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人の持つ牙  作者: 赤胴貫介
ディーセント帝国・騎士団編
71/105

選考大会へ動きだす

お待たせしました

 士官学校3階の女子部屋に残されたジャックとラスクの間には、異様な雰囲気があった。胸の悪い刺々しい空気が2人いる空間を支配していた。


 「ジャック……どうして、あんなことを言ったの?」


 ベッドの上のラスクが、横に立って腕を組んでいるジャックを見て、先ほどの発言を問い詰めた。ラスクの体は思うように動かないが、顔つきは険しく、眉間に皺を寄せて、こちらを見ないジャックを睨んでいる。


 ラスクの怒りはもっともだった。


 アーリマンと話していた時のジャックは、ラスクの意思を無視して話を進めていた。

 信頼していたジャックが突然、嘘をついてまで自分を突き離し、1人で勝手に話を纏めてしまったのだ。


 どういう考えがあったにしろ、ラスクは今のジャックを問い詰めずにはいられなかった。


 「答えてよ!なんで、あんなことを、言ったんだよ……」


 ラスクの声が部屋に響く。

 それから静寂が訪れたが、ジャックはラスクに目を向けずに口を開いた。


 「お前のためだ」


 能面のごとく顔色を変えず、そう答えたジャックだったが、腕を組んでいるジャックの指先は、服の袖をぐっと握っていた。


 「帝国がエイドスのことについて敏感になっているなら、ヤツと実際に斬り結んだ俺がいるだけで充分だろう?お前までこの国に残ることはない」


 「でも……!」


 「それに、これは俺のためでもある。自分で蒔いた種は、自分で決着をつけておきたい性分でな。1人だけでいる方が気軽で良いんだよ。もう、俺に構うな」


 「っ……!」


 吐き捨てるかのようなジャックの言葉が、ラスクの胸に突き刺さる。ラスクは何か言い返そうとしたが、短刀のように突き刺さった仄暗い決別の言葉が、ラスクの次の言葉をつっかえさせた。


 その間に、もうジャックは部屋の扉に向かって歩き出していた。


 扉のノブに手を掛けてから、ジャックが振り向く。


 「また見舞いに来る。復調するまでは、大人しくここに居てくれ」


 そしてジャックは、手を伸ばしたラスクの返事を待たずに部屋を出て行った。







 一方、アーリマンとハルは士官学校1階の会議室に居た。


 会議室は正方形に広く、脚の高い五角形のテーブルが部屋の中央を大きく陣取っている。

 正面の壁には『獅子の頭』がモチーフの帝国の国旗が掛けられている。両サイドの壁には、議論の際の紙を貼り付けるために使う、分厚い木版が埋め込まれている。


 広い会議室だが、2人以外に人はいない。


 何故なら、ちょうど今の春の時期は、冬に帰省した見習い騎士が戻るか戻らないかという時期である。

 一部の見習い騎士は数日先にこの学校に戻ってくるが、人が少なくがらんとしているには違いない。


 さて、会議室の五角形テーブルの周りに椅子はあるが、アーリマンとハルは立ったまま、テーブルの上に資料を並べた。

 その資料は、今年度の帝国騎士選考大会に出場する見習い騎士の名簿だ。ここに並べてあるのは、この士官学校に在籍している者、3名の名簿である。


 右からーーー


 『ハル・イブリッツ』


 『アドルフ・ゲーグナー』


 『ルイーネ・マリアクラスタ』


 名簿には一通りの個人の情報、在籍している学校、出場を認可する後見人の情報など、数々の項目が記載されていた。


 「今のところは僕を含めた3人ですが……ジャック君が加わって、これで4人になりますね」


 ハルがそう言うと、アーリマンの表情が少々難しいものになってきた。

 曇り始めた教官の顔色にハルが気づく。


 「どうしました?」


 「5人は……多いな。それと、いくつか懸念材料が増えてくる」


 「懸念、材料……?」


 アーリマンはテーブル上のハルの名簿を遠くに離してから、残ったアドルフとルイーネの名簿を引き寄せた。


 「1つ目。今更こういうのもなんだが……君はともかく、この2人を今年度の選考大会に出場させるべきか、考えなければならないな」


 「……『例年と違う』からですね」


 「まあな。ファローザ様の推察通りに、モルト公爵家がクロだったとしても、そして、そうでなかったとしても、例年よりも難関な選考大会になる可能性が高い。今まで通りの基準で測った優秀な騎士見習いでは、ひどい結果になるかもしれん」


 「僕は大丈夫なのですか?」


 至極、真面目にそう質問したハルだったが、アーリマンがハルの口元を見ると、わずかに緩んでいた。


 「ふっ、自信大アリのくせに何を言う。最初から優勝を狙っている君なら、心配することがないだろう」


 「バレちゃいましたか」


 いたずらっ子のように笑ったハルに、アーリマンはため息をついて、そして話を戻すことにした。


 「君はともかく、アドルフとルイーネの2人が問題だ。……ふむ、いっそのこと、2人は今年の出場を見送ろうか?」


 アーリマンは手を伸ばし、アドルフとルイーネの名簿を取ってみる。

 アドルフとルイーネが、見習い騎士として低い水準ということではないが、どちらも決め手に欠けるというのが真実だ。


 『アドルフ・ゲーグナーに全体的な欠点は無い。馬術、槍術、弓術の試験に落第は無く、魔術も土と雷の2種類を使える。しかし……経験不足による詰めの甘さが目立つな。精神的にも落ち着きがなく、十中八九、天狗になって痛い目に遭うだろう。直そうにも、性格は技術と違って直る見込みをつけづらいものだ』


 アドルフの名簿の次に、ルイーネの名簿に目を移す。


 『ルイーネ・マリアクラスタは、魔術素養に関しては文句ナシだ。基本的な魔術は5属性全て扱えるという、類い稀な才能を持っている。精神面も冷静沈着で、機転も利く。だが……武術と馬術がいたって平均的で、過酷な選考大会を勝ち抜けるかどうか、怪しいところだ』


 アーリマンは2人の名簿をテーブルに置き直して、腕を組んで考え始めたが、ハルが2人の名簿を自分の名簿を置いた所まで押しやった。


 ハルはアーリマンに軽い口調でこう言ってきた。


 「大丈夫だと思いますよ?選考大会まで1ヶ月、ぎりぎりまで最終決定を保留にしても、良いのでは……」


 「しかし、危険があることも考慮せねばならない。もし万が一モルト公爵家の人間に私たちの目的が明るみに出れば、無関係のアドルフとルイーネが、モルト公爵家の標的になりかねない」


 「それで良いと思いますよ」


 「……何?」


 「曲がりなりにも、この国で騎士を目指す者ならば、このくらいの危険や困難は乗り越えて然るべき、と僕は考えます。無謀で残酷な考えかもしれませんが、たかが2人の見習い騎士の身の安全など、どうということもないでしょう?」


 平然とした口調で進言するハルに、アーリマンは天を仰いだ。やれやれ、といった表情を手で覆った。

 アーリマン自身も、帝国の軍人として何度となく綺麗な役目も汚い役目を負ったことがあるが、このハル・イブリッツは、アーリマンが少年だった頃よりも、冷徹で肝が据わっている。


 「……アドルフもルイーネも、大小はあれど貴族の出身だ。仮に命を落とせば、私も君も少なからず責任を追うぞ?覚悟はあるか?」


 「ご心配なく。今年の選考大会はあらゆることに全力を注いで、最高の結果を出します」


 アーリマンはハルの目を見た。

 鏡のごとき艶をもつ瞳からは、強い自負と狩人のような挑戦的な意思がありありと感じられた。


 『良いだろう。大きな口を叩く実力と精神力はあるからな。むしろ難しいことに進んで手を出すことが、ハルにとっては甘美な刺激なのだろう』


 嘆息したアーリマンは、ハルの肩に手を置いて頷いた。アーリマンはその間も無言だったが、任せたぞという旨はハルに伝わった。


 それから、アーリマンは部屋の隅にあったキャビネットを開けて、2枚分の白紙の名簿と羽根ペンとインク瓶を取り出した。

 そして選考大会に出るための名簿を2枚、アーリマンがテーブルに広げた。


 「2枚?」


 ハルは思わず口に出す。

 先ほどのジャックとの会話では、選考大会に出場するのは、あのジャックだけという話だったはずだ。かたわれのラスクに人狼エイドスとの関連性は無く、しかもラスクはまだ体が治りきっていない。

 とてもではないが、選考大会に出す意義が無いということだった。


 アーリマンもそれに了解したはずだが、何故かアーリマンは2枚分の名簿を新たに出したのだ。


 ハルの疑問の一言にアーリマンが答える。


 「うん?当たり前だろう。ジャックとラスクの分だ」


 「あの子も選考大会に出場させるのですか?エイドスとの関わりは薄く、先ほど見た限りでは、実力も大してあるようには思えませんでした。てっきり、さっさとファルス王国に帰すつもりだと……」


 「確かに、ついさっきまでは私も君と同じ考えだったさ」


 そう言ってアーリマンは椅子に座り、羽ペンにインクをつけ始める。2枚の名簿にそれぞれ、ジャックとラスクの名前と人相の情報を書いていく。


 「だが、私は見たんだ」


 ペンを置き、アーリマンが椅子を引いてハルの方に振り返る。


 「あのラスクという少女、ジャックが選考大会に出させないように言った途端、悔しさで一杯の目をしていたぞ。あの目は行動を起こす人間の目だ。……賭けてもいいぞ?あのラスクは体力を取り戻しても、ファルス王国へは絶対帰らない」


 「教官のもとに来る、ということですか」


 「いずれな。いずれ……選考大会に出場する意思を示して、私のもとに訪れるだろう。そうなった時のジャックは、どういう心境になるか、どう動くか見ものだな」


 ふふっと笑みをこぼして、アーリマンは椅子から立ち上がり、計5人分の出場者名簿を集め取った。


 「アドルフ、ルイーネ、ジャック、ラスク、そして君。それからモルト公爵家主催の選考大会……これから忙しくなるなあ、ハル」


 穏やかな口調だが、挑む目つきとつり上がる口角。それはハル・イブリッツも同じだった。





 誰もいなくなった暗い部屋の中で、ラスクは拳を握り締めていた。先ほどジャックの背中へ伸ばした手は、力強く握られてかすかに震えていた。


 今のラスクには様々な感情が複雑が絡み合っていたが、それらはただ一つの強い意志によって、激流に攫われた藻屑の如く流されていく。

 悔しさ。それが第一に沸き立っていた。


 無論、ジャックの心が全く分からないわけではない。


 都市ロメオの宿に避難した時にも、ジャックはさっきのようにラスクの身を慮って、たった一人で、エイドスとカタをつけようとした。

 自らが危険に飛び込んで、ラスクの身を安んじるための、ジャックなりの不器用な優しさだ。


 だがそれこそがラスクのプライドを傷つけ、かえって彼女の決意を強固にした。


 「見てろよ」


 ベッドの横のキャビネットの上に、ラスクは握っていた右手を広げて、手の中にあったものをゴトリと落とした。


 暗闇の中で、ラスクが文言を唱えるような小さい声で呟く。


 「……一人でファルス王国に帰れ?僕は関係ない?そんなにも、僕が未熟な臆病者に見えるのか?……優し過ぎるのも余計なお世話だ。仲間を他国に置きざりにしてファルス王国に帰る選択肢は、僕にはない」


 ラスクが手の中で握っていたものは、直径4センチほどの、銀や銅がごちゃ混ぜになっている球だった。その球の正体は、ファルス王国の銀貨や銅貨を、力づくでひとつに握り潰して丸めたものである。


 2度と通貨として使い物にはならないだろう。

 しかし、ラスクに後悔の念はない。


 体中にまとわりつく疲労と痛みを振りほどいて、ラスクは上半身を立ち上がらせた。

 ベッドを降りて傍らのキャビネットを開けると、お馴染みの革鎧が没収されることなくしまわれていた。剣はエイドスとの戦いで失ったが、今はこれだけで充分だ。


 ジャックと共に帝国騎士になると固く決めた彼女は、人知れず部屋を出て行った。


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