城館の会談 その2
ーーー10秒ほどの間、ファローザは沈黙していた。
アーリマンは全ての報告を話し終え、後はファローザの反応と言葉を待つのみなのだが、顔を仮面で覆い隠すファローザは、今聞いた都市ロメオでの出来事を、じっくりと思考しているようだ。
アーリマンの隣に座るハル・イブリッツは、ファローザとアーリマンの顔を見比べている。彼もファローザと同じく、アーリマンの話し終えた都市ロメオでの事件や、その2人の少年少女に対しての興味と関心を、一層深めていた。
ふう、と一息ついたファローザが口を開いた。口調は最初の時と同じ、柔らかなものになっていた。
「それで、君ら竜騎士団は帰国したわけか」
「はい」
「よくぞ、グレンジャーから生き延びたな」
「グレンジャーが私どもを必要以上に追わず、都市への救援を優先してくれたおかげです。……軍人として誇れることではございません」
「ふむ、そうか。やつの魔術の腕は落ちていないようだな。……だが、君が手柄を立てたことに間違いはない。研究員エイドスの隠れ家を見つけ、エイドスの記録と手紙そして遺体をファルス王国の手に渡すことなく、無事に回収した。……やはり君に任せて正解だった」
「お褒めに預かり、恐縮です」
アーリマンが軽く頭を下げると、ファローザは微笑みながら2回手を叩いて鳴らした。
「2人に飲み物を」
ファローザが扉の方向に声をかける。
ものの数秒で扉が開き、執事が現れた。執事の手にはティーカップが乗った盆があり、カップからは湯気が立ち、まろやかな香りがアーリマンとハルの鼻腔をくすぐった。
青白い顔をした長身痩躯の執事は前に出て、ソファの前のテーブルにティーカップを置いた。声一つ出さず、物音一つ立てない執事に、軍人であるアーリマンは少なからず面食らった。
『いつから部屋の前に?階段を上る足音は聞こえなかったが』
主のファローザが執事に「ご苦労、下がってくれ」と言うと、執事は主に一礼してから部屋を出た。部屋の扉を閉める時も、執事は物音を立てなかった。
「さて、話は変わるが………ハル・イブリッツ、君の歳はいくつだったかな?」
いきなりの来た質問に、ハルは戸惑いながらも咳払いしてから答えた。
「はい。去年の冬に16歳になりました」
ハルがそう答え、ファローザは満足気に頷いた。次にファローザは、顔をアーリマンの方に向ける。
「アーリマン、君が確保した2人……そう、人狼エイドスを倒したとかいう少年と少女だ。その2人は大体何歳くらいの年齢だった?」
「外見上ですが、およそ15歳ほどです。ハルと同じか……若干幼い印象もありました」
貴族として、軍人として、上からの質問に手早答えることに慣れたアーリマンだったが、内心では、年齢のことを気にし始めたファローザの質問の意図が読めずにいた。
一方、ファローザは天井を仰いで何かまた考えを巡らせた後、2人に向かって話し出した。
「実の所だが、先ほどのエイドスが在籍していた『組織』を、すでに私は目星をつけている」
「何と……!」
ファローザから知らされた事実に、思わずアーリマンは腰を浮かしてしまった。隣にいたハルも真剣な表情で、ファローザの様子を見ている。
ファローザはアーリマンを手で制して続けた。
「当然だろう?いくら私だって、自らの身銭を切って調べることくらいするさ。………まあ、私がその組織を知った当初は、特に気にしていなかったがね、他国で魔物の不正取引を行なっているということを知ってからは、この国の公人として見過ごせなくなった。秘匿する研究はおおいに結構だが………ファルス王国とピルカ王国との関係が、まだギクシャクしている以上、その組織の放蕩なやり方と方針は、はっきりいってこの国の外交上にも内政上にも迷惑だ」
そうしてファローザは小さく笑ったが、その笑いに感情はなく乾いていた。
紅茶を口に含んでから、ファローザはさらに続けた。
「正直な所、孤独な私には協力してくれる者が欲しいのだが……今すぐ君たちを頼るのは少々難しい。何も詮索せず、私の指令通りに働いてくれたアーリマンにはとても悪いが、その『組織』を知れば、君といえども後戻りは出来ない。……否が応でも君たち師弟は、これから始まる帝国での争いに巻き込まれることになるからな」
仮面を被るファローザの目は見えない。
しかし、アーリマンとハルは今まさに将軍ファローザの視線を感じていた。言葉ではアーリマンとハルを気遣っているのだが、雰囲気は値踏みするようなものがある。また、仮面の奥から抜け目ない眼光を向けられているという思いにも駆られる。
「どうかな?このまま何も聞かなかったことにして、帰りたければそれはそれで構わない。これ以上のことは、私個人で取り掛かれば済む話だ」
そう言ってファローザはソファから立ち上がり、カーテンを開けて部屋に陽光を取り入れた。朝方の白い光を受けて、ファローザの深緑のローブの鮮やかさが際立つ。銀の仮面はきらきらと光を跳ね返し、その立ち姿だけで一枚の絵画を想わせる。
ファローザが窓を背にして、座るアーリマンとハルへ向き直る。
顔貌は逆光で暗くなり、深緑の衣と顔の境目が曖昧になる。かすかに、アーリマンに向けて試すような笑顔を見せたような気がした。
一度、アーリマンはハルの顔を見た。
少年の顔にわずかな困惑はあったが、それよりも、これより始まる何かへの期待が大きかった。よくよく、この才気ある少年は保身よりも好奇心を満たすことを好むらしい。
アーリマンは居住まいを正し、それと同時に覚悟を決めることにした。見習い騎士であるハルの身も気掛かりだが、ハルも伯爵家の長男として、これからは海千山千の男になる必要があるだろうと考え、ファローザの話の深みに思い切って入ることにした。
「お話ししてください、ファローザ様。私はもとより、このハル・イブリッツも、ファローザ様が現在追っている組織を追い、エイドス・セイルズのような、帝国に蔓延る不用心者たちを引っ張り出す所存です」
「ほう、そうか。ハル・イブリッツ君も構わないかい?」
「はい。私の家もアーリマン教官と同じく、代々国を守る騎士の家系でございます。将軍自らの手を煩わせる者がいるならば、私どもがそれに代わって、しかとそれを取り締まることが責務と考えています」
「……うむ、忠実で勇壮な答えをありがとう。帝国の将軍として、一人の人間として、これほど嬉しいことはない」
ファローザの透き通った声は、歓びを帯びたことで一段と爽やかな響きとなり、先ほどの厳しい将軍としての雰囲気を瞬く間に払拭した。
気を良くしたファローザに、アーリマンとハルも自然と笑みを浮かべる。3人は目的をまとめたことで、心もひとつに結束し始めていた。
ファローザはソファに再び座り、先ほどアーリマンが渡した全ての紙をテーブルに並べて、ようやく話の『本題』に入ることにした。
「さて、まずはこれを見ていこう。エイドスの研究記録や手紙からは、帝国内にいる組織や、その取引先の情報は浮かんでいない。文章上での明言を避け、ただ『組織』『取引先』『商売仲間』などでしか記されていない。だが……ここの部分、ここには魔物を取引した際の収支を記録してある」
ファローザは紙の一部分を指差して、その箇所を示す。実際に記録を回収したアーリマンも、その部分をよく見てみることにした。
「……確かに。名称はぼかされていますが、収支はきっちりと記録されています」
「ああ。しかも随分と桁が多い。ファルス王国奥地の魔物やエイドスが交配させた魔物がいくら珍しいとしても、これだけの額を用意できるのは帝国でもそういない」
紙に記されている数字は金貨の枚数を示し、その数はどの取引でも3桁に上っていた。
ハルもエイドスの記録に目を通して、大人2人と並んで考える。
「となると、エイドス属する組織が取引している相手は、相当な資金力を持っていることになります。100枚を越える金貨をこれだけ頻繁に払えるのは、大きな貴族や商会……具体的に言えば伯爵や侯爵以上の貴族、都や諸都市に事業を展開している商会などでなければあり得ません」
「その通りだ、ハル・イブリッツ。そしてアーリマン……君がこの研究記録と手紙を回収してくれたことによってさらに、組織と取引している者たちを絞ることができる」
「と、言いますと?」
アーリマンが訊き返す。
ファローザは記録をテーブルに戻し、取引相手との手紙を取った。手紙を鼻先に近づけて文字の部分の匂いを嗅ぎ、さらにその白く優美な指で文字をなぞった。
「……うん、取引相手は貴族のようだ」
そのファローザの呟きと一連の行動を、アーリマンとハルはじっと見ていたが、今ひとつ合点がいかなかった。
2人の顔を見て、ファローザが説明を始めてくれた。
「たったこれだけだよ。エイドスと取引した相手のことを知るなら、その相手が書いた文字のインクの質を見極めるだけで十分なのさ」
「インクの、質……?」
「そう。この手紙に使われているインクの質は高級で大変良かった。君も先ほど言っていたじゃないか、資金力のある大きな『貴族』とね」
ハルは少年らしく素直にその推論に感心したが、年長のアーリマンが疑問を呈した。
「しかしファローザ様、資金が潤沢にあるのは商会とて同じではないのですか?昨今は店舗や馬車の装飾すら、華美なものにしている商会や商人も増えております」
「もちろんその可能性は少しはある。けれども、貴族と商会は金をかける点が違うよ。商人は繁盛している様を他人の目に見せつけるために、目に見える所に金をかけるだけだ。だが貴族は他人の目に見えない家の日用品にすら、高価な物を揃えるからね」
「なるほど……!お見それ致しました」
アーリマンが大きく頷き、ファローザは得意そうにニヤリと笑った。
「ここからが大事な所だ。……今の時点で私はたったひとつの貴族しか疑いの目を向けていない。もはやその一族が、エイドス属する組織の『取引相手』だと決めつけている」
「一族……というと?」
ファローザの声の音調はやがて低くなり、訊き返すアーリマンの声も潜むものになっていた。隣のハルも、少々強張った表情でファローザの次の言葉を待つ。
「モルト公爵家だ」
アーリマンの目は次第に見開かれ、彼の唇はぐっと結ばれる。ハルは膝に置いた手を人知れず握り締め、これが現実だということを確認していた。
オーギュスト・アーリマンとハル・イブリッツ。
どちらも常人を上回る胆力の持ち主だが、その一族の名は貴族階級の一員である2人にとって、大きな衝撃に違いなかった。むしろ貴族だからこそ、ここまで仰天したと言えるだろう。
なにしろモルト公爵家は帝国でも3本指に入る大貴族であり、初代皇帝の代から押しも押されぬ名門だ。
分家ですら帝都の北に広大な領地を持ち、宗家は東の海に面した大領地を、50年以上に渡って見事に経営している。
その天下のモルト公爵家に対し、ファローザは明確に『醜聞汚職の類アリ』と言い切ったのだ。
「ーーーまず膨大な資金力を有していること。そして魔物を密輸しても、国境の検問を問題なく通過出来ること。………これは変に誤魔化して通過するのは至難だ………ならば私はこう考える。そもそも国境警備の兵を指揮出来る立場の貴族が、密輸組織と取引している、とね」
「お待ちください。言われてみればモルト公爵家出身者には、対ファルス王国の監視を担当する要人が多くおり、状況証拠は揃っております。しかしモルト公爵家は帝国建国戦争の際も、現皇帝の祖父君の代から戦友として戦い、今でも3代目モルト卿は帝国一の忠臣であります。その確立された地位のモルト卿が、なぜ怪しげな魔物の密輸組織と取引するとお考えですか?」
アーリマンがファローザの推理に難色を示したが、ファローザはそれに機嫌を損ねる素振りもなく説明を続けた。
「ああ、言葉が足りなかったな。私が疑っているのは現当主のロビン・モルトではない。私からすればあいつは初代モルト卿に比べて凡庸な男だが、自ら醜聞を呼び込むほど愚かでもない。………というか、モルト公爵家を牛耳っている大物が当主の他に1人いるではないか?」
逆に問われたアーリマンとハルは、ファローザの言葉の意味を理解した。
モルト公爵家と聞いた時点で、2人の中で半ば察しはついていたのだが、それはあまりにも帝国内外に名を轟かす人物だったので、無意識にその名を伏せていたのかもしれない。
そう、モルト家出身で現当主ロビンよりも権勢を振るう人物は1人しかいないのだ。
その人物は将軍ファローザと肩を並べる地位の女傑であり、ディーセント帝国魔導騎士団の最高司令官なのだ。
「……ファローザ様と同じく『帝国三将』のお1人……シャルロット・テスカトリ・モルト将軍、でしょうか?」
アーリマンがぼそりと答えると、ファローザは軽く頷いて肯定した。
同じくハルもその名とその姿を脳裏に浮かべていた。
「そうだ。私は最優先で調べ上げるべきなのはあの女だと思っている。君たちも聞いたことがあるだろう? 『当主ロビンは、今や将軍となった自分の娘に逆らえない』という噂だよ。そこらの噂というものを私はあまり信じないが………あの噂の場合に限っては、当たらずとも遠からずと言える」
「つまりテスカトリ・モルト将軍が、異種交配させた魔物を買っているのですか?」
「もちろん、その可能性がある。まだ証拠は出揃っていないが、私の場合同じ将軍位として近くにいる分、あの女の本性や魂胆は少なからず悟っているのさ」
ファローザは首を軽く振って、やれやれといった様子でテスカトリ・モルト将軍のことを口に出す。
アーリマンは小さく唸って考え込んだ。今このようにして、将軍位についた人間と対面して会うこと自体、普通ならばあり得ないことであり、ファローザがどのような人物なのか自体、この日が初めての経験である。
ましてや、竜騎士団の隊長アーリマンに帝国三将どうしの内情を把握する機会は無い。判断つきかねる話や内情ばかりを聞かされても、当のアーリマンとハルは困惑するしかなかった。
しかし確かなこともある。今の将軍ファローザを見た限りでは、どうやら将軍テスカトリ・モルトとの関係はあまりよろしくないようだ。
また、モルト公爵家の魔物密輸の疑惑についても……ひとまず今の段階では、最も疑いが強いと言えるだろう。
「そこでだ、アーリマン、ハル……君たち2人に頼みがある。聞いてくれるだろうか?」
するとファローザが、強い意志を感じさせる声でそう言った。鼻より上の表情は伺えないが、真剣な眼差しを向けられているように2人は感じられた。
「はい、なんなりと」
アーリマンがそう答える。
笑顔を見せたファローザは、すっと短く息を吸ってから口を開いた。
「モルト公爵領に潜入し、密輸組織との取引の証拠を掴んでもらいたい」
「……!」
なんなりと、とは答えたがアーリマンとハルに言い渡された内容は、重大という言葉ではとても足りないものだった。
無理難題と言っても過言ではない。
大貴族の領地に潜入して嗅ぎ回ることは、多くの危険が付き纏うに違いなく、ただの領地に行くならばまだしも、内情を深く探るとなれば、たった2人に任せるというファローザの言葉は、あまりにも無茶苦茶なものだ。
しかしファローザは仮面の内から、表情がぐっと重くなった2人を見透かしたようで、柔らかい声で続けた。
「なに、別段深刻なことでもない。毎年春に開催される高等騎士選考大会が、すでにあと1ヶ月後に開催されることは知っているな?実は今年の開催地は、あろうことかモルト公爵領なのだ」
「例年通りに帝都で行わないのですか?」
ハルがそう訊くと、ファローザは頷いた。
「皇帝陛下が今年はモルト公爵家に主催を委ねたのだ。まだ各貴族や民に発表していないが、着々とモルト公爵家は、いや、テスカトリ・モルトは準備を進めている」
そこでアーリマンはなるほど、と合点がいった。
『高等騎士選考大会』は毎年春に行われる、帝国でも最大の行事である。
帝国中にいる若き騎士見習いが正式な帝国騎士となるために、この大会に照準を当てて日夜研鑽している。帝都からだけでも、毎年少なくとも1000人は出場し、地方からも来る騎士見習いと合わせると5000人は下らない。
大会の日程は何週間に渡り、初日から数多くの著名な貴族や軍人が、めぼしい騎士見習いを探すのだ。
この選考大会の出場規定は、16歳以上の男女とされている。また、どの後見人の騎士見習いとして出場するのかという証明も必要だ。
この場にいるハル・イブリッツも、士官学校の教官アーリマンという後見人のもとで、今年から選考大会の出場資格を手に入れた。つまり下手に潜入工作せずとも、出場者のハルに限っては簡単に公爵領へ入ることになるわけだ。
ハルもファローザの言いたいことを理解し、背筋を伸ばした。
「分かりました。選考大会の開催地がモルト公爵領ならば、私も出場者の1人となりながら、ぜひとも、モルト公爵家の情報を探る役目を買いましょう」
「……本当にすまないな。君にとっては選考大会で成功を収めるために努力していただろうが、負担が大きくなってしまったな」
「いえ、ファローザ様。その点に関しては師の私として心配はありません。このハル・イブリッツは今年の選考大会では、初出場ながら最優秀候補の1人として挙げられています。帝国重騎士団長である父親に幼少から英才教育を受け、また現在指導している私としても、その才能と努力によって培われた実力は保証します。このハルならば選考大会の成績も、モルト公爵家への情報収集にも、大きな成果を出すことでしょう」
自信たっぷりアーリマンが言い放った折り紙つきの評価に、ハルは少々赤面したが、かと言って謙遜の言葉はなかった。ハル自身も自分の実力に、確固たる自信を持っているのだろう。
「それは頼もしい。期待しているよ、ハル・イブリッツ」
「ご期待に添えるよう、尽力致します」
「うむ。………そうだアーリマン、君が士官学校で指導している騎士見習いはまだまだ居たはずだが、今年の選考大会に出場させるのはハル・イブリッツだけか?」
「いいえ、今年で16歳となった見習いたちの中でも優秀な生徒が2人ほどいるので、その見習いたちにも出場させるつもりです。ハルには及びませんが、中々の成績は残すはずです」
アーリマンの言葉をゆっくり咀嚼するように、ファローザは頷きながら話を聞いていた。
その間、ファローザの口元はわずかに、何やら企みを含めたもごつきを見せていた。
「君が出場させることが出来る騎士見習いは、3人までなのか?」
「そうですね……明確な規定はありませんが、1人の貴族や軍人が出場を保証させるのは3人、多くても5人くらいが限度でしょうか」
「そうかそうか。なら、今回の選考大会にエイドス・セイルズを倒した少年と少女を、出場させてみてはどうだろう」
「なっ、あの2人を選考大会に?!」
あまりに予想の範疇を超えた提案に、がばりとアーリマンは立ち上がった。ハルも驚きでファローザの顔から目線を逸らせず、人形のように固まっている。
「そう取り乱すな、私は至って正気だよ」
「り、理由を聞かせてもらってもよろしいでしょうか?」
「ああ……あの2人が人狼エイドスと直接戦ったということは、もはや私たちには知り得ない、エイドスの生きた情報を知っているに違いないだろう。エイドスの遺体もある意味では情報の宝庫だが……それにも限りがある……ならば、その少年と少女は『こちら側』につけておいて損は無いと思うのだよ。」
「ですが何故、高等騎士となるための大会に?」
「なに、君たち2人だけにモルト公爵家を探らせる負担を、少しでも減らすためさ。そういう者に手伝わせるのも一つの手だ。また、味方に引き込むというなら、それなりの肩書きを持たせた方が管理しやすいだろう?帝国の騎士になれば、あとは君の部下にするなりなんなり……どうとでもできるからな」
ファローザはそこで理由の説明を区切り、紅茶に口をつけた。
坦々とした話ぶりから、どうやら本当にあの少年と少女を帝国騎士にさせるつもりらしい、とアーリマンは判断した。
「……ファローザ様。もし、あの2人が拒めば?」
アーリマンが問うと、ファローザは紅茶をテーブルに置いて答えた。
「始末しろ。余計な情報を知っている人間を彷徨かせるくらいなら、いなくなってくれた方が助かる」
「承知しました」
平然とファローザはアーリマンにそう命じ、アーリマンも普段の軍人の顔で返事する。
ハルは2人のやり取りを、厳粛な面持ちで見ていた。
その後、ファローザに「また3人で集まろう」と告げられてから、アーリマンとハルは城館の裏手から出て行った。
ひとまず、今回のアーリマンの任務報告は終了した。しかし、新たにアーリマンにはやるべきことが増えた。
帰りの道中、アーリマンはこれから起こるであろう帝国内での戦いに、漠然とした緊張と不安を抱いていた。
それは他国との戦争や、魔物の討伐任務とはまた違う、予期せぬ展開が待ち受けていることに対しての緊張感だった。
見習い騎士ハル・イブリッツにも、将軍ファローザの期待がのしかかり、あと1ヶ月に迫った大会への重圧は否応なしに高まる。
だがハルの場合、ただ高成績を収めるためだけを目指す大会が、かつてない旋風を巻き起こすものに変わったことで、彼自身を少なからず高揚させた。
不謹慎と言ってもいいだろうが、ハル・イブリッツという秀才は、変わらぬ日常と訓練に飽いていた。彼の士官学校での生活は、自分の技量を育てることに役立ったが、これといって、自らの力を存分に振るう機会はなく、ひどく色褪せたつまらないものになっていた。
おそらく、教官であるアーリマンはそんなハルの様子を危ぶみ、仮にファローザに面会を拒否されたのだとしても、気晴らしに連れていくだけの価値はある、と考えたのだろう。
「ハル、これから士官学校に向かうが、君もついてきなさい」
「はい、先ほどの冒険者2人に会うのですか?」
「そうだな。いずれにしても、まず話し合ってどんな人間なのか知らなければいけないからな」
太陽は城館を訪れた時よりも高く、道行くアーリマンとハルを乗せた馬車は、人通りの増え始めた市街地を走る。
馬車は次の目的地である士官学校へ向かう。




