「裕福だと思っていた俺がバカだった」
つづきです
「うん……。なんか、ちょっと察してた……始め裕福だと思っていた俺がバカだった」
ポソリと苦笑いするようにしてラルフは呟いた。
「ラルフ、なんか言った?」
「いや、こっちの話」
先ほどの場所から歩いて5分、土からむき出した木の根を踏み進めてゆきようやく目的と思われる場所へ到着する。
ラルフの目に映っていたのは木造建ての小さな建物だった。屋根や壁には大量の苔とツタで埋め尽くされ所々に穴が開いており、まるでホームレスが作るような家と自然に連想できる。
「到着……ここ、拠点」
セピアは当たり前のように弱弱しく力が入っていない日本語であの木造建ての家に指を指した。
「これ、家っていうレベルじゃないぞ」
「うん……一番安い家がここだった」
「でしょうね。こんな汚家に入りたいと思う人なんてそうそう居ねぇよ」
「だけど、セキュリティーはバツグン……鍵壊れてるのにもかかわらずこれまで一回も泥棒さん入った事無い」
「でしょうね。こちらもこんだけ追いかけ回されれば盗人も匙投げたくなるでしょうね。そもそもここ狙う泥棒いるかどうかは知らないけど……」
「まあ……とりあえず入って」
セピアがそう言うと、彼女は目の前の扉に手を触れる。そのまま手に持ったドアノブを捻ろうとする。
が、次の瞬間――――
バギィッ!!
「「「……あっ……」」」
……ちょっとした感嘆の後に沈黙が発生した。
壊れたのだ。セピアが目の前にあるドアのノブを捻ろうとした時、木製のドアを支えていた金具がまるで発泡スチロールのように簡単に外れ、セピアの方へ地に崩れる。その直後に彼女はまるでサンドウィッチのように地とドアに挟まれてしまった。
「ふべっ……ぅぅ、痛いぃ……」
「お見事、よくもまあそこまで腐らせたものだよ」
沈黙の後、その光景を見ていた2人の内最初に口を開いたのはのラルフだった。
「うわぁ……腐ってる事くらいは知ってたけれどまさかこれ程だったとは思わなかったわ」
それに続くようにしてラルフと同様にその様子を見ていたレクティアは口に手を抑えながら彼の言葉を重ねる。
ラルフは小走りでスピカに近づき覆いかぶさられているドアに手を触れ持ち上げようとする。
しかしドアは触れた瞬間簡単にほころび始め粉塵のようにして舞う。持ち上げるにも簡単に折れてしまう。
「早くして……正直、結構つらい」
セピアは挟まれながらもひょっこり顔だけ出しまるでカタツムリのようにして無表情のまま言う。
「こっちからは全然大丈夫そうに見えるんだけど、見た感じすごくのんびりしてるし」
二人の様子を見ていたレクティアは遠い目をしてぽつりと呟く。
するとラルフは彼女の呟きが耳に入ってきたのかドアを持つのを諦め一呼吸するとそのまま腕を組む。
「激しく同感。さっき持ってみたけど、触る度に綻んで崩れていくし正直埒が明かないから、他人の力よりも自分で起きた方が楽じゃない?」
「やだ……無駄な労力、使いたくない……」
「「……………………」」
二人は暫く黙っていると、ラルフは先に後方にいるレクティアに目をやる。すると今度は先ほどとは別に両手のジェスチャーと口パクで次のような会話が成立していた。
「(どうすんの? このクソニート)」
「(どうするもなにも、何も考えてないわよ)」
「(とは言っても、こっちもだいぶ体力消費してるし)」
「(私にもないわよ)」
こうして話が進まず数秒考えているとラルフがあることに閃いた。
「(……そうだ。おまえあとMPいくつあんの?)」
「(えーと、あと8ね)」
「(さっきお前が犬どもに使った【ウィンド・ランブル】でのLv1の消費数はいくつ?)」
「(6だけど……ってまさか!?)」
「(そのまさかだよ。変に大きなダメージが入らない限り適当にぶっぱしていいから)」
「(……けっこう、強引な手を使うわね……)」
「(しかたないだろ? 正直あいつがいねぇと話進まないんだからさあ)」
「(まあ、そうよね。仕方ないわよね。ははっ……)」
レクティアは彼の意見を聞いて苦笑いするとその場で掌をセピアの前に向けた。
「セピア、その場でじっとしてろよ~!」
ラルフはその場から少し離れると片手を口元に当てメガホンのように見立てして呼びかる。
「ん?……二人が何したいのかは分からないけれど、とりあえず言われた通りにするぅ……」
この状況でも何一つ顔色を変えず、セピアは相変わらずの力が入っていない日本語でラルフの発言に応じる。
それを合図としてラルフは後方にいるレクティアに一つのサインを送った。
サインを受けたレクティアはこくりと首を縦に振ると、右の掌を前に突き出したまま左手の人差し指にマナを滲み出させ魔法公式を書き始めていた。
《「風の御霊よ――風の魂を形成し『放て』」Ⅲ=Ⅰ/LvⅠ/a.0.Ⅲblow》
落ち着いて詠唱出来たのか思っていた以上に、丁寧に『起動言語』を添えて公式を書き示す事に成功した。
「行くわよ――!!」
レクティアの掛け声の直後、掌の中心から展開された魔法陣から、風エネルギーの『塊』をセピアに乗っかっているドアへ向けて狙いを定めて――放った。
放たれた『塊』は一定のスピードを保ったまま進んで行き、結果見事にセピアに乗っかっているドアに着弾させることに成功した。
同時に、ゴゴゴォォォォォォ――――ッ!! という荒ぶるような風が発生する。セピアに乗っかっていたドアは、問答無用に上空へと天高く吹き飛ばされ空気抵抗等の影響によりそのまま空中で四散する。
四散したドアはまるで粉雪のようにしてパラパラと上空からゆっくりと舞降ってくる。
「御苦労さんレクティア」
「ああ~っ、これで私のMPが2よ。後でリーダーからMPポット二、三本恵んでもらおうっと……」
残りMPが残り5を切り、疲れ切った表情でそっとぼやく。
「どうも……重かったから結構助かった」
感謝しているのか、それともしていないのか分からないのだが、セピアはゆっくり立ち上がり二人に感謝の意を述べると再び目の前のボロ家に体を向ける。
「まあ、入って」
セピアは二人に向けてそう言うと軽い足取りであのボロ小屋へ入って行く。後の二人も彼女が入って行く所を確認するとレクティアは先程の疲れ切った表情でゆっくりと、ラルフも先程の全力疾走での影響により重い足取りのままボロ小屋に入っていくのであった。
小屋の中は言うまでも無く、『とにかく汚い』の一言でしか無かった。建物内には中心には大きなテーブルが置いてありそれぞれ人数分の椅子が設置され置いてあったが、それも建物同様所々に微少のヒビが入っていた。家を支える太い柱は、時間の影響によって一部が腐敗し綻びまるで虫食いのようにして抉られていた。
見たラルフもさすがのこの光景には、もう唖然することしか出来なかった。むしろこれで良いと許した核石人種は一体何を考えているのだろう、正直神経おかしいんじゃないか? そう思っていた。
「ったく、腐ってるにも程があんだろ……」
「ん? ……なんか言った?」
「いいや、何でも無い」
小屋の内装を一通り見渡し、ふとそんな愚痴をこぼす。
「まあ……適当に座って」
セピアは当たり前のように言うが、実際ラルフに座らせようしていた椅子全ては誰から見ても分かるレベルに酷く腐りきっていた。
「座ってと言いわれてもこの椅子じゃ座る気にもならないんだけど……」
「ふーん……なら別に立っててもいいけど」
セピアは無表情のままそう言うと当たり前のように机に並べてある椅子を引き腰掛けた。
レクティアも彼女と同じく当たり前のようにセピアの隣の席にゆっくりと腰掛けぐったりとした様子で上半身を机に伏せる。
二人が腰掛けた椅子は座った瞬間、ギギギッ、と木が軋む怪しい音が鳴る。しかしそれでいても、それ以降は何も変化は起こる事は無かった。
「いや、そもそもあの椅子に何も警戒せずに座れるって事が逆にすごいんだけど」
「最初は慣れてないからそんなものよ、一応私だって最初は疑ったしぃ……」
レクティアは、眠たそうな目でぽそりと言おうとするも結局最後まで言えないままそのままそのまま顔を机に伏せた。その後徐々に寝息らしき小さな音が漏れ始めた。
ラルフは色んな意味で二人の勇敢な姿を見て尊敬の一言を述べると、ふとした矢先に玄関口の方から二人の男女の姿が現れた。
「ヤッホゥ!! ただいま帰投したぞおまえら!!」
「すいません、クエストの申請に手間取ってしまい遅くなりました」
内、一人の女性はとにかく見ててテンションが高かった。サラサラとした長い艶の入った赤髪には前髪に一本のヘヤピンが取り付けられており単純な一本のリボンによって、その長い髪をきれいに束ねられていた。腰には一本の剣が掛けられていた。服装はどっかの被服屋、防具屋にて揃えたであろう赤色の薄い布生地で出来た綺麗な服だった。胸や膝などの大事な部分には甲羅のように丸まった鉄板の鎧が取り付けられていた。しかも彼女の服装はその鎧と赤い服とで上手くマッチングしており中でもその卓越したファッションセンスには過去にラルフが見てきた中でも大きく舌を巻くレベルであった。
内、一人の男性は、その彼女とは逆にとても冷静としていた。まるで光源を失ったかのような真っ黒い髪は艶が入っており程よい具合に光が反射する。顔には眼鏡が掛けられておりキリッとした彼のその鋭い目つきはまるで秀才を連想するかようだった。彼も彼女とはまた別にメインの白と黒との厚い布で覆われた服が程よくマッチしており丁度良い位に整っていた。
「あ……スピ姉、お疲れ」
セピアはけだるそうに机に突っ伏したまま女性へ向けて一言述べると、眠かったのかそのままレクティアと同様かわいい寝息が漂うように聞こえてきた。
すると女性は、部屋の壁に寄っかかっていたラルフの姿に気が付く。
気づいた瞬間、一瞬のうちにラルフの元へ詰め寄りまるでお宝を鑑定するかのような興味津々な目で彼をじっと見つめる。同時にクンクンと犬かと突っ込みたくなる位に彼の体の匂いを嗅ぎ始めた。
「あ、あの~~そろそろ名前聞いても良いですか?」
突然の彼女の異常行動に苦笑いしながら訪ねるラルフ。すると彼女は、はっと自分が何をしていたのか頬を赤く染めた様子で一歩後ろに下がった。
「あ、あああすいません!! 私の悪い癖がここで出るなんて……私の名前はスピカと言います! このギルドのリーダーやってます。どうもよろしく!!」
元気で威勢の良い女性――スピカは、最初はあわあわとしていた様子であったが言葉の最後をキリッと決め、元の状態へ自分を引き戻そうとする。
「あれ、そういえばさっきセピアから『スピ姉』って呼ばれてましたけど二人はどんな関係なんですか?」
「ああ、実を言えばまあ、……そんなことだよ」
今の彼女の話を聞く限り『それは察しろ』という事だろうか。口調的になんとなく誰から見てもそう聞こえることだろう。
数秒の単純な会話で、ほんの少し我を取り戻したスピカは、彼女の背後にいた一人の男性へ目を指した。
「ホレ、ゆーっちも自己紹介くらいしなさいよ!!」
スピカは背中をポンと叩きラルフの前に突き出す、
「……ど、どうも……ゆ、ユウと言います……どうもお見知りおきを……」
人見知りなのか、男性――ユウはラルフの目を見て話そうとはしなかった。ただ、下を見てぽそりと言う位だった。
「ごめんね、ゆーっち、ちょっと人と話すのはとても苦手でさ、初対面の人に向けて話すのは彼にとって多少抵抗があるっていうか何というか……まあ、それは最初だけだからちょっとすれば勝手にあっちが慣れていくから気にしないで」
スピカがそう解説していると、気が付けばユウはスピカの背後に隠れるようにいた。
「……まあ、俺からも一言自己紹介しなきゃな……俺の名前はラルフ。なんかいろいろよろしくお願いします。はははっ……」
ルイスは、またしても苦笑いのまま二人の挨拶に応じる。
スピカは、細い両腕を組みラルフへ向けて質問する。
「そういえば君ってウチのレクティアに連れてこられたの?」
「ああ、まあ、(正確には半強制的だけど……)」
ルイスが曖昧にそう答えると直後スピカは、大きく振りかぶるようにして盛大なガッツポーズを決める。
「よっしゃあ! これでまた一人メンバーが増えた!」
「ま、まあ一人増えたと言っても俺は所詮レベル1ですよ……正直足を引っ張るかもしれないけれど……」
「大丈夫だ……問題ない……」
スピカは、声のトーンを低くし左手の五本指を顔にぴったりと付けクールな仕草でポーズを決め、彼の言葉に対応する。
すると彼女は、ポケットの中から一本の筒のような物を取り出した。よく見てみると、その紙筒は和紙のような高級感あふれる紙だった。丸められた紙の中心には、一本の紐によってきれいに結ばれていた。見てて紙はずいぶんと時間が経ってしまったのか、あのシワシワな地図程では無いが酸化してしまい紙が所々黄ばんでいるのが確認できた。
「ああ、それとこれ、今回新人――ラルフ君と一緒に行く初クエストの詳細書ね」
彼女がそう言うとその詳細書をラルフに手渡した。ラルフは、渡された紙筒の紐を丁寧に解き始める。
「そもそも人が入ってくるかも分からないのによくクエスト申請しようって思いましたね」
「仕方ないでしょ、こっちだって1Pecよりも多くお金貯めて家賃払わないと、さもないとここの土地追い出されちゃうんだし」
「げっ――!?」
彼女の口から言い放たれた『家賃』言葉に一瞬であったものの彼の中ではゾクッ、と背中に寒気が生じた。
「ん、どうしたの? まるで見てはいけないモノを見てしまったかのような目をしているよ」
「い、いやっ、何でもありませんよ~。」
目を泳がせながらも適当に答えるラルフ。
言えなかったのだ。ただでさえ見てて財が少ないそうなこのギルドに対し、オーナーの館のドアを壊して修理代を家賃に上乗せさられる結果になってしまった事なんて彼の中では口が裂けても絶対に言えなかったのだ。
ラルフはこのまま話が進むとまずいと感じたのか、すぐさま話の腰を折る事を試みる。
「し、正直追い出されてもここよりもっとマシな物件くらい適当に探していれば見つかるでしょ……」
「うーん、それがそうとは行かないのよね」
「?」
ラルフは彼女の言葉に対してふと首を斜めに傾けた。
「ウチって、結構他からはすごく嫌われててさ……ほら、今机に突っ伏して寝ている彼女のあの時の様子、見てたでしょ?」
「ああ確かに、まるで死んだ魚のような目でむなしく体育座りしてましたね」
「そういうことよ、一応そこらにいる原人種はある程度その事に関しては大体把握はしているのよ……しかも今現在でも在るんだけど、ほら結構前からギルド競争って在ったじゃん」
「それ知ってます、ギルドメンバー獲得のために様々なギルドが一斉にして限られた手段を駆使してギルドに介入させるってやつですよね?」
「その通り、そしてその内の一つに『横取り』っていうものがあってさ、それがタチ悪いったらありゃしない……」
「『横取り』……ですか?」
ラルフ自身その単語は初めて聞く言葉だった。これまで彼は一度もギルドに所属した経験が無く、ギルドとは全くの無縁だった。しかし彼にとってはその経験が無いにも関わらず、感心がある様子で彼女の話を聞いていた。
「そうよ、まあいわば単純に言えば名誉毀損って言ったところかな。例えばさ、あなたがとあるギルドに興味を持っていたとするじゃん? そしたら他のギルドがそれを狙ってあなたの後ろから話しかけて来るのさ」
「え? 話しかけるって具体的に言うと?」
「『おい、そこはゴミギルドだから止めた方がいいぞ、こんなとこ入るなら俺らのギルドに来いよ』とかよ。ホントマジ迷惑よねアレ!? 普通に考えて初心者だったらそんなこと信じるのは当たり前でしょ!? そのおかげでこっちなんてゴミギルドって呼ばれて、その後情報が原人種の耳に届いて挙げ句の果てには顔見られただけで門前払いよ!」
「それって、ある意味風評被害ってやつですよね?」
「まあ、そうとも言うわね。全くもう、あのカカシ共どんだけ人員ほしがってるのよ。高校の部活勧誘かっつーの!? あーもうクズよ人間のクズよ――――!!」
「ちょ、とりあえず、一回落ち着きましょ!? ちょっと言いすぎてますよ!?」
セピアは熱くなってしまったのか自棄になり今まで心に秘めてた『横取り』に対する恨みをありったけの感情を込めて吐いた。彼女の話している様子を見ても仕草だけで『横取り』に対してどれだけの憎悪が込められていたのか、正直彼女の言葉を聞かなくてもよく分かるくらいだった。
「……ご、ごめん。新入り君の言うとおりかもしれない。ちょっと言い過ぎたかもね」
とはいえ、実を言えば彼女の放ったその言葉は正直正しいにも他ならなかった。『横取り』によって得する人と損する人による差が生まれ結果大体が有名所に人が行ってしまう。結果人が集まらずに最悪解散となってしまう事態が発生する。今現在その風評被害によってそうなってしまったギルドも少なくは無い。
ラルフは彼女の愚痴を聞いていると解き進めていた黄ばんだ紙筒を開いた。
そこに書かれていたのは、
「……………………」
「……ちょっ、新入り君!? 何急に黙りこくってどうしたの!?」
突如、苦い顔をして黙り始めるラルフ。そう、彼の視線に写し出されていた黄ばんだクエスト詳細書には、あの、まるでアラビア語のような字で書かれていた紙がそこにあった。
ラルフの中にある沈黙というコマンドが見た瞬間に発生する。
「……読めない……」
「えっ? 読めないって、それちょっとそれやばくない? それ、れっきとした完璧な日本語なのよ……それが読めないって、いくら何でも由々しき事態よ?」
額に青筋を浮かせるラルフ。この字を見てどこが完璧だよと言いたくなるのは誰から見ても分からなくはない。すると彼女はそんな彼の様子を見て痺れを切らしたのかラルフが持っていた詳細書の紙を奪い取る。
「ったくもう、仕方ないわね……私がその紙に書いてある事、私が全部代弁するからよく聞いててね」
「っていうか、あそこでぐっすり寝てる二人にも聞かせなくていいんですか?」
「いいのよ別に、あの人達は基本的にあんな感じだから」
セピアは寝ている二人の姿を一瞥すると、ラルフの方へと向き直り紙に書いてある内容を読み始めた。
「えぇ~と、今回は素材鉱石の採集クエストよ、採集する鉱石はウッドドレイクね。まあ詳しく言えばこのワールドにおいて普通のレンガに練り込ませて頑丈にしたりとかするために使われる特殊な鉱石ね。今回それを今日中に30個収集することがノルマよ」
「活動範囲に規制は?」
「ん? 特にというのは全く無いわよ――ただし!」
バンと、突如スピカは持ってた右手をありったけの力を込めて机に詳細書を叩き付けた。そして、彼女はそのまま話を進めて行く。
「こちらとしても報酬金が目的としているためこちらからクエスト申請所に難易度を上げるように申請したわ!! よって場所はここから少し離れた所にある『ポイズンフォレスト』内で行うこととなりました!! イェ~イ!」
……
…………
………………
「……………………はい?」
ラルフは彼女の言葉を聞いて一瞬耳を疑った。
一見、簡単そうに彼女は言ってるが実際のことを言えばこの町にいるレベルの人間なら皆この場所の名前を聞くだけで体を震わせる程の所だった。
場所はここから北へ少し進んだところにある山と山に囲まれた大きな森だ。名前の通り、毒等の状態異常属性をふっかけてくるモンスターが多く生息していることでも有名だ。最低でもLv50以上のプレイヤーでないと森に入るどころか森に行く途中で即『石』となってしまう危険な所だ。
だがしかし、ゲームを進めていく人間にとっては基本的にそんな自殺行為に等しい場所へ入る必要性なんて実を言えば皆無に等しかった。
それを『報酬金』の為に? ……黙って難易度上げなくてもいいものを、なんとも馬鹿げた彼女の考えにラルフは見事に言葉を失った。
正直これは、彼らの頭の問題だけでは無くこの申請にゴーサインを出した申請所の人間にも問題があるとラルフは思った。
ラルフは片手を顔に押さえつけ遠回しな形でスピカに問いかける。
「し、失礼だとは思いますが、重要な事なので一応一つだけ聞いても言いですか?」
「ん? 何だね、新人君? 年齢とか、スリーサイズとかのリアル情報は受け付けないわよ☆」
「違います!! ここのギルドメンバーのそれぞれのレベルっていくつか聞きたいんです!!」
まるでお姉さん的口調で返してくるスピカ。ラルフは真っ向からに彼女の言動について否定するも彼女の行動にあきれながら彼自身の本題を彼女に挙げた。
「ああ、そうだったわね。まだあなたには私たちのレベルについて言ってなかったわね」
スピカがそう言うと、机に突っ伏している二人にそれぞれ指を差す。彼女は曖昧な表情のまま人差し指でこめかみを突っつき考えているようにして唸ると。
「え~っと、まずウチがLv53で、セピアがLv32、レクティアがLv24でゆーっちがLv47だね」
スピカは、一人一人指を差し覚えてる限りのレベルを挙げてゆく、しかしラルフは彼女の言葉を聞いてゆく内に段々と顔が真っ青になってゆく。
ラルフ自身、絶句でしか無い。
「まあ、あなたは……Lv1だけど問題無いか……うん、ノー問題でしょう!」
「しらばっくれんなあああああぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
目を一瞬右斜め上に向け、数秒躊躇いながらも完全に開き直るようにして、キリッと堂々と言い放つスピカ。正直彼女の様子を見ても自分で起こした、事の重要性をまるで理解していないように見える。
「ちょっと待て!? アンタ以外Lv50以下じゃん!? ましては私はLv1、分かってるんですか!?」
「分かってるも何も、申請通った時点で大丈夫なんじゃ無いの?」
確定だ。この女、完全に自分が何をしでかしたか何一つ理解していない。
「いや違うでしょ!? そもそもLv1のプレイヤー入る事って想定してましたか!? しかもポイズンフォレストって我々初心者にとってはヤバイ所じゃないですか!?」
「まあ、『危険』としか聞いてないから大丈夫だ!!」
もはや完全に彼女には建前のたの字すら無い、自信満々な笑顔が満開に咲いていた。
(クソー、殴りてぇ~、その『何気ない無邪気な笑顔』をボコボコに殴ってやりてぇ……)
歯を噛み締め、両拳を力強く握るラルフ。スピカを殴たい衝動に駆られながらも今現在それを抑えるのに必死になっていた。
「あぁ~、確定だ。俺『石』確定だ。死んだ。オワタ」
まるで自棄になったかのようにネガティブワードを連呼するラルフ。
「はぁ、マジで無いわ。重量上げされて、犬に追っかけられて、今度はまさかのポイズンフォレストかよ……とんだトライアスロンじゃねぇかこれ……」
彼が、そうぼやいていると、机の方から軋むような音が聞こえてきた。
先程まで机に突っ伏してぐっすり寝ていたセピアとレクティアだ。二人は顔を上げるとまだ少し眠たそうな顔で二人に目を向けた。
最初に声を挙げたのはレクティアだった。寝起きによる物かショボショボした目を袖で擦り閉じてた口を開く。
「ん……、さっきからラルフどうしたの? 急に叫び声上げたりしてさ、おかげで起きちゃったじゃない……」
「つーか、そう言ってる場合か!? おまえらのギルドのリーダー頭おかしいんじゃないの!? 最早、リーダーじゃ無くて『リー駄ー』だよ、これ!!」
咆哮するように叫ぶラルフ。スピカの口から言い渡されたクエストの詳細を話すも、レクティアは驚く様子も無く彼の話に耳を傾ける。
正直当たり前のように聞こえたのか、あぁ~、と納得した様子で首を縦に振る。
「なんだ。そんなことね……」
「反応、薄っ――!? ……じ、じゃあセピア、おまえはどう思うんだよ!?」
予想外の反応に驚きを隠せないラルフ。じゃあ、と思いレクティアの隣にいたセピアにも全く同じ質問を問いかける。
「どう思うったら……?」
「だから、おまえのリーダーについてどう思ってるのか聞いてるんだよ」
「スピカは正直お金の為なら何でもやる人……、だからギルド開設してから一度も普通のクエストなんてやったこと無い……」
今、さらっと、とんでもない発言が聞こえた。
一度も普通のクエストを受けたことが無い? ……信じられないにも程がある言葉だった。
ラルフは顔に手を寄せて喚く。
「おいおいおいおい……嘘だろ!? 嘘だと言ってくれ! 最初に戦うモンスターがスライムじゃ無いんなんて嫌だぞ!?」
しかし、スピカはそれを聞いてもなお何一つ表情を変えること無く、安定した口調で彼の会話に割り込んでくる。
「何言ってるのよ。結局モンスターの集まりには変わりないじゃん」
「はぁ!? 今までそれで自分を説得してきたのか!? 馬鹿言うな!! Lv1核石人種にとってボスクラスに相当するモンスターの集まりだぞ!? こいつらは俺に『石』になれとでも言ってるのか? 馬鹿じゃねぇの!?」
こうしてしばらく話が進んでゆくと、側にいたセピアが二人の話に入り込む。
「もう無駄よラルフ……スピカはやると言ったら絶対やる人……そう簡単に気分を変える人じゃ無い……一応あなたはLv1……だからそれなりにこちらもフォローする……だから我慢して」
相変わらずの力の入ってない日本語でラルフを説得するかのように話しかけるセピア。対するラルフは彼女の話を聞くと大きくため息をついた。息を吸うと同時に呻り舌打ちをすると考えるようにして頭を捻った。
「チッ――、まあ、……そう言われちゃあ、仕方ねえな……」
どうやらあきれながらも納得してくれた様子だった。するとラルフは左手を広げるように動かしメニューウィンドゥを開いた。
ウィンドウの所々をタッチし押す度に軽い電子音が鳴る。見てて何かしらの設定をしてるという事は火を見るより明らかである。
「ん? ……ラルフ何してんの……?」
「何って、初期スキルポイントの割り振りだっつーの、見てて分からねぇのかよ」
指先を動かし、ふてくされている様子で答えるラルフ。
初ログイン時、必ず全ての核石人種にはそれぞれ100のスキルポイントが与えられる。それは、魔法、回復、剣技、ステータス強化、等々――、何かしらの特技を得る為に使用されるものだ。一定のポイントを対象のスキルに割り振ればその特技を取得することが出来る。レベルを上げていけばいくほど、それなりの新しいスキルを手に入れ強化することも可能だ。
「へー、……何に割り振ったの?」
「えーっと、15割り振って【アクア・ボール】、10割り振って【バレッドフレア】、5割り振って【ヒール】、最後に10割り振って【守護結界】という所かな……」
「あれ、……まだ60余ってる……割り振らないの?」
「別にいいだろ? むやみに全部振る必要性も無いんだからさ……」
「まあ……本人が良いのなら……」
無表情のまま相変わらず力の入ってない日本語を話すセピア、彼女はそのままその場から立ち上がる。いつの間にか再び机に突っ伏して気持ちよさそうに寝ていたレクティアを一瞥するとすぐに何事も無かったかのようにラルフ達の方を向き直した。
するとそんな中、スピカの背後にいたユウが左手に取り付けられてある腕時計に目をやるとっさにそれに反応するかのようにしてとっさにこんな提案を打ち出してきた。
「っていうか、そもそも決まった事なのでさっさと行きませんか? 時間も時間ですし……」
彼の時計の短針には、現実時刻で深夜の3時を指していた。ギルドでの協力クエストにおいてクリアまでの時間帯は平均的に12時間以上は掛かると言われている。それは、個人の一般的なクエストのクリア時間の数十倍に当たり、そう比べて考えると相当な物であることがすぐに分かる。
「それにしても、どうやってあの森まで行くんですか?」
「至って単純よ。一応この後15分後にはここを出発して大樹前の馬車乗り場に移動するのよ」
「えぇ!? またあそこまで戻るんですか……?」
ラルフは、眉間にしわを寄せ苦い表情を作り、大きくため息をつきながらぼやいた。
彼が、愚痴を吐く理由なんて正直言うまでも無かった。つい数分前、全てはあの場所――大樹前から始まったからだ。このギルドに(強制)加入され、重い荷物を持って歩き、ようやく着いたと思ったら今度はモンスターに追っかけられる始末に……。
その様なことがつい数分前に起こったため行くにも彼にとって憂鬱な気分にしかならなかった。
「仕方ないじゃん、このイニティアムにおいて馬車乗り場が有る所と言ったら、あそこしか無いんだから……」
各大陸の王都等なら基本的にその町の至る所に馬車乗り場が有るのだが、この町の場合は話は別だ。ここは海と大陸に囲まれた小さな孤島、そもそも規模が小さく動ける範囲が少ない。それ故乗り場を増やす必要性が全く以て皆無なのだ。
「とはいえ、正直歩くの面倒だし言っちゃえば転移札使っちゃった方が楽なんだけどね。ははっ」
苦笑いのままそう言い出すラルフ。すると途端、その言葉を聞いていたスピカが、え? と言わんばかりにまるで反射するかのように目を剥き彼の言葉に反応する。
「……し、新入り君……アンタ結構恐ろしいこと言うわね……」
それはまるで震えているようだった。口、手共に震わせガタガタと震えていた。
「え……俺なんかマズい事でも言いましたか?」
突然の反応にラルフはどうすることも出来ずこのように言うことしか出来なかった。
気が付けば、スピカの背後にいたユウも同様。彼のその言葉を聞いた瞬間ガクガク震え始めた。
「転移札……怖い。嫌だ。あんなトラウマモノ二度とやりたくない」
両腕で頭を押さえつけ、その場にしゃがみ込むユウ。それに比べテーブルの側にいたレクティアとセピアの二人はポカンとした表情を浮かべ震える二人の様子を見ていた。
「だからさー、そもそもそんな紙切れ必要なの?」
「お前はいったん黙れ」
突如話に入り込んできたレクティアの言葉を切り捨て、震える二人の姿を見てどう対処すれば良いか困惑するラルフ。
すると机の側にいたはずのセピアがいつの間にかラルフの背後からポンポンと優しく肩を叩たく。
ラルフは叩かれた方向に顔を向けると、安定の無気力そうな表情で立てていた人差し指をクイクイと彼女の方へ招いていた。彼から見て察するに『耳を貸せ』という事だろうか、この無表情な表情でありながらもなぜかそう感じることが出来た。
ラルフはセピアの口元に耳を近づけ、彼女はその口元に手を添えて呟き始めた。
「(二人は前に、転移札でちょっとトラウマがあって……――――)」
ブツブツと、二人の事情を話してゆくセピア。ただでさえ言葉に力が入っていないにも関わらずまたさらに重ねるようにして小さく言うのであった。
「ああ、そういう事な。なんか納得した。要するに今お前が言った中で要約すると、前使ったときに座標間違えて岩にめり込むという痛い記憶が残ってるという事か?」
「うん……そういう事……だからここでは禁句なの……」
「はあ、なんか悪いことしたな……なんとなくで言っただけなのに」
「ほ、本当にこれどうしよう」
ラルフの視界に写る二人の絵はまるで死を間近に控えたかのようだった。詳しい事情は、すぐ側にいた彼女の方から告げられたが、まさかそんなものでここまで怯えるとは彼自身思ってもいなかった。
ラルフはどうすれば良いか考えていると、彼のすぐ側にいたセピアが何か閃いたのか手をポンと叩きこんな提案を打ち出してきた。
「うーん……まあ、このままじゃあ、埒が開かないし……まずそこにいるレクとあなたで先に行ってて……そしたらいちおう馬車乗り場には間に合う……後の二人は私にまかして」
「ああ、別に良いけど、どうやってあの二人を動かすんだよ。まるでマナーモードみたいに震えてるじゃん」
実際のこと、ラルフの言うことは正しかった。今彼が見てる限りあのトラウマのおかげでまるで電動マッサージ機のようにガタガタと震えていた。それ故、あの精神状態で彼女の手によってその場から動かすなんて出来るとは彼の中では到底思えなかった。
しかしスピカは彼の言葉を聞いても動揺することは無かった。
むしろ動揺どころかなぜか無表情のまま自身満々気のゴーサインを彼に見せつけるように突きつけるだけであった。
「大丈夫……こっちにはとっておきがある……あなたたちがついている頃には最初に会ったときの元気な顔が戻ってる……だから期待していい」
「は、はあ……まあ出来るのであればお願いするけど」
「いぇっさー……まかして」
「じゃあ、俺らは先行ってれば良いんだね?」
「うん。そう……」
「まあ、それじゃあ遠慮なく」
彼自身、不安の面もあるものの一旦その不安を胸に押し殺しながら、机の側にぽつんと立っていたレクティアを連れその場から姿を消すのであった。
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