ハル・イブリッツvsレックフリード卿
ウンディーネに乗るハルが丘を駆け上がり、騎士団長レックフリードへ距離を詰めていく。迎え撃つレックフリードは『蒼炎』の異名の通りに、蒼い炎で包まれた大剣を構える。
「はあっ!」
気合いとともにハルが鎗を突き出す。常人ならば目で追うのすらやっとの攻撃速度だったが、レックフリードは宝珠の大盾でハルの鎗を弾いた。
「甘いわ小僧っ!」
防いだレックフリードが炎の剣を振り下ろす。ハルは体を倒して剣を避けたが、炎の余熱はハルの髪をかすかに焼いた。
レックフリードの脇を通り抜け、ハルはひとまず丘を登り切る。両者は丘の頂上で再び対峙し、それを少し離れたところでジャックが見守っていた。
ジャックはハルの指示に従って、思わぬ横槍が入らぬように丘の中腹で見張り待機している。現にハルの持っていた旗は謎の炎によって撃ち抜かれ、この大会の最初の試練である『旗の奪取』を妨害されたのだ。
だがジャックの不安は拭えない。いくらハルが俊才の見習い騎士だとしても、現役の騎士団長はひと味もふた味も違うだろう。ハルの鎗を防いだレックフリードの動きは、確かな経験と技量に裏打ちされた無駄なさだった。
「おそらく純粋な勝負ならハルには勝てぬ……だが、あいつは考えなしに格上に挑むやつではない」
やはり一抹の不安は残るジャックだが、1ヶ月間で知ったハル・イブリッツという人間の才能と勝負脳は、ある意味でジャックより非凡で尖鋭的だった。
ジャックは深く呼吸してから覚悟を決め、ハルの才気と勝負強さを信じて見張りに集中することにした。
鎗を握るハルと炎の剣を握るレックフリードが、約5mの間隔を空けて構え合う。ハルは真剣な表情でレックフリードの体全体を観察しているが、レックフリードは泰然とした態度だ。
「む? お前、イブリッツのところの息子か」
ハルの顔をじっと見ていたレックフリードが言った。
「そうかそうか、確か今年で16歳になったのだな。しかしその歳で俺に挑むとは大した度胸だ」
「レックフリード卿、挑む挑まないに年齢やキャリアは関係ありませんよ。もちろん勝ち負けにもね」
「はんっ! それだけ生意気な口が利けるならば上出来だ! こちらから行くぞっ!!」
笑うレックフリードが剣を振りかぶって突撃する。ハルも前へ走り出して反撃の体勢を作る。
「るぉぁぁああ!!」
「せぃぃやっ!」
鎗と剣が同時に突き出される。交錯した瞬間に金属音が響くが、すぐに鎗と剣は次々に激しく打ち合う。
一合、二合、三合とぶつかり合う両者は巧みに馬を操りながら、息つく間もなく相手に攻撃を浴びせ続けていく。ハルの鎗は空気を切り裂いてレックフリードの体に迫り、レックフリードの大剣は炎を巻き起こしてハルの身を焼き斬りにかかる。
しかしお互いに技量が高いために、両者はいまだ決定的な一撃を与えられない。
騎士団長を相手に互角に渡り合うハルはを目にして、もしかすれば番狂わせも起きるのではとジャックは思った。騎兵戦ならばハルはジャックより強く、先ほどの乱戦の中でもハルの鎗捌きは群を抜いていた。
レックフリードにはまだ余裕が見えるが、今のハルならば勝てる可能性がいくらかあるはずだ。
片や戦うハル・イブリッツは、徐々に自分が押されていることを感じていた。手数こそ自分の方が多いのだが、レックフリードは少しずつ距離を詰めて大剣の攻撃距離へ迫ってきている。
鎗と剣の長さを比べれば、言うまでもなく鎗の方に分がある。そのリーチ差を生かしてハルは攻撃を仕掛けているのだが、ひとたびレックフリードの間合いに入ってしまえば、間違いなくハルは爆炎と刃の餌食となるのだ。
「どうしたどうしたぁっ! イブリッツの息子、お前の攻めはそんなものかーーッ!」
レックフリードも自分が優勢だと分かっている。襲い来る鎗を大盾で弾きながら、蒼い炎をさらに高めて剣を振るう。
「くっ、はぁあっ!」
負けじとハルが渾身の力で突き返した時、レックフリードは待ってましたとばかりに鎗を大盾で叩き落とした。ハルの体勢が崩れ、鎗を持ち直そうとしたところにレックフリードの大剣が薙ぎ払ってきた。
間一髪でハルが鎗を構えて防御する。間に合ったかとジャックは思ったが、鎗の柄に大剣が触れた瞬間に爆発が起こった。
「なんだとっ?!」
突然の爆発にジャックが驚く。ウンディーネは爆発の余波で転んだが、ハルの体は物凄い勢いで吹き飛んでいく。
「ハルッ!!」
急いで駆け寄ろうとジャックは愛馬ソルダートに鞭を入れたが、爆発の衝撃は勇猛なソルダートですらそれなりに怯ませてしまった。
「くそっ……おい、ハル! 大丈夫か!」
仕方なく丘の中腹からハルに声をかける。爆発でハルは随分と遠くなり、ジャックは遠目で倒れるハルの姿を見ることしかできない。
叫んだジャックの方にレックフリードが振り向く。彼の大剣から蒼い炎は消えており、表情も戦闘前の悠々とした気楽なものになっている。
「先ほどからやけに近くに居るなと思っていたが、やはりイブリッツの仲間だったか。お前は旗を持っているようだが、危機に瀕した仲間と一緒に戦う気はないのか?」
「……あいつが、ハルが自分で言ったことだ。1人で戦って勝つとハルは俺に宣言した」
「それを信じて手を出さなかった、と? くくくっ、ははははっ!! まったくどうしようもない小僧たちだな! 1人で挑むイブリッツもそうだが、それをバカ正直に信頼するお前もどうかしているぞ?」
ジャックを見下ろして高笑いするレックフリードだったが、ジャックも嘲るようにクスッと笑い返した。
眉を上げてレックフリードが問い質してくる。
「小僧、何がおかしい?」
「なあに、そんなにも勝ち誇るあなたの姿が滑稽に見えたのだ。少し心配だがハルはそう簡単に倒れる男にあらず、あなたを打倒する可能性を秘めている」
「……ほう?」
強気なジャックの言葉にレックフリードの顔色が変わる。レックフリードが吹き飛んだハルの方を振り向くと、ハルは地面に刺した鎗に掴まって立ち上がっていた。
ハルの鎧はところどころ焦げているが壊れておらず、火傷もそこまでひどくなっていなかった。あれだけの爆発を受けたのにも関わらず、ハルはまだまだ戦闘続行できる状態だ。
初めレックフリードはハルのしぶとさに驚いていたが、ただちに思考を回転させてハルの能力を分析する。
「そうか、お前は鎗と全身に魔力を纏わせるだけではないのだな。あの瞬間に高濃度の魔力波を鎗から瞬時に発することで、爆発の威力を分散させたのか……剣の当たった感触が変だとは思っていたが」
「はぁ、はぁ……感触だけでそれを察するとはお見事です。だが今度はこちらの番だ」
ハルが近づいてきたウンディーネに再び乗り、鎗を大きく一振りした。
「レックフリード卿……覚悟ッ!」
ウンディーネに檄を飛ばして走り出した直後、レックフリードが前方の地面に剣を投げた。ハルは手綱を引いて馬を急停止させたが、地面に刺さった剣から亀裂が広がり、そこから炎が一斉に吹き出した。
ボゴォォォオウウッ!!
火山が噴火したような衝撃とともに、丘一面が業火で包まれる。特にレックフリードとハルのいる頂上は、ジャックが1歩も近づけないほどの火の海と化した。
火の海の中心でレックフリードが吼え猛る。
「覚悟を決めるのは俺ではない!お前だ、ハル・イブリッツ!お前が他の人間より優れているのならば、今ここで証明してみせろ! でなければこのまま再起不能になるが良いッ!」
獅子を模した兜と鎧の通り、レックフリードはハルという獲物を全力で狩る金獅子となった。剣は地面に刺したままだが、その威圧感は剣を持っていた時よりも凄まじい。
ハルは広がる炎にまかれぬよう立ち回り続け、この状況を打破しようと弓を引き絞って矢を放った。同時に2本の矢がレックフリードに襲いかかるが、レックフリードは盾で難なく防いだ。
そして次のレックフリードの言葉によって、ハル・イブリッツは人形の如く凍りついた。
「その程度か……おそらく今年は誰もカミーユ・クロードには勝てぬな。案の定、お前は早々に脱落するのが身のためだろう」
カミーユという名を耳にしたハルの目が見開かれる。炎が迫ってきていることすら忘れ、深い藍色の瞳を微かに震わせるだけでピクリとも動かない。
硬直するハルに遠くからジャックが呼びかけるが、ハルはそのままレックフリードを黙って凝視していた。
「これで終わりだ……吹き飛べぇええーーッ!!」
レックフリードが大盾を天にかざしてから前に突き出した。突き出された盾の宝玉がひときわ輝いた時、宝玉から蒼く発光する光線が発射された。光線は辺りの炎すら貫通してハルへ迫る。
ジャックが叫ぶ間も無く灼熱の光線はハルに着弾し、さらなる大爆発を巻き起こした。爆発の後には黒い煙がたちこめる。
「ふぅ……やつならば死にはしないだろう。運が良ければ何年か後に歩けるようにはなるはずさ。残念ながら今回の選考大会はリタイアだ」
振り返ったレックフリードがジャックにそう言った。仇討ちしてやろうとジャックは刀の鯉口を切ったが、自分の殺気は別の殺気によって飲み込まれた。
一瞬遅れてレックフリードもその殺気を察知した。大急ぎで爆発のあった場所に対して盾を構える。
「まさかっ」
黒い煙の中から1本の矢が飛び出した。矢は先ほどと違って大盾を貫き、鏃がレックフリードのすぐそこまで迫ってくる。
ビシィッ! バズンッ!
さらに2本の矢が強烈に飛来して、レックフリードの身を追い詰める。今の自分が危機に陥っていると分かったレックフリードは、もう一度だけ盾をかざそうとした。
「させるかッ!!」
凛と響いた声と併せて煙が晴れ、弓を引くハル・イブリッツが現れる。ハルは鷹の如く狙い定めて矢を放った。
「【竜ノ息吹】ッ!」
空気と炎を穿つ一条の矢が、怪物の咆哮のごとき唸りを上げて飛ぶ。矢は盾の宝玉を真っ向から砕いて貫き、レックフリードの右肩もやすやすと貫通した。
「ガファッ!?…ぐぅ、ううう……!」
右肩に風穴が開いたレックフリードが落馬する。なんとかフラフラと立ち上がった彼の口元からは血が滲み、顔色は激痛によってどんどん青白くなる。
ハルは射ったままの体勢でレックフリードを見据え、背中からさらに矢を取り出して番える。反撃しようものなら直ちに次の矢を射るつもりだ。
「まだ戦いますか? レックフリード卿」
ハルの顔をレックフリードは悔しげに睨みつけるが、ハルは平然と脅しを言い放つ。
「……言っておきますが、あなたは盾があったから無事だった。もし無ければ矢の軌道はあなたの喉元を貫いていたでしょう」
「くっ…そこまで、強烈な技を持っていたとはな……今度はどんな能力か知らないが、まさかお前が、力で攻め入るとは……夢にも、思わなかった……」
レックフリードの肩の傷は想像以上に深刻らしい。骨や筋肉もズタズタになったせいで、血は止めどなく溢れて流れ落ちている。ジャックから見てもそれは一目瞭然で、まさに取り返しのつかない損傷具合だ。
それほどのハルの一撃だったのだ。何故ハルがあのような力を発揮できたのかジャックにも分からないが、あの矢を見れば、大砲の砲撃すらかわいいものに思えてくる。そう、まさに猛々しい竜の怒りを体現した矢だった。
「俺は見たことがない……ハルがあのような隠し球を持っていようとは、考えもしなかった」
ジャックが驚いているのも無理はなかった。
ハル・イブリッツという少年の特色は、あくまでも流麗な技術なのだ。鎗捌きのキレや弓での射撃の正確性こそが、訓練の際にもジャックを唸らせていた。手合わせでも決して強引に攻めることはせず、武器を扱う速さと技巧で相手を追い詰めるのが、ハル・イブリッツの真骨頂のはずだ。
だが先ほどの殺気や矢の威力はハルの新たな一面だ。絶対に純粋な力勝負では勝てないと思っていたが、予想を超えた強力無比な力で正面からレックフリードを打ち破ったのだ。
「………ちっ、仕方あるまい。受け取れよ」
そう言ってレックフリードは背中にかけていた旗を外した。ハルはウンディーネの轡を引いて近づき、レックフリードから金獅子の旗を受け取った。
「認めよう。ハル・イブリッツ…お前が、勝者だ」
レックフリードにハルは力強く頷き、旗を受け取りながらレックフリードの手を握った。
「ありがとうございます。あなたのおかげで得難い経験を1つ得ることができました」
「敗者に礼はいらん……それよりも、お前は大会で上を目指すことだけを、考えろ…それが負けた俺に報いる……唯一のことだと思え」
「はい!」
両者が互いを認めあっている素晴らしい光景に、ジャックはホッと胸を撫で下ろしていた。一時はどうなることかと思ったが、結局ハルは格上の騎士団長レックフリードに勝利を収めてくれた。
「良し、これで一安心だ」
ジャックは安堵した顔でそう呟きながら、鞘から刀を抜いて左手に持ち替えた。
「……そして邪魔が入らねばなおのことだ!」
馬上のジャックが振り向きざまに、水の弾丸を剣先から飛ばす。妨害してきた炎の球はすぐそこまで迫っていたが、ジャックの放った【水牙】が空中で炎を撃ち落とした。
炎の球と水の弾丸がぶつかりあったことで、蒸発音を立てて水煙が舞い上がる。さらに炎が飛んでくることはなく、妨害する人間もどうやら諦めたようだ。
それに気づいたハルがジャックの方に声をかける。
「ジャック! さっきの炎が来たのか?」
「ああ来たぞっ! やはりお前が旗を手に入れて勝ち上がることを、どうしても邪魔立てしたいらしい」
忌々しげにジャックは吐き捨てたが、レックフリードがジャックとハルに急ぐよう促す。
「2人とも、私のことは良いから旗を持って先へ進むのだ! このレースに遅れをとれば後々不利だぞ!」
「わかりました……では、失礼します!」
もう一度レックフリードの手を強く握ってから、ハルは愛馬ウンディーネに跨って駆け出す。ジャックもレックフリードに一礼してから、ハルの後ろに続いていく。
「ハル・イブリッツ! 健闘を祈っておくぞっ!!」
力強いレックフリードの声を背中で聞きながら、ハルは手を振って応えたのだった。
ジャックが炎の球を撃墜した時、数100m先の平原中央地点で1人の出場者が呆けた顔をした。
「あれ? ……残念、落とされてしまったな」
その彼は頭を掻いてため息を漏らす。
「さすがに2度目は通じなかったか。まあ良いか、あの2人くらい後からどうにでもなる」
彼はやれやれと首を振ってその場を去る。去った彼の周囲ではいまだに激しい戦いが続いているが、彼には一切誰も手を出さない。
彼が透明人間というわけではない。他の出場者や騎士たちも彼の姿を見ているが、全員が意図的に彼に攻撃を仕掛けることを避けているのだ。
「さて、そろそろ行くか」
そんな彼が再び馬の足を進ませると、他の人間は戦いながら彼に道を開けた。異常な光景だったが彼にとってそれは当たり前で、あろうことか堂々と旗を掲げつつ口笛を吹いて進んでいく。
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