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第十三話 保存できない理由

【土曜日 10:02/村・倉庫】


 倉庫の中は、朝より少しだけマシになっていた。


 風が通っている。


 箱の配置も変わった。


 腐敗臭も薄れた。


 だが。


「足りないな……」


 相沢は棚を見ながら呟いた。


「何が?」


 ミナが横から覗き込む。


「全部」


「雑!」


 それを聞いてガンツが笑う。


 相沢は木箱を軽く叩いた。


「まず倉庫が小さい」


「それは分かるぜ」


「あと保存方法も少ない」


「干し肉くらいだな」


 ガンツが答える。


「野菜はどうしてる?」


「すぐ食う」


「余ったら?」


「腐る」


 相沢は頭を押さえた。


 予想通りだ。


 この村、


“余剰を持つ設計”


になっていない。


 だから毎年、


•足りない

•焦る

•使い切る

•冬に困る


を繰り返す。


「アイザワ殿」


 村長が倉庫へ入ってくる。


「頼まれていた帳簿を持ってきました」


 古い紙束だった。


 紐でまとめられている。


「帳簿あるんですか」


「簡単なものですがな」


 相沢は受け取る。


 読める。


 不思議だった。


 自然と意味が頭へ入ってくる。


 翻訳補正。


 多分、あれだ。


 収穫。


 配給。


 損失。


 雑だが、最低限は記録されていた。


「……あー」


 相沢は顔をしかめた。


「どうした?」


 ガンツが聞く。


「偏ってる」


「何がだ」


「全部」


「だから雑だって!」


 ミナがツッコむ。


 だが本当にそうだった。


 保存食。


 根菜。


 干し肉。


 全部、時期が偏っている。


 つまり。


“同じ時期に大量消費”


している。


「冬前に一気に減ってるな」


 相沢が言う。


 村長が頷く。


「毎年です」


「理由は?」


「保存できるうちに食べようとする」


「で、後半足りなくなると」


「……ええ」


 典型的だった。


 不安定供給。


 短期消費。


 備蓄不足。


 現実でも、災害前によく起きる。


 その時。


 視界の端に線が走る。


【課題検出】


【保存食構成バランス:不安定】


【収穫時期分散を推奨】


 相沢は天井を見上げた。


「また難しいこと言い始めた……」


「何が?」


「独り言」


 ミナは慣れ始めていた。


 ありがたいような、怖いような。


「収穫時期ずらせないんですか」


 相沢が聞く。


 村長が首を傾げる。


「ずらす?」


「同じ時期に全部採れるから、一気に腐る」


「……確かに」


「少しずつ採れた方が安定する」


 村長は考え込む。


「ですが、畑は季節次第ですぞ」


「品種分ければ変わると思います」


「ひんしゅ?」


「育つ時期が違う野菜」


 ミナが目を丸くした。


「そんなこと考えたことなかった」


「普通は考えない」


 食品会社だと考える。


 春商品。


 夏商品。


 冬商品。


 季節で回す。


 物流を分散する。


 売場を止めない。


 それを村規模でやるだけだ。


 その時。


「失礼します」


 柔らかい声がした。


 倉庫入口。


 そこに女性が立っていた。


 二十代後半くらい。


 長い黒髪。


 落ち着いた目。


 淡い色の服。


 そして。


 ゆったりした服の上からでも分かる、女性らしい体つき。


 だが最初に目に入ったのは、そこではなかった。


 空気だ。


 静かなのに、不思議と人を安心させる。


「リリア!」


 ミナが声を上げる。


 女――リリアは小さく微笑んだ。


「村長、薬草の在庫を確認したくて」


「おお、リリア殿」


 村長が頷く。


 リリアの視線が、相沢へ向く。


「……こちらの方は?」


「ああ、川から流れてきた変な奴」


「説明が雑だな」


 ミナが笑う。


「アイザワっていうの」


「アイザワ殿、ですな」


 村長が補足した。


 リリアは少しだけ首を傾げる。


「アイザワ殿」


 柔らかい声だった。


「初めまして。リリアです」


 相沢は少しだけ間を置いて答える。


「……相沢です」


「ふふ」


 リリアが小さく笑った。


「噂は聞いています」


「悪い方ですか?」


「倉庫を怒っていた、と」


「怒ってはないです」


「でも、改善してくださっているのでしょう?」


 責める感じがない。


 自然と会話が柔らかくなる。


 相沢は少しだけ調子が狂った。


「……まあ」


 リリアは倉庫を見回した。


「空気が変わっていますね」


「分かるんですか」


「薬草も湿気で傷みますから」


 相沢は少し驚く。


 ちゃんと見ている人だ。


 リリアは続けた。


「保存は大切です」


「……ええ」


「残せないと、人は不安になります」


 その言葉。


 妙に印象に残った。


 リリアは静かに薬草箱を見て回る。


 その姿を見ながら、相沢は思う。


 この村。


 まだまだ問題だらけだ。


 でも。


 考えている人間はいる。


 変えようとする人間も。


 なら。


 まだ、壊れ切ってはいないのかもしれなかった。

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