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人の持つ牙  作者: 赤胴貫介
ディーセント帝国・騎士団編
81/105

魔馬捕獲作戦〜激闘〜

お待たせしました

 獣魔の巣の北の平原には、圧倒的な質量の水がとめどなく落ちる大瀑布があり、その裏に1つの洞窟が隠されていた。


 魔馬を追うラスクとルイーネは、まさに秘境とも言えるこの滝の洞窟に進入したのだった。


 「なんだろう? 奥に行けば行くほど明るくなっているよ」


 先を行くラスクがそう呟く。

 洞窟の天井は意外にも高さがあり、今のラスクは全く身を屈めず進んでいるのだが、ラスクがまず気になったのは洞窟内の仄かな明るさだった。


 「この洞窟の中の石、もしかしたら入り口の微かな光に反応して、乱反射を繰り返して発光する鉱質なのかもしれないわ」


 ラスクの疑問にルイーネが観察して推測する。

 理論的なルイーネの答えに、ラスクはなるほどと頷きを返した。


 「なら明かりはいらないか。むしろ、ここに逃げ込んだ魔馬に見つかりやすくなるから、物音に気をつけて進まなくちゃいけないな」


 「そうね、こっちが先に魔馬の姿を見つけた方が、奇襲を掛けて捕獲する時に有利に働くわ」


 「……先に奇襲できたら、手筈通りで(・・・・・)良いんだね?」


 「ええ……手筈通りに息を合わせて作戦実行すれば、捕獲できる可能性は充分ある。抜かりなく頼むわよ、ラスク」


 ルイーネとラスクは顔を見合わせて、捕獲の手順とタイミングを示し合わせる。

 ルイーネは獣魔の巣入り口にあった山小屋を出発してから、その道中で一度、魔馬の捕獲する作戦手順をラスクに話していた。そしてその作戦の内容はラスクも了承していた。





 ーーー場面はラスクとルイーネがニードルボアに出くわす前、森の中を進んでいた時までさかのぼる。


 『いよいよ魔馬を捕まえる作戦を説明するわよ』


 『よっ、待ってました』


 『うん、ありがとう。……さて作戦の概要としては、転ばせて捕まえるというシンプルなものよ』


 『転ばせて捕まえる、か』


 『そうよ、まず初めに私が土魔術の壁で魔馬を閉じこめるわ。その壁を魔馬が破壊して飛び出てきたら、今は荷袋に入っている綱を使って、魔馬の足を引っかけて転ばせるの……ここまではいい?』


 『ああ、うん、土の壁は破壊される前提なんだね』


 『当たり前でしょ。魔馬の力なら十中八九、私の魔術なんて一発でかき消すんだから』


 『やっぱり一筋縄ではいかないか』


 『しょうがないわよ、下手すれば危険度Bに届くかもしれない生物だということを改めて理解してちょうだい。ええと、転ばせてからの手順なんだけど……まあ、これは良いわ。転ばせてからはラスクに頑張ってもらうだけだから』


 『転ばせてからは、僕が?』


 『もちろん私もサポートするけど、あなた自身で魔馬にのし掛かって力勝負で(・・・・)圧倒するのよ。それしかプライドの高い魔馬を屈服させる方法がないわ』


 『なるほど……力で押さえつければ良いんだね』


 『問題はそこから。押さえつけてからが本当の正念場よ』


 『というと?』


 『魔馬が心の底からあなたを認めて、忠誠を誓わせるように仕向けなければいけない。つまり、力で押さえつけても心で認められなければ、どんなに長い時間拘束しても魔馬は従わないということ……お分り?』


 『………了解だ。やるだけやってみるよ』






 ここまでがラスクとルイーネの、魔馬捕獲作戦の会話の内容である。


 ラスクは荷袋を漁って結われている縄を取り出した。

 縄は緊密な網目をした頑丈なつくりで、ちょっとやそっとの力では引き千切ることはできない。この縄ならば、壁を勢いよく壊して出てきた魔馬の前脚を、思い切り引っ掛けて転ばせてくれるだろう。


 「縄の端と端を2人で持って転ばせるんだろう?」


 ラスクは縄の先をルイーネに見せながら訊いてみた。


 「ええ、そうよ。私が土魔術を完成させたら縄の端を手渡してちょうだい」


 「うん。もしも……先に魔馬に気づかれたら?」


 「それだけは避けたいわね。魔馬の実力なら、私が真っ正面から魔術を使っても必ず対応するに違いないわ」


 「奇襲することが大前提ってことか」


 「その通り。さっきは偶然にも遭遇してしまったけど、こうして洞窟の中で仕切り直せるなら、今は願っても無い奇襲のチャンスよ……さあ、ここからは口を閉じて。足音も鎧擦れの音も立てないように注意を払って」


 ラスクは静かに、だがしっかりと頷いた。

 身を屈めて息を潜め、剣を取り落とさないように柄を握り直す。進む足もそっと石床につけて、足音を極力響かせないように最大限の配慮を行なった。


 音を立てない配慮はルイーネも同じだった。

 愛馬ワイン・ビアードの頰に手を当てて、丁寧に馬の心を落ち着かせてから、ルイーネも体を屈めてゆっくり愛馬の轡を引く。


 洞窟の中は進んで行っても広く、ラスクとルイーネが背を伸ばして歩けるばかりか、成馬のワイン・ビアードがスイスイと進んでいけるほどだ。

 しかも洞窟の道は一本道で迷う心配はない。曲がりくねりながらどんどん深くなっていくが、分かれ道は見当たらないため、ラスクとルイーネは慎重な足取りかつ迷いなく進み続ける。


 5分ほど進んでいくと右に大きく曲がる道の途中で、洞窟内の青白い発光が強くなってきた。さらに、豪快に轟く水音と爽やかな風が同時に感じられた。


 曲がった道の先をラスクとルイーネは身を潜めたまま探った。


 『どうやら広いところに来たようね』


 『そうだね、明るくて風通しも良いみたいだ』


 2人は小声でそう話した。


 道を出た先は広い空間だったのだ。

 2人が隠れている空間の入り口から左側を見れば、さらに深い崖となっていて、その崖下は屹立する白岩と水の如く滴る石柱が並ぶ、幻想的な青緑光の鍾乳洞が広く形成されていた。

 反対に右側からは激しい水音が響き、そこへ目を移すと天井の大穴から30m級の滝が出来ていた。天井の穴からは空の青さが見えて、そこから射し込む日光が洞窟内の発光を助長させている。

 そして空間の中心はすり鉢状に窪んで、滝の水が流れ込んで池となっていた。その池の一部から流れる水は鍾乳洞へと続く。


 冷たく澄んだ空気に壮観な滝、見る者の心を奪う蒼き鍾乳洞、そして冷涼な滝水を湛えた池で構成されるこの空間は、獣魔の巣でも最奥の秘境なのだ。


 滝の近くの水場に目を凝らせば、水を浴びている魔馬と葦毛の馬がいた。天井の穴からの日光と青緑光のおかげで、2頭のシルエットはよく見えた。

 しかしその2頭の様子を見て、またもやラスクとルイーネは自分たちの目を疑った。


 『魔馬が毛づくろいしてあげている?』


 『まさか、あの魔馬が? いや、でも、現にあの葦毛の雌馬を鼻先で優しく毛づくろいしているし……ますます意味が分からない! どうして魔馬がただの馬にそこまで尽くすのかしら?』


 2人が異様な光景に目を奪われていたその時、ラスクとルイーネの後ろにいたワイン・ビアードが鼻息を吹いてしまった。

 鼻息の音はあまり大きくなかったが、大空間の右奥にいた魔馬はその鼻息を敏感に聞き取っていた。


 キュオオオン!!


 魔馬が鋭い威嚇の声を上げ、葦毛の馬もラスクとルイーネの方に敵意を持って身構える。


 こちらに振り返って臨戦態勢になっている魔馬と馬を見て、ラスクとルイーネは慌てて戦闘の準備を進めた。

 

 「しまった、バレた!」


 「どうするっ? 一気に攻め込むかい?!」


 「まだ待って! こちらから仕掛けるのはあまりに危険……」


 ドシィンッ


 2人が互いに声をかけていたその時、なんと魔馬が葦毛の馬を突き飛ばした。


 「……え?」


 理解が全く追いつかない展開に、ルイーネが小さく声を上げた。


 魔馬に体当たりされたあの葦毛の馬は、したたかに転んで悲痛な鳴き声を上げたが、魔馬は表情一つ変えずに葦毛の馬を睨みつけている。


 5秒か10秒か、その場にいる全ての生物が動きを止めていたが、先に葦毛の馬がよたよたと立ち上がって、洞窟のさらに奥の方へと寂しげに逃げていった。

 葦毛の馬は逃げながらも魔馬の方を何度か見ていたが、魔馬は一向に厳しい態度を変えずに、葦毛の馬が見えなくなるまで見送っていた。


 今の2頭のやり取りがどういう生物的意味なのか、ルイーネは頭を回転させていたが、答えは単純に1つしか出てこない。


 『あの葦毛の馬を大切に想って、身を呈して庇ったの? ここは自分が引き受けるから手を出すな、と?』


 その推測が当たっていれば、あまりにも人間臭い真実だ。

 凶悪孤高な魔馬が、こともあろうに馬1頭を守るために必死になっているということなのだ。

 共に逃げる時は庇い、戦うとなれば突き飛ばしてでも敵から離れさせる。谷底でも、平原でも、そしてこの場でも、黒い魔馬はいつもあの葦毛の馬の身を案じて守っていた。


 それは姫君を守る騎士のようで、ルイーネはただただ絶句するしかなかった。

 そしてその事実を理解した瞬間、次に魔馬がどういった行動に出るか容易に予測出来てしまう。


 「ということはつまり、守るべきものが去った今から本気で来る……ッ!」


 ほぼ反射的にルイーネは全身の魔力を高めていく。


 魔馬も濃密な魔力を練り込んで、ラスクとルイーネの方へ真っ向から身構える。牙を剥き出し、紅い目はぎらりと殺意に輝く。

 その威圧感はルイーネが体験したことのない凄まじさであり、下手な魔物であれば恐れをなして一目散に逃げるだろう。


 「ラスク! まずは一旦ここから……」


 ルイーネが隣のラスクに指示を言おうとした。

 だが、ルイーネはラスクの顔を見て一瞬で青ざめた。


 「ッ?! ……ラス、ク……?」


 ルイーネの呼びかけに返事はない。


 ラスクは黙って魔馬の方を見ていたが、その顔と目つきはルイーネが初めて目にした怒りを孕んでいた。

 ドス黒いと形容しても良いのかもしれない。

 それほどまでに、ラスクはゾッとするような怒気を帯びていた。


 「……ごめん、ルイーネ」


 ラスクがルイーネに一言謝った。いつもの朗らかな声と比べて、あまりにも冷たく胸に突き刺さる声をだった。


 「僕は、あの魔馬をどうしても捨て置けない。勝手なことを言うようだけど、あんなもの見せられたらもう許せない」


 ラスクは抜いていた大剣を鞘に納め、大股で魔馬の方へ歩き始めた。

 その足取りに全くの恐怖も、迷いもない。まるで獲物を前にした圧倒的捕食者の如く、ラスクは傲然とした態度で魔馬に近づいていく。


 さすがの魔馬もラスクの行動に若干驚いたが、すぐに強烈な咆哮とともに、牙を剥き出してラスクへ突っ込んできた。


 「しゃらぁぁッ!!」


 気合いを発したラスクが体を捻り、猛然と突撃する魔馬の横面にめがけて拳を炸裂させた。人間の少女の拳とは思えぬ威力に、魔馬の方がその巨体をよろめかせる。


 ラスクはその機を逃さなかった。


 素早く魔馬の後ろに回り込み、ひと飛びで巨体を誇る魔馬の背に乗ったのだ。

 たったの数秒で魔馬の背に乗ったラスクの身体能力と行動力に、ルイーネは唖然としてしまった。


 『なんて子なの、強いとは思っていたけどここまでやるなんて……!』


 ラスクに乗られた魔馬は思い切り暴れ出す。非力な人間などに背を取られたことが、魔馬の癇に障ったのだろう。鼻息を荒げて紅い目を吊り上げて、狂ったように体をよじらせる。

 しかしラスクは振り飛ばされない。ラスクは魔馬のたてがみを右手でがっしりと掴み、左腕を魔馬の首に回してしがみつく。


 「やってみろよ」


 ラスクの声が響く。


 「振り飛ばせるならやれよ。お前があの葦毛の馬を突き飛ばしたみたいに、ジャックが僕を突き離したみたいに……ここから僕を跳ね除けてみろッ!!」


 魔馬の背に乗ったラスクの怒号は、魔馬もルイーネも震撼させた。ビリビリとした激しい感情が、この広大な地下空間の隅々まで伝わっていく。


 ブルッ、ググッ……キュオオォーーンッ!


 怒鳴り声を浴びた魔馬は多少気後れしたが、今度は魔力を全身に流して暴れ始めた。

 魔馬は近づく者全てを破壊するかのような暴れぶりを見せ、ラスクも一心不乱にしがみついて耐える。


 『望むところだ! 自分の身を心配する存在を邪魔に感じて、向き合うことを逃げるようなやつに、僕は絶対に負けてやらないからな!』


 魔馬と格闘を続けるラスクの脳裏にはジャックの顔が浮かぶ。ジャックのことを思い出すと、悲しさと怒りと悔しさがふつふつと湧き上がる。

 ジャックはラスクをファルス王国へ帰して、たった1人で帝国に残ろうとした。ラスクが心配して想う気持ちを他所に追いやり、冷たい態度を一貫して、ジャックは独断で騎士を目指したのだ。


 ジャックの複雑な感情が分からないわけではない。


 ラスクのことを煩わしく思ったこともあるだろう。時に気になってしょうがなくなったり、時に仲間として信頼してくれていたこともあるだろう。

 そういったこともあって、最終的にジャックはラスクを自分から突き離した。仲間や友人としての関係を切ろうとした。

 ラスクが自分から離れて、安全に過ごしてくれることを切に願って選んだのだ。


 それでもやはりラスクの方としては、そんなジャックの取った苦渋の決断がどうしても納得できない。

 納得できないからこそ、この魔馬が葦毛の馬にした仕打ちを許せなかった。今戦っている黒い魔馬の性格と行動はジャックに似通っている。


 「ふぅ、はぁ……はぁ……さあどうした! その程度の体力であの馬を見放したのか?」


 丸3分はラスクと魔馬の体力勝負が続いた。

 魔馬も全霊を込めてラスクを振り飛ばそうとして、ラスクも歯を食いしばって決して力を緩めなかった。

 今や魔馬に疲弊が現れて、背にしがみつくラスクが優勢に思える。


 あまりに壮絶な取っ組み合いのために、中々手出し出来なかったルイーネも、この時ばかりは勝利を確信して顔を綻ばせた。

 もちろんラスクの言動から、ジャックとラスクのデリケートな事情を察していたのだが、それよりもこの有利な展開に高揚するしかなかった。


 『す、すごいわっ! これなら魔馬を捕まえて従わせるのも充分可能じゃない!』


 ニヤけそうになる唇を震わせて、ルイーネはラスクの勇姿に感嘆せざるを得なかったが、数秒後にルイーネの表情が曇った。


 「あの魔馬、また何か魔力を練っている……?」


 魔術の知識が豊富なルイーネだからこそ、ラスクより先に違和感を覚えた。いくら疲弊しているとは言え、強健で有名な魔馬があれほど大人しくなっているのは、よくよく考えればおかしい。


 魔馬が練った魔力が徐々に熱を帯び始める。


 「……ダメッ! ラスクッ! 今すぐ魔馬から離れて!」


 ルイーネがラスクに向かって叫ぶ。

 しかしルイーネの危険察知と同時に、魔馬が自分の尻を鍾乳洞の方向に向けて、前脚を上げて豪快に立ち上がった。


 魔馬の背中に乗るラスクは、魔馬が後脚のみで立ったせいで必然的に鍾乳洞側に落ちそうになる。


 「くっ!」


 なんとかラスクは魔馬のたてがみを掴んで耐えたが、そこでようやくラスクも、魔馬が何か企らんでいると感づいた。


 そう、魔馬が帯びていたのは炎の魔力だが、そこには水の魔力も混在している。

 ここまで来ると、ルイーネは魔馬の目論見を完全に読めたが、それを阻止するのは間に合わない。


 『やっぱり水と炎の魔力を込めて、崖側に背を向けて一気に立ち上がった! あの魔馬なんてことを……ッ!』


 無我夢中でルイーネは風の刃を飛ばしたが、その刃が魔馬に到達する前に、魔馬の体が爆発した。


 「うわぁっ!?」


 爆発を超至近距離から浴びたラスクは、派手に吹き飛んだ。ラスクの吹き飛んだ先は約10m下の鍾乳洞だ。


 「らっ…ラスクーーッ!」


 ルイーネが吹っ飛ぶラスクを見て叫ぶが、ラスクの体は鍾乳洞の方に落下していく。

 一方、爆発を起こした魔馬は大した傷もなく平然としている。


 魔馬が狙っていたのは人間顔負けの策だった。

 水と炎の2種類の魔力を使えるこの魔馬は、その魔力を片方ずつ使っても、ラスクを振り飛ばすことは出来ないと考えたのだろう。

 つまり仮に、水で殴打したり切りつけても全くの力不足、炎で焼こうにも、この洞窟自体が湿気が多くて威力には期待できない。

 ならば魔馬はこう考える。2種類の魔力を巧みに併用して、水と炎の水分蒸発による『水蒸気爆発』を起こしたのだ。


 結果として爆発でラスクは崖下に落下し、魔馬の勝利が確定したかに思えたが、そこで異変が起こった。


 ガクンッと魔馬が後ろに引っ張られ、崖下に落ちそうになるのを慌てて踏ん張って耐えた。しかしその魔馬の姿に余裕はなく、大きな力に負けて段々と鍾乳洞の方に落ちそうになる。


 爆発の水煙が晴れて、ルイーネが黒い魔馬の首に目を凝らすと、そこには捕獲に使うはずだった太い縄が巻き付けられていた。

 巻き付く縄が続く先に目を移せば、崖の下で縄を握って引っ張るラスクがいた。


 ラスクは縄のおかげで落下にブレーキがかかって即死は免れたようだが、黒鉄の鎧はひしゃげ、口元には血が滲んでいる。鎧や服の下はアザだらけでもっと酷い有り様だろう。

 だがその顔はどこまでもギラついた笑顔だ。

 とっさに策を講じていたのはお前だけじゃないぞ、と言うような笑みを浮かべて縄を引っ張っている。


 ギグッ、ブルググゥゥゥ……!


 ラスクに引っ張られている魔馬が怒りの唸り声を上げるが、徐々に脚は崖の方へと退がっていく。

 ここにきてまだ、ラスクの力がわずかに魔馬の力を上回っていた。


 「………そぉおっ、りゃぁああ!!」


 あと少しで魔馬が落ちることを確認したラスクが、最後に力一杯縄を引き寄せた。


 縄がさらにビィンッと張って、やっと魔馬が落ちると一気に緩む。落ちる魔馬は背中から鍾乳石に強打したが、倒れたままでいることはなく、闘志を滾らせてふらりと立ち上がった。


 ラスクもすぐに走り出して、立ったばかりの魔馬に飛びかかる。

 探り合いと数度の攻防の結果、再び魔馬の背にラスクは乗ったが、どちらも体力は減っているため予断は許さない。


 2度目の体力勝負が始まり、崖の上にいるルイーネは次こそ魔術でラスクを援護しようとした。


 「今度は外さない。魔馬が疲れて動きを止めた瞬間に、水の弾丸で体勢を崩してやるわ……!」


 冷静に水の魔力を錬成して照準を魔馬に定め、隙あらば撃ち込もうとしたルイーネの背後から、不気味で荒々しい羽音が聴こえた。

 羽音は上方からゆっくりと降下して、水音を立てて滝の下に着地した。


 「……なにっ?」


 ルイーネが振り返ると、そこには巨大な虎がいた。

 その大虎の体毛は白と黒の縞模様、爪は太いが先端は鋭く尖り、真っ白な牙は上顎から下方向に大きく伸びて発達している。目は綺麗なライトブルーだが、容赦のない野生の本性がありありと伝わる。

 そしてなんといっても、最大の特徴は虎にあるまじき剛壮な翼が生えていたことだ。


 『うっ、うそ……ウィングタイガーッ?! なんでいきなりこんな化け物が!!』


 天井の穴から降りてきた魔物が、よりにもよって獣魔の巣でも最大級の危険生物だったことで、ルイーネの頭が直ちに警鐘を打ち鳴らす。

 

 ウィングタイガーは興味深げにルイーネの方をじっと見ていたが、その直後にガパリと口を開けていきなり襲いかかってきた。


 ルイーネは横に走って逃げようとしたが、ウィングタイガーの尻尾が逃げたルイーネを薙ぎ払った。


 「あうぅっ!」


 強烈な尻尾の一撃はルイーネの腹を打ち、さっきのラスクのような勢いでルイーネの体が飛んでいく。

 尻尾に叩かれて吹き飛んだルイーネは洞窟の壁に激突したが、気絶している暇もなくウィングタイガーは飛び掛かってくる。


 「こ、のっ……『ハイウィンド』ッ!」


 横っ飛びで避けてもまた尻尾の餌食になると悟り、朦朧とする意識を振り払い、ルイーネは風の魔術で上に飛んだ。


 ルイーネの体が急上昇したことで、ウィングタイガーの追撃は不発に終わった。ウィングタイガーは空中に浮くルイーネを見て唸る。

 もちろんルイーネはこの状態が長く続くとは思っていない。

 まずルイーネ自身が、長時間空中を飛んでいることは難しく、ウィングタイガーには翼がある。その気になれば空中のルイーネを、その鋭い爪で捕らえることも可能なのだ。


 「……くっ、このまま飛んだままじゃいずれ捕まって喰い殺されるわね……ラスクは魔馬を相手に戦ってるし、こいつは私が、くい止めないと……!」


 空中に浮いた状態のルイーネは、崖下の鍾乳洞に目を向ける。ラスクは全力で暴れる魔馬を乗り回して奮戦していて、その顔には譲れない想いが切々と感じられる。


 同じ女の子、同じくらいの歳のラスクが、あれほどまで勇敢に戦っている姿を見せつけている。

 その時、ルイーネの目が殺意と興奮に輝いた。剣を抜き払い、体中からありったけの魔力を膨れさせる。


 「ふふっ、うふふふふ……望むところよッ! 私の名はルイーネ・マリアクラスタ! 魔導師マリアクラスタの家名のもとに、尖鋭の魔術をもってして、邪なる存在を屠り去るッ!!」


 空中で名乗りを上げたルイーネは、まさに絶対強者のウィングタイガーにその身1つで挑むこととなった。 



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