表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
人の持つ牙  作者: 赤胴貫介
ディーセント帝国・騎士団編
85/105

残り2週間、士官学校にて

連続投稿の3話目です!

 ジャックとラスクが帝国に来て2週間が経った。


 半ば喧嘩別れとなったジャックとラスクは、それぞれ訓練相手を見つけ、選考大会へ向けた訓練を積み重ねている。


 ジャックには重騎士団長の長男ハル・イブリッツが、ラスクには魔導騎士長の娘ルイーネ・マリアクラスタが主な訓練相手となった。

 今では唯一無二の相棒とも言えるほど、密接に日々の訓練を過ごしている。


 今や帝国騎士選考大会まで残り2週間である。


 既に帝都には大勢の見習い騎士で溢れかえり、中には冒険者風の者もいる。

 広大な領土を誇るディーセント帝国の東西南北から、大会に挑むため力を蓄えた人間が集まっている。人種も種族も様々で、中には獣人やエルフなどの亜人種も出場する。元々帝都に在籍している見習い騎士も負けてはいない。厳しい訓練で培った技術と体力をさらに研ぎ澄ますため、最後の追い込みをかけているのだ。


 丁度その時に、モルト公爵家が正式な『大会要綱』を発布した。大会要綱は帝都中に知れ渡り、貴族から庶民に至るまで、大会要綱の写しを売り買いして目を通した。




 午前8時。帝都第1士官学校の図書室で、ジャックとハル・イブリッツが配布された大会要綱を読んでいた。

 2人が読んだ大会要綱の大まかな内容は以下の通りである。


【*第一次戦と第二次戦に分け、第二次戦にて優秀な成績を収めた者上位100名が正統騎士の認可を受ける】


【*第一次戦はサバイバルレース形式。

出発地点は帝都の東城門前で、時刻は午前7時。

到着地点はモルト公爵領シェルタール街門で、先着1000名までが第二次戦に出場可能】


【*第一次戦の出場者は徒歩、馬などの乗用生物、魔術のみでシェルタール街に向かうこと。海路による通行は禁止だが、大河を渡る際の舟の使用は禁止しない】


【*第一次戦の出場者は、ある程度自由に経路を決めて良いが、要所の拠点は必ず通過すること。

また、拠点を通過するには条件がある。拠点通過に必要な任務を遂行し、その認証状を持ってくることが最低条件である】


【第二次戦は小隊形式。

場所はモルト公爵領レリム旧市街地とワーレック湿原。出場者は4人小隊に分けられて任務を行い、その任務遂行の手際を評価され、上位25隊が正統騎士となる】


【選考大会では出場者同士の戦闘は可能。ただし出場者以外の介入は禁ずる。

どんな武器を使用しても原則自由だが、与えられた任務に不適切な行為をすれば、罰則もしくは失格となる。ルールの監視役は精鋭の竜騎士団であり、空から出場者の行動を監視している】


 以上の内容に一通り目を通し、ハルは大会要綱の冊子を机に置いて天井を仰いだ。

 後ろに立って一緒に要綱を読んでいたジャックは、ハルの肩をつついて質問した。


「ハル、選考大会とは例年このようなものなのか?」


 訊かれたハルは後ろのジャックを見ながら首を横に振った。


「いいや、全然違うね。場所も内容も例年とは別物だ。それにしてもレース方式や小隊形式を採用するとは、シャルロット・モルト将軍は革新的な女性だ」


「ふむ、例年に即した選考大会への対策は無意味か」


 ジャックは机の上の大会要綱をもう一度手に取って読んだ。


「そして、出場人数に制限は無いのだな」


「うん。何年も前は出場資格からして厳しかったし、出場人数にも制限をかけていたけど、やっぱり優秀な人材は数多くの中から見定めるべきだからね。今では正統騎士という夢を追って、地方から訪れる見習い騎士が8割を占めるくらいだ」


「……例年は少なくとも5000人以上が出場すると聞いたが、こんなに急に選考大会を様変わりさせても、世の見習い騎士たちは出場するのか?」


「もちろん大勢が構わず出場するだろうさ。選考大会は帝国中どころか他国の要人も注目する行事だし、見習い騎士にとって、栄誉ある帝国騎士になる最大のチャンスだ。出場者が減ることはあり得ない」


 そこでハルは体を伸ばしてあくびした。昨日も夜遅くまでジャックと兵法の本を開いていたので、さすがのハルも若干の眠気が残っている。

 ハルの横に立つジャックも密かにあくびをつられるが、気は抜かないように背筋を正す。


「……それどころか、出場者は過去最多になるかもね」


「なに?」


 あくびを噛み殺したジャックはハルの予想に疑問符が浮かんだが、ハルは淡々と理由を述べていく。


「まず、今年の見習い騎士は優秀な若者が多い世代と言われているんだ。僕が知ってるだけでも、警戒しなければならない見習い騎士は30人以上いる」


「ほう、それは多いな」


「ああ、心して掛からなきゃいけない。それに加えて、主催者が徹底実力主義のシャルロット・モルト将軍と聞いて、長らく牙を研いでいた亜人種の若者達も、こぞって出場権を獲得したそうだ。あの女将軍自体の人気も高いしね」


「実力主義で才色兼備。確かにそれを支持する者は多そうだ」


 ハルの説明にジャックは納得して頷いた。


 ディーセント帝国自体は亜人と人間の差別を行なっていないが、国民の大多数が人間であるため、地方によっては亜人への風当たりが強いところもある。

 帝都などの大都市では、比較的どんな種族でも活躍の場は与えられているが、それでも完璧な公平はない。


 つまり、力があっても亜人だったり身分が低い者は、シャルロット・モルトのような人間を待ち侘びていたのだ。

 ジャックは帝国に来て日は浅いが、この2週間でハルなどから見聞きしている。亜人と人間の関係性や、女将軍シャルロットについても知っていた。


「史上類を見ない帝国騎士選考大会、というところか」


 嘆息したジャックは踵を返して図書室から出た。ハルもジャックの後に続いて廊下を歩いていく。

 今日の帝都は朝から灰色の雲に覆われ、爽やかな陽射しは廊下に差し込まない。窓にいくつか雫が当たって流れ落ち、どうやらぼちぼち雨が降ってきそうだ。


「ハル、話は変わるが、俺に会いたいという3人の見習い騎士は既に来ているのか?」


「とっくに来てるよ。なにせ君を真っ向から潰して大会に出る気満々だからね。雨が降ろうと槍が降ろうと戦うだろう」


 この話題は3日前に始まったことだ。

 ある3人の見習い騎士が、士官学校教官で竜騎士隊長のアーリマンに、素性も知れぬジャックが選考大会に出ることを直接問いただしたのだ。

 その3人はハルやルイーネに次いで優秀だったが、惜しくも今年の選考大会に出場できなかった。むしろ、いきなり現れたジャックという剣士の登場に不満を持つのは自然の成り行きだ。


「ケーン、セルバ、イシュカ……3人全員が君を打倒するために燃えているだろう。舐めてかかると足元をすくわれるかもね」


「望むところだ。俺も全力で勝ちに行く」


 そう答えたジャックの目に迷いはない。

 出場者の座を横取りされた者たちの気持ちは分かるが、ジャックも譲れない目的があって帝国騎士を目指すことになった。今さらこちらから身を引くことも出来ない。


 ジャックとハルがエントランスホールに着いた時、窓の外が一瞬光った。その光の直後、雲間で轟く雷の音が聞こえてきた。


「急ごうジャック、一雨きそうだ」


 ハルの言葉にジャックは頷き、玄関を開けて出た。

 剣闘場は校舎の東側にあり、以前アドルフとジャック、ジャックとハルが剣を交えた場所である。


 雨が強まる中、ジャックとハルは校舎の東へ回った。


「……1人多い。4人いるぞ」


 先にジャックが気づいて呟く。前方30mほどの所に屋根無しの剣闘場があるが、そこには4人分の影が見えた。1人の影が中心に立ち、あとの3人は膝をついたりうずくまったりしている。全員が武装していて、今しがた戦闘があったと見て取れる。

 ハルが膝をついている3人の顔を見ると、ジャックに挑もうとした見習い騎士たち……ケーン、セルバ、イシュカだった。3人の様子からして、中心にいる1人に打ちのめされたのだろう。


 こちらに背を向けて立っている人間の姿は、ハルもジャックも見覚えがあった。巻き毛の金髪は雨に濡れ、持っている剣からも雫が滴っているが、その剣を肩でかついで得意げに立っている。


 中心に立っている者がジャックたちに気づき、首だけ振り返って顔を見せた。


「アドルフ……?」


 ハルがその名を呼ぶと、アドルフはジャックとハルの方に向き直った。


 2人に対面したアドルフは、顔つきも立ち姿も2週間前とはまるで別人だった。表情に恐れと迷いは消え、偉そうな立ち姿は変わってないが、動きに油断や隙が無くなっている。


「よお、ジャック、ハル。しばらくだな」


 アドルフは明らかな上から目線の態度で、ジャックとハルに話しかけてきた。


「調子はどうだ? 特にジャック、お前は馬にくらいは乗れたかな?」


「……ふん、愚問だな。そっちこそ俺と手合わせして以来、しかと訓練に打ち込めたのか?」


 ジャックがアドルフに挑発をやり返す。

 アドルフはかついでいた剣を腰の鞘に納め、ジャックの方へ歩み寄ってきた。


「もちろんだ。おかげさまで、人生で初めて真剣に訓練に勤しめたよ……せいぜいお前も、立派な騎士になれるように頑張れよ」


 余裕をもった口ぶりのアドルフが、すれ違いざまにジャックの肩を叩いた。ジャックは何も言い返さなかったが、ハルはアドルフを呼び止めた。


「待ちなよ、アドルフ。君は勝負して倒れた3人をそのままにする気かい?」


 ハルの声色はいつも通りだが、目には探るような鋭さがある。このまま立ち去ろうとして咎められたアドルフは、ハルの発言にちょっと驚いてから、噴き出す笑いをわざとらしく堪えた。


「ぶっ、くくくっ……おいおいおいおい、お前はいつからそんなに甘い考えを持つようになったんだ? ジャックと仲良しこよしで訓練して腑抜けたか?」


 さらに露骨に挑発するアドルフに、ハルは呆れ顔で溜め息をついたが、ジャックがアドルフに詰め寄った。


「腑抜けとは随分な言い草だな。お前こそ、尋常に勝負した相手に対してそのような態度をするならば、いずれ足元をすくわれるだろう」


 語気を強めたジャックがアドルフの顔を指で差す。

 対するアドルフは傲慢な態度を変えずに、向こうで倒れている3人にも聞こえる声でこう言った。


「尋常な勝負? そんな大層なものじゃないさ! 俺があの3人に手ほどきしてやったに過ぎないし、あまりに一方的で勝負にもならなかったぞ」


 そうしてアドルフは、意地悪く笑いながらその場を去ろうと歩き出し、ジャックとハルはそんなアドルフを見送った。


 その時、弓を引き絞る音が聞こえ、ジャックとハルがその方向に振り向く。

 倒れていた3人のうち1人、ケーン・ティリーズがアドルフの背中に矢を向けていた。その目には憎しみに染まり、本気でアドルフを射るつもりだ。


「喰らいやがれ、アドルフーーッ!!」


 ケーンが矢を放ち、矢はジャックとハルの間を抜けてアドルフの背中に迫る。しかし矢は身を翻したアドルフに当たらず、アドルフは待ってましたとばかりに笑っていた。


「往生際の悪いやつだなぁっ! ならばこの俺が直々に鉄槌を下してやるぞ!」


 威勢良くアドルフが右手を振り上げる。それと同時に橙色の雷の奔流がアドルフの腕から立ち昇り、一本の重厚な柱となった。


「這いつくばって反省しろッ! この俺に刃向かったことをなぁーーッ!!」


 アドルフがケーンに雷の柱を振り下ろした。

 無慈悲にも雷魔力の柱はケーンを直撃したが、いち早くジャックが放った『空刃』によって柱は形を崩した。


「ふん……やってくれたな」


 鼻を鳴らしてアドルフはジャックを睨んだが、そのアドルフの首にハルが刺剣を突きつけた。


「それはこちらの台詞だよ、アドルフ・ゲーグナー。今の君の攻撃は明らかに行き過ぎだ。たとえ正当防衛だとしてもね」



 冷徹な顔になったハルが、雨に濡れた刃をアドルフの肌に当てる。しかしアドルフは一切反省しておらず、隙あらばハルにすら攻撃を仕掛ける態度だ。


「……う、ぁう、あ…がが……」


 一方ジャックは、呻くケーンを抱え起こしていた。


 ケーンは雷柱をうつ伏せで受けたので、鎧の背は熱を帯びて凹み、下に着ていた服も所々焦げている。後頭部の髪も焼けて頭皮も爛れ、体は断続的に痙攣を続けている。

 幸い雨が降っているので、服や髪はこれ以上燃えない。また、ジャックがアドルフの魔術を妨害したのも早かったため、命を落とすことはないだろう。


「アドルフ……貴様、本気で魔術を撃ったのか?」


 ジャックはケーンの火傷に水球を当てながら、アドルフを睨んで問いただす。アドルフは首筋に刃を突きつけられているにも関わらず、不敵に笑って頷いた。


「無論そうだ! 誰が手加減すると思ったんだ?」


「そのようなことをほざいて恥ずかしくないのか? 2週間前、俺に峰打ちで済まされたことを忘れたか」


「だからこそだろう? お前が俺という芽を摘んでおかなかったせいで、俺はこうして力を手に入れた。……ある意味、身を以て思い知ったよ。邪魔になる者は叩きのめさないと、思わぬ後悔を生むということをな!」


 そしてアドルフは一歩後退し、首筋の刃が離れると同時にハルに回し蹴りを仕掛けた。

 側頭部を目掛けた一撃をハルは左手で防いだ。その蹴りの威力はアドルフの体格に見合った強烈さで、ハルの左手の甲は痺れた。


 即座にジャックは刀の鯉口を切ったが、ハルがジャックを制止した。

 3人の少年の間に一触即発といった空気が張り詰める。先にハルが刺突剣を納めると、ジャックとアドルフも身構えることをやめた。


「上出来になったじゃないか」


 ハルの一言をアドルフは上々の笑みで返し、ハルも徐々に獰猛な本性を現して言葉を続ける。


「度胸良し、実力もつけたとなれば、この士官学校の恥にはならない結果が期待できる。こちらも遠慮なくやり合えるというものさ……次に会う時は敵どうしだ。アドルフ、選考大会でぜひ決着をつけよう」


「いいだろう、2週間後にまた会おうか」


 そしてアドルフは士官学校の敷地から去った。




 アドルフに敗れた3人を医務室に運び終えて、ジャックとハルは雨に濡れた服を着替えた。宿泊部屋のベッドに腰掛けたジャックは、上半身裸のままじっと考え込んでいる。


 そうやって黙っているジャックを横目に見つつ、ハルは服を着替えを終わらせてから話しかけた。


「さっきのアドルフのことかい?」


 ジャックは頷き、深刻そうに口を開いた。


「ああ。もしかしたら俺は、厄介な奴を解き放ってしまったらしいな。こうなってしまったからには、本気で打ち負かさなかったことを悔いている」


 そう言ってジャックは上の服を着るが、ハルは今のジャックの言葉を明るい声で否定した。


「悔いることはないよ。むしろ僕はアドルフがああなって良かったと思っているんだから」


「なんだと?」


「……そりゃあ、まあ、結果的に有望な3人の見習い騎士が大怪我を負ったけど、僕は同期としてアドルフの成長を願っていた」


 ジャックと向かい合わせのベッドに腰掛け、ハルは続けた。


「実はね、僕の他に大会に出場する2人……アドルフとルイーネは才能も力もあったが、あと一歩足りない部分があったんだ。他の見習いよりは頭一つ抜けていたが、アーリマン教官としても、あの2人を選考大会に出すのを迷っていたくらいだ」


「ならば、お前だけ出場させれば良いではないか?」


「それは出来ない。アドルフの家もルイーネの家もれっきとした貴族だ。成績を優秀に納めている子どもが16歳になったのに、一世一代の場に出すことを見送られたら、たいていの家は黙っていないものさ」


「なるほど、だから君は危惧していたわけだ。アドルフとルイーネが大会開催まで力をつけるのかと」


「そう。最近はルイーネの様子を見てないから分からないけど、ひとまずアドルフはあの調子なら、それはそれで構わない。


 2人が窓の外を見ると、鉛色の空から雨粒が間断なく落ちていた。青白い雷の帯は雲の間から姿を現しては消えて、不穏な音を立てている。ときおり飛び出す一筋の雷は、部屋の中にいるジャックとハルにも発光を伝えた。


 あのアドルフの雷光は燃えるような橙色をしていた。それはただの魔力の塊ではなく、成長したアドルフ自身の激情が込められているようだった。


 ジャックとハルの着替えが終わった時、部屋の扉がノックされて竜騎士アーリマンが現れた。アーリマンはこの士官学校で教官も兼務しているため、今日は鎧ではなく黒いフォーマルな教員服を着ている。


「おはようございます、教官」


 立ち上がったハルにジャックも(なら)う。


「おはよう、2人とも。今日の訓練はどんな内容だ?」


「はい。午前中は校内で模擬戦を行います。午後は魔術教義を学び、雨が上がり次第に馬術訓練を行います」


 簡潔丁寧なハルの報告にアーリマンはよろしい、と言って頷いた。そしてジャックとハルの顔を見比べ、続いて2人の武器や手の平を見た。


「模擬戦は真剣を使っているのか?」


 アーリマンの質問にハルは手早く答える。


「いえ、使っていません。本気で打ち合えば武器も痛みますし、今のところは訓練用の剣と槍で足りています」


「ふむ、真剣ではやっていないのか……」


 少し難しい顔をしたアーリマンだが、すぐに考えはまとまって2人に指示を出して部屋を出た。


「30分後に室内訓練場で集合するように。今日は私も訓練に加わろう」


 それから30分後、ジャックとハルは訓練場で鎧などを一式装備して教官を待っていた。

 この士官学校は古くから帝国騎士を輩出した名門校であり、室内訓練場といえども貴族の大屋敷に負けない規模を誇る。鉄と石材を組み合わせて頑丈にしているのは無論、盛り土の起伏や石の防壁壁が訓練場に点在している。巨大な燭台をふんだんに使い、昼間のように煌々として明るい。

 この立派な空間にいるのはジャックとハルだけで、まだ大部分の生徒が帰省している期間中であるため、連日2人の貸し切り状態なのだ。


「待たせたな、2人とも」


 入り口の扉からアーリマンが出てきた。アーリマンは黒い竜騎士甲胄に身を包み、背中には二振りの短鎗を背負っていた。

 明らかに実戦に赴く時の装備である。それを目にした2人の少年に緊張が走った。


「今日は1人ずつ私と模擬戦を行おう。同じような訓練のみやっても効果は出ないし、そろそろ2人とも退屈になってきた頃だろう」


「真剣を使うのですか?」


 ハルの質問にアーリマンは頷いた。


「もちろん真剣で戦う。2人は私を殺す気でかかってきて構わないぞ。私も君たちが2、3日は寝床から起き上がれないくらい厳しく鍛えるつもりだ」


 現役の竜騎士、しかもその第1隊の隊長が直々に手合わせしてくれる。ジャックとハルはこの得難い機会に緊張よりもまず喜んだ。アーリマンの言う通り、2人は変わりばえのない訓練に飽きていた節もあったのだ。


「僕からですか?」


 鎗を持ち直したハルが一歩前に出たが、アーリマンはハルを手で止めてジャックに目を向けた。


「いや……まずはジャックからだ」


 ハルはジャックが先と聞いて、アーリマンの意図を理解した。

 アーリマンはジャックと自ら戦うことで、人狼エイドスを倒した実力を、その目と体で見極めようとしているのだ。歴戦の騎士であるアーリマンならば、相手の雰囲気や動作を見ただけで大体の実力は分かるが、それでも、このジャックという少年の底を、直に感じとりたいと考えている。


「分かりました。手合わせ、よろしくお願い致します」


 ジャックは静かにそう言った。そしてアーリマンと共に訓練場の中心に移動して、両者は5mほど間隔を空けて向かい合った。


「先ほども言ったが全力でこい。どんな技を使っても構わないし、出来れば私を本気にさせて欲しい。ラプターウルフを倒した実力をここで発揮してくれ」


「はい」


 返事したジャックも元よりそのつもりだった。アーリマンの実力はジャックには計り知れず、まだジャックがこの異世界に来て2ヶ月も経っていないが、少なくともアーリマンは、今まで出会った人間でも3本指に入る猛者のはずだ。

 さらに、人狼エイドスを狩るために都市ロメオを来ていたということは、エイドスを倒すことは可能な実力があると判断しても良いだろう。


 刀の能力も最初から全て解放するつもりだ。


 愛刀『兎月』をジャックは上段に構えた。

 アーリマンも背中の双鎗を抜いて、ジャックに向かって2本の鋒を突きつけるように構える。


 一瞬で間合いを詰めたジャックが刀を振り下ろす。鎗と刀の残光が交差し金属音が響く。

 アーリマンは初太刀を防ぎ、左手の鎗でジャックの喉元を狙った。


「はぁッ!」


 ジャックも反撃をかいくぐって、アーリマンの胴を薙ぐ。またもアーリマンは紙一重で避けたが、これを機にジャックは息もつかせず攻め立てる。


 上に、下に、左右に、怒涛の如く刀を振るうが、アーリマンは全て余裕で防いでいく。


「くっ」


 そこでジャックは一旦距離を置くことにした。兎月の能力で後ろに跳んで、即座に間合いの外へ離れた。

 アーリマンは離れたジャックを追撃せず、その場で何も言わず構えなおした。


『なるほど……このスピードと身のこなしならば、純粋な戦いであればラプターウルフも倒せる。剣の腕も確かだ。この年齢でほとんど完成された技術を持っている』


 アーリマンはジャックの強さに激賛していた。

 片刃の剣を使う独特の剣術には無駄がない。さらに魔力を剣と全身に流しているため、爆発的に間合いを詰めたり、剣の切れ味を限界まで高めることもできる。

 尋常の生物や戦士ならば、とっくに斬り捨てられているだろう。アーリマンの双鎗が無事なのも、双鎗に魔力を流して強化しているからだ。


『しかし……これがジャックの実力の底ではないはずだ』


 数m先のジャックが間合いを縮める。

 この勝負はアーリマンすら気の抜けない勝負だ。ましてや、このような少年相手に全力を出すのも初めてだった。


「よし、来い!」


 アーリマンが吼えたと同時にジャックが跳ねる。今度はアーリマンでさえ、目で追うのがやっとのスピードだ。


『さらに速い! 後ろか!』


 急いでアーリマンが右後方に振り向くが、すでにジャックが片手突きで『水牙』を放っていた。


「うおっ!」


 迫る水の弾丸にアーリマンが声を上げる。無我夢中に鎗で防ごうとしたが、水牙は双鎗を砕いてアーリマンの横腹をかすめた。

 黒甲胄の一部が剥がれ、訓練場の石壁に深い穴が空く。それを目にしたアーリマンとハルは水牙の威力を理解した。


「……外れたか」


 一方、ジャックは水牙が不発だったことに顔をしかめる。今の水牙は、本気でアーリマンに当てるつもりだったようだ。


『素晴らしい威力だ……この鎗と甲胄をえぐるとは……大したものだ! 素晴らしい!』


 アーリマンは壊れた双鎗を投げ捨てて、ジャックに向かって何も言わず笑顔で拍手した。

 一見それは降参の意思表示に見えなくもないが、付き合いの長いハルはアーリマンの意図を悟った。急いで訓練場の扉を閉めて、他の人間が入り込まないように錠をかけた。


「教官ッ! 『(アギト)』を撃つなら方向を考えてください! 下手すれば訓練場にもう1つ入り口ができてしまう!!」


 ハルの鬼気迫る叫びにジャックが反応した。何か知らないが、危険な攻撃をアーリマンが仕掛けてくると察して、反射的に飛び退いて距離を取った。

 アーリマンの拍手が止まり、彼の体から黒い(もや)が滲み始めた。初めは甲胄の黒と混じって分かりづらかったが、その靄は段々と色濃くなってアーリマンの両腕に纏わりつき、生きた蛇のごとく不穏にうねり続ける。


「君は賞賛に値する技を見せてくれた。ならば私も技を見せよう。それが私なりの礼であり……答えだ」


 最後にそう言ってアーリマンは両腕を振り上げ、クロス状に振り下ろした。その瞬間の彼の唇は死ぬなよと呟いていた。

 すると2匹の黒い蛇が両腕から煙のように消える。その直後、無数の黒い針が地面を穿ちながらジャックに迫ってきた。


「ッ?! チィッ!」


 あれを喰らってしまえばひとたまりもない。舌打ちしたジャックの防衛本能が警鐘を打ち鳴らし、全速力で後ろに跳んで逃げる。

 しかし後ろに逃げたジャックは、さらに追い詰められていることに気づいた。


『しまった……上からもッ!』


 下顎があれば上顎もある。ジャックが下へ気を取られている時、すでに上顎はジャックの体をその影で覆い隠していた。


「兎月ッ!!」


 命の危機を感じた中で刀の魔力をさらに高め、ジャックはあえて前に跳んだ。真っ黒な顎の奥の奥へと自ら突っ込んでいった。


「ジャック!」


 ハルはジャックの無謀な行動に驚く。だが顎を撃ったアーリマンは一言だけジャックに答えた。


「……見事だ」


 上顎と下顎がバクリと閉じる。黒い顎が乱暴にジャックを潰したが、次の瞬間にジャックは顎を突き破って脱出した。


「げほっ、がはっ!」


 脱出したジャックは息を切らせて膝をついた。すでに身体中には無数の切り傷と刺し傷が走り、血が噴き出して血だまりを作っていく。

 一瞬で『顎』から突破したのにも関わらず、ジャックの体はこの通り満身創痍である。これでもしも、少しでも前に突破する判断を間違えていたら、命も落としていたかもしれない。


「よくぞ生き残ってくれたな。期待以上の人材でいてくれて嬉しいよ」


 あれほど異常な技を使った後なのに、疲れを全く見せないアーリマンは、素直に喜びながらジャックの目の前に来た。まだまともにジャックは返答できなかったが、アーリマンは構わず話を続ける。


「今のが私の『竜ノ顎(リュウノアギト)』だ。本来は戦場で多人数相手に用いるものだが、君を試すには並の技では不足だと思って使わせてもらった。驚かせてすまなかった」


「まったくですよ……まさか屋内であの技を撃つとは思いませんでした。次からは自重してください」


 近づいてきたハルは呆れた口調で、アーリマンに向かって注意した。


「まあそう言うな。次はハルの番だが、さすがに1日に2度は撃たないから安心しろ」


「それを聞いて安心しました。死ぬことは無いにしても、大怪我を負って大会に出るのは避けたいので。……さて、先にジャックを医務室に運んでからにしましょう」


 それからジャックは2人に担がれて医務室へ運ばれた。幸いなことに重要な臓器や血管はなんとか無事だったので、全身止血と3日間の絶対安静のみで済むはずだ、とアーリマンは言っていた。


 帝国の騎士とは、オーギュスト・アーリマンとは、これほどまで無茶な人間なのかと改めて思い知った。そして、あれほどの強者がまだまだ大勢いるという事実に胸を打たれつつ、ジャックの意識はだんだんと落ちていく。

 ハルとアーリマンの稽古を見れないことが残念だったが、ジャックの疲労と体力が先に限界を告げて、深く深く眠りに沈んだ。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ