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人の持つ牙  作者: 赤胴貫介
ディーセント帝国・騎士団編
73/105

出場者達~ルイーネとラスク~

 ジャックとアドルフそしてハルが大広間にて会い、3人とも士官学校の校舎から出て行ったすぐ後のこと。


 階段を降りてきたラスクが、誰もいない大広間に現れた。


 しかし正確に言うと、3人が出て行ったのを見計らってからようやく現れた、といったほうがよいだろう。

 階段を降りている途中に、階下からジャックの声を聞いたラスクは、抜き足差し足で階段を降りて、ジャックとアドルフの様子を2階廊下から隠れ見ていたのだ。


 ジャックとアドルフは何やら剣呑な雰囲気になっていたが、ラスクは気取られないように、慎重に大広間の様子を伺っていた。

 少しすると1階廊下の方からハルが現れ、遠目で見たラスクは、アーリマンという騎士の隣にいた少年だと分かった。


 ハルが述べたことに、アドルフが声を荒げて応じる。

 そして、ハルとジャックが先に玄関を出て行き、遅れてアドルフが怒りで床を踏み鳴らしながら出て行く。


 その3人の一部始終を見聞きしていたラスクは、そこで騎士選考大会の存在を知ることになった。


 『なるほど……騎士の選考か。つまりジャックも含めた今の3人は、その大会に出場することで帝国騎士になる、と。しかも出場者は、決められた人間しか出られないということか……』


 ラスクは大広間の2階部分にある掲示板を見て、『帝国騎士選考大会』の貼り紙を確認する。


 「へえ、ちょうど1ヶ月後に執り行うんだね。なら僕もこの選考大会に出なきゃ、ジャックと一緒に帝国騎士になることは出来ないか」


 ラスクは鎧さえ身につければ少年と見間違えそうになる少女である。ジャックと出会う前も男の冒険者の1人として過ごしてきた経験上から、たとえ女の身であっても入念に物事に取りかかれば、うまく帝国の騎士になることも可能と考えていた。

 右も左も分からぬ他国の騎士になることに、ラスクは気後れや怖じ気は湧いてこなかった。かえって、意気込みの気持ちの方が強くなっている。


 さらには体力の方も、たぎる気力につられたおかげか完調の兆しを見せている。

 つい30分ほど前にはアドルフの取り巻きに手も足も出ないほど、体中のだるさと節々の痛みがあったが、こうして歩き回って頭を働かていくにつれて、ベッドで寝ているときよりも生き生きとしてきたのだ。


 「さて、と……どうすれば一番手っ取り早いかな?やっぱり、あのアーリマンという騎士に会って頼んだ方が良いのかな……?」


 選考大会の張り紙には、帝国への忠誠心の尊さと伝統の誇りについての前置きが長々とつづられている。開催する日にちだけは小さく記されているが、それ以外に詳しいことは明記されていない。

 ゆえに、ラスクは選考大会については詳しそうな人間に訊いて回ることにした。


 「しかしこの学校は広いな。ほとんど人はいないから余計に広々と見えるし……さてと、どこに誰がいるんだろう?」


 大広間の1階部分に降りたラスクは、南側の玄関を背にして北と東西の3方向を見ていく。


 その広さにラスクが、辟易とした言葉を漏らすのも無理はなかった。ラスクが目にした3方向へ、この大広間から廊下が伸びていて全て相当な距離まで続いている。廊下には多くの部屋への扉と窓が並び、窓から燦々と差し込む日差しによって廊下のつややかな石床を光らせている。


 「手当たり次第に歩いて回るしかないな。ジャックたちは外に出て行ったから、多分鉢合わせにならないと思うけど……」


 そう言ってラスクは左に続く廊下を歩いていく。

 窓の外を見てみると、士官学校の敷地を仕切る石の塀によって帝都の町並みは見えなかったが、青々とした空と天高く昇る太陽があった。ガラス窓から入る陽の光で廊下は暑いほどで、廊下を見て回るラスクの足はだんだん早くなる。

 もちろん見て回るだけでなく、目に入る扉を開けて中の様子を見てみるのだが、どこも無人の教室だったり小会議室だったりだ。選考大会のことについて訊いて回ろうにも、なかなか人に出会わない。


 「ああ、もう。誰もいないなあ。というか、こんなに人がいなくてもこの学校の警備は大丈夫なんだろうか?泥棒に入られても仕方ないんじゃないかな」


 ぶつぶつと独り言を呟きながら学舎の中を散策するラスクだったが、西側の廊下に差し掛かると、医務室と書かれた木札がつるされた扉を見つけた。

 誰かいるかもしれないと考えたラスクは扉に手をかけようとしたが、ラスクが開ける前に扉は開かれて、ルイーネ・マリアクラスタが医務室から出てきた。


 「おっとと!」


 驚いたラスクが2、3歩下がる。ルイーネも扉の目の前にいたラスクに少々驚いていたが、ころっと顔つきを引き締めてラスクに話しかけてくる。


 「ちょっとどうしたの?ええと、ラスク……だったよね。あなた、さっきまでベッドに寝かせていたはずでしょう?安静にしてなきゃダメなのに、なんでまたここまで来たのかしら」


 いきなり現れたラスクに疑問を投げかけたルイーネは、さっき会った時とは見た目がまるで違っていた。

 つい先ほどまでのルイーネは、今のラスクと同じように革鎧を身につけていたが、医務室から出てきた今のルイーネは白いシャツにノースリーブの青ワンピースという、どこにでもいる町娘のような普段着に着替えていた。機敏でハキハキとした見習い騎士から、花や本を好みそうな可憐な少女に様変わりしている。


 「あっ、あの、僕を手当てしてくれていた人ですよね。……ルーイネさんでしたっけ?」


 「ルーイネじゃねくて『ルイーネ』よ。それに、さん付けや敬語はいらないわ」


 名前の間違いを指摘しながらため息をついたルイーネは、その場で腕を組んでラスクをじっと見てきた。


 「で、なんであなたもジャックとかいう子も安静にして体を休めないのかしら?」


 「なんでって……僕の場合、やるべきことがあるから」


 「やるべきこと?」


 「うん。早速だけどルイーネ、僕が騎士になるための選考大会に出るにはどうしたら良い?」


 突拍子もないラスクの質問に、さすがのルイーネも数秒固まってしまった。眉間を指でつまみ、なんとかこのラスクの質問を頭で処理しようとしているようだ。


 「……あのさ。言いたいことは山々あるけど、まず、どうして騎士になりたいと思ったの?」


 ルイーネはラスクの意図を問いながら、扉を閉めて廊下で話すことにした。


 「ジャックが帝国騎士になることになったんだ。だから僕も騎士になりたい」


 「へぇ、ジャックが?急な話ね。アーリマン教官はその話を知っているの?」


 「そのアーリマンさんから提案したんだよ。アーリマンさんがジャックに、帝国騎士になって欲しいと言ってきたのさ」


 それはルイーネにとって到底ありえるとは思えないことだった。ラスクが本当のことを言っているのかどうか疑ってしまうほどだ。

 まさか素性も知れぬ異国人のジャックが、竜騎士隊の隊長のアーリマンに推挙されるとは夢にも思わぬことであり、聡明なルイーネも少々混乱しかけ、天井を仰いでようやく気を落ち着かせた。


 「信じられないわ、あの教官がほとんど面識のない少年を騎士にしようだなんて……」


 「もちろんどう思ってくれても構わないけど……どうかな、僕がこの国の騎士になるのは、」


 ラスクがもう一度騎士になりたい旨を訴えようとすると、ルイーネは手を出してラスクの言葉を制した。


 「言っておくけどラスク、それは不可能よ」


 ぴしゃりとルイーネは言い切った。悔しげに何か言い返そうとしたラスクもルイーネの真剣な表情を目にして、黙って次の言葉を待つ。ルイーネは壁に寄りかかり、腕を組んで話し始めた。


 「どういう経緯でジャックが、アーリマン教官に認められて騎士になろうとしているのか分からないけれど、はっきり言ってラスク、あなたがジャックと共に選考大会に出場できないと私は踏んでいる」


 「どうして?」


 「まず、この士官学校から出場することが出来る見習い騎士は、大勢いる中でとりわけ高い能力を持っている見習い騎士に限られるのよ。ここの第1士官学校の在籍人数はおよそ300名……その中で、今年出場する見習い騎士はわずか3名なのよ」


 「3名……」


 「そう、3名よ。だから難しいわ。あなたのことは別に嫌いじゃないけど……あのひょろひょろしたケビンにすら、ほっぺをぶたれて引きずられて、散々だったじゃない」


 ルイーネの言葉はラスクの胸に深々と刺さったが、さすがにラスクも怒りそうになった。

このルイーネは、ラスクが人狼エイドスの『指』に苦しみながら戦った出来事は知らない。その『指』の影響もあって、先ほどまで体調が優れなかったとラスクは考えているが、ルイーネはあの時のラスクが本当のラスクの姿だと思いこんでいるのだ。


 そして噂をすればとでもいうように、廊下の角からケビンとブルスが姿を現した。ケビンとブルスは、ラスクに気づくと大股でふてぶてしげに近づいてくる。


 「っ、お前……なんか話し声が聞こえるなと思ったら……なんでお前がここにいるんだ?」


 アドルフの取り巻きのケビンは、ラスクの顔を見て苦々しげな顔をした。先ほどのような威勢の良さはなかったが、辺りを見回してジャックがいないことを確認すると、意地悪な笑みを浮かべて廊下に出てきてラスクの前に立った。もう一人の取り巻きブルスも、ケビンの後ろに控えている。


 先にケビンが口を開いた。目を大きく開いて唾を吐き散らかすような勢いで、ラスクに向かって怒鳴り散らす。


 「けっ、やっぱりアドルフ君の言うとおりだ……お前みたいなやつが、大きな顔してここにいることが間違いなんだよ。忘れるなよ!お前の仲間のあいつがいるから、お前はここから追い出されずに済んでいるんだからな!そのガキっぽい汚い顔を二度と俺たちの前に見せるなよ!いいな!」


 顔に指を突きつけて一方的にまくし立てたケビンは、それから馬鹿にしたように鼻でラスクを笑った。そしてブルスに「行くぞ」とささやいた。

 ジャックがこの場に居ればそそくさと去ったのだろうが、ケビンとブルスはラスクの肩にわざとぶつかりながら、悠々とその場から歩を進める。ルイーネはそのやり取りを、冷めた目で傍観していた。


 ぶつけられた肩を払っていたラスクが、「おい」と2人を呼び止めた。


 「なんだよ、まだ何かあるのかよ?」


 ケビンがラスクの方を振り向き、それに続いて巨漢のブルスも後ろに振り返る。

 もうそこに詰め寄っていたラスクが、振り返ったその2人の胸ぐらを掴み上げて完全に持ち上げた。奇しくも、ちょうどジャックがアドルフにやったことと同じ状況になった。


 ルイーネは一瞬、何が起こったのか理解できなかった。


 ラスクがたった1人でケビンとブルスを持ち上げているその光景は、ルイーネの思考を存分に混乱させた。何かラスクが特別なことをしたわけでもなく、ただただ自然と、ケビンとブルスの胸ぐらを掴んで引き寄せて、そのまま上に持ち上げたのだ。


 「ぐっ……が、あがっ……?!は、なせ……かはっ」


 「げぇっ、がっ……ぐぐぅ、ぐ………」


 ラスクの手と胸の襟のせいで、ケビンとブルスは思うように息が出来ない。苦しげにジタバタさせる足は宙を空振るだけである。どうにか両手でラスクの手を引きはがそうとしているのだが、ラスクの手も腕も一向にビクともしない。

 宙づり状態の少年2人は表情と声で苦しさを示すが、ラスクはそのまま手の力を緩めることはなかった。ラスクは首だけ後ろに回して、ルイーネの方を見た。そのラスクの顔には冷静ながらも力強さが混じっていた。


 「このまま……」


 「えっ?」


 「このままこの2人を、そこの窓の外へ投げ飛ばしてみせたら、僕が騎士になれそうな可能性を認めてもらえるのかな?ルイーネ」


 そのラスクの一言で、ルイーネの頭は警鐘を鳴らした。

ラスクには途方もない何かが秘められている。目的のためならどんなことでも愚直かつ貪欲にやってのけるに違いないと、ルイーネ・マリアクラスタは確信したのだ。


 『この子……ただの冒険者じゃない。本気で心の芯から選考大会に出て騎士になるつもりでいる』


 ごくりと唾を飲み込み、ルイーネは覚悟を決めた。自分が出場者3名のうちの1名だということを、隠したままにしておくつもりだったが、全て言ってしまうことにした。この挑み掛かる猛獣のようなラスクを全力で『試す』ためにはそれしかなく、ルイーネは魔力を密かに集中させながら、なるべく平常心を装って廊下の窓を開けた。


 「ふ、ふふ……それだけでは足りないわ。ラスク」


 緊張感を抱き始めたルイーネは、ラスクの横まで移動してじっと目を合わせながら言葉を続けた。


 「そんな2人をどうにか出来るだけで、この帝国の騎士になれるわけないでしょう?私を(・・)どうにか出来るくらいじゃないと、私があなたを、アーリマン教官に推薦させる気にはなれないわ」


 「どういうこと?君が推薦することで、僕が選考大会に出られるかもしれないと言っているのか?」


 ルイーネを怪訝な様子で問いただすラスクは、その間もケビンとブルスを宙づりにしたままにしている。もはや2人ともおかしな呼吸をしているが、ラスクとルイーネは気にもとめていない。


 ルイーネは窓のサッシに腰掛け、いたずらっ子のような笑顔を見せて頷いた。


 「もう一度言うわ。私はもう選ばれている(・・・・・・)の……もしあなたが選考大会に出たいのなら、最低限は私を出し抜けるくらいじゃないといけない。あなたには、これから逃げる私を捕まえられるかしら?」


 そのルイーネの言っていることを理解したラスクは、手の力を緩めてケビンとブルスを床に降ろした。ケビンとブルスは必死に咳き込みながら床にうずくまる。


 「君を捕まえれば良いんだね?」


 ラスクはルイーネの方に向き直って足を踏み出したが、座った体勢のルイーネの体が宙に浮いて後方に下がっていく。ラスクは急いで手を伸ばしてもルイーネの体には届かなかった。


 「魔術……?」


 「そうね。私、魔術には自信があるのよ。……さて、私はこれから買い物と食事を済ませてから家に帰るんだけど……それまでに私を捕まえられないようじゃ、選考大会に出ても望みは薄いわよ」


 そう言って窓の外で浮遊していたルイーネが、風の魔術の力を強めてさらに高度を上げていく。

ラスクが窓を乗り越えて外に出ると、直ちにルイーネは西側に飛んでいく。飛行するルイーネは士官学校の塀を越えていってしまった。


 「くそっ負けるもんか!絶対に……家に帰るまでに追いついてやる!」


 そうして走り出したラスクは、校舎の南側に回って士官学校の門の脇にある小門から出て行った。



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