がれき
エイドスを倒したジャックは目をこすりながら、崩壊した小屋へ走った。周りの木々が燃えているのでかなり熱く感じる。小屋の惨状を見てがれきをどけようとするが、時間がかかると判断してあきらめた。
ジャックはエイドスと戦いながらでも、山の方から続々と現れた、人間ではない気配を捉えていた。
エイドスのほかに相手をするのはさすがに骨が折れる、と思っていたジャックだったが、マーシュをモンスター共が取り囲んだときは心配しきりだった。彼が2体のモンスターを引きつけてくれたと知って、今すぐ救援に行けないことに歯がみしたほどだ。
ジャックからすれば、エイドスやそのモンスターたちに襲われる事になった原因は自分にあり、自分のせいで起こってしまった状況だった。もしマーシュとクレアに万が一のことが起こったらと考えると、山賊共に友達が殺されたときのことを思い出して背筋が泡立った。
ジャックが声を張り上げて2人を探していると、遠くの方から突然大爆発が起こった。
「まさか…マーシュ殿ッ!クレア殿ッ!」
小屋を迂回してその方向を見ると、なぎ倒されている木々があり、その近くには2人の人間が重なって倒れている。
瞬間的に予想してしまっていた最悪の事態が、ジャックの脳裏をいじくりまわしたが、声が聞こえてきたことに気づいてはっと我に返った。
前をよく見てみると2人は何か言い合っているようで特にクレアが声を荒げていた。のしかかっていたマーシュが立ち上がると、ジャックは胸をなで下ろした。クレアも立ち上がって何事もなかったかのように言葉を交わしている。
あまりの嬉しさにジャックは、立ちくらみを覚えてふらついた。まだ自分に、感情の不安定さや未熟さがあるんだなと思った。
「おうジャック! 大丈夫だったか? エイドスはどうなった?」
「エイドスは仕留めました。そちらに2、3匹ほどモンスターが向かったようですが、大事はありませぬか?」
「へへっそれがよジャック…何と倒した3体とも、フルクが言っていた配合モンスターだったんだぜ!まずな、こんなに森を燃やして回したのがエレファントバードってやつと……」
「こら。自慢の前に、まずはフルクの安否確認をしないといけないでしょ!一応私はあの穴に隠れておくように言っておいたけど、がれきの中に埋もれさせたら、そう長くは生きられないわよアイツ」
「おっとそれもそうだな。まあフルクはすぐ助けるとして、あのモンスター共の素材やエイドスの死体も、回収するか?」
「そうね。マーシュとジャックは、小屋のがれきをどけてフルクを引っ張り出して。モンスターの素材は私が回収するわ。爆発でほとんど残ってないだろうけど…」
男2人に異論は無く、小屋のがれきをどけに行った。
クレアだけがモンスター素材の回収をする理由は、モンスターの牙や爪、肉や皮もしくは心臓などは、冒険者ギルドの質屋や武具工房などで取引できるからだ。もちろん破損が少なく状態の良いものほど、高値で取引できるものなのだが、爆発させて殺しても、望みを捨てず良い状態の素材をクレアは探すつもりだった。
さらに言えば、ディーセント帝国の商人であったエイドスと、そのエイドスが作り出した『配合モンスター』という情報は、必ずソル・グレンジャーの耳に入れておいた方がいいほどの大問題だ。
モンスター同士を掛け合わせる技術というのは、紛れも無く前代未聞の超技術であり、ぜひとも今日の出来事を証明するために『現物』は不可欠だ。
マーシュもそれを重々承知しているため、がれきを撤去しながら、ジャックにそれらの点をよく教えている。
「…ってわけでクレアは、エイドスの死体を探しに行ったのさ。素材を売り払って足しにするのもそうだが、やっぱりエイドス関連のことを話すためには、ちゃんと『存在ある』証拠が必要だからだ。口ではなんとでも言えるからな。証人も無意味ってわけじゃないから、フルクも必要だ。
ま、なんせ半分はエイドスの協力者だったから、ある程度は冒険者ギルドや領主に絞られることになると思うけど」
「なるほど。となればディーセント帝国が、ここファルス王国にエイドスというスパイを送っていたりしたことが明るみになると」
「そうだなぁ、でもそんなことが国中に広まったとしたら一気に戦争ムードになっちまうな。しかも俺たちは確固たる情報をつかんだ冒険者って事になるから、面倒な役回りをさせられることだってありうる」
「面倒というと?」
「あ~…言い忘れていたんだが冒険者ってのは、その国の中で、蔓延っているモンスターの数を抑えるのが主な目的だ。だから、あまりちゃっちゃと他国に行くなんてことは難しかったりするんだ。いやまあ、いろんな手続きをしたり査定をクリアすればいいんだけど……さて、冒険者が他国に行きづらい理由がさらにもう一つある。なぜだかわかるか?」
今度は逆に質問されたことで、がれきを退けていたジャックの手が少し止まる。そしてまた手を動かし始めてジャックは答えた。
「冒険者は様々なモンスターを狩る能力を有している。有能な冒険者というのは国にとっては重要な戦力となるからこそ、出来るだけ他国に流れず自国に縛っておきたい…という所ですか?」
「まあそんなところだ。もちろん自分の能力をさらに広げたり未知の秘境を踏破したいがために、他国に行きたいって冒険者は山ほどいる。高クラスの冒険者になればなるほどその傾向がある。だから、そういう時にも色々期限付きで他国に行けるようにする手続きだとかがあるんだよ」
「それが最初の『面倒』とどうつながるのですか?」
「おっと話題が逸れちまったな。面倒って言うのは冒険者がその国で活動している以上、戦争になったときも、戦力として組み込まれることがあるってことだ。ディーセント帝国へのモンスター密輸、モンスター配合の研究を行っていた張本人を殺した以上、かなりの手柄になる。そう、手柄にはなるんだが…同時に戦争に巻き込まれることも無きにしも非ず………かな。おっと穴だ、お~い! フルクの旦那ぁ! 生きてるかー?」
マーシュが話しながら退けたがれきの下には、あの死体収納の穴があった。穴の中を2人でのぞくと、鼻をつまみながら息苦しそうにしている、木こりのフルクが居た。かなり苦しそうで、露骨に安心した表情を見てジャックが反射的に不快感を抱いた。
「ふん、喜ぶのは後にしろ。あなたがやったことの後始末の分は返させてもらうぞ」
「まあまあジャック……フルクのおっさんよぉ、ずいぶんな目にあったな。死体は臭いわ、熱いわ、息苦しいわで散々だっただろ? そっから引き上げて助けてやる代わりに、俺たちはあんたに、エイドスのことを都市ロメオの領主やギルド長に、洗いざらい証言して欲しいんだが、どうだ?」
マーシュの提案の言葉に、数メートル下のフルクは難しい顔をした。確かに助けて欲しいのは山々なのだろう。だが、エイドスの所業を公的なところで証言するとなると、自分も協力していたことも白状しなければならないのだ。
たとえ脅されてやっていたとしても、フルクはエイドスに協力した事で何らかの罪を負うことになる。
一方のクレアは、配合モンスターの死体や素材の回収をしようとしていたが、さすがに手段を選ばず倒したせいもあって、素材となりうる特定の部位が残っている可能性は低かった。
あれだけの大爆発だったのだ。うまく利用できる部位が、都合良く転がっているのは奇跡に近い。
自然と愚痴めいてしまうが、この役割が重要であると知っているので、根気よく探している。
「まったく、ね…派手に吹き飛ばすやり方を提案したのが私だっただけに悔やまれるわ……マーシュも今日のことはギルド長に報告するつもりだろうし……今日の出来事がちゃんと報告できるくらいちゃんとした物的証拠がありますように…ありますよーにありますよーに…」
配合モンスターのことやエイドスのことが、前代未聞なだけにそれを証明する者と物は欠かせない。
だがそこにあるのはせいぜい、チャイコンイモムシのかけらと、ゲッシングズーグの耳が2つ、それとナイトゾンビが身につけていた甲冑の残骸がいくらかあるだけで、あとは爆破の外側に向かって、焦げた木々がなぎ倒されている。
イモムシとナイトゾンビの残骸が、爆発に巻き込まれただけでこの有様ならば、体内部から爆発したエレファントバードの場合、言うまでもないだろう。
ちなみに特定の部位というと、チャイコンイモムシの場合は心臓が取引される。ゲッシングズーグの場合は前歯、ナイトゾンビの場合は目玉と兜が金になる。そしてエレファントバードは、翼とクチバシが武具の材料として高値で取引される。
さらに余談だが、エレメンタルバーンは『魔精』、つまりは物理的な実体がないモンスターのため、魔力の帯びた入れ物に入れるか、もしくは魔術で直接封じ込めなければ取引ができない。
「はあ…無いわ。これで『配合モンスターに襲われた』っていう証言はできなくなった。あとは張本人であるエイドスの遺体を…」
一度諦めたクレアは立ち上がって伸びをして、それから立ち去ろうとした。
次に確認するのはエイドスの死体で、場所をジャックに聞かねばならない。クレアはジャックに倒されたエイドスの死体がどうなっているか、と一抹の不安を覚えた。
もしもジャックが顔の辺りを切り裂いていたなら、本人確認などが難しくなったりもする。
「さすがにないとは思うけど…もし仮に『もはや誰の死体か全然わからない』って感じになってたら困るわね」
小屋に向かって歩きながら、クレアはそう呟く。彼女はモンスターの残骸が転がる場所から離れていた。小屋の方へ歩いているクレアの後ろには、肉片とほんのわずかな甲冑が転がっているのは前述の通りだ。
だが正確に言うと甲冑は、転がってはいなかった。それは決して転がっていたのではなく、巧みなる擬態だった。エイドスの命令を果たすための潜伏だった。
――――――転がっている甲冑の破片が、ジュクジュクと端から溶け出して黒くなっていく。それらは泥よりも黒黒として濃縮されているが、その黒は夜空と比べると、美しさの欠片もない汚泥の濁りに似た暗黒だ。やがてそれは金属の欠片から、完全に真っ黒のゼリー状のモノに変貌した。しかも小さく、それらは含み笑う。
合わせて10を超える数のそれらは、遠ざかるクレアの背中をじろじろと舐め回すように見ていたが、慌ててそれらは自分たちの任務を思い出す。
それらは今まさに発信されてきた『命令』を、渋々(しぶしぶ)と承諾して、クレアに見つからないように地味に地面を這って進んでいった。
小屋の穴の中でフルクはずいぶん悩んでいた。それを見守っていたジャックとマーシュは、穴のそばでしゃがみ込んでいる。
再度、説得と提案を呼び掛けようとマーシュが口を開こうとした時、フルクが答えた。
「わ、わかった! ちゃんと証言するよ! 俺がやったこともエイドスがやったことも。嘘じゃないって! ちゃんと都市ロメオの公の場で証言することを約束する!」
そしてフルクは、だからここから引き上げてくれ、と付け足して両手を広げるジェスチャーを示した。
フルクの言葉を聞いたジャックは、気難しい顔をしている。ジャックはマーシュの方を見た。マーシュはたしなめるような笑顔を見せた。
「もう許してやろうぜジャック。俺やクレアは無事だったからいいじゃねえか、な?」
ジャックがフルクに抱く怒りの感情。
原因はフルクとエイドスが、冒険者をおびき出そうとしてモンスター討伐依頼を出したからだ。そのせいでマーシュとクレアに危険が及んだ。2人の身を案じたジャックが、エイドスの片棒を担いで生き残ったフルクに憤慨しているのは自然なことで、マーシュも重々それを理解していた。
「とりあえずこいつは助けるよ」
「…わかりました」
「ジャックは色んなことをこれから覚えていけばいい。今の『この』場合は放っておいても、こいつのためにならないし、俺たちのためにもならない。だから保護して都市ロメオまで連れて行くってだけだ。…いいな?」
そうして念を押したマーシュの表情は、いつもと違って先達の冒険者として諭す表情だった。
さて、フルクは今、穴の中で死体の上に立っている。死体が埋まっているため元の深さはわからないが、今の地点は3メートルといったところだ。
フルクをこの穴から出す方法として、ロープなどで引き上げては時間がかかり、そもそも一人の男を引き上げるには人数が少ない。
マーシュはがれきの中でもまだしっかりしている木材を投げ入れて、それを穴の中でフルクに積みなおさせる方法をとった。これならば、フルクががれきを積み上げていけばいいだけなので、容易にフルクを穴から出すことができる。
「いいか? 投げ入れるから頭にぶつかんなよ? せーのっ、ほいっ!」
マーシュとジャックが周囲にいくらでもある小屋の木材などを穴に落として、それをフルクが足場になるよう積みなおしていく。死体の上に物を落とすのは何かと引っかかる作業であったりするが、それはなるべく気にせず続けた。
「なあ、フルクのおっさん」
「なんだ?」
「そこにある死体たちは、エイドスが研究のために使おうとしたやつなんだろ?」
「まあ、そうだよ。…あ、まさかこの死体全部運び出すとか言わないよな? 俺はこの死体がどれくらい埋まってるか知ってるからな。さすがに台車とかじゃあ…」
「ああいや、それは大丈夫。その死体らは後日運び出すことにするから」
しばらくそれをやっているとクレアが戻ってきて、エイドスの遺体がある方角はジャックが教えた。マーシュとジャックとやっていることを、クレアは少し見てからエイドスの遺体がある方に歩いて行った。
それから5分ほどして、ようやくフルクの指先が穴の淵にかかるほどの高さに達した。土台は死体と木材なのでぐらついているが、マーシュとジャックが手を貸せばすぐに這い出てこれるだろう。
「よし、つかまれ!」
マーシュとジャックが手を出し、その両方にフルクは掴まる。呼吸を合わせてぐいと一気に引っ張り上げて、フルクの上半身までが穴から出た、その時だった。
後ろ、フルクのすぐ後ろにあったガレキの影まで迫っていた黒いそれらが、一斉に飛び出し、フルクめがけて襲い掛かった。それらの形状はすでにゼリー状ではなく、獲物を突き殺せるような尖りを持った鏃の形状に変化している。
「うぐっ?!ぎっぐぅっぐぁあああ!!」
引き上げられている途中だったフルクの背中に、それらがすべて突き刺さり、痛みに暴れたせいで二人はフルクを危うく取り落としそうになった。普通ならばパニックで手を放すか、それでなくとも自分たちがモンスターに殺されないためにフルクの手を放す。
だがマーシュは手を決して離さず、思い切り引き上げた。
フルクの体は完全に穴から出ることに成功したが、恐ろしいことにその黒いゼリーはフルクの背中から体内をくり貫いて侵入しようといていた。
断続的なその痛みによるフルクの絶叫が響く。
マーシュがいち早く背中にある黒い点を引きずり出そうとしたが、『邪魔をするな』というように何匹かが飛び出てきて、マーシュの腕や肩に飛来する。フルクにやったように黒いそれらが鋭利に変化してマーシュの筋組織をえぐった。
「なっ? こいつッ!」
鋭い痛みが走ったマーシュは、この黒いゼリーたちの正体を思い出す。
このゼリーたちの名はDランクモンスター『シャビット・ジェル』と呼び、炎に対して極端に強く、物理攻撃も効きにくいという厄介なモンスターだ。だが群れなければ強いわけではなく、炎以外の魔法ならば簡単に消滅するという、決定的弱点を持っているという理由から、Cランクとなるほどではなかったのだ。
しかし、今は群れている。完全に不意を突かれたマーシュとジャックは対応が遅れてしまい、フルクが深手を負った。マーシュの腕に刺さるジェルを引きずり出そうとジャックが動いたが、すぐにマーシュが手で制して止めた。
「いいからッ! フルクのほうを引きずり出してやれ!!」
フルクはその場で泣き叫びながら転げ回って暴れ、ジャックは押さえつけようとはしたが、中々うまくいかない。その間にもいくつもの黒い染みが、肉を穿って血の赤を噴出させるのだ。シャビットジェルは特にフルクを死に至らしめようとしているようで、突き沈んでは血を噴出させるを繰り返す。
ジャックは両手で、マーシュは傷ついていないもう片方の手で、再度フルクに取り付くジェルを引きずり出そうとした。だが次にジェルが見せた抵抗は、生易しいものではなかった。マーシュの腕からスーパーボールのように飛び出して、フルクの耳と鼻に入り込んだ。
2人にしまったといえるほどの余裕はなかった。
フルクはキューキューとした呼吸音を繰り返して痙攣した後、ぶつりと糸が切れた人形と同じく動かなくなった。




