第二話 流れを止めるな
【土曜日 00:11/異世界・辺境の村入口】
村の入口は、ひどい有様だった。
悲鳴。
怒号。
泣き声。
狭い門へ、人が一斉に押し寄せている。
その向こうで、小柄な緑色の怪物が棍棒を振り回していた。
ゴブリン。
ゲームの中でしか見たことのない存在。
だが、現実感だけは異様だった。
臭い。
泥と汗と獣臭さが混ざっている。
そして何より、人が本気で怯えている。
「押すな! 転ぶ!」
誰かが叫ぶ。
だが、止まらない。
逃げる時、人は前しか見えなくなる。
売場でも同じだった。
セール初日のワゴン。
閉店前の半額惣菜。
狭い場所へ人が集中すると、流れが死ぬ。
流れが死ぬと、事故が起きる。
「ミナ!」
「分かってる!」
ミナが必死に声を張る。
「入口に来ないで! 広場! 広場行って!」
だが、混乱した集団は簡単には動かない。
相沢は周囲を見る。
門。
柵。
荷車。
井戸。
人。
そして、入口正面で戦っている大男。
身長は百九十近い。
筋肉の塊みたいな体。
斧。
一撃でゴブリンを吹き飛ばしている。
(あれがガンツか)
だが、一人では押される。
ゴブリンは三匹どころではなかった。
森の暗がりに、まだ影が動いている。
「チッ……!」
ガンツが舌打ちした。
ゴブリンの一匹が横から回り込む。
その先には、転んだ子供。
「まずい!」
ミナが走ろうとする。
だが人波が邪魔で進めない。
相沢は反射的に荷車を掴んだ。
「ミナ! こっち押せ!」
「はぁ!?」
「いいから!」
二人で荷車を横倒しにする。
木製の荷台が、入口脇を塞いだ。
人の流れが強制的に分かれる。
「――あ」
ミナが息を呑む。
詰まりが消えた。
逃げる人の流れが、一気に滑らかになる。
転んでいた子供が、横へ抜けた。
次の瞬間。
ガンツの斧がゴブリンを叩き潰す。
「うおおおおッ!!」
鈍い音。
緑色の体が吹き飛ぶ。
相沢は思わず顔をしかめた。
重い。
映像じゃない。
本物の殺し合いだ。
「アイザワ!」
ミナが叫ぶ。
「まだ来る!」
森から、さらに二匹。
いや、三匹。
小柄だが速い。
相沢は入口を見る。
門は狭い。
左右は柵。
正面突破しかない構造。
(なら――)
「ガンツ!」
気づけば叫んでいた。
大男がこちらを見る。
「左寄せろ!」
「ァ!?」
「正面開けるな! 一列にしろ!」
一瞬、ガンツが眉をひそめた。
だが次の瞬間、理解した顔になる。
「……なるほどなァ!」
斧を横薙ぎに振る。
わざと左へ押し込む。
ゴブリンが柵際へ寄る。
結果。
前へ並べなくなった。
一匹ずつしか出られない。
「そのままだ!」
狭い場所では、数は活きない。
売場でも同じ。
入口を絞れば、人は自然に流量制限される。
ガンツの斧が振り下ろされる。
一匹。
二匹。
前へ出たゴブリンから潰されていく。
「お、おお……」
「押し返してる……!」
村人の声が変わった。
恐怖だけではない。
希望が混じり始める。
だが相沢は安心しなかった。
入口だけ見てはいけない。
問題は、次にどこが詰まるかだ。
相沢は振り返る。
広場方向。
避難。
子供。
老人。
荷物。
動線。
(……広場が狭い)
嫌な予感。
人が集まりすぎている。
その時。
「きゃっ!」
悲鳴。
老人が押されて倒れた。
そこへ荷物が崩れる。
「また詰まる……!」
相沢は走った。
靴がない。
石が痛い。
だが止まれない。
「荷物を端に寄せろ!」
「え?」
「通路空けろ! 真ん中塞ぐな!」
「で、でも……!」
「逃げ道なくなるぞ!」
村人たちが慌てて動き始める。
荷袋。
樽。
木箱。
広場中央に積まれていた物資が、端へ移される。
人の流れが戻る。
転倒していた老人も起き上がれた。
「……何なんだ、あいつ」
誰かが呟いた。
相沢自身もそう思う。
なんで異世界に来てまで、導線整理をしているのか。
本当に意味が分からない。
その時。
視界の端に、文字が浮かんだ。
【避難導線:再形成】
「……は?」
空中。
いや、目の前。
半透明の文字。
スマホでも看板でもない。
【避難誘導成功】
【混乱軽減】
【転倒リスク:低下】
「……何だこれ」
頭がおかしくなったのかと思った。
だが、文字は消えない。
さらに続く。
【入口混雑:軽減】
【現地運用への干渉:限定的】
「限定的……?」
意味は分からない。
だが、今はそれを考えている場合ではない。
「アイザワ!」
ミナの声。
相沢は反射的に顔を上げた。
入口側。
ガンツが最後の一匹を蹴り飛ばしていた。
ゴブリンは森へ逃げていく。
静寂。
荒い呼吸だけが残る。
誰も、すぐには動かなかった。
やがて。
「……助かった」
誰かが呟いた。
その一言をきっかけに、空気が崩れる。
座り込む者。
泣き出す子供。
抱き合う親。
ガンツは斧を肩に担ぎ、こちらを見た。
「おい」
低い声。
「お前、何者だ」
相沢は少し考えた。
食品メーカー営業。
係長。
休日初日に異世界転移。
そして今。
ゴブリン戦で導線整理をしていた男。
「……会社員だ」
「かいしゃいん?」
「物を売る仕事をしてる」
ガンツは数秒黙った。
そして真顔で言った。
「意味が分からん」
「俺もそう思う」
ミナが吹き出した。
張り詰めていた空気が、少しだけ緩む。
だが相沢は笑えなかった。
視界の端。
半透明の文字が、まだ残っている。
【避難導線:再形成】
【混乱軽減:継続】
その表示だけが、妙に現実感を持っていた。




