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とある者たちの小さな復讐譚  作者: かわもりかぐら


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最終話

 アーサーは《招き人》と呼ばれる存在である。

 この世界にはない黒髪に黒い瞳という組み合わせを持って、突然この世界に呼び出されたアーサー ―― 乙梨有都(おとなし ありと)は困惑したものだ。


 兎にも角にも、ただの平凡な大学生だった有都はこの世界になぜか召喚された。

 その後すぐ、召喚主である王太子から「男はいらん」と忌々しげに告げられ、屈強な男ふたりに乱暴に連行された。

 行き先はもちろん、牢獄である。


 牢獄に入れられていた間のことを、有都はあまり覚えていない。

 ただひもじくて、痛くて、辛くて、暗くて、痒くて ―― そんな不快感しかない時間を過ごしていたのだと思う。

 世界が変わったのは、薄汚い場所に似つかわしくない、美しい女性と出会った日のこと。



 牢獄に閉じ込められてから何日経ったのか数えることすら諦め、ぼうっとしていた頃だった。

 普段、食事の時間以外に開けられるはずのない獄舎のドアが開いた音が有都の耳に届いた。

 複数の足音 ―― それもひとつはヒールのような音が聞こえたので、有都が自然と頑丈な鉄の格子戸の向こうへと視線を向けた。

 現れたのは、質素なドレスながらも美しい容姿の女性と、屈強な護衛。


 女性は有都がいた牢の前に来て、有都の様子を見てショックを受けた様子を見せた。

 それからわなわなと、体を震わせて泣いたのだ。


『わたくしが、わたくしが必ずや外にお連れいたします。こんな、こちらに召喚をしておいて、こんなことをして良いはずがございません……っ』


 喋り方からしてどこぞの良いお嬢さんか、と場違いな感想を覚えたのを有都は覚えている。


 お名前を、と聞かれて、掠れた声で有都は名乗った。

 だが、久々に声を発したせいで聞き取れなかったのか、こちらの世界の人間では発音が難しかったのか。

 女性は有都のことを「アルトゥール」と呼ぶようになった。



 彼女たちのおかげで有都は生き延びたと言っても良い。

 ゴミのようだった食事が少し改善された。

 古いタオルを渡されて体を拭うことができた。

 古着ではあったが、新しい着替えを渡された。


 彼女の傍にいた屈強な護衛がたまに有都の様子見に来てくれた。

 彼女本人は、本当はここに来ることはできない身分らしく、護衛よりも少ない頻度だったが顔を見に来てくれた。


 召喚前は普通に暮らしていた平凡な男にとって、それがどれだけ嬉しかったことか。



 後に王太子の指示で暴力を加えられた状態で牢獄から連れ出され、市街地に打ち捨てられたが有都は忘れなかった。

 自分を救おうとしていた人がいたことを。

 自分を殺そうとした人がいたことを。



 この国には、罪を犯したのであれば貴族であれ王族であれ例外なく、罪を明かして国内で定められた法律に則って処罰を決める裁判制度がある。

 3日前、フレデリックが王太子とその愛人の所業を訴えた。


 訴えた内容は、愛人相手にはブレグリン侯爵令嬢への名誉毀損、侮辱罪、ドレスやアクセサリーなどの器物損壊、窃盗罪。

 王太子相手には愛人の所業を黙認、あるいは幇助した件とブレグリン侯爵令嬢に対して王族特権乱用罪、そして違法召喚。


 証拠はすべて揃っていた。

 もともと、フレデリックの娘であるブレグリン侯爵令嬢も証拠を集めてはいたのだ。

 前々から自分に対する扱いが婚約者のそれではなく、奴隷扱いのようなものであったし、ドレスを切り裂かれたり自分のアクセサリーがなぜか愛人の元にあったりと色々あったのだから。

 それに更に、有都 ―― アーサーの協力があって証拠が補強され、裁判まで持っていくことができたのである。



 違法召喚が明るみに出たことで、招き人がこの国にいることが判明した。

 国王を含めた上層部はそれはもう大騒ぎになった。しかも召喚したのが王太子ともなれば、頭を抱えることしかできなかった。


 結果的に、王太子と愛人はそれぞれ自室に軟禁されている。

 裁判が終わるまで、とそれぞれに伝えているが、元の生活に戻ることはできないことは誰にでも分かることであった。



 そうして今日、フレデリックと共に謁見の間に訪れたアーサーはひとつため息を吐いて、ゆっくりと閉じていた瞳を開いた。

 目の前には玉座。そこに王冠を被った顔色が悪い、中年の男性が座っている。

 その隣には本来誰かが座るであろう、玉座には劣るが立派な椅子があった。現在は空席である。

 玉座にいるのは格好からしてこの国の王で、隣の席はあの王太子だろうなと見当をつけたアーサーは、自分の隣に立つフレデリックを見上げた。

 彼の横顔は、感情が読めないほどの真顔である。


 アーサーは王の前でも帽子を脱がなかった。

 顔を見られたくない、詳しく覚えられたくないということもある。

 一度、王の兵から「無礼な」と言葉をもらったが「勝手にこっちの世界に呼び出して勝手に放置したお前らは無礼じゃねーの?」と聞けば彼らは黙り込んだ。


「……招き人よ。まずは謝罪をさせてくれ。我が国の人間により、そなたの日常を壊したこと、誠に申し訳ない」

「日常どころか生命の危機だったんだけど。ブレグリン侯爵の娘さんがいなけりゃ俺死んでたんだけど」

「貴様ッ」

「あァ? じゃあお前、今すぐ飯抜いてぶん殴られて動けない状態で、ここじゃないめっちゃ遠い国にひとりで行けよ。荷物も後ろ盾も何もない、身分を表すものすら一切ない国でどうやってお前生きるの? 野垂れ死ぬだろ普通」


 呆れた様子すら隠さずアーサーはそう言い放った。

 実際アーサーは王都に放逐されたときは身分どころか金すらなく、死にかけていたのだ。

 酒場の主人が偶然、アーサーを見つけなければどうなっていたことか。容易く想像がつく。


 さすがに反論できなかったのか、アーサーを注意しようとした宰相だという男は悔しそうな表情を浮かべて黙り込んだ。

 その様子を隣で見ていたフレデリックが、静かに口を開く。


「アーサー殿は補償を希望されるか」

「そりゃね。でも通貨って世界共通?」

「いや、国によって異なる場合があるな。近隣国であれば両替が可能だが……」

「ふぅん」

「ま、待ってくれ!」


 慰謝料はどうするかと悩み始めたアーサーに、王が腰を浮かしかけたほどの勢いで呼び止めた。

 アーサーとフレデリックの視線が王に向けられる。


「此度の件は誠に申し訳なく思っている。十分な補償はしよう。だが、国を出ることだけは考え直してくれんか」

「なんで?」

「そなたも理解していると思うが、招き人には我々には持ち得ぬ神から与えられたスキルがある。万が一、そなたにその意思がなくとも誰ぞに悪用された場合、そなたも罰を受ける。それを回避するために国として保護したいのだ」


 アーサーはとっさに言葉を飲み込んだ。反射的に「嫌だ」と言いそうになったのである。

 それでも苦々しく、顰めた顔を隠さずにアーサーは答えた。


「……何を今更。それなら放っておいてくれ、今まで通り静かに暮らしたいんだよ」

「ではこちらからの干渉は極力少なくする。金銭についてもこの先の一生、苦労なく暮らせるようにしよう」

「しつこいな。いらねぇって言ってんだろ」


 アーサーが住む家は集合住宅だ。

 そんなところに大量の金銭を持ち帰れば、泥棒に狙われるに決まっている。

 もちろんこの国でも銀行が整備されているが、基本的には商人向けだ。ただの平民であるアーサーにとっては手の届かない場所である。

 王家から口座を開く上で口添えはしてもらえるかもしれないが、それで余計な干渉を得たくないというのも本音であった。


 アーサーの故郷である日本のことわざで「人の口に戸は立てられぬ」というものがある。

 おそらくアーサーのことも、人相や身分などはバレなくとも王都中に広まることだろう。

 今は帽子で隠しているが、いずれはバレるかもしれない。


「しかしだな……」


 だが王家、国としてもアーサーを放って置くわけにはいかないというのは、アーサー本人にも理屈は分かっていた。

 腕を組んでしばし悩んだアーサーは、小さくため息を吐いた。


「分かった分かった。俺自身の意思で、この国を捨てて出ていくことはしねぇよ。慰謝料もいらん。その代わり、クソ王太子たちの件はブレグリン侯爵の娘さんが望むとおりにしてくれよ」

「……分かった。なるべくブレグリン侯爵令嬢の意に沿うようにしよう」


 ―― それは王太子と愛人に相応の罰を与えることと同義だ。

 情状酌量などの譲歩は一切なく、きっちりと法に則って裁かれるのを彼女は望んでいるし、親であるフレデリックも被害者のひとりであるアーサーも願っている。


 アーサーとフレデリックと目が合い、お互い小さく笑い合う。

 王の言質が取れたのだ。

 この場は非公式の謁見とはいえ、王の発言を記録する文官が必ず同席している。

 宰相は深くため息を吐いてみせたが、これ以上の取引はできないだろうという諦めのものだ。



 ◇◇



 3か月が経った。



 王都の中でも、入り組んだ通路の先にある連れ込み宿屋の受付カウンター。

 客の入りがほとんどない時間帯、いつも通り帽子を被ったままのアーサーはバサリと新聞紙を広げた。


【第一王子殿下、愛する伯爵令嬢とともに開拓地へ】


 大々的な見出しにつられて、アーサーの目線が記事本文を追っていく。


 王太子の地位を辞した第一王子が、本当に愛する伯爵令嬢とともに手を取り合って開拓地へと向かったという内容である。

 彼らが犯した罪などの記載は一切ない。

 これは庶民向けの新聞だから、王家に都合の良い内容となっているのだろう。

 おそらく貴族向けの新聞には事実が書かれているはずだ。


 彼らが犯した罪を償うために、未開拓の地へ向かったのは事実だ。

 ただし、最低限の衣食住のみ保証し、実際の開墾はふたりで行うという過酷なもの。

 真面目に働き続ければ人手を増やし、資金を増やし、開拓が完了すれば一代限りの公爵家の当主として、今後生きていくことができる。

 保証される衣食住のみに満足し、ろくに働いていないと判断されれば援助は打ち切りとなる予定だ。

 もちろん、逃げ出すことは許されない。


 アーサーが受けた被害を考えれば死刑も妥当だとは言われたが、今後自分やブレグリン侯爵令嬢に関わらなければ生きていようが野垂れ死んでいようが、どちらでも良かったのである。


 なお、新たな王太子には現在の王弟が就くことになり、王弟の妻が自動的に王太子妃となったとも、新聞には記載されていた。



 新聞紙を畳んで、受付カウンターの隅に置く。

 この時間、客が来ないのはいつものことだからと頬杖をついて目を閉じた、そのときだった。


 カラン、とこの宿屋のドアベルが鳴って、目を開く。


「暇そうだな、アーサー」

「あれ、ベンの旦那。どうしたんだ?」

「なにって、お前さんに手紙だよ。あとついでに部屋のレイアウト変更を考えててな、ちょいと見に来たんだ」

「ああ、一番上の?」

「そうそう。たまには変えねぇと飽きられるからな」


 言いながら、ベンはひらひらと手を振って階段を上がっていった。


 見送ったアーサーは渡された封筒を見つめる。

 宛名はたしかにアーサーであった。アーサーのスペルが美しい字で綴られており、思わずアーサーは口元に笑みを浮かべる。


 丁寧に封を開け、中にあった便箋を広げた。




 ―― それから、2週間後。


 王家の護衛騎士のひとりから緊急の報告を受けた王は、思わずその場から立ち上がった。


「アーサー殿が、すでに国から離れただと!?」


 アーサーには護衛がつけられていた。

 招き人は万能ではない。何かしらの不慮の事故で亡くなったり、事件に巻き込まれる可能性もある。

 ただ「静かに暮らしたい」という彼の要望もあり、護衛騎士の中でも闇属性の姿隠し(インビジブル)を使える面々が交代で彼の暮らしを見守っていたのである。


 だが、7日前。

 出勤時間になっても部屋から出てこないアーサーを心配して、当番の護衛騎士が家の中を覗いたところ、最低限の家具を残して部屋が綺麗になっていた。

 もともと、部屋の物が少なかったアーサーではあったが、クローゼットの中すら空になっていたのだ。

 これは異常だと気づいた当番の騎士が、慌てて上司に報告し調査を始め、行方についてようやく情報を掴んだのが今日だったのである。


 誘拐ではない。

 本人の部屋に「なんか俺を必要としてる人がいるんで、どこ行くか分かんないけどついていくわ」と手紙が残されていたのだから。


「……これは、やられましたな」

「彼は国から出ぬと約束をしたではないか!」

「いいえ、陛下」


 慌てる王とは対照的に、宰相が静かに首を横に振る。


「彼は()()の意思で国から出ないと仰ったのです。()()の意思によって連れ出されたのであれば、約束を破ったことにはならぬでしょう」

「屁理屈ではないか」

「文官が書き起こした記録にもそうあったでしょう」

「ああ……なんということだ……」


 ふらふらと椅子に座り込み、王は頭を抱えた。

 ちょうど会議をしていたため、この場に参加していた貴族たちのざわめく声が大きくなっていく。

 宰相はその場で見渡したが、本来いるべき人物の代わりに見慣れぬ顔が落ち着いた様子で参加している。


 ―― そう。今日は、新しいブレグリン侯爵家当主の叙爵式だったのだ。


「一体いつから準備していたのだ、あの男は」


 ため息とともに吐かれた宰相のその言葉は、誰にも拾われずにざわめきの中に消えていった。






 ガタゴト、ガタゴト。パカラ、パカラ。

 馬車の中で外を眺めながら聞こえる音に「本当にこんな音するだな」と半ば感心していたアーサーは、向かいに座るふたりに視線を向けた。


 アーサーの向かいに座っていたのは、フレデリックとその娘であった。

 気力と健康を取り戻した娘は、以前よりもその美しさに磨きがかかっており、今なら彼女を見かけた者は老若男女誰でも振り返るだろうなとアーサーが思うほどである。

 アーサーと娘の目が合うと、娘はにこりと微笑んだ。まるで大輪の花が静かに咲いたかのようにふわりとした笑みを見せた娘に、アーサーも笑みを返す。



 この馬車はすでに国境を越えていた。

 フレデリックと娘は約2週間前に家を出発し、フレデリックの妻の故郷である国へと向かっている最中である。

 妻はすでに故国に戻っており、フレデリックたちを迎える準備を整えてくれている。


 アーサーが出発したのは7日前。フレデリックたちと合流したのが昨日だ。

 今、この馬車の外で騎乗して護衛を務めている屈強な男のおかげで追いつけたようなもの。

 正直、アーサーは当面の間は馬に乗るのは遠慮したくなるほどの乗り心地だったという。


 なお、この護衛の男はかつてアーサーが牢獄にいたときに娘の手足となってアーサーの世話を焼いてくれた王家の護衛であり、先日護衛を辞した男である。

 もちろん、姿隠し(インビジブル)の使い手だ。

 アーサーを王家の護衛に知られぬように連れ出したのも彼の手腕によるところが大きい。


「しっかし、旦那も当主を譲るなんて思い切ったことすんのな」

「もともと、娘ひとりしかいなかったのでな。後継者を育てていたのだが、その引き継ぎが早くなっただけのことだ。彼なら必ずうまくやるだろう」

「大変だなあ、その人」


 正式な手順を踏んで爵位を譲渡したとはいえ、侯爵家の仕事を任されたのだ。

 色々と大変だろうなあとアーサーは思いながら、小さく欠伸をした。


「あとどんぐらいだっけ」

「3日ほどで着く。着いたらゆっくり休むといい」

「そうさせてもらうよ。そのあとに約束の件かな」

「まあ、嬉しい。でも無理はなさらないでくださいね」

「ちゃんと無理だったら無理って言うよ」


 向こうで暮らすようになっても、アーサーは帽子を取ることはほとんどないだろう。

 だが、召喚された国で暮らすよりはずっとマシだろうとアーサーは考えている。

 世話になった酒場の主人や宿屋の主人からは「向こうでも達者でな」と餞別の袋をもらっていた。まだ開けていない。

 ただ、重さや袋の形的に酒なのだろうなと見当はついている。



 元の世界には戻れないと聞いた。

 それならばアーサーは、落ち着いて暮らせる場所へ移動するだけだ。


 今後どうなるか分からないが、とりあえず。

 恩人である娘が、和やかにフレデリックと笑い合っているのが見れて心底良かったとアーサーは思うのだった。



Fin.

ここまでお読みいただきありがとうございました。


2万字以内でおさめるのを目標にしていたのですが、結局オーバーしてしまったので難しいですね。

(書いてると設定増えて書く量も増えてく…)

一応恋愛絡みなので恋愛系で投稿しましたが、見ようによってはファンタジーな気もしますね。ジャンル難しい。


今後もこちらでは短編中心で、時々長編も投稿しようかなと考えています。

どうぞよろしくお願いいたします。

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