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人の持つ牙  作者: 赤胴貫介
ディーセント帝国・騎士団編
72/105

出場者達~アドルフとハル、そしてジャック~

 アーリマンとハルが会議室にいる間に、ジャックは階段を降りて廊下を進んで行き、玄関がある大広間にたどり着いていた。


 士官学校の大広間は、貴族の館のような華美で芸術的な装飾に凝ったものはない。

 ジャックが出てきたのは広間の吹き抜けの2階部分だったが、目に入るのは雑多な資料が貼られた木版掲示板や、黒鉄の軍甲冑、壁に掛けられた獅子の頭の旗と軍刀、そして鉄格子のついた窓だ。


 今は特にすることのないジャックは、広間で興味を引いた物を見ていくことにする。


 「む?これは……」


 ジャックが掲示板のあるものを見て、足を止めた。

 掲示板には士官学校の予定表、特定の人物への連絡通知、弓術の試験結果などが貼ってあったが、ジャックの目に留まったのは、『帝国騎士選考大会』の貼り紙だった。


 つい先ほど、ジャックはアーリマンから帝国騎士になるようにと言われ、それを承諾したばかりである。

 そのため、選考大会の貼り紙に反応して足を止めた。


 「どういうことだろう。帝国騎士、選考……か。もしや俺に関係あるのか?」


 ジャックが掲示板の前に立っていると、ジャックが降りてきた階段から誰かが降りてきた。

 そこへジャックが振り返る。上の階から降りてきたのは、金髪巻き毛でいじめっ子気質の見習い騎士、アドルフだった。


 アドルフはジャックに気がつくと、目に見えて険しい表情になったが、つっかかってくることはなく、顔をふいと逸らして広間の階段を降りようした。


 「待て」


 ジャックがアドルフを呼び止めた。

 アドルフは足を止めたが、すぐにジャックの顔を見ることはなかった。渋々といったように、アドルフはジャックの方を向いた。


 「……なんだよ」


 不機嫌さ満載の様子のアドルフだったが、怒りがあるのはジャックも同じだ。

 アドルフの指示で、アドルフの取り巻きがラスクに暴力を振るった手前、顔には出さずとも内心では良く思っていない。ジャックはアドルフを片手一本で吊り上げて脅しをかけたが、それでも腹の虫は収まっていないのだ。


 ジャックは努めて冷静に質問した。


 「この貼り紙にある、帝国騎士選考大会というのはどういうものだ?」


 「お前に関係あるのかよ」


 「問うたのはこっちだ。答えろ」


 ドスの効いたジャックの言葉は、アドルフの意気を挫かせる。年季のある威圧感も相まって、アドルフは恐怖と緊張で身構えてしまった。


 またもやジャックとアドルフの様子が険悪になってきたが、不意に律々とした足音が聞こえてきた。

 2人が動きを止める。大広間に現れた人物は、ハル・イブリッツだった。


 ハルが2階部分にいるジャックとアドルフを見つけ、2人の方を見上げた。


 「ここにいたんだね、ジャック。アドルフも一緒だったんだ」


 ハルは穏やかな口調で2人に語りかける。

 アドルフは小さく舌打ちしてそっぽを向き、ジャックは頭の横を掻いて気難しい顔になる。


 そんな2人の様子を知ってか知らずか、ハルは構わず言葉を続ける。


 「ちょうど良かった、2人に用事があったんだよ。悪いけど、僕についてきてもらえるかい?」


 ハルの提案を聞いて、即座にアドルフが顔をしかめて不満を言い出した。


 「なんでお前についてかなきゃいけないんだよ?しかもこのジャックとかいう冒険者は、部外者だぜ」


 「あははは!……残念だけどアドルフ、もうジャックは部外者じゃないよ。なにせアーリマン教官が、君や僕と同じくジャックを、帝国騎士選考大会に出場させると決めたんだから」


 「なんだと?!」


 ハルの知らせを聞いたアドルフが、血相を変えて吹き抜けの柵にしがみつき、眼下にいるハルを信じられないものを見たような目つきで見る。

 しかしハルはなおも朗らかに笑いながら、話を続けていく。


 「そんなに驚かなくてもいいじゃないか、もう決まったことさ。理由あって、ジャックは我が帝国の騎士を志すことになり、それを教官は援助することになったんだ」


 「俺は聞いてないぞ、ハル・イブリッツ!」


 「それはそうだ、君に言わずに進めたから当然だろ。さあ2人とも、その騎士選考大会のことで用があるから、ついてきてくれ」


 そう言ってハルは、アドルフを聞き分けのない子どものように扱って締めくくると、体を翻して玄関に歩き出す。

 ジャックはアドルフの目の前を通り過ぎて階段を降り、玄関を出て行くハルの後についていく。


 「……ちっ!」


 アドルフは、自分に目もくれず素通りしたジャックにも腹が立ったが、それよりもハルの秀才ぶった態度に舌打ちした。

 仕方なくアドルフも玄関を出て、校舎の東側に回ったハルとジャックを小走りで追った。


 士官学校の敷地は広く、訓練用の施設が数々あるが、ハルが向かったのは敷地の外れにある、剣闘場だった。


 しかし、剣闘場といっても随分おそまつなものだ。


 丸太で造られた柵が正方形に設えてあるだけで、広さも15㎡しかない。柵自体もジャックたちのヘソの高さほどで、少し身軽な人間なら簡単に乗り越えられる。


 屋根もない剣闘場には、昼前のポカポカとした日差しが照っている。

 まだ春であるが、特に鎧を着込んでいるアドルフは、背中や首筋が汗ばんでくるのを感じた。


 「おい……こんな所でなんの用事があるんだよ」


 首筋の汗を手の甲で拭いながらアドルフはハルに訊く。ハルは2人の方を振り返ると、ひょいと飛んで柵に腰掛けて話し始めた。


 「今のうちに、顔合わせと手合わせをしよっかなって考えてさ」


 「手合わせをここで?」


 ジャックがそう言うと、ハルは頷いた。


 「そう、さっき言った通り、僕を含めてこの場にいる3人は、1ヶ月後に開催される『帝国騎士選考大会』に出場することに決まった。出場する人間はまだ他にいるけど……まあそれはともかく、この士官学校の代表として出るからには、実力を把握させておきたいんだ」


 「ちょっと待てよ。今から模擬戦でもやる気なのか?」


 「なにか問題でも?」


 異論を唱えようとしたアドルフに、ハルが訊き返す。ハルの顔つきは穏やかだが、有無を言わさない語気が滲み出ていた。

 アドルフはそれ以上何も言わなかったが、今度はジャックが質問してきた。


 「ハル、ひとつ訊きたいんだが」


 「なんだい?」


 「その騎士になるための選考大会というのは、とどのつまり、剣で斬り合って競うのか?」


 「まさか……そんな単純な大会じゃないよ、ジャック。正統な帝国騎士になるということは、戦だろうと隠密任務だろうと何でも出来なければならないんだ。基本的な武術はもちろん、馬術、魔術、戦術……あらゆる分野において高い実力が求められる。大会で審査するのは帝国の軍に所属する重鎮ばかりで、長ければ1週間かけて各出場者の能力を見極めて評価していく。そして、総合的な成績が優秀な上位100名こそが正統帝国騎士という認可が下りるのさ」


 「上の100名以外のあぶれた者は?」


 「その年度の出場した人数によるけど、大体300~500名くらいは準騎士として認可される。それより下の評価だった出場者は、まあ、諦めて他の道に進んだ方が世のためだろうね」


 そう説明するハルの最後の辛辣な言葉に、若干ジャックは目をぱちくりさせる。この3人の中では最も優しげで柔和な出で立ちにも関わらず、時折ハルは仄暗い一面を見せたからだ。

 同期のアドルフすらも、普段はほとんど見られないハルの言動にたじろぎ、軽く唾を飲みこんだ。


 「よし!じゃあ早速だけど模擬戦といこうか。ジャックとアドルフはこの柵の中に入ってくれ」


 「そういうことなら仕方がないな」


 パン、と手を叩いてハルは2人を剣闘場へと促す。

 ジャックはハルの言うとおり、ためらいなく柵を跳び越えて剣闘場へ入ったが、アドルフはまだ踏ん切りがつかないようだ。

 アドルフはさっさと入ってしまったジャックと、薄く笑みを浮かべて見てくるハルを交互に見てから、ようやく柵を跳び越えた。


 「ハル……真剣で斬り合うのかよ?」


 「うん、今ここに練習用の木剣や木槍は無いからね。大丈夫、お互いが寸止めでやれば死にはしないよ」


 「正気か?!いくら寸止めだからって……」


 「いやだって言うなら、ジャックに『真剣は抜かないでくれ』ってお願いすればどうかな?」


 ハルが何気なく言った逆撫での言葉に、アドルフの顔が一気に紅潮する。唇もわなわなと震え、明らかに狼狽と屈辱を抱いていることが見て取れる。


 「くっ、やれば良いんだろ!やれば!」


 ジャックもハルもそれ以上何も言わなかったが、引くに引けなくなったアドルフは、腰の剣を抜きながら柵を飛び越え、自分からジャックに真剣で斬り合う宣戦布告を言い放った。


 「ジャックとか言ったな!さっさとお前もその剣を抜けよ。この際だ、寸止めと言わず本気で斬りかかってこい!」


 いきり立つアドルフは剣の切っ先をジャックの顔に突きつけたが、ジャックは疲れたようなため息をついた。そして、聞き分けのない子どもを宥めるような口調でアドルフに忠告する。


 「やめておけ、怪我をするぞ」


 「黙れ!お前なんかにこの俺が……負けるものかぁーッ!!」


 アドルフの怒号が士官学校の敷地内に響く。気合いを発すると同時に、アドルフは突きつけた剣を両手に持ち替えて、ジャックに向かって大上段から振り下ろす。


 「ふん」


 ジャックは振り下ろされる剣を難なく見切り、鼻先でアドルフの剣をかわす。

 顔色一つ変えず初撃を回避したジャックに驚くアドルフだったが、それでも一気に攻め立てようと、今度は剣を横薙ぎにしてジャックの胴を狙う。


 ブゥンッ


 しかしそれも当たらずに終わる。アドルフはまたしても間合いを見極められ、ジャックの体に剣は掠りもしない。


 「ちぃっ、ちょこまかと……!」


 焦れ始めたアドルフが剣の握りを変え、ジャックの顔面に向かって剣を突いてきた。

 ジャックが顔を逸らせて避けようとすると、アドルフは突きの動作を停止させてジャックの首を斬りつけようとした。


 パシッ


 「なっ……?!」


 首の腱に傷を負わせようとしたアドルフの剣は、フェイントを予測していたジャックに、なんと素手で掴まれていた。ジャックは五本指で剣のシノギの部分を掴み、刃の部分は一切、手の平にも首筋にも当たっていない。

 一方、柵の外から2人の攻防を見ていたハルは、ジャックが素手で剣を掴む瞬間を、しかと眼で捉えていた。そして、その繊細な技量と大胆な判断に嬉しい身震いを起こしていた。


 「勢いのない小手先の技はむしろ餌食だ。そらッ!」


 ジャックは掴んだアドルフの剣をぐいと引っ張りつつ、自ら踏み込んだ。そして引き寄せたアドルフの胴に掌底をぶち当てた。


 「ぐふっ!」


 鎧を着ているにも関わらず、腰の入ったジャックの掌底はアドルフに確かな衝撃を与えた。

 アドルフが1mほど下がって尻餅をつき、剣は土の上にゴトンと落ちる。


 「……ぐぅぅっ!」


 「もう十分だろう。これに懲りたら、先ほどのラスクの件も併せてたっぷり反省することだ」


 「黙れ……黙れ黙れぇ!この俺が無様に負けるわけ無いだろうが!」


 顔をひくつかせるアドルフは怒鳴り散らすと、脚に力を入れてなんとか立ち上がり、ジャックに人差し指を突きつけた。

 激昂したアドルフが人差し指を出したのを見て、柵の外のハルがハッとしてアドルフを咎めた。


 「よせ、アドルフ!」


 「うるさいっ!ただで済ませるかよ……喰らえジャーック!!」


 ハルの制止を聞かず、アドルフは魔力を集中させて放った。

 アドルフの指先から発射された魔力は雷の一弾となり、ジャックの胸元に迫る。


 「小癪な!」


 雷の弾丸はジャックに着弾する前に、ジャックが抜いた刀の刃に当たって逸れる。そしてジャックは愛刀を完全に抜き払った状態になった。


 ついにアドルフとハルは、抜刀されたジャックの『兎月』を目の当たりにした。

 緩やかな曲線を描く片刃、不気味なほど陽光を跳ね返して輝く刀身と柄の紅玉。『兎月』はアドルフとハルが今まで生きてきた中で、目にしたことのない種類の剣であり、その異様な迫力は2人の視線を釘付けにした。


 加えてアドルフは自分の雷魔術が防がれたことにショックを受けていた。

 雷の魔術を剣で受けたならば、少なくとも電流は体に伝わって痛手を受けるはずなのだ。にも関わらず、ジャックは平然としていて、体にしびれを起こしたり、苦悶の表情を浮かべたりはしていない。


 「お、俺の魔術が……」


 茫然自失となったアドルフは、一言そう呟くしか出来なかった。

 だがハルは、ジャックがどうやって無傷で雷の弾丸を防いだのか理解したようだ。にやりと笑った口元を手で覆い隠し、ジャックの刀と柄に埋め込まれた紅玉を注視して、思考を巡らせる。


 『なるほどね……ジャックは魔力を、自分の体や物体に流す能力を会得しているようだ。魔術は剣で防いでも少なからずダメージを被るし、雷の魔術なら特に危険になるけど、剣に魔力を瞬時に流していれば、単純な魔術攻撃くらい防げる……だとしても、あの精密な魔力操作とスピード、そして直撃寸前の攻撃に臆さない精神力には驚かされるね』


 ハルはジャックの能力を分析しながら、ジャックとアドルフの対決の行方を見守っている。

 ここまで実力差があれば、さすがにジャックもアドルフに大怪我を負わせるような真似はしないだろうが、ジャックがアドルフにどんな苛烈な攻撃を仕掛けるのか、予断を許さない状況である。


 雷魔術を防いだジャックは刀を構えた。だが殺気はほとんど感じられない。

 どうやら、目に見えて恐怖しているアドルフに深手を与えたりとどめを刺すことは無いようだ。


 「何が何でも勝とうとする姿勢は悪くないが、性根や根性は下の下だな」


 冷たくアドルフにそう吐き捨てて、ジャックは刃のある部分を後ろになるように持ちかえると、右手から刀身へ風の魔力を込めて一閃した。


 「しゃっ!」


 刀から放たれた風の帯がアドルフの腹に激突する。

 声にならない叫びを上げてアドルフは吹き飛び、丸太の柵を破って数メートル後方まで転がった。土だらけになって立ち上がれずにいるアドルフの姿を、ハルが見てみると、胴体はおろか鎧すら斬れていなかった。


 「峰打ちで勘弁してやる。出来ればとことん痛い目に合わせてやりたいが……俺がもううんざりだ。さっさと去ねい」


 「ぐ、う……」


 風の一撃をまともに受けたアドルフは、今度は中々立ち上がれずにいたが、先にハルが歩み寄って手を差し伸べてきた。


 「こっぴどくやられたね。ほら、立てるかい?」


 なんの躊躇無くかけられたハルの一言は、散々に崩れたアドルフのプライドに追い打ちをかけたようだ。

 仰向けに転がるアドルフは、太陽の逆光で真っ黒に見えているハルの顔が、何故かせせら笑っているように見えてしまった。

 アドルフは何も言わずハルの手を乱暴に振り払う。顔を背けてふらふらと立ち上がり、ジャックとハルに背を向けて歩き出す。


 この場から去ろうとするアドルフに興味を失ったジャックは、刀を納めてその背中を白い視線で見送る。

 手を差し伸べたハルはアドルフを止めようと、遠ざかる背に声を掛けた。


 「待ってくれよアドルフ。これからは選考大会に向けて、互いに研鑽し続けなければいけない時期になる。今の手合わせだけでヘソ曲げる暇は……」


 「もう何も言うな!大会の訓練ごとき、お前ら2人で勝手にやってろよ!」


 しかし返ってきたのは拒絶の返事だった。去るアドルフは悔しさに拳を握りしめて振り向かず歩いていく。

 ジャックは無感情な顔に、ハルはやれやれといった顔になっていた。


 結局、アドルフはそのまま士官学校の門から出て行った。


 「ーーーはあ、幸先良くないなぁ……選考大会に出場する人間があんな調子じゃあ、選考大会に向けた訓練や研鑽が意味を成さなくなってくるよ。あんな感じの出場者だと、この第1士官学校にとっても恥をかく結果になりかねないね」


 しばらくハルの愚痴を黙って聞いていたジャックだったが、だんだんとジャックの興味はハルの実力に移ってきた。

手合わせをしようと言い出したハルが、一体どれほどの力を持っているのか、無性に斬り合って知りたくなったのだ。


 ジャックの雰囲気が殺気を帯び始めたことに、ハルも気づいた。


 「どうしたんだい?ジャック」


 「なに……君とは手合わせをしてなかったからな。一度剣を交えて見るか?ハル・イブリッツ」


 そう言いながら、ジャックは刀に指をかける。

 先ほどと打って変わって、ジャックが積極的になったことにハルは驚いたが、すぐに笑顔で了承した。


 「いいよ、やろうか」


 「感謝する」


 ジャックが軽く一礼すると、ハルは手を振って背を向けた。


 「構わないよ。けど、魔術や魔力使用はナシにしようか。出来れば君の実力全てを見たいけど、あまり本気になって怪我するのもつまらないしね……さて、あいにく手持ちの武器は無いから……ああ、あった、これにするよ」


 そう言いながら、後ろを振り返って歩き出したハルは、さっきアドルフが吹き飛んで転がっていた場所にしゃがみ込んだ。


ハルがその場所から拾い上げたのは、一本のレイピアだった。


 「アドルフの落とし物だ……彼もほとんど使っていない予備の剣だったようだから、使っても文句は言われないだろう。これでお相手するよ、ジャック」


 そしてハルは柵の中に戻ってレイピアを構えた。その構えはアドルフと違って堂に入っていて、見習い騎士とは思えぬほどの佇まいだった。


 「そんな即席の得物で良いのか?」


 ジャックも愛刀『兎月』を中段に構えつつ、他人の短いレイピアを使うこととなったハルを伺う。


 「心配ないよ。騎士たる者、どのような武具であっても使いこなすことが常なのさ」


 挑戦的な笑みを浮かべて自信たっぷりに答えたハルは、じりじりと間合いを詰めていく。

 ジャックもまた、ふっと小さく笑ってからハルとの勝負に集中する。


 先にジャックが真っ向から斬り込んだ。寸止め勝負という名目だが、ハルのその実力を考慮して、ジャックは頭蓋目掛けて刀を振り下ろす。


 「おっと!そこだ!」


 風を切り裂くジャックの一太刀を、ハルは半身になって避けて即座に反撃の突きを繰り出した。


 「させんぞっ」


 だが、ジャックの眉間を狙ったハルのレイピアは、ジャックの刀にはね上げられる。

 仕掛けた攻撃を防がれた両者は、そこで一旦、間合いをとってそれぞれの剣を構え直した。


 「やるな、ハル」


 「ふふん……どうも。でも君は全然本気じゃないだろう?」


 「さてな。そう言う君こそ、余力があるように思えるぞ」


 そうして2人は言葉を交わし合いながらも、足の爪先は相手の剣の間合いを油断なく測っている。


 次に攻めに転じたのはハルだった。


 半身のまま剣を突き出す構えから、鋭く踏み込んでジャックの喉元を貫こうとする。

 もちろんジャックもそれに反応したが、ジャックの狙う照準は、ハルのレイピアの根元に絞られていた。


 「ちりゃッ!」


 迫るサーベルの剣先に目もくれず、ジャックは刀の重みと手首の力を、レイピアの根元の側面に打ち込む。


 ガキンッ


 ハルの持つ細身のレイピアはジャックの狙い通り、根元から見事に叩き折られた。

 もちろん、剣身の部分はジャックの喉元から逸れ、その勢いのままジャックの膝に当たって地面に転がった。


 「残念……勝負あり、だね」


 ふうと息を吐いてハルは負けを認めた。

 しかしジャックは折ったサーベルを拾ってから、ハルに対して首を振った。


 「いや勝負なしだ。君が扱っていたこの剣、あまり手入れの行き届いていない欠陥品だったようだ。君が仮に、きちんとした一振りの剣で戦っていたならば、この勝負はまだまだもつれていた」


 「ありがとう……でも、僕は君の剣術を本物だと確信したし、心の底からまいったと感じたよ。奇妙かつ凄まじい剣技、どの地で生まれたものか知らないけど……実に楽しい手合わせだった」


 すっきりとした表情でハルは右手を差し出したが、勘違いしたジャックは、折れたレイピアのサーベルを手渡そうとした。


 「って、いやいや!違う違う、握手だよジャック」


 「む、これはしたり。慣れないものでな」


 ジャックは急いでサーベルを左手に持ち替え、ハルの右手と握手を交わした。

 今度こそしっかりと、2人はお互いの目を見ていた。


 「うん!……これから1ヶ月、選考大会に向けて一緒に頑張ろう。とても楽しみだよ」


 「こちらこそ剣術以外の事柄は無知ゆえ、ご教授よろしく頼む」


 こうして今日より、力強く握手を交わした2人の少年は、どちらも相手の実力と胆力を認め、高め合うべき人物と決定づけた。



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