表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
107/110

第百七話 戻る場所

【月曜日 6:18/大阪・自室】


 アラームが鳴った。


 相沢は、一度で止められなかった。


 二度目の振動で、ようやく手を伸ばす。


 腹が痛む。


 昨日よりは軽い。


 だが、まだ体の奥に残っている。


 スマホの画面には、月曜日と表示されていた。


 仕事の日。


 大阪の朝。


 会社へ行くべき日。


 本来なら、月曜日〇時に帰還して、疲れた体で会社へ行く。


 それが、これまでの形だった。


 だが、今回は違う。


 土曜日の夕方から、大阪にいる。


 日曜日も大阪にいた。


 月曜日になっても、村へ戻らなかった。


 相沢は布団の中で、しばらく天井を見ていた。


 会社へ行けるか。


 行けないことはない。


 歩ける。


 熱も下がっている気がする。


 だが、腹の痛みは残っている。


 頭も重い。


 そして何より、今の状態で仕事をすれば、普通の顔ができる自信がなかった。


 スマホに七瀬からメッセージが来ていた。


『おはようございます。体調どうですか。会社、無理しないでください』


 相沢は画面を見た。


 得意先から、会社を休めと言われている。


 普通ではない。


 だが、普通ではないのは、今さらだった。


 返信を打つ。


『熱は下がったと思います。腹痛は少し残っています。今日は午前だけ様子を見て、会社に連絡します』


 送った瞬間、少し後悔した。


 すぐ既読がつく。


『会社に連絡してください。午前だけ様子見は、結局行く人の言い方です』


 相沢は目を閉じた。


 その通りだった。


 さらにメッセージが来る。


『病院で安静と言われたなら、今日は休む判断でいいと思います。D店の件は急ぎません』


 D店の件は急がない。


 現代側の仕事が、一つ止まっても、世界は崩れない。


 分かっている。


 だが、仕事を止めることに抵抗がある。


 村を見られない今、せめて現代の仕事だけは回さなければならない気がする。


 それも、たぶん違う。


 全部、自分で持とうとしている。


 まただ。


 相沢は、会社の上司に連絡を入れた。


 腹痛と発熱で、昨日救急外来を受診したこと。


 大きな異常はないが、安静指示があること。


 今日は休むこと。


 文面を作り、送信する。


 数分後、返信が来た。


『了解。無理せず休んでください。D店の資料は明日以降で大丈夫です。必要なら若手に引き継ぎます』


 相沢は、その文面をしばらく見ていた。


 引き継ぎます。


 そうだ。


 引き継げる。


 現代でも。


 村でも。


 全部、自分で持たなくてもいい。


 それを目指していたはずだった。


 なのに、いざ自分が抜けると、胸がざわつく。


 相沢はスマホを置いた。


 視界の端に表示が浮かぶ。



【職務負荷:

 軽減】


【休養判断:

 実施】


【対象:

 相沢誠司】


【推奨:

 安静継続】


【推奨:

 水分摂取】



「仕事まで見るな」


 相沢は呟いた。


 返事はない。


 ただ、表示は消えない。


     ◇


【月曜日 7:02/広場中央】


 朝の板に替える時間だった。


 ミナは木炭を持った。


 火。


 水。


 呼ぶ。


 夜の印を消す。


 全部は消さない。


 端の小さな点は、残す。


 それから、朝の五つを描く。


 人。


 水。


 食料。


 仕事。


 休む人。


 昨日より、手は少しだけ動いた。


 慣れたわけではない。


 痛くなくなったわけでもない。


 ただ、描かなければ朝が始まらない。


 呼ぶ役が隣で見ている。


「今日は、森?」


「うん」


「食料?」


「食料。でも、まだ分からない」


「じゃあ、食料を濃くしない?」


「しない」


 ミナは食料の印を、いつもと同じ濃さで描いた。


 見た目は普通。


 中身は普通ではない。


 だが、広場に見せる印は普通にする。


 食料はマルタ。


 森はダリオ。


 水はハルト。


 治療所はリリア。


 広場は呼ぶ。


 それで見る。


 村長が近づいてきた。


 昨夜より顔色は悪くない。


 だが、疲れている。


「ミナ」


「はい」


「今日は、森の確認を二度に分けます」


「二度?」


「朝に一度。昼前に一度。奥へは入りません」


「食料が見つかったら?」


「マルタとリリアに渡します。すぐには食べません」


 ミナは頷いた。


「広場には、食べられるかもしれないもの、と言う」


「はい」


「食料が増えたとは言わない」


「その通りです」


 村長は少しだけ目を伏せた。


「アイザワ殿がいなくても、言葉が選べていますね」


 ミナは木炭を握った。


 その言葉は、褒め言葉だったのかもしれない。


 でも、胸が痛かった。


「いないって、言わないで」


 小さく言った。


 村長は黙った。


 ミナはすぐに首を振る。


「違う。言っていい。でも、今は言わないで」


「分かりました」


 村長は静かに頷いた。


「今は、朝を始めましょう」


 ミナは板を見た。


「朝、始めます」


 呼ぶ役が声を張った。


「朝の板! 人、水、食料、仕事、休む人!」


 広場が動き始めた。


     ◇


【月曜日 8:13/大阪・自室】


 相沢は、会社を休む連絡を終えた後、薬を飲んだ。


 お粥を少し食べる。


 水も飲む。


 それだけで疲れた。


 布団に戻る。


 スマホを見る。


 七瀬に、会社を休むことを伝える。


『今日は休むことにしました。会社にも連絡済みです』


 返信は早かった。


『それでいいです。今日は本当に休んでください』


『D店資料は明日以降にします』


『D店は逃げません』


 相沢は画面を見て、少しだけ笑った。


 腹に響くほどではない。


 次のメッセージが来る。


『あと、休むと決めたなら、休むことを仕事にしてください』


 相沢は指を止めた。


 休むことを仕事にする。


 現代側の言葉。


 だが、村にもあった。


 休む人。


 板に置いた役。


 休むことも、役の一つ。


 相沢は返信する。


『分かりました。休む人に入ります』


 送信してから、しまったと思った。


 七瀬から返る。


『休む人?』


 相沢は画面を見た。


 説明できない言葉だった。


 だが、完全な嘘にする必要もない。


『最近、自分の中でそう分類しています。動く人、休む人、みたいに』


 少し間が空く。


『それ、いいですね。今日は休む人でお願いします』


 相沢は目を閉じた。


 休む人。


 自分で板に置いたのに、自分が一番苦手な役。


 視界の端に表示が出る。



【本日の役割:

 休養】


【推奨:

 横臥継続】


【推奨:

 過剰思考抑制】



「過剰思考まで管理するな」


 相沢は呟いた。


 だが、そのまま布団に横になった。


     ◇


【月曜日 9:02/西の倒木】


 森を見る組は、昨日より一人少なかった。


 ダリオ。


 村の男一人。


 避難民の男一人。


 それだけ。


 人数を増やせば安心に見える。


 だが、足音も増える。


 見る場所も増える。


 引き返す時に遅れる。


 だから少人数。


 ダリオは、西の倒木の手前で止まった。


 鳥の声がある。


 昨日よりは戻っている。


 それでも、奥はまだ静かだ。


「浅く」


 ダリオが言う。


 二人が頷く。


 昨日印をつけた低木を見る。


 実は残っている。


 葉もある。


 動物に食べられた跡は少ない。


 それが安全の証拠とは限らない。


 避難民の男が言う。


「葉は、やっぱり似ています。でも、匂いが少し違う」


「違うなら同じにしない」


 ダリオが言う。


 男は頷く。


「はい」


 村の男が、少し先を指した。


「根の跡があります」


 土が少し盛り上がっている。


 掘れば何かあるかもしれない。


 だが、掘らない。


「印」


 ダリオが言う。


 枝で場所を示す。


 戻って相談。


 その繰り返し。


 森の中で、腹が鳴った。


 村の男が顔を伏せる。


「すみません」


「腹は鳴る」


 ダリオは淡々と言った。


「音で動くな」


「はい」


 赤はもういない。


 だが、赤が教えたことは残っている。


 音で動けば、死ぬ。


 見えるものだけ。


 誰、どこ、何。


 ダリオは森の奥を見た。


 まだ行かない。


「戻る」


「もうですか」


「戻る」


 男たちは、今度は反論しなかった。


     ◇


【月曜日 10:27/広場中央】


 森から戻った報告は、昨日より整っていた。


「誰が見た」


「ダリオと二人」


「どこ」


「西の倒木の浅いところ」


「何」


「昨日の実。似ている葉。根があるかもしれない場所」


「取った?」


「葉を少し。実を二つ。根は取っていない」


 ミナは頷いた。


 呼ぶ役が、そのまま広場に返す。


「森、浅いところ確認! 食べられるかはまだ不明! マルタさんとリリアさんが見る!」


 広場のざわめきは小さかった。


 昨日ほどではない。


 少しずつ、言葉が効いている。


 食べられるかもしれないものは、食料ではない。


 それを、皆が覚え始めている。


 マルタが葉を受け取る。


 匂いを嗅ぐ。


 リリアも見る。


 避難民の男が説明する。


「前の村で、似た葉を煮て食べました。ただ、これは匂いが強いです」


「煮るとどうなる」


 マルタが聞く。


「苦いです。でも腹は壊しませんでした。似たものなら」


「似たもの、ね」


 マルタは葉を睨んだ。


「似たものは、同じじゃない」


 リリアが頷く。


「まず、煮た水を少し見る。匂い、色、手に触れた時の変化。食べるのはその後です」


 村人の一人が言う。


「そんなに待てない」


 広場が少し止まる。


 マルタが顔を上げた。


「待てないなら、毒でも食うのかい」


 男は黙った。


 マルタは続ける。


「腹は減ってる。みんな知ってる。だからこそ、死ぬものを飯にしない」


 ミナが板を指す。


「食料は、マルタさん。病人は、リリアさん。森は、ダリオ」


 呼ぶ役が繰り返す。


「食料はマルタさん。病人はリリアさん。森はダリオ」


 男は座った。


 納得ではない。


 だが、止まった。


     ◇


【月曜日 11:48/大阪・自室】


 相沢は、また目を覚ました。


 眠ってばかりいる。


 それでも、体はまだ眠りを求めている。


 スマホを見る。


 月曜日。


 11:48。


 会社の時間。


 昼前。


 メールの通知がいくつかある。


 見ない。


 見ないと決める。


 だが、どうしても一つだけ目に入った。


 若手からのメッセージ。


『D店資料、先週版を見ながら仮で整理しておきます。無理しないでください』


 相沢は、しばらく画面を見た。


 若手が動いている。


 自分がいなくても。


 少し頼りないと思っていた後輩が、資料を仮で整理すると言っている。


 現代も、回っている。


 相沢は返信するか迷った。


 細かく指示したくなる。


 分類は三つでいい。


 提案数は増やすな。


 売場作業の負担軽減を入れろ。


 商品POPと作業用目印は分けろ。


 言いたい。


 だが、休む人。


 今日は休む人。


 相沢は短く返した。


『ありがとう。無理のない範囲で。細かい確認は明日以降で大丈夫です』


 送る。


 すぐに返る。


『了解です。今日は休んでください』


 相沢はスマホを伏せた。


 皆が同じことを言う。


 休め。


 動くな。


 任せろ。


 それを受け取るのが、こんなに難しい。


     ◇


【月曜日 13:03/治療所】


 ガンツは、ようやく眠っていた。


 正確には、リリアが眠らせた。


 薬ではない。


 水を飲ませ、傷を押さえ、何度も黙らせただけだ。


 体が限界を認めた。


 リリアは、ガンツの呼吸を確認する。


 深い。


 少し荒い。


 だが、安定している。


 見張りの男も眠っている。


 子供は熱が少し下がった。


 治療所は、昨日より静かだった。


 静かな時ほど、考えてしまう。


 アイザワ殿のことを。


 リリアは奥に置いた布を見た。


 血の跡が残っている。


 それを記録するべきか。


 村長に報告するべきか。


 ミナに見せるべきか。


 違う。


 見せるものではない。


 リリアは小さな板を取り、治療所用の印を書いた。


 重傷。


 軽傷。


 熱。


 水。


 休む。


 そして、端に小さく印を一つ足した。


 不明。


 アイザワ殿は、治療所。


 だが、状態は不明。


 死。


 生。


 帰還。


 消失。


 どれも確定ではない。


 だから、不明。


 リリアはその印を、治療所の奥の板に置いた。


 広場には出さない。


 治療所が持つ。


 治療所として、分からないものを分からないまま持つ。


「アイザワ殿」


 小さく呼んだ。


 今なら、誰にも聞こえない。


「分かりません」


 返事はない。


 リリアは目を閉じ、すぐ開けた。


 次の布を替える時間だった。


     ◇


【月曜日 15:32/倉庫前】


 葉を煮た水は、濃い緑色になった。


 匂いは強い。


 苦い匂い。


 マルタは顔をしかめた。


「うまくはなさそうだね」


 避難民の男が頷く。


「前の村のものも、うまくはなかったです」


「腹は膨れる?」


「少し」


「少しばっかりだね」


 マルタはため息をついた。


 少し。


 乾燥した海草も少し。


 森の葉も少し。


 残りの穀物も少し。


 全部、少し。


 だが、少しを重ねるしかない。


 リリアが煮た葉を棒で触る。


「皮膚に赤みは出ていません」


「食うのは?」


「まず大人が少量。病人と子供には使いません」


 マルタが腕を組む。


「誰が食う」


 その場が静かになる。


 誰かが試す。


 命に関わるかもしれない。


 相沢なら、自分がと言う。


 全員が、そう思った。


 だが、誰も口にしなかった。


 ハルトが井戸側から来ていた。


 腕を吊ったまま、言う。


「俺が食う」


 マルタが睨む。


「あんたは井戸だろ」


「井戸は若いのに任せる時間を決めてある」


「怪我人だ」


「動ける」


 リリアが首を振る。


「怪我人は試食に向きません」


 ハルトは少し苛立った顔をした。


「じゃあ誰だ」


 避難民の男が一歩出た。


「俺が食べます。似たものを知っているのは俺です」


 マルタは男を見る。


 前の村を焼かれた避難民。


 声は震えていない。


「分かってるのかい」


「はい」


「腹を壊したら、治療所の手を使う」


「はい」


「死ぬかもしれない」


「はい」


 リリアが言う。


「ほんの少量です。飲み込まず、まず舌に触れるだけ。その後、しばらく待ちます」


 男は頷いた。


 ミナが板の前から見ている。


 相沢なら、自分がやると言った。


 でも、今は違う。


 知っている者が見る。


 食料はマルタ。


 体はリリア。


 森はダリオ。


 井戸はハルト。


 広場はミナ。


 役で決める。


 ミナは、小さく息を吐いた。


 これでいい。


 たぶん。


     ◇


【月曜日 18:10/大阪・自室】


 相沢は夕方まで眠った。


 腹の痛みは、少し引いている。


 熱もほぼ下がった。


 だが、体の芯に疲れが残っていた。


 起き上がり、簡単な夕飯を食べる。


 お粥。


 味噌汁。


 水。


 薬。


 七瀬に報告する。


『夕飯食べました。熱はほぼ下がりました。腹痛は少し残っています』


 返信が来る。


『よかったです。明日は出社できそうですか?』


 相沢は少し考えた。


『午前中の状態で判断します』


 すぐ返る。


『出社する前提の返事に見えます』


 相沢は苦笑した。


『無理なら休みます』


『本当に無理になる前に判断してください』


 相沢は画面を見た。


 本当に無理になる前に。


 村もそうだった。


 食料が本当に尽きる前に。


 水が本当に死ぬ前に。


 広場が本当に崩れる前に。


 赤を動かした。


 そして、自分は線を越えた。


 相沢はスマホを伏せた。


 その判断が正しかったのか。


 分からない。


 赤は倒れた。


 村は継続した。


 だが、自分は約束を破った。


 ミナの声を聞いても、戻らなかった。


 結果で正当化してはいけない。


 それは分かっている。


 相沢は、ノートを開いた。


 今日は書かないつもりだった。


 だが、一行だけでは足りない。


 今なら少し書ける。


 表示が出る。



【推奨:

 記録作業制限】


【許容:

 短時間】


【推奨:

 姿勢保持】



「許容はするのか」


 相沢は呟いた。


 ペンを取る。


 ノートに書く。


 赤、撃破。


 村、継続。


 自分、約束を破る。


 線を越えた。


 ミナの声を聞いた。


 戻らなかった。


 その下に、少し間を空けて書く。


 次に戻れたら、謝る。


 手が止まる。


 次に戻れたら。


 そこが、一番分からない。


 相沢はさらに書いた。


 戻れない可能性。


 村では死亡扱いの可能性。


 再転移条件、未確定。


 月曜〇時、次回照合不能。


 書いているうちに、腹が痛んだ。


 相沢はペンを置いた。


 今日はここまで。


 休む人。


 そう決める。


     ◇


【月曜日 20:02/広場中央】


 葉を試した避難民の男は、今のところ大きく体調を崩していなかった。


 舌に触れる。


 少し待つ。


 少量を飲む。


 さらに待つ。


 慎重すぎるほど慎重に進めた。


 腹は少し鳴った。


 それは空腹のせいか、葉のせいか分からない。


 だから、まだ食料にはしない。


 だが、可能性は残った。


 マルタは、夜の配膳前に言った。


「明日、もう少し見る。今日はまだ飯には入れない」


 村人の何人かは落胆した。


 それでも、強く文句は出なかった。


 昨日より、待てる。


 赤がいない。


 森が少し見えた。


 それだけで、少し待てる。


 ミナは夜の板を描いた。


 火。


 水。


 呼ぶ。


 誰。


 どこ。


 何。


 そして、端の小さな点。


 呼ぶ役が見た。


「点、残す?」


「残す」


「いつまで?」


 ミナは答えられなかった。


 いつまで。


 今日。


 明日。


 次の週末。


 それとも、ずっと。


 分からない。


「分からない」


 ミナは言った。


「分からないけど、消す時は、みんなで決める」


 呼ぶ役は頷いた。


「ミナだけじゃない?」


「うん。私だけじゃない」


 それを言えたことに、ミナ自身が少し驚いた。


 前なら、自分で抱えたかもしれない。


 今は、違う。


 点は、広場のものではない。


 でも、ミナ一人のものでもない。


 戻る場所。


 それを消す時は、村で決める。


 まだ消さない。


     ◇


【月曜日 23:36/大阪・自室】


 相沢は布団の中で、スマホを見ていた。


 月曜日が終わりかけている。


 明日は火曜日。


 通常なら、とうに大阪に戻っている日。


 だが、今回の大阪は重い。


 戻ってきたのではなく、弾き出された。


 そんな感覚がある。


 表示は出ない。


 再転移条件は未確定のまま。


 次回照合不能。


 その言葉が頭に残っている。


 相沢は目を閉じた。


 村の夜を思い浮かべる。


 火。


 水。


 呼ぶ。


 ミナの板。


 端の点。


 そんなものがあるとは知らない。


 だが、なぜか、戻る場所が残されている気がした。


 願望かもしれない。


 都合のいい想像かもしれない。


 それでも、そう思いたかった。


 相沢は小さく呟いた。


「消すなよ」


 誰に言ったのか分からない。


 ミナにか。


 村にか。


 自分にか。


 表示は出ない。


 返事もない。


 冷蔵庫の低い音だけが、部屋にあった。


     ◇


【火曜日 0:00/広場中央】


 夜の交代が行われた。


 火を見る者が替わる。


 水を見る者が替わる。


 呼ぶ役が一度、眠そうに目をこする。


 ミナは板の端の点を見た。


 消えていない。


 誰も触っていない。


 広場の中に、見えない約束のように残っている。


 アイザワは戻らない。


 それでも、点はある。


 ミナは声を出した。


「火、水、呼ぶ」


 呼ぶ役が続ける。


「火、水、呼ぶ」


 火は小さい。


 水はある。


 呼ぶ声は残っている。


 村は、まだ続いていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ここまで読んでくださり、ありがとうございます。 続きが気になりましたら、ブックマークや評価で応援していただけると励みになります。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ