大会1日目の夜
お待たせしました。
沈む夕陽を背負うように出場者は進んできた。だが、いよいよ視界が霞むほど暗くなってくると、ほとんどの出場者は馬の歩みを止めて、今後の方針を考えるのだった。
今日は朝から山と平原を越えて谷間をくぐり抜け、騎士や他の出場者と果敢に剣を交えてきた。個人差はあるが誰もが疲れを感じているので、夜は休息する場所や時間を考えて行動しなければならない。無鉄砲に東へ向かおうとすれば、この過酷なサバイバルレースで生き残れないのだ。
大平原で見事に獅子の旗を手に入れたジャックとハルも、今夜の寝床となる人里を目指して進んでいた。
地図を片手に持つハルが村へと先導し、その後ろをジャックがついていく。ジャックは刀を抜いたまま周囲を警戒し、暗がりからの敵襲に備えている。
「もう少しでマクサ村に着くよ」
「ああ」
ハルの声にジャックは短く返事するが、またすぐに気を張りつめて辺りを見回す。
「……そこまで警戒しなくても」
相棒のあまりの集中具合を目にして、ハルは小さくため息をついてから呟く。
先ほどの大平原の戦いで2人は奇襲され、せっかく手に入れた旗を燃やされたことがあった。何者かが遠距離から炎の球を発射して旗を燃やし、ハルが先へ進むことを妨害しようとしてきたのだ。もちろん旗が無ければ次のチェックポイントで失格となる。
「用心に越したことはないぞ、ハル」
「まあね。だけど緊迫し過ぎても身は持たないし、夜くらいは休める時にしっかり休んだ方が得さ。今日は魔力だってそれなりに使っただろ?」
魔力と聞いてジャックは難しい顔をした。
「確かに……」
そして渋々だがジャックは刀を納めて緊張を緩めた。
ジャックは都市ロメオで魔術師ダリアから魔法を学んだが、その時に『魔力の回復は長時間の休息が必要』と教えられた。熟練の魔術師ではないジャックならば、魔力が枯渇すれば回復まで丸2、3日かかってしまうだろう。
「仕方ない、そろそろ楽になるか」
馬上でジャックは首を回してそう言った。随分と凝っていたようで首からコキコキと音が鳴る。
「そうそう休むことも戦いだ……おっと、村の灯りが見えてきたよ」
森の小道を抜けた先に点々と光が灯っている。広がる盆地の中には民家が点在しているようだが、村の中心は夜の暗さに負けず賑わっていた。
賑わっている場所に目を凝らせば馬に乗った人間と、その周りに集まっている人だかりがある。どうやらこのマクサ村でも選考大会の出場者を歓迎して、それにあやかって活気を帯びているらしい。
「この大会にこういった効果があるとはな」
速度を落として村の中心へ向かいながらジャックが言う。一見この村の人口は少なそうだが、訪れた出場者たちがそれなりに多いため、ある意味で村祭りのような騒ぎになっている。
「大会の場所を帝都に限定しないことで、レースのルート上にある地域の活性化も図っているからね。これからも出場者の宿泊費、食費などが沢山の村や町を潤すだろうよ」
「あの女将軍…シャルロット・モルトだったか、あの将軍も中々やり手のようだな。この選考大会で彼女に感謝する人間は多そうだ」
ジャックが女将軍の名を出すとハルはかすかに緊張した。小さな表情の変化だったが、ジャックはそれに気づいた。
「む? あの将軍がどうかしたのか」
ジャックの問いかけにハルは首を振った。
「いや、別に? ……さてと、宿を探そうか」
はぐらかすような答えにジャックは違和感を覚えたが、この場でそれ以上ハルを問い詰めることはなかった。
村の中心にジャックとハルが現れると、村人たちから大きな歓声が上がった。新たな2人の訪れに歓迎というよりも、あのハル・イブリッツが来たということに喜んでいるようだ。特に女性たちから黄色い歓声が響いている。
「本物よ!! 本物のイブリッツ様よぉ〜〜っ!」
「きゃあーーっ! こっち見てくれた!」
「やだ、私ったらこんな格好で恥ずかしいわっ!」
「なんて凛々しいのかしら……息が止まりそう」
相変わらずの人気ぶりにジャックは苦笑いし、これに慣れたハルは爽やかな笑顔を即座に作って対応する。2人は騒ぐ人々に囲まれながらゆっくりと道を行く。
このように空前の活気となっている中、他の出場者は険しい顔をしている者がほとんどだ。平原でのジャックとハルの戦いぶりを見て戦々恐々としている者、村人からの人気に嫉妬している者など様々だ。中にはあの2人の寝首をかけないだろうかと、卑劣な企みを考える者もいる。
「あいつら…この村に来やがったか」
「どうする? 隙を見て攻撃するか?」
「いや、それはまずい。ここで騒ぎを起こして村人に被害が及べば面倒なことになる」
「ちっ、目障りだが下手に手出しはできないな。もっと確実に倒せるタイミングを……」
「クソが! チヤホヤされてるのも今のうちだぜ」
出場者たちは遠巻きにボソボソと話し合うが、ジャックとハルは村人たちの集団を抜けるのに必死で、彼らに対して特に気に留めていなかった。
やがて殺到する村人の中から堂々とした体格の老年男性が出てきた。着ている服などがそれなりに上品であり、どうやらこの村の代表者らしい。
「はじめまして、ハル・イブリッツ様。私が村長のマッケンジーでございます」
マッケンジーはうやうやしく馬上のハルに頭を下げてきた。ジャックは下馬しようとしたが、ハルはそのまま村長の話を聞いている。村長のマッケンジーもそれを気にせず見上げて話す。
「あなたのお父上、イブリッツ卿のご勇名は存じております。ささ、どうぞ私の一族が経営する宿にお泊りください」
「いえいえ、僕たちにお気遣いなく。泊まる場所はこれからゆっくり考えますから」
「今からお探しになるのも一苦労でしょう。私どもはいつでも手抜かりなく準備しておりましたので、どうか遠慮せずお越しください」
手を振ってハルは誘いを一度断ったが、マッケンジーはなおも食い下がってくる。他の出場者に目もくれずハル・イブリッツに声をかけるということは、この村長はこの大会の有力な出場者が誰なのかよく知っているのだろう。
しばらくやり取りするうちにハルが先に折れた。
「仕方ないですね……お言葉に甘えて今夜はお世話になります。村長、このジャックも一緒に泊まっていいですよね?」
「はい、もちろんでございます。お2人分の準備はすぐに済ませられますので、このまま私についてきてください」
そして村長は2人の轡を取って満足げに歩き出した。ジャックとハルと村長が悠々と村の中央を進むため、遠くにいた村人たちも灯りを片手に集まってきた。まるでそれは眩い光に群がる蝶のようだ。
「ハル、これで良かったのか?」
隣にいるハルにジャックが訊いた。ジャックは所構わず押し寄せてきた村人にも、やたらと接待したがる村長にも辟易していた。良い待遇を受けることに文句は無いが、こうにも注目されては気兼ねなく休養することができないとのではと考えている。
そんなジャックの心配も分かっているハルは、肩を優しく叩いて答えた。
「まあ、大丈夫さ。むしろここまで目立ってしまえば出場者たちも攻撃しづらいだろうし、安全で美味しい食事がとれるなら喜ぶべきだよ。持ってる保存食を減らさずに済むしね」
「そう、だな……結果的には悪くないか」
こうして2人は村長の娘が営む宿屋に泊まることとなった。その宿は村の南側に位置する丘の上にあり、見渡せばのどかな田園風景を一望できる。今は夜だが家の灯りが散らばって広がる光景も良いものだった。
村人たちはジャックとハルが宿に到着するまで追っかけてきて、いよいよ2人が中に入っても女性たちは諦めきれず、窓から中を伺おうとする者もいた。
「さあさあ! どうぞお召し上がりください!」
食堂に招かれた2人は村長の一族が集まる場で、村一番の料理を振舞われた。たった2人だけでは持て余すほど大きなテーブルの上に、穀物のスープ、子鹿のステーキ、春野菜のサラダなどが並んでいく。ワインはさすがに遠慮した2人だが、それ以外の料理は充分に堪能した。
「……おや、ジャック様はパンがお口に合いませんか?」
ジャックがパンに口をつけないことに村長がいち早く気づいた。おずおずと訊かれたジャックは軽く頭を下げて謝った。
「すまぬ、自分はこれを食す習慣がなかったので」
「ああいえ! こちらとしても無理して召し上がられても困りますし、どうぞ好きなように料理をお楽しみください」
「かたじけない。このパン…はともかく、肉料理はとても美味しいので好みです」
「それはそれは私どもも嬉しい限りです。しかしパンを食べない習慣となると……失礼ですが、ご出身は帝国ではないのでしょうか?」
パンから身元の話題になってしまったことに、ジャックは内心で少々困り始めた。ジャックは人狼と戦った後に竜騎士アーリマンに助けられ、人狼エイドスの情報を帝国外に漏らさぬために騎士を目指すことを余儀なくされた。
この事実は到底他人に話すことはできない。そしてまだ帝国に来て1ヶ月しか経ってないので、帝都しか知らないジャックは適当な帝国の街を口にするのは難しい。
「村長、ジャックは最近になって帝都に住んだのです。生まれは帝国でもかなりの片田舎なので、おそらく名前を言っても聞いたことがないと思うでしょう」
口ごもるジャックに代わってハルが直ちに答えた。村長その答えに合点がいったようで、なるほどと頷いてさらに詮索することはなかった。
食事が終わって食器が片付けられていく。2人は食後に出された紅茶を飲み干すと、村長との歓談を早めに切り上げて部屋に案内してもらった。
村の宿屋といえども部屋は多く廊下も広い。木製の壁や床には都にはない暖かみがあり、小さいながらも花が描かれた絵画なども廊下に飾られている。
1人部屋を2つ用意しましょうかと村長は言ったが、ジャックとハルは2人で1つの部屋を希望した。今夜は2人で明日からの進行ルートを決めなければいけないのだ。
「そうですか。ならば大きめの2人部屋にご案内します」
そう言って村長は東側に位置する部屋を案内した。部屋には2人分の調度があったが広いつくりになっていた。これならば2人で過ごしても不自由はしないだろう。
「いい部屋ですね。ありがとうございます」
「お気に召していただけて何よりです。下の階には私の娘が女将として勤めていますので、何かありましたら遠慮なくお申し付けください」
「わかりました。では、早速で悪いのですが僕たちの馬を見張ってくれる人間を増やしてください。これが追加の費用です」
ハルがポケットから銀貨を3枚出して村長に渡した。
「このレースは馬の安全と健康が重要なのです。僕たちも馬にもしものことがあれば困ります」
「なるほど! では、厩番の他に村でも力自慢の青年たちを警護につけましょう。この私の名にかけて今夜はご安心ください」
銀貨を受け取った村長は深々と頭を下げてから部屋を出た。部屋にいるのはジャックとハルだけになり、2人は自分たちの荷物を整理し始めた。
「しかし、銀貨3枚とは奮発したな」
ジャックがそう言うとハルはベッドに座って答えた。
「まあねっ、と……宿が無い時、もしくは宿があっても充分に馬の安全が確保されない時、そういう時は僕と君で交代しながら見張らなきゃいけない。だから今のようにお金で解決して休むってことも、時として必要になってくるんだよ」
「だがこれでモルト公爵領まで金銭がもつのか? 馬でも2、3ヶ月はかかる道のりだぞ」
「その心配は無いよ。シャルロット将軍は大会レースの途中にある街や村全てに多額の補助金を出している。そのおかげで大会期間中だけは、出場者の食費と宿泊費は割安になっているのさ」
「そうだったのか。ならばあの銀貨3枚は…」
「今夜と明日の食事代、宿泊代も含めての3枚だ」
そうして会話しながら2人は荷物整理と着替えを終えると、机の上に地図を広げてペンを出した。その地図はディーセント帝国を南半分だけ切り取ったもので、ハルが帝都から線を引いていく。今日で進んだ道のりをなぞっているのだ。
「帝都から大平原、そして山と森をいくつか越えて現在地はこの『マクサ村』だ。ペースとしては悪くないけどまだ何が起こるか分からない。明日からは野宿を繰り返して、さらに東へ約350km先にある『ヴェルティア』という都市を目標にしよう」
「ヴェルティアか。旗を持って向かう任務の目的地がその都市だったな?」
「そう、海岸に面する水の都ヴェルティアは今大会の第1チェックポイントだ。できれば1週間後くらいに到着しよう」
「街道を進んでいくのか?」
ジャックの質問にハルは少し考えてから答えた。
「……ひとまずは街道を進む。けど、30km地点で街道から外れて南側の海岸線の方に回ろう。そこへ回ってしまえば後は直線の一本道になるから、街道を進み続けるより良い」
「わかった」
ジャックとハルはその後も明日の予定と準備を進めていく。それが終わると就寝することになった。
灯りを消して2人はそれぞれベッドに入る。窓の外からは村人たちの声が聞こえ、まだまだ大会の熱が下がらないようだ。
ベッドに入って5分ほど経った頃、ジャックが隣のベッドにいるハルに話しかけてきた。
「なあ、ハル」
ハルは身動ぎすることなく返事した。
「なんだい?」
「いや、今日お前が見せた技……レックフリード卿を打ち倒したあの弓の技のことだが、いつの間にあんなものを会得していたのだ?」
「大したものじゃないよ。大会の2週間前にアーリマン教官から教えてもらっただけだ。ほら、君が教官の『竜ノ顎』を受けて寝込んだ時からだよ」
竜ノ顎と聞いてあの時の激痛を思い出したジャックは、暗闇の中で思わず顔を顰めていた。そんなジャックに今度はハルが話しかける。
「こっちも聞きたいことがあるんだけど」
「む? なんだ」
「ジャックはその、この国で選考大会に出ることを…後悔したことはある?」
唐突なその質問にジャックは閉口した。今朝のように不機嫌になったということではなく、ただただ戸惑って何も言葉を返せなかった。
「ごめん、僕が訊いていいことじゃなかったな」
先にハルが謝って寝返りをうったが、ジャックは上半身だけ起こしてハルの方を向いた。
「ハル、一言だけ言っておくが後悔の念はないぞ。理由はどうあれハルとアーリマン教官には、この1ヶ月間で寝食の世話をしてもらった。それに腕を磨いて人と競うということは、俺自身も嫌いではない」
「……本当か?」
「ああ、嘘ではない。今朝はいるはずのないラスクがいきなり現れたから、いくらか取り乱してしまっただけだ。お前に対して憤りはもう無い」
それから部屋は静かになった。ジャックも言い切った後は何も言わずに再び布団に入り、ようやくハルが小さくジャックに礼を言った。
場所は変わって帝都から北東20km地点の街。春の穏やかな夜風が大通りを過ぎ去り、月が煌々と家々の屋根を照らしている。
街の中心には堀に囲まれた立派な領主館が建つ。ここでは帝国騎士選考大会の主催者と審査人が集まり、大会初日の評価と意見を交換していた。
だがその会議室に女将軍シャルロット・モルトの姿はない。大会運営の中心人物である彼女がいないままだが、会議は順調に進んでいる。むしろシャルロットという絶対的な支配者がいないおかげで、彼らは自由に意見を交わしている節がある。
さらにシャルロット以外の将軍もいない。シャルロットと同じく帝国三将と呼ばれるオルセウスとファローザも、会議室に姿を現さず別の場所にいた。
「ーーーこうして3人で話すなんて久しぶりですね」
領主館の屋上から東の夜空を見上げて、シャルロット・モルトはそう言った。甲冑を纏う彼女は紅いマントと金色の髪をなびかせている。彼女から少し離れて北側に年長のオルセウスが、老人とは思えない太い腕を組んで立つ。西側に仮面を被るファローザが俯き加減で立っている。
屋上は松明も椅子も無い殺風景な場所だが、将軍たちはまったく気にしていないようだ。
「さて、私を呼び出した理由を聞きましょうか?」
シャルロットが振り返って2人に訊く。ファローザが黙ったままなのでオルセウスが答えた。
「うむ……他の者がいる中では問いづらいことがあったので、このような場所に来てもらったのだ。それとファローザ殿も儂と同じ目的だ」
「そうですか。では、何なりとご質問くださいな」
やけに素直に理由を受け止めたシャルロットに、オルセウスは一度質問することを逡巡したが、咳払いしてから改めてシャルロットに向き直った。
「貴殿の甥のカミーユ・クロード・モルトのことだ。彼はいつから帝都に戻れる体になった? ファローザ殿からカミーユ・クロードが出場すると聞いた時は驚いたが…」
「あら、甥のカミーユのことでしたか。確かに彼は病を患ってモルト旧家で療養してましたが、体の調子も良くなったので大会に向けて調整していたのです……別にわざわざ報告することでも、隠すことでもありませんし、カミーユも一個人の出場者として挑戦することを願っていたので、その意思を尊重して公表は控えました」
笑顔で理由を語るシャルロットだったが、それを額面通りに受け取るファローザとオルセウスではない。しかしこれ以上追求することも難しく、2人はシャルロットにさらに質問するのは避けた。
「お二方、病み上がりの甥など大して重要ではないでしょう……私としては他の出場者の活躍に驚き、とても嬉しい限りです。今日の戦いで例年よりも粒揃いと見え、まさに帝国の新たな生命の息吹を感じました」
天を仰いだシャルロットが話題を変えて振る。蠱惑的に掌を宙に泳がせて話す様は、ただの人ならば簡単に魅了できるほどだが、将軍2人はシャルロットの一挙一動に注意を払って聞いていた。
「オルセウス殿の目に出場者はどう映りましたか?」
シャルロットの問いにオルセウスは少し考えて答える。
「ふむ、良くも悪くも実戦志向の出場者がのびのびと戦っていたな。真っ当な騎士の戦いをしない者も多かったが、それゆえに圧倒的な実力を持つ者たちが目立っていたな……」
「オルセウス将軍ーッ!!」
オルセウスの言葉を遮って、1人の竜騎士が東の空から現れた。竜騎士は三将軍がいる屋上のへりに竜を着陸させ、竜から素早く降りて膝をついた。
「申し上げます! 東のコッディ山地の洞窟から甲火龍が現れました! すでに覚醒が終わっており、今にも暴れ出す寸前の状態です!」
甲火龍と聞いた3人の将軍の間に緊張が走る。広大か帝国の各地では様々か魔物が生息しているが、中でも甲火龍は野生の魔物でも最大級の危険度を誇る。冒険者ギルドが制定している危険度は『B』だが、これは甲火龍の年齢によって個体差がある。長命であればあるほど力も凶暴性も増して、危険度Bとは思えぬほど人里に甚大な被害を及ぼす。
報告を受けたオルセウスは、今大会では竜騎士たちを統率する立場である。甲火龍の復活という火急の報告ならば即座に対応せねばと考えた。
「その甲火龍は成体か。竜騎士は龍の目覚めた近くに何名配置している? 武器は充分だろうな?」
「10名配置してます! 全員が正規の装備です!」
「ならば10名全員で討伐しろ。民間の人間に被害が及ばなければ本気を出して構わぬ。全力で甲火龍を討ち取れ」
「はっ!」
指示を受けた竜騎士が頭を下げて竜に跨ろうとした。しかしシャルロットが竜騎士の背に「待ちなさい」と声をかけた。竜騎士とオルセウスとファローザは驚いた顔でシャルロットを見てきた。
「まだ竜騎士は動かしてはなりません」
念を押すようにシャルロットが言った。竜騎士は足を止めた。オルセウスとシャルロット、どちらの指示に従えば良いのか判断することはできない。
「なぜ待つ必要がある! 甲火龍は危険な生物だ。さらにはコッディ山地の近くに村や町だってある。悠長なことを言っている場合か!」
オルセウスが怒鳴った。屋上の空気がビリビリと震えだすほどの強烈な怒気が走る。だがシャルロットも一歩も引かず、オルセウスに詰め寄った。
「甲火龍の出現は好機です。近辺の村や町には大会の出場者が多く滞在しているのはご存知でしょう? 帝国の騎士を目指す彼らが、人々を守るために甲火龍に立ち向かうのか……私はそれを試してみたいのです」
「……本気で言っているのか? 出場者が甲火龍を倒せると思っているのか?」
「立ち向かうだけでいい。何も討伐して欲しいとは考えていません。騎士にふさわしい勇敢な者がいたか確認した時点で、竜騎士団が救援に行けば良いことですから」
シャルロットの考えは一理あるが極めて危険なものだ。ファローザは黙ったままだが、シャルロットの案を聞いた瞬間は耳を疑った。とうてい承服しかねる暴挙だが、ファローザとオルセウスが反論を言う前にシャルロットが行動に出た。
周囲に風が巻き起こりシャルロットの体が浮遊する。風はみるみる強烈な存在感を示し、肉眼で捉えられるほど濃密な風魔力の翼がシャルロットの背中から現れた。
「お二方がそこまで心配ならば私が直々に甲火龍を監視しましょう。このシャルロット・テスカトリ・モルトの名において、犠牲者はただ1人も出さないことを誓います。良いですね?」
そう言い残してシャルロットは東の夜空へ羽ばたいていった。報告に来た竜騎士も悩んだ末に、オルセウスとファローザに一礼してから甲火龍が現れた場所に向かった。
オルセウスは憤慨する気持ちを抑えきれず、東の空を見上げながら拳を握って立ち尽くしていた。一方のファローザはすぐに踵を返して屋上から出て行った。シャルロットがあのような行動に出るとは予想外だったが、今ならば間者を介して竜騎士隊長のアーリマンに連絡が取れる。アーリマンならばシャルロットがどんな行動をとったとしても、また甲火龍がどのような暴れ方をしたとしても対応できるはずだ。
「しかし、今になって甲火龍が目覚めたのは怪しい。どうにも引っかかる……」
ファローザは魔物の生態にも詳しいが、甲火龍が今年目覚める徴候はないと思っていた。強力な怪物だが頻繁に目覚めて暴れることはないのだ。大会の出場者たちの馬の蹄の音が龍を目覚めさせたという仮説も考えられるが、その仮説が正しければ昼から夕方にかけて目覚めるはずだ。すでに大多数の出場者は夜になって走ることを止めて休息している。馬の脚音で目覚めたとは考えられない。
考えを巡らせながら城館の自室に入ったファローザは、自分もシャルロットを追って現場に向かうべきだったかと考えたが、自分が今姿を消せばオルセウスも東へ向かいかねず、不測の事態の中で将軍全員が拠点から離れるのはよろしいことではない。ファローザは間者づてにアーリマンへ連絡するだけにとどめ、部屋の窓から東へ目を懲らせていた。




