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転移した場所

すこし長めです


 館の正門前には、ラルフ、レクティアの二人の男女の姿があった。

 幸いあの時のようにデットリードックに追いかけられる事無く無事にジャングルにも似た庭から出る事が出来たのだった。

 とはいえ、庭から出られたとしてもまだウカウカしてはいられなかった。

 館の敷地内に設置されている時計の針は先程見た時刻よりも8分程進んでいた。仮にあの時ユウが言ったことが正しければ全力疾走で馬車乗り場まで移動しなければならなかった。

 しかし、ここから乗り場までの長さは結構な距離であるため、正直7分で到着するというミッションは彼の体力、足の速さとの関係上そう素直に可能だ言い切る事は出来なかった。

 じゃあ、どうするか……。ラルフには今その選択肢が架せられていた。

「どうすんのよラルフ、もう時間無いわよ~。乗り遅れちゃうわよ~」

 隣にいたレクティアが、だだこねるように急かしてくるのであった。

 我々くらいのレベルの核石人種(プレイヤー)であれば焦ってしまうのは当たり前の事だろう。

 そんな中、ふとラルフは何かを思い出したのか急遽ズボンのポケットを探り始めた。

 すると指先に紙のようなザラザラした感覚が伝って来た。

 まさかと思いその二枚の紙を抜き取る。抜き取った方の手を見ると、そこには丁度良く二枚の転移札(トランスファービル)があった。

「え、ちょっと待って? どこでそんな紙切れ手に入れたの!?」

「だから紙切れ言うな」

「だってさ!? これ紙切れの分際で5000Pecって高いにも程がある物よ!? そんなお金貯めるなんてたくさんのクエストを掛け持ちしたりしなければならないのよ!? しかもあなたLv1じゃない!? ……あっ、まさかカツアゲ――――」

「違あああああぁぁぁぁうううう!!!!」

 彼女が驚く事も無理はない。転移札(トランスファービル)、は一枚につきの定価は消耗品にも関わらず5000Pecというとても初心者にはなかなか手が出せない代物だった。

 ラルフはまたその言葉を重ねるようにして再度言う。

「違げえよ、どんだけお前妄想激しいんだよ!? 誤解しないで!? これは、あの時お前を投げ飛ばした倉庫の中にたまたま在ったんだよ」

「え?」

 彼女の中では今、混乱というスパイナルが発生していた。あの時、彼女の脳内には彼がそんな行動をしている様子は見受けられなかった。なのにどうして、それを手にすることが出来たのか疑問でしか無かったのだ。

「待って待って!? じゃあ、あの時いつとったのよ!?」

 彼女があたふたしながらも質問を重ねてゆく。しかし対してラルフはいたって冷静に彼女の質問に答えてゆく。

「いや、ただ単にお前が気絶してる時に適当に倉庫内を物色してたらたまたま在ってさ」

「それ盗った時点で犯罪!!」

「何を言ってるんだ? バレなきゃ犯罪じゃ無いんですよ?」

「なに、さらっと正論っぽく言い切ってるのよ!? ……って、あれ? そういえば私、気絶してたっけ?」

「してたよ。お前気づいてなかったの?」

「あれ、そうだったけ?」

 レクティアはポカンとした顔のままだった。

「まあ、混乱するのは仕方ないか……まあいいや、時間は時間だしとりあえずその話は後で」

 言うだけ言うとラルフは突如として会話を切り上げた。すると手にしていた二枚の転移札(トランスファービル)を起動させる。

 直後、札から(まばゆ)い光が発生し二人を照らす。やがてその光は、二人の姿そのものを包み込み光の粒子と共にふわりと消えていった。


 ◇◆◇


 段々、段々と……

 視線を覆っていた光が粒子と共に薄くなっていく……

 次の瞬間――!!

 パッ、と突如として白く覆われていた光が消滅した。

 それは肉体も同じである。両手、両足、首、体――、全てもが彼の見た光景と同じように、体に覆われていた光が一瞬にして消滅した。

「ふぅ~っ、着いた」

 最初にこの場にて影を作ったのは初期装備の『布の服』を着た少年――ラルフだった。

「こ、ここって……?」

 ラルフと同じように光の粒子の消滅と共に現れた一人の少女――レクティアがぽそりと呟いた。

 二人の今いる場所、それはイニティアムの中心、所謂大樹の側だ。この付近は広場の他にも馬車乗り場としての場所でもあった。

 それを証拠に、見渡すと20、いや30近くの馬車が一台につき10人ほどの冒険者――所謂核石人種(プレイヤー)を乗せて出発している様子が所々見受けられた。

「あれ……? ついさっきまで屋敷の門の前でダベってたような気がしたんだけど気のせいかな?」

「気のせいじゃねぇよバカ、あのとき拾った転移札(トランスファービル)でここまで瞬間移動してきたんだよ」

「えぇ!? あの紙切れで!?」

「そうだよ。お前があれほど紙切れと呼んでたやつのおかげで一瞬にして来たんだよ」

 町はとにかく平和だった。付近には、数々の商店が建ち並び消耗アイテム等が売られており度々笑い声が聞こえてくる。

 ラルフは時間を見ながら乗るべき馬車を探し始めた。

 馬車には、それぞれの番号が割り振られていて、その番号はどこ行きの馬車なのかを意味している。現実で例えるとするならば、バスが一番相応しいだろう。

 するとラルフはメニューウィンドゥを開いた。普通であれば、この中で一定の馬車を見つけるなんてとても大変だ。しかも、町の中で馬車がどこへ向かうかの一覧表なんてものは無いのだ。

 ならばどうするか?

 答えは一つだ。

「ラルフ! 早く馬車探すわよ! 一覧表、無いんだから一つ一つ聞き回ら無ければならければ――」

 レクティアがそう提案しようとした時だった。

「えーっと、ここから50メートル先の第29馬車に乗るぞ」

「えっ!?」

 突然の彼の言葉に、彼女の中で一瞬何かがどよめいた。

 まあ、そうなるのも仕方ないかもしれない。何せ一瞬でこんな正確に馬車の位置を特定したのだ。並の核石人種(プレイヤー)でも、そう安易に出来ることでは無い。

「そ、そうであるという確証はあるの!?」

「これだよ」

 彼女がそう問いかけるとラルフは開いていたウィンドウを彼女に提示する。

「ラルフ、これ何?」

 ポカーンとした顔で見ているレクティアの目線の先には一つの表が映し出されていた。

「ブラウザーネットワークだよ。これのおかげで簡単に、場所が特定できたと言うことだよ」

「え、ちょっと待って、私にはそんなものは無いわよ?」

「まあ、これはゲーム内の追加コンテンツ、所謂、課金による物でやるやつだから仕方ないよ。無くたって不思議じゃない」

「そうなのね」

 あまり興味を示さない様子で、レクティアは簡単に返事をした。するとラルフはその様子を見て、ウィンドウを自分の方へ戻しそっと閉じた。

「とりあえず見つけた事だし、さっさとそっちに移動しようぜ」

「あっ、そうね」

 彼女がそう返事すると彼が特定した馬車の方角に向かって進んで行く。

 すると、レクティアはある事を思い出したのかとっさにぽそりと呟いた。

「あれ、リーダー達を待たなくて良いの?」

「別に言われなくても来るだろ、あの人達は」

 彼女の言葉が耳に入ってきたのか、また今度はラルフがそれに応えるようにしてぽそりと呟くようにして言うのであった。

 しかしその矢先、二人がそんな会話をしていた時であった。

「おーい……ラルフ、レク~ぅ……」

 突然、遥か後方から我々を呼ぶ一人の女性の声が聞こえてきた。

 その声に気が付くとラルフ達は声が聞こえる方に体を向けた。

 なんとなく聞き覚えがある声だった。なにせ第一に、とにかく力が入っていない弱々しい日本語だったのだ。

 そんな特徴的な言葉を発する人間といえば、ほぼ確定で一人しかいない。

「あっ! セピア!!」

 レクティアは手を振り、遠くにいるセピアに向け呼びかける。

「つーか、それにしても来んの早くね?」

「ラルフ、それは気にしたら負けよ」

「気にするも何も、あれからほとんど時間経ってないぞ?」

「良いのよ! 時間内に間に合えばそれで!」

 レクティアはラルフとの会話を切り落とすかようにパッと言い放ち、とっさの小走りでセピアの方へ向かう。

「ったく、コイツは……」

 ラルフは吐き捨てるようにつぶやくと、彼女に続くようにして付いていく。

「おっつー! 他のみんなは?」

 レクティアはセピアの側に近づくとそんな事を言い始めた。        

 セピアは彼女の問いに対して握られていた右手の親指を立ててその指先を自分の背後へと向けた。

「ちゃんと……連れてきた」

 彼女の指を向けた先には、なんと先程との様子とは打って変わってまるで天使を見たかのような朗らかな顔をした男女――ユウとスピカの姿がそこにはあった。

「ひゃっほー!! 待たせたな――お前ら!!!!」

「「!?」」

「ただいま、参りました。遅くなって申し訳ありませんでした」

「「!?」」

 スピカは威勢良く元気な様子で言い放ち、ユウは彼女とは逆にクールな言葉遣いでスルリと頭を下げた。

 あの時の恐怖に満ちた嘆きの顔は一体何処に行ってしまったのだろうか……

「「………………何があったんだよ………………?」」

 完全に言葉を失うラルフ達、開いた口がふさがらないとは、言葉的にまさにこの事である。

「で……どうするの? ……馬車……見つけた?」

「あ、ああ見つけたぞ、アレだ」

 ラルフは、反応にやや遅れながらも乗るべき馬車がある所に指を指した。

「……見た感じ、普通ね」

「ふ、普通って、庶民が乗る一般的な馬車に豪華もクソも無ぇだろ」

「まあ……そうよね」

 セピアはそんな事をポソリと呟くと、一人で馬車の方へ向かった。直後他の4人も彼女を追うようにしてついて行く。

 何歩か歩いて行くと、目と鼻の先には彼女達の乗るべき第29馬車が写っていた。

 ぱっと見てその馬車は何年も使い古されてきたのか茶色の塗装は所々剥げていた。他にも何かを擦ったかのような痕も同様、とにかく目立っていた。それとは逆に他の馬車を見るとこの第29馬車とは違い、目立った外傷は無く驚くほどきれいに清潔に保っていた。

 正直なところ『この差はなんだ』と聞きたくなるのも分からなくも無い。

 とはいえ、時計を見ると長針はあれから4分程経っていた。正直あーだこーだいちいち文句を言ってる暇は無い。

 そう思ったラルフ達は、すぐさま馬車の出入り口の扉を開いた。

 車内は、茶色い木で出来ていた。壁には長方形に3カ所くり抜かれていた。そこにその形をした透明な窓ガラスが置かれ、車内の端には幅150センチ程の長さを誇る長椅子が設置されていた。その椅子には淡い黄緑色の革に包まれたクッションがまるで向かい入れるように置かれていた。

 こうして、ラルフ以外のメンバー四人はそのまま馬車に乗り込んだ。最初は四人も入るか心配でいたがあっさりと簡単に四人が収まった。

 そして、最後にラルフが乗り込む番だ。

「ラルフー! 早く早く!」

 ウキウキ気分でレクティアはラルフに呼びかける。

「ああ、分かってるよ」

 ラルフはそう言いながら、馬車の出入り口の手すりに手が触れた――時だった。


「……ッ!?」

 直後ラルフの声が詰まった。

(なんなんだよ? う、動かない!? 足が……体が……!?)

 突然の事だった。

 なぜかさっきまで動いていた足が、――

 ついさっきまで動いていた筈の口が、――

 ついには、体全体までもが、――

 まるで死後膠着したかのようにピクリとも動かないのだ。

 同じく視線も、まるで時が止まったかのように――まるでその世界が白と黒の二つの色によって形成されたモノクロ写真だったかのように。

 誰一人、マネキンのように微塵も動かなかった。

 それを証拠に、彼の視界に写っていた一人の男性の手から一枚のコインが落ちていたが、そのコインは、普通であればあり得ない事に空中(、、)でピタリと静止していたのだ。

 ひたすら、身に何があったのか自分自身に問いただす。

(なんだよ! ハッキリしているじゃないか!? 俺の意識も、意思も――!?)

 ならば、何なのだ? この現象はこのゲーム内における一種のバグなのか? それともこのハード機器のスペックによるラグなのか?

 しかし、いくら考えても自分の中で何かしらの心当たり(、、、、)は何一つ出る事はなかった……

 ……しかし本当にそうだっただろうか?

 今まで(、、、)このような事は起こっただろうか?

 ラルフ――いや、これまで琴吹景侍(、、、、)自身での、このゲームの世界の経験において本当にそうだっただろうか?

 いや、違う。自身の中では『心当たり(、、、、)』は――ある。

 それは、おそらく――――


「どうしたの? ラルフー! さっさと乗ってよ~!」

「――――!?」

 突然、ラルフは我に返った。先程まで彼の中でモノクロ写真のようにに写っていた視界も一瞬でフルカラーの高画質視界へと変化する。

「お、俺は何を……? 動く……体が?」

「何バカな事を言ってるのよ。早く乗ってよ~!」

 この時間の中で自身に何が起こったのか、結局の所結論を出すことは出来なかった。

「あ、ああ……」

 動揺しながらもそう返すと、ラルフは先程まで動かなかった足を使い階段を上がる。そのまま中へ入ると、流れるように奥の席に座った。

(何だったんだ? あの時のアレ(、、)は……まるで『アイツ』の時と似ている……?)

「それにしても、この馬車って広いわよね。このまま寝ちゃおうかしら」

 椅子に座り壁に寄っかかりながらレクティアがそんなことを言っていると、進行方向側の窓ガラスが開いた。するとひょこりと窓から少女の顔が飛び出し、やや緊張するような様子で我々に向かって呼びかける。

「こ、今回この第29馬車の運転させていただきます! だ、大体片道90分程の道のりなので、ご、ゆっくりおくつろぎくだしゃい!」

 顔立ちからしてその少女ははとても幼く見えた。長い髪を三つ編みでツインテールにし、ピンクのリボンを付けていた。

 自分で言ってて恥ずかしかったのか言葉を重ねて行く度に頰を真っ赤にし、最後はズバッと言い切った。

 言うべき事を言うと、その少女はそのまま前に向き両手で手持ちのロープを握り、大きく波を生ませるかのように振り上げ、下ろす。

 直後、パシィ――!! と、まるで溜まった空気が破裂するかのような大きな音が発生した。

 同時に蹄鉄が鳴る音が聞こえ、ガタガタと揺れが生じる。

「あ……動いた」

 馬車はそのまま列から外れ、ゆっくりと進んでゆく。やがて町の大門をくぐると次第にスピカのテンションも増大してゆく。

「来たわよ来たわよ!! 新人君入れての初クエスト! あまりに楽しみで心が踊っちゃうわ、ひゃっほー!」 

 彼女はその場に立ち上がり、まるでベッドの上を飛び跳ねる子供のようにはしゃぎ始める。

 その様子を見ていたラルフは、丁度彼の隣にいたセピアに手を立ててコソコソと話しかける。

「(っていうか、あれからどうやってあいつら立ち直らせたんだよ。いくら何でも早くないか?)」

「別に……大したことはやってない……」

「(いや、大したことじゃなくてさあ、普通に教えてくれないか?)」

「ん、まあ……具体的に言えば――これ」

 彼女は右側のポケットを探り始めた。するとそこから一枚の金色のコインが現れた。

「お、お金?」

 ラルフはそのコインを凝視する。

「そう……あの時私は言った。スピ姉は万年お金のことしか興味ない……だから単純に耳元に落とせば後は反射的に反応してくれる」

 チョロい……

「(因みに、ユウはどうやって?)」

「彼の場合は……目の前に適当に野菜置いとけば次第に機嫌も直ってくる」

 マジでチョロい……

「まあ……今回はお金無かったからそこらに生えてる草や石を採ってきた」

(草ってお前……石ってお前……)

 ラルフは右手を頭に寄せ呻りながらそう思っていると、改めるようにして再度問いかける。

「え? ……ちょっと待って!? 因みにそれどうしたの!?」

「マヨネーズ取り出して……石以外バリボリ食べてた」

「あいつ胃袋大丈夫か――ッ!?」

 実際ゲームの世界とはいえ物を擬似的に体内に取り込むなど容易に出来る。それ故、現実世界のように食べた物の情報を分析し異物が入っていれば、一時的による腹痛、所謂、状態異常が発生したりする等、色んな意味でその判定はとてもシビアだ。

 ラルフはとっさに斜め向かいに座っているユウに目を指した。しかしユウは、何事も無かったかのように平然としたまま早速この中の一番乗りで眠りの世界へと入っていた。

「大丈夫……以前はスズランとかひっつき虫(オナモミ)を平然と食べてた」

「それ、もっとヤバイやつじゃん!? 猛毒だよそれ!? なにそれ、マヨネーズ最強説浮上してきちゃったよ!?」

「後は……適当にダッシュで連れてきた」

「いろいろ、大雑把な所もあったけどなんとなく納得した。うん、いろいろ突っ込み所満載だけどもういいや……」

「ん? ……どうするの?」

「寝る」

 ラルフは腕を組み息を整えるかのように大きく呼吸すると、そのまま首を壁側に寄せ到着までの間ゆっくりと(まぶた)を閉じた。

 数分後、レクティアやあれほどハイテンションだったスピカも、後にぐっすりと寝る始末になってしまう事なんて知る由も無かった。


 ――――。

 ――。 


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