、“残す”話をしています」


 その言葉。


 相沢は少し考える。


 現代でも同じだった。


 余裕が無い組織は、


「減らさない」


ばかりになる。


 でも、本当に必要なのは。


「どう残すか」


だ。


「……余裕ができたからだと思います」


「余裕」


「全部ギリギリだと、人は先を考えられない」


 村長は静かに頷いた。


「確かに」


 それから。


 少しだけ笑う。


「回し屋、ですかな」


「やめてください」


「はっはっは」


 村長は珍しく声を出して笑った。


 その笑い方が。


 少し嬉しかった。


     ◇


【日曜日 18:09/村外れ】


 夕暮れ。


 相沢は少し一人になりたくて、村外れへ来ていた。


 空が赤い。


 風が冷たい。


 遠くでは、村の火が灯り始めている。


 その光景を見ながら。


 相沢はぼんやり思う。


 自分は何をしているんだろう。


 食品営業だった。


 数字を見て。


 売場を回って。


 怒られて。


 頭を下げて。


 休日くらい休みたいと思っていた。


 なのに今。


 異世界で倉庫整理している。


 意味が分からない。


 でも。


 不思議と。


 前より呼吸は楽だった。


「アイザワ殿」


 後ろから声。


 振り向く。


 リリアだった。


「また顔で分かりましたか」


「少しだけ」


 リリアは隣へ来る。


 無理に踏み込まない距離。


 その静けさがありがたい。


「皆、嬉しそうです」


 リリアが村を見る。


「昨日より、話す声が増えました」


 相沢も村を見る。


 確かに。


 笑い声が聞こえる。


 昨日までは、もっと張っていた。


 今は少し柔らかい。


「……まだ何も解決してないですけど」


「はい」


 リリアは否定しない。


「ゴブリンもいます」


「デルグもまた来るでしょう」


「冬もあります」


「でも」


 そこで少しだけ微笑む。


「昨日より、諦めていません」


 相沢は少し目を細めた。


 その言葉は。


 妙に胸へ入ってきた。


 現代でも。


 一番怖いのは、多分。


「もう無理だ」


になることだ。


 諦めると、人は止まる。


 止まると、腐る。


 相沢は苦笑する。


「結局そこへ戻るんだよな」


「何がです?」


「止まると駄目になる」


 リリアは小さく笑った。


「回し屋らしい考えですね」


「リリアさんまで言うのか」


「少しだけ」


 夕風が吹く。


 その時。


 視界の端に文字。



【住民信頼度:上昇】



 相沢は眉をしかめる。


 まただ。


 最近、本当に増えている。


 だが。


 今、一番気になるのは別だった。


 このシステム。


 何を基準に見ている?


 効率。


 改善。


 統率。


 信頼。


 まるで。


“共同体運営ゲーム”


みたいだ。


 その感覚が。


 少しだけ寒かった。


「アイザワ殿?」


 リリアがこちらを見る。


「また怖い顔です」


「……最近よく言われます」


「実際、していますから」


 相沢は空を見る。


 夕焼けが赤い。


 綺麗だった。


 でも。


 視界の端には、冷たい文字が浮かんでいる。


 そのズレが。


 少しだけ、不気味だった。

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