第十二話 残せる村
【土曜日 08:16/村・広場】
ガンツが笑った瞬間。
広場の空気が少し変わった。
さっきまでは、一方的だった。
デルグが上。
村が下。
それが今、ほんの少しだけ揺らいでいる。
デルグは相沢を見ていた。
値踏みする目。
だが最初とは違う。
今は、
「こいつは邪魔になるか」
を測っている。
「腐る量を減らす、ねぇ」
デルグが鼻で笑う。
「言うだけなら簡単だ」
「そうですね」
「保存ってのは、そんな甘いもんじゃない」
「よく知ってます」
相沢は倉庫を見る。
「だから、まず減らす」
「……減らす?」
「全部完璧に保存しようとするから無理になる」
デルグの眉がわずかに動く。
相沢は続けた。
「傷みやすい物から先に回す」
「古い物から使う」
「置き方を変える」
「風を通す」
「人の動きを止めない」
「それだけでも損失は減る」
村人たちが静かに聞いている。
ガンツは腕を組み。
ミナは「へぇ……」みたいな顔。
村長は真剣だった。
デルグだけが笑う。
「細かいな」
「現場は大体細かい」
「ハッ」
デルグは肩をすくめた。
「だが、そんな小細工で街は相手にできん」
「今は街の話なんかしてないです」
「何?」
「まず村の無駄を減らす話をしてる」
デルグが少し黙る。
相沢は知っている。
こういう相手は、
“大きな話”
へ持っていきたがる。
だが現場改善は違う。
最初は地味だ。
地味だが、積み上がる。
売場もそうだった。
五センチ。
一列。
一日。
それが一年で大きな差になる。
「……アイザワ殿」
村長が口を開く。
「本当に、そこまで変わるので?」
「変わる」
相沢は即答した。
「少なくとも、今よりはマシになります」
デルグが薄く笑う。
「保証できるのか?」
「できません」
即答。
逆にデルグが少し止まる。
「でも」
相沢はデルグを見る。
「何もしないなら、もっと悪くなる」
静かになる。
村人たちの顔が強張る。
相沢は続けた。
「この村、今までは“足りない前提”で回ってた」
「……」
「でも、収穫増え始めてる」
村長が小さく頷く。
「ええ……少しずつですが」
「なら、構造変えないと駄目だ」
デルグが口を挟む。
「構造、ねぇ」
「保存」
「運搬」
「見張り」
「役割」
「全部」
相沢は倉庫を見る。
「今のままだと、増えた分から壊れる」
その言葉。
村人たちには重かった。
収穫が増える。
本来は良いことだ。
だが、それが問題になる。
考えたこともなかったのだろう。
デルグはしばらく黙ったあと、ふっと笑った。
「……まあいい」
空気が少し緩む。
「好きに夢を見ろ」
そう言って踵を返す。
だが去り際。
デルグは振り返らずに言った。
「だが旅人」
「はい」
「村が変わり始めた時、一番先に匂いを嗅ぎつけるのは人間だ」
その言葉だけ、妙に冷たかった。
「ゴブリンより厄介だぞ」
デルグたちは去っていく。
馬。
槍。
革鎧。
やがて街道の向こうへ消えた。
広場に沈黙が落ちる。
誰もしばらく喋らなかった。
やがて。
「……ムカつく野郎だな」
ガンツが吐き捨てる。
「でも、全部間違ってるわけじゃない」
相沢が言う。
ミナが嫌そうな顔をした。
「アイザワ、あいつ嫌いじゃないの?」
「嫌いだぞ」
「じゃあ何で」
「正しい部分もあるから厄介なんだ」
それが一番危ない。
完全な悪人なら簡単だ。
でも実際は、
“正論を混ぜてくる”
奴が一番強い。
村長が静かに言う。
「……アイザワ殿」
「はい」
「本当に、この村は変われますかな」
相沢は広場を見る。
散らかった荷物。
狭い導線。
古い倉庫。
疲れた人々。
問題だらけだ。
だが。
昨日までの自分なら、関係なかった。
でも今は。
この村が壊れる場所が、見えてしまう。
「分からないです」
正直に答える。
「でも」
相沢は倉庫へ歩き出した。
「まず、腐るのを止める」
ミナが呆れた顔をした。
「地味」
「地味だぞ」
「もっとこう、伝説の勇者っぽいことしないの?」
「食品営業だからな」
ガンツが吹き出した。
「ハハッ! 勇者じゃなくて倉庫番か!」
「否定できない」
その時。
視界の端に文字が浮かぶ。
【集落改善クエスト発生】
【『保存できる村』を構築せよ】
【推定達成難易度:高】
相沢は空を見上げた。
休みの日くらい休みたい。
本当に。
だがどうやら。
まだ、しばらく無理らしかった。




